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木綿子
2021-10-20 21:13:39
4520文字
Public
👹(こい紅)(義炭)
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#1
バイク便配達員の義勇さんと、パン屋さんの炭治郎のお話です。
義炭です。
全部まとめた&アホみたいな料の書きおろしのある本はここで頒布しています。
https://www.b2-online.jp/folio/22111700060/003/
#2
https://privatter.me/page/65937b3a01302
雨が降っていた。
まだ開店していない店の軒先を借り、義勇は空を見上げた。
真っ暗な空から落ちてくる雨は、街灯の白い光に映し出されるときにだけ縦模様の紗となって姿を顕わにする。ザアザアと滝のような雨音に混じるバラバラバラと砂利が擦れるような音は、店の真っ赤なオーニングテントに当たる雨音だ。布地を叩く雨粒は軒先にいると実によく響く。
夜明け前。雲の厚さも相まって、街灯以外の光はない。目の前の道路には人はおろか車の影もなく、ただただアスファルトの上で水が踊っているだけだ。それもそのはず、この道は国道から一つ二つ奥に入った狭い道である。こんな早朝に人が行き交うはずもない。この辺りは人家も少なく、あるのは今軒先を借りている店だけだ。
今日の顧客は、この奥まった道路の先にあった。小規模データセンターのサーバ故障による、部品配達だ。不運なことにミラーサーバへの切り替えが上手くいかなかったらしく、保守会社からの緊急依頼であった。
義勇は商売道具であるバイクの横に立ち、ふう、と息を吐いた。口から吐き出した呼気が白く濁って拡散する。雨脚はまだまだ強く、弱まる気配もない。社の防水ユニフォームと防寒着のお陰で寒くはないが、この視界の悪さでの運転は避けたかった。
夏であればいざ知らず、そろそろ本格的に冬到来というこの季節に大雨が降るのは珍しい。スマホの天気予報でも、まだしばらくはこの辺りに雨雲が滞在すると示している。時計は午前五時。日の出も遠い。
待つ以外にすることもなく手持ち無沙汰にぼんやりと立ち尽くしていると、不意にいい匂いが鼻先を掠めた。食べ物の匂いだ。香ばしい、小麦の焼ける匂い。同時に、ふっと店の軒先に明かりが灯った。
振り向けば大きなガラス窓からほの明るい店内が見え、人影がぱたぱたと動いたと思ったら扉が開いた。鮮やかな真っ赤な扉だ。ドアベルが付いているのか、ちりんちりんと二度ほど金属音が響く。
「あの
……
」
扉から顔を覗かせたのは、少年だった。年のころは中学生だろうか。義勇よりも幾分背が低い。額に火傷のような焔型の痣がある。真ん丸な瞳は大きく、こちらを案ずるように見上げてきている。店内の温かい色合いの光がふんわりと映り、茜色の虹彩にところどころ黄金を散らしているかのようだ。夕焼けに似た瞳が美しく、思わず凝視してしまう。
瞬間的に、とてもかわいい顔をしているな、と義勇は思った。
普段人の造作などさほど気にしたことはないのに、何故かこの出会って数秒の少年には「かわいい」という形容詞で正解である気がしてならない。わけもなく胸郭の内側がざわついてじわりと熱を帯び、ひと時呼吸が止まった。
少年の方もまた、いきなり知らない人間に凝視されて驚いたのか、完全に固まっていた。びっくりしたようにぱちぱちと瞬きをする様がいとけない可愛らしさを醸していて、ますますじっと見入ってしまう。義勇が何も言わないせいか、少年の方も口を半開きにしたままで、見つめあうばかりの時間が過ぎて行く。
そうやって互いに視線だけをかち合わせているうちに、ドアの隙間からは温かい空気と共に先ほど感じた美味しそうな匂いが強く濃く香ってきて、少年がハッとしたように義勇の袖を掴んできた。
「あの、その
……
寒いですし、よかったら入ってください」
「え
……
いや、俺は」
「テーブル席に座ってもらってて大丈夫なので。まだ雨、止みそうにないですし
……
!」
「外の屋根を貸してもらえれば問題ない」と言う前に、少年の言葉が被さってくる。袖を引かれ、半ば強引に店内へと連れ込まれてしまった。
店はどうやら、飲食席のあるパン屋のようだ。品のいい木製の商品棚と、同じ木材のテーブルが配置されている。義勇が何かを言う前に、窓際の一席をテキパキと整えられて、「どうぞ!」と朗らかに促される。ここまでされてしまうとどうにも断り辛く、言われるままに腰を下ろすほかなかった。
店内は温かい。奥のカウンターの向こうが厨房なのだろう、煌々と明るくパンの焼ける匂いが漂ってくる。「ちょっと待っててくださいね」と言い残した少年が厨房で何か作業をしているらしく、あっちへ行ったりこっちへ行ったりちょこまかと動く様子がよく見えた。
こぢんまりとした店だ。そう広くはない。四人掛けのテーブル席が二つ、壁際にカウンター席が四つだけ。それ以外の空間は程よく間隔を開けて陳列棚になっている。真ん中は腰の高さの平台で、ここにメインの商品を置くのだろう。今は空の籠がいくつか並んでいるだけだ。
どうやら今店内にはあの少年しかいないらしい。まさか、あの年頃で店を切り盛りしているわけではないだろうから、店主なりオーナーなりがこれから来るのかもしれなかった。
「
…………
」
雨は降り続いている。壁一枚隔ててしまうと、激しい雨音も幾分優しく聴こえてくる。窓の外は未だ暗く、硝子にうすぼんやりと義勇の姿が映し出されていた。最近夜勤が多いためか、妙に肌が生白いような気がする。そういえばここ一ヶ月ほど昼間寝て夜に起き出す生活だ。日の光に当たっていない。昼夜逆転の生活には慣れているものの、硝子に映った自身の姿は、輪郭がぼんやりしているところも相まってなんとも幽霊のようだ。いや、一応死んではいないから生霊の方が正しいかもしれない。
「あの」
硝子の中の生霊と睨みあっているうちに、いつの間にか少年が戻ってきていた。コトリと音を立てて義勇の目の前に置かれたマグカップから湯気が立ち上り、甘いチョコレートの匂いがする。表面は溶けたマシュマロがふわふわと浮いていた。
「お嫌いでなかったら召し上がってください」
「
……
ここは店だろう?」
「はい、そうですけど」
「なら、料金は払う」
「え! いえ、いらないです、押し付けてるようなものですし、元々自分用に作ったものですから
……
あっお金出されても受け取りませんからね?」
内ポケットを探ろうとしたところで牽制され、義勇は仕方なく手を戻した。諦めたのが伝わったのか、目の前の少年はなんだか嬉しそうににこにこと笑っている。
「気にせずゆっくりしていってください。もしスマホの充電とかしたかったら、席のコンセント使ってもらって大丈夫です。あ、あとこれWiFiのSSIDです」
客でもないのに至れり尽くせりである。差し出された名刺大の紙はフライヤーも兼ねているらしく、無線の接続情報の裏には店の情報が書いてあった。ブーランジェリーカマド、と言う店名は、和風のようでどこか異国風味もあり、不思議な響きだ。
少年はまた厨房へ戻り、作業を再開したようだ。温かくて程よい甘さのココアで口を湿らせながら、彼の仕事の様子を眺めた。
義勇の席から見えるのは、主に背中側だ。少年のようだがそれほど細くはない。何か運動でもしているのか、それなりに厚みがあって背筋が伸びている。生地を捏ねる動作も危なげなく、慣れているのが一目でわかる動作だ。腰から下はだいたいカウンターに隠れているが、体幹がしっかりしているのか均整の取れた身体つきに見えた。その少年が厨房を動き回り次々にパンを焼き、合間に総菜らしき何かを作っている一連の動作は、まるでそう作られた作業用の機械のようで、ずっと眺めていても不思議なほど飽きない。時折こちらをちらりと見て、はにかむ様に微笑むのがとてもかわいい。
先程会ったばかりの、名前も知らない少年が、何故こんなに気になるのかがわからない。
(
…………
落ち着かない)
先ほどから、どうにも妙な心地がした。椅子に腰を落ち着かせているはずなのに、奇妙に内臓が浮き上がっている気がする。無重力空間にでも放り込まれたら、こんな感覚になるかもしれない。地上にいながら宇宙を感じることなど初めてである。
あまり眺めすぎていてもおかしかろうと、厨房から視線を引き剥がし、また己の生霊と向き合ってみる。硝子の向こう側は義勇とは逆に落ち着いてきたらしく、雨音も滝からシャワー程度には治まっている。夜明けが近付いてるせいか、分厚い雲に覆われた空も僅かに白みを帯びているようだ。
いくら招かれたとは言え、開店前の店舗にはあまり、長居をするべきではない。
ぬるまったココアを飲み干し、義勇は立ち上がった。カウンターに近付き、厨房へ声をかける。
「カップはどこへ置いたらいい?」
「あ、カウンターに置いてもらえれば
……
えっ、もうお帰りですか?」
振り向いた少年が慌てたようにこちらへ来ようとしたところで、オーブンのタイマーが鳴った。パンを取り出さざるを得なくなった少年が、本格的に慌てて「わぁあ」と声を上げるのに、義勇は小さく笑った。
「あっあっ、ちょっと待っててください!」
「いや、仕事は続けてていい。ありがとう、助かった」
言われた通りカウンターにカップを置き、最後にオーブンへ向き合っている少年の背中を一瞥してから義勇は踵を返した。焼き立てパンの匂いが充満した店舗から、あの赤い扉を開けて外へ出る。バイクに引っ掛けていたヘルメットを取り上げ、もう一度空を見上げた。
大分雨脚は弱まっている。壁を隔てなくても、しとしとと柔らかい音しかしない程度に。もう十分だ。
「待ってください
……
!」
また、袖を掴まれた。赤い扉から身を乗り出すようにして、少年の手が、しっかりと義勇の服を掴んでいた。必死、としか言いようのない形相で、あの夕焼け色の瞳がこちらを見上げてくる。うっかりまた凝視しそうになってしまい、慌てて視線をバイクに落とした。
「
……
やはりココア代は払おうか?」
「違います! そ、そうじゃなくて
……
その
……
ええと、ええと、あの、今日のお代はいらないので、でも気になるようでしたら、よかったら今度普通に、買いに来てもらえますか? そうしてくれたら、とても嬉しいので
……
」
なるほど、と義勇は得心した。これはこの子の精一杯の営業活動なのだろう。雨宿りとココアの恩義で、もう買いに来るしかない気がしているから、結構な効果が出ている。どんな店でもそうだろうが、特にこういう郊外店の場合は一人でも多く新規客を獲得し、口コミを頼りにするのが一番の広告になるとどこかで読んだことがあった。その新規客になるくらいなら造作もない。
多少居住地から遠い立地だとしても、些末なことだ。
「
……
わかった。今度、また来る」
「はい。待ってます」
「仕事は大丈夫なのか?」
「はい。あと三分くらいは
……
」
ヘルメットを被りバイクのエンジンをかけてもまだ、少年はそこにいた。
開けっ放しの扉の前で、黄金を散らした瞳でじっと、義勇を見ていた。
義勇もまた、シールドの内側から少年を見下ろした。また時が止まったかのように、見つめあうだけの時間が過ぎていく。
厨房から幽かにオーブンの呼び声が聞こえたところで、ようやく少年は口を開いて、こう言った。
「
……
お気をつけて」
酷く静かな声だった。
それは何故だか、いつまでもいつまでも義勇の耳の奥に残り続けた。
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