自室の扉を開けると、不法侵入者がテーブルの前に座って何かを書きつけていた。
「おかえり」
私に気づいたガスパルは顔を上げて図々しく宣う。
「ただいま」
最早文句を言うのも馬鹿らしく、ため息を吐いて答える。ガスパルは、おや、と片眉を跳ね上げた。
「どうした、お疲れ?」
「不法侵入の不審者がいるからな」
「不審じゃねえだろ、不審じゃ」
不法侵入は認めているらしい。
クローゼットを開けると、ガスパルは自然な動作で再びテーブルに目を落とした。それを後目に、開けた扉の陰で手早く楽な服に替える。
「お前さぁ
……」
「私の部屋だ」
「言いたいこと分かるくせに、反論の余地のない答え返すのやめてくんない?」
ため息交じりの声に鼻で笑う。
私の部屋で私が気を遣う理由はない。気を遣うべきはこいつで、実際自ら目を逸らしているのだから問題はない。
手や顔を洗い、すっかり楽になってからガスパルを見遣ると、いつの間にか眼鏡を掛けていた。ランプに灯りを点し、カーテンを閉める。
「お、ありがとよ」
私の部屋には私以外いない、というのを徹底する為か、ガスパルは勝手に上がり込みはしてもカーテンや灯りには触れない。今も上手く窓から見えない位置にいる。
テーブル近くに椅子を寄せて座る。ガスパルがここで書類を広げているということは、見られても構わないか見せたいかのどちらかだ。案の定、大した内容ではなかったので、そのままガスパルの横顔をぼんやりと眺める。
灯を映す眼鏡の奥の瞳は、時折驚くほど鮮やかに見える。
……いらないことばかり言うくせに大事なことは呑み込む唇は少し荒れていた。手袋を外してさらさらとペンを走らせる指は長く、余計な装飾品もない。これが私服ともなればネックレスだのブレスレットだのを好んで着けているのは知っているが、指を飾るものは見たことがない。単純に引き鉄を引きにくい、なんて理由かもしれないが。
視線に気づいたのか、ふとガスパルが顔を上げる。眼鏡を外した。
「何だよ?」
「特に何も」
外した眼鏡を私へ掛けさせようとしてくるので、大人しく眼鏡掛けになってやる。高くはないが合わない度数に二、三度目を瞬かせる。その間にガスパルは書類を片付け、小さく笑った。
「見惚れてたんならそう言っていいんだぜ?」
「お前の目も眼鏡も曇りっぱなしだな」
「ひっでぇの」
眼鏡を外して突き返す。ケースに仕舞う手にやはり目がいった。洒落者を自称するその指に何もないのが不思議なような、こんなことを思う自分に戸惑うような。
「
……何か言いたいことあんなら、言えよ」
静かな声に目を上げると、茶化しを消したガスパルがじっとこちらを見ていた。
だから、だろうか。
「
……指輪」
「あ?」
「着けないんだな。他のアクセサリーは着けるのに」
他愛もない、他意もない、どうでもいい疑問を口にしてしまったのは。
ガスパルは予想外だったのか拍子抜けしたのか、どこか間抜けな顔を晒した。
どうにも疲れてるな、と自覚する。今日は入念に手入れをしてから眠ろう。準備をする為に立ち上がると、ああ、とガスパルの返事が聞こえた。
「約束だとか誠実だとか、そんなもんやれた義理じゃねえからな」
頬杖をついた横顔には、自嘲のような微笑みが浮かんでいる。そこから目を逸らして手入れ用品をしまってある棚へ向かった。
「お前も着けないよな、指輪」
確認のような、問いかけのような。
背中にかけられた声に、そうだな、とだけ返した。
6.プリエール【横顔】【指輪】【気づく】
akiさんからガスリゼ
画像版
お借りしたワードパレット
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.