納豆
2021-07-25 18:20:16
12355文字
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番外編・揺籠はいずれ墓場となる

キバダン です。
1頁目:snaさんとdndさんの手持ちのお話
2頁目:kbnさんの姪っ子とdndさんのお話

目が覚めた時、私は視界を埋めたライラックに飛び起きた。
うおっと驚いた拍子に出た声を彼は落とした。
ぼさぼさだろう髪もそのままに私は言葉もなく震える指先を持ち上げる。
指した先、彼は、ダンデくんはにっかり笑って見せた。
「よぉソニア、キミが寝坊とは珍しいな」
寝坊だなんて、いっそ、あなたのほうが、この、どれだけ人に心配を、あぁもうこのおばか。
言いたいことはたくさんあるのに、それをちゃんと言葉にできなくて、私は両手を広げた。
そのまま勢いよく飛び込んだ先、ダンデくんは易々私を受け止めた。
分厚い胸板に、目一杯の力を込めて拳をぼこぼこ叩き込むのだった。
「ばかばかダンデくんのばかぁ!ほんっとにばかぁ!」
「いたたた、ソニアわかったから、グーは痛いぜ」
「もうやだぁ、よかったぁ、ばかぁ」
泣きそうになりながらその胸板に顔を押し付けた。
ダンデくんはよしよしと私のぼさぼさの頭を撫でる。
その手の優しさは温かい。
温もりがあって、私の声に答える声があって、戻ってきた日常を知る。
ぐずぐず鼻を鳴らして顔を持ち上げる。
ダンデくんはどこか晴れやかな笑みでもってそこにいる。
全部、うまくいったのかな。
どうだろう、それを詳しく聞くには野暮が過ぎるような気がした。
そっと視線を落とす。
ダンデくんの腰には既にホルダーがある。
リザードンたちはそこにいた。
ぱちりと目と目が合った。
この子たちは、私にもよくよく懐いてくれている。
ダンデくんを家族みたいに大事に思ってくれているこの子たちの不安を、私は知っていたと思う。
ずりずりダンデくんの胸板に顔をこすりつけた。
背中を覆った大きな手はぽんぽんと私を宥める。
落ち着きに、息を吐きだして私はゆったり体を離した。
「ダンデくん、元気?」
端的な質問にダンデくんは首を傾げながらも頷いた。
むしろ、今は私のほうが満身創痍だという自覚はある。
しかしここでまた寝こけるわけにはいかない。
睡眠はしっかりとった。
もう大丈夫、途中で意識が落ちることもない。
にぱりと笑って、私は窓の向こう側を指さしたのだった。
退院準備も整ったとみた。
いつもの真紅のオーナー服に繕われた身姿を改めて確認し、私はベッドから足を出した。
「外、出たいな」
「ソニア、キミ寝不足で倒れたのに」
「大丈夫よ、ゆっくり寝たから」
ダンデくんは慌てて手を貸そうとしてくれるが、私は片手をあげて大丈夫と軽く手を振った。
足元には出歩くためのサンダルが鎮座している。
それに足をつっかけてゆっくり立ち上がる。
眩暈もないし、足から力が抜けることもない。
手を組み合わせぐぐっと背伸びをしてやれば、筋が気持ちよく引っ張られた。
ぱきぽき関節が軋む音を聞きながら、ダンデくんににっこり微笑みかけた。
「お散歩、いこ」
こうと決めたら、私もあまり譲らない。
ダンデくんもよくよく知るところだろう。
だから、ちょっぴり困った顔をしながらもダンデくんは一つ頷く。
「わかった、でも少しだけだからな」
肩をすくめた仕草の大人びた様子が、何か面白く見えた。
にんまり頷きエスコートされる廊下は、昼前の穏やかな木漏れ日に温められてあったのだった。

◇◇◇

さて、病院の庭はポケモンたちがほのぼのと過ごしている。
セラピーの一環で、性格の穏やかな個体と触れ合うスペースにもなっていた。
庭か、個室以外では個人のポケモンたちは出ることができない。
院内にいるポケモンは、あくまでも病院登録がされている個体だ。
幸いにして、今ここに人はいない。
ワタシラガが風に吹かれてそよそよその身を空に遊ばせる。
庭に広がる草木の中にアマカジがころころ転がり、あまい香りに穏やかな心地を運んでくれる。
優しい場所に目を細めた。
つと、私は隣を歩くダンデくんを見上げた。
にこっと笑えば、ダンデくんも理解していない様子でにこっと笑う。
反射の笑顔にうんうん頷いた後、私はとたたっとダンデくんから距離をとる。
首を傾げるダンデくんは気づかない。
私が一瞬、ボールの中の彼らと目配せしたことに気づかない。
だから、私は助走がつけるだけの場所で足を止める。
そうして深く息を吸う。
さぁあぁと吹き抜けた風に、私の声は流されない。
吐き出す息は、大きな声に代わる。
「リザードンっ!ギルガルドっ!オノノクスっ!ドラパルトっ!」
呼び出した名前は今、ダンデくんのボールに収められた相棒たち。
ぽかんとするダンデくんをよそに、ぽぽんっと四体は飛び出した。
目を剝くダンデくんを追いつかせはしない。
私とリザードンの約束なのよ、きっと皆もちょっぴり怒ってる、だからたまにはやり返してやるんだから。
私の隣に並んだダンデくんの相棒たち、彼らは少し拗ねていた。
そっとリザードンの首を撫でれば、くるるっと甘い声を上げる。
心配だったよね、何もできない悔しさは大きかったよね、いつだって平気な顔ばっかりする困ったやつだよね。
私は眦を下げてさりと太い首を撫でた。
指先を外した。
それから腰を落として前のめりになる。
彼らも私に倣って身を屈めるから笑ってしまう。
何も言わなくても伝わるのは、この十数年の積み重ねかな。
私はクラウチングスタートの姿勢をとって、片手を大きく振り上げた。
そうして、そのまま振り下ろした手にもう一度声を張り上げた。
「みんなぁ!」
「そに、ソニアっ!おい待て」
「たいあたり!」
一斉に走り出す。
助走はたっぷり、いっそとっしんになってたかもなんて思う。
だけれど、もう止まらない。
ダンデくんはぎょっとして動きを固めていた。
そこを狙って四体と一人は突撃だ。
「うっうわぁあぁ!」
どっしぃんと巨体がダンデくんに乗りかかった。
抱えきれない重量に、ダンデくんはめしゃっとつぶれる。
芝生に転がったダンデくんの長い髪のライラックが広がった。
あまりの勢いにぎゅっと目を瞑ってしまった。
私も巻き込まれてぎゅうぎゅうになってしまう。
そろりそろりと目を開いていく。
ぽつ、ぽつ、濡れる感触に、視線を流した。
相棒たちが泣いている、大きな体のこの子たちが、ダンデくんをぎゅっと抱きしめ泣いている。
頑張ってたんだもんね、怖かったよね、大事な人が目覚めてくれない七日間、どれだけ怖かったことだろう。
リザードンなんて翼を縮まらせ、きゅぅと掠れる鳴き声に涙をぽろぽろあふれさせる。
臆病なのにしゃんとして、いつだって強さに向かっている子だった。
それは他の相棒たちだって変わらない。
ギルガルドの金属が不格好に軋む音、オノノクスの鱗が重なり合って震える音、ドラパルトの冷えた尾が揺れる音。
ぽろぽろぽろ、ぽろぽろぽろ。
涙は芝生に落ちていき、草木をしょっぱく濡らしていった。
ダンデくんはびっくりしながらも、緩やかに微笑んでそれぞれを撫でてやる。
「ごめん、ごめんなぁ。俺がお前たちに心配をかけた」
私は身を起こした。
人のいないポケモンたちが息づく場所で、トレーナーの宥める声と相棒たちの泣き声が庭を埋めていた。
そっと体を退けて、立ち上がる。
ダンデくんの腕でも回しきれない大柄な体が身を震わせる。
いつも強いこの子たち、だけど、弱さだってちゃんとある。
よかった、ちゃんとぶつかれてよかった。
ほっと息をつき、ダンデくんの顔の隣に腰かけた。
私を見上げるその顔は、眉を下げてできあがる。
「ほかの子たちの分は、また今度」
情けない顔に目をすがめて、その額を小突けばおとなしく受け入れた。
一度頷くその様子に、多少なりとも心配をかけた自覚を持ってくれたようだ。
溜息が、かすかにこぼれる。
安心に漏らした吐息だった。
そっとダンデくんの目元にかかる前髪を指先でどかしてやる。
広く見える瞳は、太陽の色をしていた。
リザードンたちは、当然にダンデくんの人生に食い込む存在だろう。
彼らなしでは、きっとダンデくんは生きていけない。
だけど、知ってほしい。
そういうものは、広くにあるのだと知ってほしい。
目を伏せる私に、ダンデくんは視線を上げる。
重なり合う瞳の虹彩に呟いていた。
「私もね、ダンデくんが思うよりずっと、キミの世界に生きてるの」
「そう、なのか」
ぼんやりとした返事に笑ってしまう。
予想外なんだ、そっか、ダンデくんは本当に案外抜けている。
私がそこにはいないって、思うことで自分を守っていたのかな。
だけど寂しいって言ってくれたから、私はちゃんと今からでも向き合いたい。
そうだよ、頷いて額から頭を撫で上げた。
ダンデくんは目を細めて私の手を受け入れる。
そよぐ風に、私の髪が揺れる。
それを片手に抑えて、ふにゃりと笑う。
小さい頃、伝えられなかった言葉を今度こそ、私自身が伝えたい。
「私も、ちゃんといるよ」
止まり木で、いられればいいと思ってた。
それでもダンデくんの中では宙ぶらりんになっていた気持ちがあった。
本当は恨み言だって言いたかったのに、私が選んだ道を尊重してその寂しさを隠したままでいてくれた。
その優しさに、甘えるだけはもうやめる。
だから、今度こそはっきり言葉にしよう。
ダンデくんは目を見開いていく。
のそりのそりリザードンたちも身を起こした。
彼らの瞳は未だ濡れていたけれど、これ以上涙が溢れることはない。
顔を寄せれば、この子たちは私の頬に鼻先や頬を寄せ合う。
触れ合う温度に、瞬きをした。
この子たちがいる、だけど、ダンデくんはもっと広くにも手を伸ばしていた。
もう寂しいなんて、ダンデくんに思わせたくはない。
一つずつ、足りなかった空白を補うように言葉は積み上げられてあった。
「リザードンたちも、私も、ちゃんといる」
「あぁ」
「忘れちゃ、いやよ」
……うん」
「いなくなったり、しないんだからね」
みんなでダンデくんを覗き込んだ。
ダンデくんは私たちの顔を見回すと、くしゃりと目元をへしゃげさせる。
感情をかみしめるその顔に、リザードンがまず動いた。
べろんっとダンデくんの顔をリザードンが舐め上げた。
続けてギルガルドがダンデくんの胸板に体を押し付ける。
わちゃわちゃと折り重なる相棒たちに、私は少し体を離れさせる。
そうするともみくちゃにされたダンデくんから、笑い声が聞こえた。
「ふ、ふふっ」
堪えきれない様子に目を丸くする。
首を傾げていれば、リザードンが大丈夫と判断したのだろう、体をどかす。
それでもぴっとりくっつかれたままのダンデくんは腕で目元を覆っていた。
笑う口元だけが見えていた。
「いや、すまない、ふ、ふふふ」
不自然な笑い方、そうっと四つん這いによって行く。
その先で、ダンデくんの頬に涙の粒がぼろりと落ちた。
ぎょっとする。
ダンデくん、泣いてる。
なんで、えっ、私そんな強くいった、うそ、え、やだ、どうしよう。
子供の時だって、ダンデくんは泣いたりしなくて、笑顔が似合う男の子だった。
いっそ、初めて見るくらいの状況にざぁあぁと青ざめる。
私は慌ててダンデくんの肩に手をついて、ゆすゆす揺するのだった。
「やだ、ちょっとダンデくん、泣いてる!?ごめん!私言いすぎて」
「ちがう、ちがうんだソニア」
腕がどいていく。
現れた顔がある。
きらきらきらめく目元は涙に濡れているのに、そこにあるのは笑顔だった。
下手な笑みになるけれど、清々しくも出来上がる。
どうしたのだろう。
理解が追い付かず、首をひねるばかりの私にダンデくんは小さく笑う。
見回したリザードンたちは、ただ静かにダンデくんを見つめていた。
「俺は、ずいぶんと惜しいものを知らなかったんだなぁ」
言葉が足りないのは、ダンデくんの悪いところだと思う。
眉を寄せる私にダンデくんの手が伸びる。
私の手を握りしめた大きな掌、それを無意識に握り返した。
それだけでダンデくんは安心したように笑うから、なんだかかわいい。
懐かしい日、私が手を引いていた迷子のダンデくん、そんな彼を見つけた気がした。
「俺はとても、恵まれている」
その恵みを、きっと、ダンデくんは自らの手でつかみ取ってきた。
なのに、まるで与えられたもののように言う。
伏せられた瞼を見送りながら、さわさわ流れる風に頬を撫でられた。
ダンデくんは屈託なく、笑っていた。
「ありがとうソニア、俺はもう、寂しくないぜ」
いつかの幼い頃、あなたを置いていった私がいる。
寂しくさせたことすら知らず、逃げ出すようにいなくなって、痛みも何もない顔をさせてしまった。
後悔はあったの、だけど、そんな後悔をダンデくんは柔らかく解してくれた。
ありがとうは私のほうだよ、ダンデくん。
救われたのは私、救ってくれたのはダンデくん。
だけれど、今ここでそれをいうのは何か違う気がして、私は只管に硬く手を握る。
幼い頃、握手は別れの挨拶だったけれど、今ここでは違う。
私も目を伏せて、一度頷いた。
「うん、それなら、よかった」
これからも、私たちはまた続いていく。
続く道のりが違うものでも、同じ空の下、私たちは行く。
そんな心地に、私たちは握りしめた手を大切につないであったのだった。