【行かないで、離れないで】

案内に依存する律の話。律視点。





「はっ!?」

僕は目を見開く。ぱちぱちと目を瞬かせる。
僕は今まで何を……? すぐさま記憶を辿ると、よく見る悪夢の光景が蘇った。

……そうか。僕は夢を見ていて、たった今夢から覚めたのか)

この夢は何度も見る。僕が怪異に堕ちる直前の記憶の再生。夢だからそっくりそのまま、というわけじゃないが大まかな部分は記憶と同じもの。
思考を巡らせていると、次第に視界がはっきりしてきた。見慣れた自室の天井と、まっすぐ伸ばされた自分の右腕と、右腕を掴んでいる案内が見えた…………って。

「あ、案内!!??!?」
「そう、案内だ」

びっくりして思わず大声を上げてしまったが、案内は特に気にした様子は無く穏やかに微笑んでいた。そしてしれっと膝枕されていた。

「な、なんでここに?」
「見回り中にお前のうなされている声が聞こえてな。心配で起きるまで待っていた」
「そうなんだ…………う、うぅぅ……案内ぃ……

僕は膝枕されたまま、案内の腰に腕を回して泣きつく。
いつもは夢から目覚めても部屋には僕一人。怖くて泣いても涙を受け止めてくれるのは枕とベッドのシーツだけ。
でも今夜は案内が傍にいてくれる。見回り中だと言っていたからまだ仕事は終わっていないのだろう。そんな案内を僕のワガママで引き止めるのは良くないと分かりつつも、今はこうしていたかった。
案内は無言で僕の頭に手を置くと、ぽんぽんと子どもをあやすように撫でた。僕よりも小さくて暖かい手。この暖かさが何よりも落ち着く。
もっと甘えていたくて、僕は案内を逃がさないように腕に力を込めた。


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「もう大丈夫か?」
「うん……。ありがとう」

ひとしきり泣いてすっきりした僕は身体を起こして、労るように頬を撫でてくれていた案内に微笑んだ。

「どういたしまして。……さてと」

案内もつられるように微笑むと、緩慢な動作で立ち上がる。

「もう大丈夫そうだから、オレは見回りの続きに戻る。何かあったら呼んでくれ。すぐに駆けつける」

案内はにっこり笑うと、ベッドサイドに立てかけられていた杖を持って立ち去ろうとした。

…………ぁ」

不意に、立ち去ろうとする案内の背中と、悪夢で見た案内の背中が重なる。
見送ろうとしていたはずの僕は気がつけば、案内の腕を掴んでいた。

……律?」
「僕も……連れて行って……

自分でもびっくりするほど、消え入るような声だった。

「お前、夜の境内や墓地を歩くのは怖いだろう。見回りもあと少しで終わる。そしたらまたこの部屋に戻ってくるから待っていろ」
「いやだ……案内が傍にいないと怖いんだよ……

ぎりりと細い腕を掴む手に力を込める。僕は顔を上げられなかった。またあの悪夢みたいに冷たい目で見られていたらと思うと、怖くて怖くて顔を上げられない。でもそれ以上に案内が僕から離れて行ってしまうことの方がずっと怖かった。

……律」

案内の身体がこちらを向く。声音からは感情が読み取れない。怒られるかもしれないと僕は反射的に身を竦ませる。

「一緒に行こう」
……え?」

いい加減にしろ、とか、ワガママを言うな、と言われるのかと身構えていた僕は、予想と違う言葉に思わず顔を上げた。
案内は仕方ないなと言いたげな呆れた笑みを浮かべていた。呆れてはいるものの、僕を見る眼差しは慈愛に満ちている。突き放すようなあの冷たい目とは無縁の眼差しに、僕は出しきったと思っていた涙が再びこみ上がるのを感じた。

「ったく、甘えたり泣いたりと忙しいなお前は」
「えへへ……

目尻に浮かんだ涙を案内が指で丁寧に拭ってくれる。優しい手つきがくすぐったくて笑みが零れる。

「それじゃあ行こうか」

案内が僕の手をぎゅっと握って、引っ張ってくれる。力を入れなくても外れることはないだろう手を、僕も負けじと握り返す。
離れないように。逃げないように。