冬灯夜
2022-12-08 22:38:24
2959文字
Public ルミナリア
 

双銃組の業の話

ルミナリア 双銃組+エド
双銃組に今以上の業をぶち込むとしたらどうなるかなっていう妄想からスタートした話




 買い出しで散った街中で、前から歩いてきた人物に目が留まる。向こうもこちらを認識したらしく、目が合った。
「久しぶりだな、エド」
「ああ。一年近く、か?」
 薄紫の髪の女性――リゼットは小さく口の端を上げた。
「元気そうで何よりだ。ハザールでの用は終わったのか?」
「まあな。……終わったというか、継続中だが」
「ほう?」
 自然と道の端に寄って立ち話になる。
 彼女のことはよく覚えていた。シルヴェーアにいてエンブリオ持ちで“教官”と呼ばれていたからには、かの騎士学校の関係者だと察せられた。それに見合うだけの強さがあったし、何より二挺の銃を扱うのも印象に残っていた。
 リゼットの方こそよく自分を覚えていたものだ、と思ったが、多くの人と接する教官であるからこそ人のことをよく覚えているのかもしれない、と思い直した。
「護衛? 随分長期の仕事だな」
「そうだな。まあ、一回受けたからには最後まで付き合うさ。あんたこそ任務か?」
「ふ。ああ、そうだ、任務だ」
 あの時は深入りすまいと身分や名字などは聞かなかった。だがちゃんと推察したな、と何故だか褒められているような気がした。いや、空気というか気配というか。まあ、リゼットの方は特に隠す気もなかったと思うんだが。
 ……あの時もすっかり生徒扱いされたな。
「エド」
 後ろからリディの声がする。振り向くとリディは荷物を持って佇んでいた。荷物の半分を取る。
「知り合い?」
「ああ、少しな。前にシルヴェーアで」
――アニエス……!?」
 リゼットの酷く驚いた声がして、再びそちらを振り返る。
 思わず眉をひそめた。感情の制御がよく出来る人物だという印象から随分離れて、予想以上の動揺を全身に走らせていたからだ。
「アニエス……って」
「いや、こいつはアニエスという名じゃ」
 ない、と言おうとして、ふと何かが引っかかった。知り合いにアニエスという名の人物はいない。けれどどこかで覚えがある。
 どこだ、と探る内にリゼットは一つ息を吐いて、首を振った。
「いや。……すまない、他人の空似だろう」
「そう、か」
「ねえ、あなた」
 リディがリゼットを見上げる。
「ああ……リゼットだ。すまないな」
「リディよ。訊きたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「あなた、ガスパルの知り合い?」
 リディの質問に、オレもリゼットも目を見開いた。何故その名がリディの口から。
「ああ、だが……あいつ、一体、何をして」
 リゼットの答えに今度こそ混乱する。リディも、リゼットも、何故? どちらか片方だけなら、いやリディと知り合いの時点でおかしいが、こんな何の接点もなさそうな二人ともが?
「そう……なら」
「待て。ガスパルというのは、ガスパル・エルベのことか? 何でリディが……あんたも……
 あいつ何してやがる、と歯噛みする。リディとガスパルが知り合いなら、そもそもオレがリディに会ったこともガスパルの仕込みと考えられる。それに気付いて動揺しているのに、シルヴェーアで一度だけ会ったリゼットとも知り合いだと畳みかけられて意味が分からない。
……やはりそうか……お前は……
 リゼットが小さく呟く。どこか苦く聞こえるのに、決してそれだけではない何かを呑み込む声。そんな印象を抱くことに自分でも戸惑う。
「今はこっちの話よ」
 ぴしゃりとリディが言い放ち、リゼットに目を向ける。
 この場で最も冷静なのは、一番年下のリディに違いなかった。
「ガスパルも初めて会った時、同じ名を言ったわ。その一回だけだったけど、とても驚いてたからよく覚えてる。……今のリゼットと同じように」
「だろう、な。あいつと出会ったのは昨日今日の話ではないんだろう?」
「ええ」
 オレがガスパルに初めて会ったのは十年前。それから三年――マイシュが陥落するまでは殆どマイシュにいた筈だが、リディと会ったのはその後のことなのか。
 リディはリゼットを見上げる。
「アニエスって、誰?」
……私の妹だ。十六年前に亡くなってる」
 リゼットは口を薄く開き、細く息を吐いて、少しの沈黙の後にそう答えた。
「十六年前……
 オレが六つの頃。それならやはり関りはない。その筈なのに、どうしても引っかかる。アニエス。どこでこの名を聞いた?
「よく……顔立ちは本当によく似ているが、髪色も瞳の色も、生きていたとして年齢も違う。驚かせたのなら、すまなかった。ガスパルもあの子のことはよく知っているから」
 それだけだ、とリゼットは静かに言った。
 リディは首を振って、考え込んでいる。
 話しぶりから察するに、ガスパルとリゼットは長い付き合いのようだった。……ガスパルは時折、本当に数える程しかなかったけれど、幼馴染みの姉妹のことを言ってはいなかったか。
……リゼット」
「何だ」
「あんた、名字は、レニエか」
…………よく知っていたな」
 知って“いた”……ああ。
 たっぷりの沈黙とその言い様が、推測を裏付ける。
「アニエス・レニエ……なら、ガスパルの出身もクレヴス村なんだな」
 リゼットがマイシュの出身ならば。
 彼女の妹が亡くなった年齢は分からないけれど、リゼットとそう変わらない年であるならば。その没年が十六年前だというなら。
「そしてあんたは、あの事件の」
「今、それ以上、口を開くな」
 剥き出しの刃物のような、鋭く冷たい声。
 ……当然だ。
 当時、紛れもなく王族だったオレの言葉など、聞きたくはないだろう。
……賢明だ、“エド”」
 だというのに、リゼットはまた生徒に対する教師のように、褒め言葉を口にした。酷く静かであったけれど。
 ガスパルの言う幼馴染みがクレヴス村事件の被害者とその姉なら、あいつは一体どんなつもりでオレを助けたのだろう。それとも――全部見せかけで、国を滅ぼしたのだろうか。
 リゼットは――マイシュの民であり、妹を殺された彼女は、国に戻りもせずただ生きているだけのオレを、どう思っているのだろう。初めて会った時にはきっと気付いていただろうに。
……あたし、今年で十六なの」
 重苦しい沈黙の中、顔を上げたリディが呟いた。
「なに?」
 そうだ。ついこの間、皆で祝ったばかりで。
 ……顔のよく似た少女が同じ年に、片方は亡くなり、片方は産まれた?
「偶然、かしら。本当に」
……馬鹿な。そんなこと、が、」
 リディが深く考え込んでいる時の静かな声と、動揺を抑えようとしているリゼットの静かな声。
 偶然でなかったとして、と考えるのは荒唐無稽だ。けれど、迷宮に迷い込んでしまったような重苦しさと戸惑いを感じている。
 ガスパルのことも、リゼットのことも――リディのことも、何もかもが分からなくて、胸のペンダントを強く握りしめた。