【行かないで、離れないで】

案内に依存する律の話。律視点。


「行かないで……!」

そう、素直に言えたらどれほど楽だろう。
真っ直ぐに伸ばした腕を力無く下ろす。
僕だけを見てほしい。いつからか案内にそう願うようになった。……心の中で。
でも案内は忙しくて振り向いてくれない。勇気を出して声をかけてみたこともあった。だけど大抵間が悪くて、上手くいかなかった。
死ぬ前の記憶を全て失い、途方に暮れていた僕に手を差し伸べてくれたのは案内だった。自分の名前すらも分からない正体不明の僕を温かく迎えてくれた。とても嬉しかったのを今でも覚えている。
でもその優しさは誰に対しても平等に分け与えられているものだった。その事実に少なからずショックを受ける僕がいた。
その平等な優しさが原因で僕はこんなにも寂しい思いをしているのに。君は気づいてくれないんだね。
言葉を交わさなくてもいい。ただただ僕を見てほしい。
……もしかしてこの願いは僕のワガママかな? そうだとしたら、僕はどうしたらいい?
思考が薄暗い闇に引きずり込まれていく。
今の僕は孤独。答えに導いてくれる人なんて、いない。

『わたしがいるわ』
「だ……誰っ!?」

不意に二重にも三重にも聞こえる不気味な声が脳内に響いた。

『わたしならあの神様を振り返らせる方法を知っている。わたしの力を使えばあの神様はあなたを必ず見るようになる』
「神様って、案内のこと?」
『さあ、わたしの導きに従っておいでなさいな』

『声』は僕の質問に答えず、一方的に囁いてくる。
正直何を言っているのか分からない。分からないはずなのに、僕は気づけば『声』の言う通りに従って神社の外を出ていた。不思議と抵抗する気は起きなかった。
辿り着いた先は闇そのもの。嫌な予感がして逃げ出そうとしたときには遅く、僕は真っ暗闇の中に無理やり押し込まれていた。
僕は必死に手を伸ばす。目を開けているのか疑わしいくらいに視界は黒で埋めつくされている。それでも僕は助けと救いを求めて手を限界まで伸ばす。
すると案内の背中が見えた。こんなところに案内がいるわけないだろという現実的な考えは一瞬で吹き飛んで、僕は無我夢中で声を上げた。

「案内!! 助けて!!!」

すると僕の声に気づいたのか、案内が振り返った。希望が見えた次の瞬間、僕は凍りついた。
案内は見たこともないくらいの冷たい目で僕を見ていた。睨んでいるようにすら見える。そしてフイッと興味を失ったようにそのまま歩き出してしまう。

「待ってよ案内!!置いていかないで!僕を……見捨てないで……!!」

霞んでいく視界から案内の背中が消えると同時に、僕は闇に引きずり込まれていった。