時新
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ウキウキアカデミーライフはこれから![再録]

漫画 SV スター団と先生達の漫画 2023年12月9日に発行した同人誌の再録+後書きというか自作語り



記:2023年12月8日
イベント前に、各作品、各キャラクターについてのあとがき(自作語り)

◼︎メロコとハッサク先生
メロコは自分の感情や考えを客観的に捉えたり言語化したりすることにあまり慣れていない印象で、それによる不安やもどかしさを隠すために攻撃的な言葉遣いや態度をとっているように思われます。
美術に取り組むことで、自分が何をどう感じているか、それをどう表現したいか、を考える時間が増えて、他人とのコミュニケーションや自分のメンタルケアに良い影響があってほしいと願っております。
他のボス達のように美術を自分の秀でた一芸として突き詰めるのも良いですが、美術はこれからの人生を豊かにしていくきっかけとして楽しむことができれば、それだけでも大きな一歩だと思います。

ハッサク先生は、メロコをあくまで「芸術家」ではなく「最近入った美術部員」と捉えているからこのような指導をしていて、例えばプロの芸術家が自己表現のために棍を詰めることまで全て咎める人では無いと思っています。きっと人生経験の中で、美術や音楽への打ち込み方によって心身の健康や情熱の源泉を失ってしまう人を見たことが少なからずあって(コルさんとか)、生徒達にはそうなってほしくない!という気持ちがあるのではと考えています。


◼︎ピーニャとセイジ先生
ピーニャは、ルールやセオリーを分析・学習して素直に実行するのが得意そうで(生徒会活動、音楽作り、あいさつシャウト等)、逆にそのルールに関連する心理的・感傷的な影響への意識(厳しすぎる校則が他の生徒にどう思われるか等)は一歩遅れていたのを、生徒会での挫折やスター団の活動を経てゆっくり身につけてきたような印象がありました。なので、設立期にセオリー通りに定めたと思われる「お疲れ様でスター」について、セイジ先生ならピーニャが当時は意識していなかった心理的感情的影響も含めて興味を持って分析してくれるだろう、そしてピーニャはそれを素直に受け止められるだろう、と思って描いておりました。

セイジ先生もどちらかというとまず形から真似するのが上手なタイプで、しかしピーニャと違って相手の受け止め方や感情の機微を意識した、相互にコミュニケーションをする前提での真似ができそうです。あいさつやボディランゲージで心理的な距離を縮めて、早い段階で悪意も敵意もないことを分かってもらう、という戦略を常に意識して実行しているタイプだと思います。
受付のおばさんは、最近目立つ格好であいさつ活動に勤しんでいる学生さんをあったかい目で見てくれています。コダックさんはいつも頭が痛いので、声のデカい奴を警戒心を持って注視しており、声のデカいやつが小さい声を出しているとそれはそれで気にしてくれています。


◼︎シュウメイとレホール先生
シュウメイは団ボスの中でも特に、良くも悪くも「逃げ」をやるタイプだと思っていて、苦手なことや楽しくない事は放棄して、自分が好きで楽しいことにエネルギーを使ったほうがいい!と考えていそうです。また、自作のコスプレ忍者装束を身につけていますが、バトル中に頭巾を手で除けたりしており、おそらく実用性を無視してデザインをこだわり一辺倒にしたせいで不便になっています。"こだわり"という概念はゲーム中でも「能力が上がるが技を一つしか選べなくなる」アイテムとして出てきますが、まさに「こだわり過ぎて視野が狭くなっている」衣装だと感じます。

レホール先生は明白に「自分のロマンを追い求められれば他はどうでもいい」というタイプですが、なんだかんだ教職をやっている限り、「ロマンを追い求めるためには広い視野も必要、道を制限されないように学校の必須単位くらいはとっておいた方がいい」という割り切った考え方もできているように思われます。シュウメイを同族のロマン追求型として一目置いているからこそ、ちゃんと助言をしてくれそうです。
ちなみに、レホール先生が言っている「道を踏み外す」は「発展性のない場所に引きこもる」「目的と手段が入れ替わる」とかを指していて、「マッド考古学者になる」はまた別の道です。


◼︎オルティガとジニア先生
オルティガは、自分の興味や技能の前に「家」のことを優先して他人から評価される、という経験が多そうで、大人全般に対して「自分に興味がある大人は有名なママや家のお金に興味があるだけ」「大人が自分を褒めるのは全部ご機嫌取り」という偏見があるのでは、と思っています。自分の「ムカつく!」をすぐに表に出すのは、実際に自分の感じた不快さの処理が下手なことに加えて、「自分はお前なんかにご機嫌を取られてやらないぞ」という意思表示もあるのかもと考えています。

ジニア先生は実際のところオルティガそのものにはそんなに興味がなく、ブロロン/ブロロロームへの興味が先に立っていて、その点はオルティガにもバレています。家の事情等も当然知らず、この生徒がなんでこんなに逆ギレしているのか本当に分からないままで、かわいそうです。
「オルティガそのものに興味がない」という点ではジニア先生は過去の良くない大人と共通していますが、ジニア先生にとって価値があるのはオルティガのママや財産ではなくて本人の知識と技能なので、オルティガの中では分類が非常に難しい大人なのでは、と思います。
オルティガの担任は、ジニア先生から「オルティガくんのレポートすごくて〜」という話を先に聞いていたので「ボーイ、いっちょ褒められておいでよ」というニヤニヤで送り出しています。


◼︎ビワとキハダ先生
ビワは団ボスの中で最もキツい覚悟の決まり方をしていて、スター団ボスとしての責任がなくなったとしても、地獄のアイドルとしての責任は背負ったまま(降ろせないまま)に過ごしていくのではないかと思います。打ち込める活動があるのは良いことですが、他人の心を癒すことを通じて自分の心を癒すという手段だとすると、自分の心をまっすぐケアする意識はやはり少ないように思われます。「わたしは強いのだから、わたしが戦わなきゃ」という意識は根底にあり続けて、いつかそれがビワ自身を追い詰めることにならないように祈るばかりです。

キハダ先生は、メロコに対するハッサク先生と同じく「部活動の指導」という範囲でよりよい活動方法を提案してくれますが、ビワは既にもっと上、もっと先を見据えているので、キハダ先生はビワの熱意と考えをまっすぐ応援してくれると思います。しかし「この生徒からは目を離さない方がいいな」という危機察知的な感覚もなんとなくはあり、競技への純粋な興味に加えてビワの活動を近くで見守るためにも、練習を見に行ったり、時には参加したりしてくれるとうれしいです。徐々にビワにとって「寄り添ってくれる信頼できる大人」になっていって、ビワが「アイドル」「ボス」「頼れるお姉さん」でいなくても良い相手になってくれたら良いなと思います。


◼︎ボタンとタイム先生
ボタン(カシオペア)a.k.a.マジボスの色々な側面の中で、特に興味深くてピックアップして考えたかったのが「遵法意識の低さ」でした。他人の個人情報や通信を乗っ取るのはまだマシですが、国の貨幣システムをクラッキングしたことに対して余りにも罪悪感がないというか、「できちゃったのでやっちゃいました」感が強過ぎたのが衝撃的でした。もしかすると「守りたいものを守るために手段は問わない」というよりは、過去の経験を通じて「倫理や道徳は叶わないキレイゴトの理想論に過ぎない、現実はそんなに甘くない」という考え方になったのでは、と思っています。

タイム先生は、規律を守り守らせる立派な先生であろうとしつつ、目指すべき理想と自分自身が今いる現実との差をしっかり見ていて、更に理想へ向かって進む様子を生徒にも隠さず見せてくれるのが、本当に大好きで尊敬できるところです。理想と現実についての考え方がボタンとはかなり違いますが、タイム先生なら既に傷ついているボタンを頭ごなしに叱ることなく、宥めすかしたり誤魔化すこともなく、真っ直ぐに話をしてくれるはずと思います。

先に復学していたボタンが制服を着ていなかった(改造制服でもなく、全くの私服)のは、自分たちを傷つけた学校へ迎合しないことでもあり、自分が置き去りにしたまま今も戦っているスター団とボス達への後ろめたいながらの連帯もあったと思います。しかしみんなで復学した後、ボタンはボス達について「学校に馴染んでほしい」と思いながらも、まだ自分は私服を着ています。
ボタンが今後、制服を着ても着なくても、どちらにせよボタンの中で折り合いをつけた結果であればそれが良いと思います。ただ、できたら一回くらい制服姿も見てみたいな〜。DLCの後編でボス達が制服着てくれそうなので、マジボスも一緒に着てくれるのかどうか、楽しみにしておきます。



記:2023年12月23日
DLC藍の円盤スター団イベントをプレイ後の追記

公式と解釈合い過ぎていろんな感情でひっくり返ったよ
漫画もだけど、あとがきも書いといて良かった……
マジボス制服着てないけど、みんなはニュー制服着てるね
ボタン&タイム先生編は、最後にスター団のみんなと制服買いに行く話を最初は考えてたんだけど、ボタンの制服着なさと遵法意識の低さをはっきり描きたかったから没にしたんだった
自分、良い選択をしたね
本当にうれしい。みんな大好きです