冬灯夜
2022-10-21 20:11:19
14091文字
Public ルミナリア
 

天通ずる眼

#ルミナリア版ドロライ企画【テイルズオブルミナリア】
セリアが皆を見るお話
・私のルミナリアはセリアから始まったので、セリアで書きたかった
・あめつうずるまなこ

 気付くと、そこにいた。
 青い空。緑の野が広がるそこはシルヴェーアに似て、それでいて空の広さが段違いだった。
 シルヴェーアは森も木も多いから、街中でなければ空の面積は相対的に少ない。つまりここは、シルヴェーアに近く緑が豊かな国、ミシェルとイェルシィさんの故郷であるアムル天将領だ。
 そう理解した途端、緑都イザミルの街角にミシェルがいるのが見えた。
 柔らかな緑のワンピースで静かに誰かを待って――いる内に周りの人に話しかけられ、一言二言会話を交わしてはまた話しかけられ、ということを繰り返していた。
 何を話してるんだろう、と思えば、うちの姫様をよろしくみたいなことを言われている。なるほど。
「あっ、ミシェル! ですわー!」
 離れた所からミシェルを呼ぶ声がする。可愛らしい桃色のワンピースの少女、アナマリアがぶんぶんと手を振ってミシェルの所に駆けてきた。
 あれ。おかしいな、名前が分かる。知らない人なのに、何故だかどういう人なのかも何となく。
「アナマリアさん、こんにちは」
「ごきげんようですわ。わたくし、今日はとっても楽しみにしてましたの!」
 私の疑問など知らぬように、ミシェルとアナマリアは会話を続ける。
「私もですよ。……あの、他のお二人は?」
「あら? わたくし、お菓子屋さんに寄って、それから湖を見てきたのですが、その頃から姿が見えませんわね。迷子でしょうか」
「ええと……そう、ですね……
 アナマリアさんが、とミシェルが小さく呟く。
 そうね、アナマリアが。
「やっほー! 二人ともお待たせー!」
 更に遠くから元気な声がした。イェルシィさんだ。トトもいる。今日は小さい姿みたいだ。
 ……今日は?
 あ! とイェルシィさんがアナマリアの持っているお菓子に目を留める。
「それ、イザミルパティスリーの新作ワッフル? どう、おいしいっしょ?」
「はい! さくさくでふわふわで甘くて、素晴らしいですわ」
 おいしそう。食べたいな。
 アナマリアのとろけるような顔に、イェルシィさんはにっかりと笑った。
「でしょでしょー! お菓子っていうか食べ物はやっぱりシルヴェーア産がおいしいんだけど、アムル・カガンのお菓子もイイと思ってるんだ、あたし」
「私もやっぱり、馴染んだ味はほっとしますね」
「分かりますわ。どこのお料理もおいしくて大好きですけれど、長く食べた味というのは……時々思い出しますわ」
「だねえ」
 この三人が揃うと、何だか雰囲気がほわほわする。ミシェルの優しい笑顔も、イェルシィさんの明るい笑顔も、トトの柔らかさも、アナマリアの元気な笑顔も、全部心地いい。
「ところで、他の二人は?」
「迷子ですわ!」
 きっぱりと言い切るアナマリアにミシェルが苦笑した。うん、そうだね。
 あと二人。誰だろう。どこにいるのかな。
 急激に意識がそちらに引っ張られる。ミシェル達が遠ざかる。
 ――不意にトトと目が合った。
「セリア」
 可愛らしく優しい声が私の名を呼ぶ。続けて口を動かして、
 あ、待って、まだ何か、何か――


「お嬢様ー! どちらですかー!」
「集合場所にはいるでしょ。叫ぶことはないわよ」
 イザミルの外れに小さな少女達がいる。
 あれ。ミシェル達はどうしたんだろう。
「リディは相変わらず薄情ですね。ボクはお嬢様に何かあったらと思うと……!」
「何回もあったじゃないの、こんなこと。慣れたわよ」
 白い子はシャルル。桃色の子はリディ。
 そっか、この二人と待ち合わせてたんだ。
 シャルルは早足だが、リディがのんびりと歩いていて、焦れたように何度もリディを振り返る。
「急ぎますよ、リディ!」
「焦ることないって言ってるじゃない、シャルル。待ち合わせ時間には十分間に合うし、着いていなかったら改めて探しに行けばいいわよ。目立つし」
「お嬢様の可憐さと美しさと気品は留まる所を知りませんからね!」
 テンポのいい会話だ。シャルルの毒舌にリディも全然負けてない。
「そうです、お嬢様の素晴らしさと言ったら、月日を経るごとにますます磨かれていくばかりで、ああ!」
「そこは変わってないようで安心したわ」
「だから、ますます美しくなられてると言ってるではありませんか!」
「シャルルが、よ。勝手に駆けて行かなくはなったけど」
 ロリポップを含んだ口でリディは笑う。それが何だかとても嬉しそうで、シャルルも少しだけ黙った。
……まあ、リディも、少しは背が伸びたようでよかったですね」
「へえ。気付いたの」
「気付きますよ」
 何だかとても可愛らしい。この年代の子のやりとりって、素直さと素直じゃなさが掛け合わされて微笑ましくなってしまう。……この二人が独特なのもあるけど。
「シャルルー! リディー!」
 遠くからアナマリアの声がする。いつの間にか近くまで来ていた。
「お嬢様ー!」
 叫び返すが早いか、シャルルは全力ダッシュを決めた。
 ころりとロリポップを転がしたリディは、小さく手を振ってゆっくりと歩いていく。
 三人と二人は合流して、きゃらきゃらと楽しそうな笑い声が弾けた。
 ぐん、と視界が引っ張られる。また。これは――


 ――視界が落ち着いた途端、目に入ったのは険しい岩山と切り立った崖を通る道だった。オズガルドだ。ヴァネッサさん達の故郷で、熱気の満ちる国。門を越えた先には山都ドルガノーア、屋台が立ち並ぶ道があり、反対に行けば駐屯地がある。
「いい。これは実にいい。一見野趣に見えて、焼き加減やスパイスの調合、その掛け方に至るまで考え抜かれている。いや、もちろん野趣に溢れる料理も私の好むところだが!」
「うむ。このコリコリ感がやみつきになる」
 目を輝かせながら手羽串焼きを頬張る金髪の女性と、帽子を直しながら同じく串を一口齧る男性が屋台の通りを歩いている。マクシムさんだ。隣の女性は白狼将、アレクサンドラさん。鎧ではなくて青いスカートをまとっている。
 どうしてオズガルドに、とか、色々などうして、の疑問は浮かぶけれど、不思議と浮かんだ端から霧散していく。そういうものなのだ、と。
「しかしオズガルドの料理はいいな。大盛りでくれるのが素晴らしい」
「え、もりもりマッチョおでんを五つ頼んでたよね? それ通常の大盛りじゃ足りないってことだよね?」
「? その通りだが、一つ当たりが一般に大盛りと言われる量なのは間違いないだろう?」
「いやまあ確かに間違ってはないが……微妙に言いたいことが伝わってないけど、胃腸どうなってんの……
「すこぶる快調だぞ。さて、メインディッシュをそろそろ……
 そう……とマクシムさんは疲労を滲ませて呟く。……本当にアレクサンドラさんの代謝、どうなってるんだろう。あっ持ってた串が全部消えた。
 感嘆の息を吐いて、アレクサンドラさんは周囲に目を向ける。
「思えば連邦の国々をゆっくり見て回るなど、これまでなかった。シルヴェーアなら戦場として足を踏み入れたことはあるが……前線キャンプや拠点以外に赴くことは少なかった」
「貴女の立場であればそうだろうな。僕も連邦内はまだしも、帝国となるとなかなか見て回ることは出来なかった」
 二人は暫し無言で歩く。アレクサンドラさんは先々の屋台で素早く大量に買ってるけど。
「帝国の雰囲気はリュンヌで知っていたつもりだったが、いざ帝都を見ると流石に圧倒されたな。……大きな街だった。創神殿の如き、とは流石に言えないが」
「アルコニスか。創神殿のような建築様式のものはハイガルデンにはないな。帝城も殆どがリアクターが使われていたし……今度、見学したいものだ」
「では、その時には僕がエスコートさせて頂こう、レディ」
「是非よろしく頼むよ、ジェントル」
 気取ってお辞儀をしたマクシムさんも、スカートの裾を掴んで答えたアレクサンドラさんも、気品に溢れていて、その瞬間だけそこが社交場のようだった。
 次の瞬間にはアレクサンドラさんは屋台に張り付き、マクシムさんは苦笑していたけれど。
「そういえば、オズガルドにはりんごはあるか?」
「りんご? 確か、ラヴァアップルという品種があったな。僕も何度か採取した」
「そうか。ではそれを土産にするとしよう」
 アレクサンドラさんは柔らかく微笑んだ。どこか遠い所の人を想う目だ。
「キミはヤントベル村に向かうと言っていたな。それは?」
「この先だ。りんごも運が良ければ道中お目に掛かれるだろう。よければ来るか?」
「同行させてもらえればありがたい。助かるよ、マクシム」
「なに。ヤントベル村には温泉もある、ゆっくりしていくといい」
 マクシムさんは我がことのように胸を張る。アレクサンドラさんは温泉と聞いて目を輝かせた。
「ああ、楽しみだな! 温泉卵や温泉まんじゅうといったものがあると聞いたが!」
……うん、そうだね、あるね」
 諦めないでマクシムさん! あなたがツッコミを放棄したらどうなるの!?
 二人は山奥へ通じる道を歩いていく。熱気を含んだ風が吹いて――吹き飛ぶように視界が歪んだ。


 砂の吹きすさぶ街。どこまでも広がる砂漠と、活気に満ちた世界最大の市場を擁するここは、ハザールだ。駆け落ちのお手伝いに来たなあ。
 いつの間にか日は傾いていて、けれど人の活気はやまない。
 と、見覚えのある薄紫の髪が目に入った。双銃を携えたリゼット教官だ。教官は人混みをするすると抜けて、酒場に入っていく。
「よう、こっち」
 入ってすぐに、店の奥の方で暗い赤紫の髪の人が手を振る。その前には黒髪の人がいて、おつまみらしき豆をつまんでいた。
「お疲れ」
「遅くなった」
「いや、こっちもあと一人いないからな」
 リゼット教官と、ガスパルさんと、エドワールさん……エドさん。何でこの三人……ああ、そっか、出身地が同じなんだっけ。
 リゼット教官は丸テーブルの二人の間に座り、店員が新しいグラスを持ってくる。テーブルの上にあったワインを注いで、三人は軽く乾杯をした。
「美味いな」
「だろ。ハザール産。帝国ワインもあったけど、これお前が好きそうだと思ってさ」
「お前にしては随分と真っ当な選択だ」
「素直に褒めろよ、お前は」
「褒めただろうが」
「今のが? ここで鬼教官っぷり発揮しなくてもいいんですけど、リゼットさん?」
 教官とガスパルさんのやりとりに、エドさんは小さく口元を緩める。
「お、何だよエド、珍しくご機嫌か?」
「いや、単にあんたがやりこめられてるのを見るのは面白い」
「ああ、確かにな」
「何なのお前ら、何でそんな所で気ぃ合っちゃってんの?」
「「日頃の行い」」
 わあ息ぴったり。
 同じことを叫んでガスパルさんは突っ伏した。
「冷たい。お前らカムネ凍土くらい冷たい」
「お望みならその温度まで下げてやるが?」
「お望みじゃありません」
 エドさんはグラスを口に運ぶ。でもそれは、また小さく笑っていたのを隠す為、のように見えた。
……今度はマイシュの酒にするか」
 リゼット教官がグラスを干して呟いた。
「そうだな。今度手に入れとく」
「まあ、オレは飲む前に出たからな」
 何でもなさそうにエドさんは言ったが、リゼット教官とガスパルさんは彼を見る。エドさんはしまった、とばかりに目を逸らした。
……いや、別に何か言いたいわけじゃ」
「成人の祝いでもするか」
「そうだな。この場合、材は何がいいんだったか」
「は? ……いや、オレは」
 エドさんが口を挟むも、全く意に介さず二人は次々と仕様を決めていく。ブレスレットらしい。
「おい、」
「ま、お前からしたら余計なお世話だろーけどさ」
「黙って受け取っておいてくれ」
 どこか苦笑の色を滲ませた二人に、エドさんは黙った。ため息を吐いて、どうも、と呟くや否やグラスのワインを飲み干した。ぽすぽすと教官がエドさんの頭を撫でる。
「オレはあんたの生徒じゃないんだがな……
「同じくらいの可愛げはある」
「あいつらと同列か……
 私達と。そっか、同じくらいか。何となく知ってはいたけど、やっぱり「可愛い生徒」扱いをされると、嬉しいようなむず痒いような気持ちになる。
「あ、いたいた!」
 入口の方から声がして、槍を背負った人がずんずん三人のテーブルへ向かってくる。
「いやあ、遅れちゃってごめん! いい本が手に入ってさあ……あれ、何か同郷でいい感じのお話してた? お兄さんお邪魔だった?」
「そう思うなら来るな」
「エドってば久しぶりのお兄さんに辛辣ぅ!」
 来るなりなかなかの扱いを受けているのはラウルさん。空いていた席、リゼット教官の向かいに座って、店員さんからグラスを受け取る。ワインを注いで、空になっていた教官とエドさんのグラスにも注いで、四人で乾杯する。あっという間に飲み干したラウルさんは、店員さんに四人分の追加注文をしていた。
「で、何のお話?」
「ガスパルが騒いでただけだ」
「おま、リディちゃんと出会うきっかけを作った俺に対して酷くない?」
「あ、そっか、エドとリディちゃんってワースバードで会ったんだっけ」
「そうそう、まさに運命! ってなもんよ」
 リゼット教官とエドさんは、キメ顔のガスパルさんをじっと見る。
……謀りだろ、あれは」
「こいつが言うと運命という言葉が途端に胡散臭い」
「お前ら本っ当、気が合うことで……そんなこと言ってると、うちのリディちゃんはエドには渡しませんよ!?」
「は? うち?」
「双銃使いと書いてうち」
 教官が巻き込まれた。注文の品を店員から受け取って、ふ、と笑う。
「そうだな、うちの子だ」
「おい、あんたまでよく分からん茶番を……大体ガスパルは立場を変え過ぎだしそもそもあんたらはオレの何なんだ」
 エドさんはグラスをまとめて店員に返し、新しいグラスに口を付けた。
「いやいや、ちょーっと待った!」
 がっ、とラウルさんがエドさんと肩を組む。一方的に。エドさんのお酒がちょっと零れた。
「うちのエドは、他所にはなかなかいないレベルの好青年なんでね! 強いし優しいし頼れる人たらし! この機会を逃すと後悔しますよ、お父さんお母さん!」
「褒めてんのかそれは」
「どうもパパでーす」
「ほう。保護者対決といくか?」
「あっ待って、武器はなしで平和にいこう?」
 楽しそうに笑ったリゼット教官にラウルさんがステイステイと手を上げる。
「というかラウル。リディはうちの子じゃなくていいのか」
「もちろんリディちゃんもうちの子だよ!! なのでうちの総取り!!」
「ずるいぜそりゃ! エドもリディちゃんも会ったのは俺が一番古いのに!」
 目まぐるしく変わる会話はとても楽しそうで、これがお酒の力なのか。それともこの四人だからなのか。私達といる時にはあまり見せない……ことも多い、子供っぽい雰囲気さえ感じる。お酒を飲んでるのに。
 急に視界が遠くなる。ああ、また、


 青い海。寄せては返す波が光る。
 先程まで夜だったのにこちらは一転、昼だ。このわくわくする雰囲気は、波々斬ノ国、海都オノコロ。
「リュシアンさーん! そっちはどうでしっ、はわわ!」
「おっと。大丈夫ですか、アメリーさん」
 転びそうになった青紫の髪の女性と、それを受け止めた白金色の髪の男性。
 リュシアンさんとアメリーさんだ。何だか意外なような、でも同い年だったよね、確か。
「あ、ありがとうございます……
「いえいえ。それで、どうでしたか?」
「あっ、そうそう。色違いで同じ模様のシャツがあって、どうかなーって。リュシアンさんは?」
 パッと顔を輝かせたアメリーさんは来た道の先を指す。
「日持ちするお菓子がありました。ファルクさんの好みはどうでしょうか?」
「うーん、クロードくんはお肉が大好きだけど、お菓子も甘すぎなかったら大丈夫だと思います!」
「なるほど。ではそちらも持ち運びできそうなものを探しましょう」
 まずはシャツを、とリュシアンさんは歩き出す。その横をアメリーさんも歩き、にっこりと笑った。
「えへへ、お土産選ぶの、楽しいですね」
「はい、とても。喜んでくれるといいのですが」
「ヴァネッサさん、私服もシックだったけど、模様付のシャツとか着てくれるかなあ……?」
「大丈夫だと思いますよ。文化祭の時もお揃いを着てましたから」
「だったらよかった!」
 二人はにこにこほわほわと笑顔を浮かべながら、オノコロショッピングをしている。お店がいっぱいあって知らないものもいっぱいで、私もとてもわくわくしたな。ミシェル達とは違った感じだけど、この二人は何とも和む。笑顔を絶やさない人だからかな。
「海っていいなぁ……国が違えばこんなに変わるのも」
「そうですね。とても穏やかで、美しい海です。私はあまり海には馴染みはありませんが、山野も国によって姿が全く違いますね」
「ですよね。そういうのが何ていうか……時々切なくなるんだけど、やっぱり素敵だなって思います」
 海の向こうを遠く、目を眇めて眺めるアメリーさんの表情は、ひどく穏やかだ。リュシアンさんは口を開いて、閉じて、もう一度口を開いた。
……私も……連邦に初めて行った時は、とても驚きました。あんなに緑があるなんて」
「あっ私も! あんなに緑が深いなんて! クロードくんはどう思ったかなあ。ユーゴくんは緑がなさすぎてびっくりしたのかも!」
「想像に難くありませんね。今頃、ヴァネッサさんとファルクさんは帝都でしょうか」
「そろそろ着いたかもですね。ユーゴくんも多分」
「ふふ。楽しんでくれてるといいですね」
 お店に着いたアメリーさんは、黄色のシャツと紫のシャツを指す。
「これ! これとかどうでしょう」
「いいですね、イメージぴったりです」
「でも実は、この緑の方とも迷ってて……
……ああ。でしたら、何か緑色の小さな細工を買いませんか? 合わせやすいものを」
「それ! ナイスアイディアです、リュシアンさん!」
 シャツを数枚買い込んだ二人は、違う道へと入っていく。波々斬の穏やかな海風が二人の髪を揺らす。まるで跳ねた波の色と、燦々と注ぐ陽光のようだった。
 日の光が視界を埋め尽くして、


「おい、そんなあからさまに機嫌を悪くするな」
「チッ、っせーな、ほっとけ!」
「おやおや。そんなに噛みついては、また狂犬と揶揄されますよ」
「テメエのせいだろうがよ!!」
 ぎゃん、とまさに嚙みついた金と黒が交じった髪の男性。それを平然と流し、というか揶揄ってすらいる白髪の男性。そして、ぐ、と自分のこめかみを押さえた黒髪にリボンの女性。
 街中に大きな建物が立ち並び、緑は少なく空には架線が走っている。今は列車は走っていないらしい。リュンヌに雰囲気の似たここは、ジルドラ帝国の帝都ハイガルデンだ。
「狂犬……? そんなことを言われていたのか」
「ハッ。負け犬どもが勝手に言ってただけだろ」
「なるほど……そんな中で、頑張っていたのだな」
……だァっ! クソ!」
 真面目な顔をして労わるヴァネッサさんから、ファルクはぷいっと顔を逸らした。
 照れくさそう。ものすごく。そんなファルクを見て、アウグストさんは笑う。
「これはまさしくかたなし、ですねえ」
「テメエはマジ黙っとけ! 大体、何でオレ様がこの野郎の用事に付き合わなきゃなんねーんだよ!」
「私は監視中の身ですから、外出時にはどなたかに付き添って頂きませんと。実力のある方に」
「私達も後は土産を買うだけなのだし、ちょうどよかった」
 双方から宥められて、ファルクは盛大に舌打ちをした。ずかずかと先頭に立って歩き出す。
「とっとと終わらすぞ!」
「あ、待ってくれ、地図では……
「お待ちを。せっかくなので散歩を楽しみたい所です。よろしいですか?」
……どうぞ」
 止めようとしたヴァネッサさんをアウグストさんが制する。お茶目に笑ったアウグストさんに、ヴァネッサさんはほんのり困りながらも生真面目に頷いた。
 そうして数分後、いつまでも店に入ろうとしないアウグストさんに気付いたファルクが目を吊り上げる。
「テメエ、道違ってんなら先に言えや!」
「よい散歩になりました」
 全く堪えてないアウグストさんの笑顔が眩しい。
 すまない、と呟いたヴァネッサさんに、ファルクはむぐ、と口を噤んだ。
……別に、テメエはハイガルデンに慣れてねえんだからしょうがねーだろ。オレもまあ……ああクソッ」
 アウグストさんの視線に気付いたファルクが舌打ちする。
 近くにあった店がどうやらヴァネッサさんとファルクの目当ての店だったらしく、そのまま中に入っていった。
「ファルク、アメリーさんの好みは?」
「卵が入ってりゃ何でも食う」
「ふむ……持ち物の趣味は?」
「知らねえ。デカめのアクセサリー着けてんのは見た」
「そうなると、菓子か小物もいいな……ファルク、それ以外で何か好きな」
「だから知るかってんだ!」
 吠えるファルクと真剣に吟味を続けるヴァネッサさんを、アウグストさんは穏やかな目で見つめている。ああ。何だか私の方がむず痒い。こんな風になるなんて。
「お前がお世話になっているのだから、気に入るものを贈りたい」
「オレが世話してんだよあれは」
「リュシアンには……そうだ、帝国でよく飲まれている紅茶などはありますか?」
「ええ。よく飲まれる茶葉と、彼が好んでいた茶葉がありますよ。私がこれから行く店にあるでしょう」
「では、そちらで」
 アウグストさんは目を細める。それに気付いたヴァネッサさんは首を傾げた。
「よい副官がいると、戦場だけでなく時に人生にも大きな影響を与えるものですよ」
「そう……ですか」
「ええ。副官の方もそうであるとよい、と思います。貴方達二人とも」
 ヴァネッサさんとファルクは反射的に互いを見る。
 ヴァネッサさんは照れたように俯いて、ファルクは今日何度目かの舌打ちをした。
……あなたもそうでしたか?」
「そうですね。……そうだろうと思います」
 菓子を買い、次いで茶屋で複数の茶葉を買い、城の近くまで三人は戻って来た。
 アウグストさんは手荷物と衣服の検査をされ、許可を受ける。
「それでは、今日はありがとうございました。またお会いしましょう」
 ファルクは答えず、ヴァネッサさんは去ろうとする背中に声を掛けた。
「あの。何か、彼に伝言はありますか」
「いいえ。……ああいえ、そうですね、一つだけ。副官殿をお大事に、と」
「え」
「おい!!」
「それでは」
 アウグストさんは気にせず踵を返し、そこにはヴァネッサさんとファルクだけが残った。
 暫し沈黙。
……か、帰るか」
……おう」
 広場まで戻ってくる間、二人に会話はなかった。が、ファルクは先程から何かを言いかけてはやめる、を繰り返している。
……どうかしたか?」
 そっとヴァネッサさんは訊ねた。
 ファルクは眉間にシワを寄せている。
………………結局、観光もクソもなかっただろうがよ」
「ああ……そうだな、お前の育った所を見たかった」
「路地裏なんざ見なくていいっての。つーかそういうことじゃなくて、一応は観光の予定だったのにあの野郎が」
「また来る。養護院にも訪れたいし……来て、いいか?」
 ファルクはがしがしと頭を掻いた。そしてまた顔を逸らす。
「勝手にしろよ」
「ああ。お前も、その……いつでも、……来て、いいんだからな」
…………その内な。コクローのおっさんもユーゴも今はそっちにいるしよ」
 ヴァネッサさんは、心底から嬉しい、という顔で笑った。
 ファルクは居心地悪そうに足踏みをして、きっと顔を上げた。と同時、ヴァネッサさんの腕を掴む。
「まだ他の奴にも買うんだろ、さっさと行くぞ!」
「あ、ああ!」
 再び街へ歩き出す二人の顔は、どちらもほんのりと赤かった。
 遠ざかる背中が、いいえ私の視界が遠ざかって、


「あら」
 緑の茂る国。穏やかな風が吹く私達の国シルヴェーアの森都ルディロームで、紫の瞳が輝いた。
「ラプラス?」
 黒髪の大きな体躯が立ち止まる。
「何でもないわぁ」
 妖艶に唇に指を当てて、ラプラスさんはバスチアンさんの横を抜けて歩き出した。それを追ってバスチアンさんも歩き出す。明らかに歩幅が違うのだが、ラプラスさんの歩調にバスチアンさんが合わせている。
「緑が多いな」
「そうね。バスチアンちゃんからそんな世間話を振られるなんてね」
「確かにそうだな。戦場にいる内は、地形は情報でしかない。だが今、特に目的なく歩くのであれば、そうした情報を述べるのも悪くないのではないかと思ったのだが」
「ま、いいんじゃない。アタシは興味ないけど」
「そうか。では聞いていてくれ」
「アタシの話、聞いてる?」
「聞いている。特に話すことがないということだろう? ならば自分の話を聞いていてもらえるとありがたい」
「ほんと、バスチアンちゃんがそんなこと言うようにとはねえ」
 しみじみ、なのか、やれやれ、なのか。ラプラスさんは息を吐いた。
「貴女のおかげだろう、ある意味」
……別にアタシのじゃないわよ、って言った所で言うんでしょ」
「その通りだ。流石だ、ラプラス」
 もう一つ、盛大にラプラスさんはため息を吐いた。
「ここら辺、食料品ばかりね。宝石とかないのかしらぁ」
「それならもう少し南の方だね!」
 二人の横からおじさんが声を掛ける。ルディローム御馴染み、私もよくお世話になった案内人さんだ。
「ここはシルヴェーア最大の市場、フードマーケット! とはいえ食料品だけじゃない、何でもあるよ。雑貨や細工は奥の方だね! それじゃあ今日も爽やかにいってらっしゃい!」
 唐突に声を掛けられて、ラプラスさんはぽかんとしている。
 感謝する、とバスチアンさんが答えて、ラプラスを促した。
……口挟む暇、なかったわ」
「流れるような、実に聞きやすい案内だった」
 爽やかにって何あれ、と呟くも、バスチアンさんもまた首を傾げるだけだった。
 気を取り直してか、案内通りに市場の奥の方へ向かった二人は道すがらの店を冷やかし、足を止めた。
「ここが細工の店のようだな。何か気に入るものはあるか?」
「そうねぇ。宝石はないみたいだしぃ、アタシはパス」
「そうか」
「バスチアンちゃんこそ、たまには何か飾ってみればぁ?」
「ふむ……以前、肉体を見せ付ける為に何も着けないのはどうかという話をしたが、今は着けた方がいいということか」
「そんな話、し……たわね、確かに……
 何も着けないって、え、服も? いやいやいや。流石に冗談だろうに、バスチアンさんは真面目に受け取っているらしかった。いやどんな会話? ……ああ、世間話の一環? いえそれでも何で?
「ほら、アナタ大っきいんだから、細いのじゃ完璧に負けるのよ。これくらいの首飾りとかどう?」
 ラプラスさんは大きな球形の木に彫りが入ったものをバスチアンさんに当てる。
「ふむ。刀を振る時に引っ掛かりそうなものは避けたい」
「アタシが選んであげるっていうのに、注文つけてくるじゃなぁい」
「すまない」
「ま、それならこれね。多少重くてもバスチアンちゃんなら平気でしょ」
 平たく丸い金属が付いた首飾りを当てると、ラプラスさんは満足そうに頷いた。
「では、これを。ラプラスはどうする?」
「アタシは興味ないって言ったでしょ」
「ああ……だが、せっかくなのだから……貴女にも贈りたかったのだが……
 バスチアンさんはしゅんとする。
 すごい。体勢も声の調子も殆ど変わらないのに分かる。
……贈る分には勝手にしたらぁ? アタシが着けるかは別よ」
「そうか。ありがとう。では……これを」
 バスチアンさんが手に取ったのは木彫りの足輪だった。細かい細工がびっしりと刻まれている。
「弓を引くのにも邪魔にはならないだろう」
「全部それ基準ね」
「? うむ」
……ま、いいけど」
 二人が選び終わるまで賢明にも黙っていた店主は、笑顔で二つ分の代金を受け取った。
 毎度あり! という声に送られて二人はまたぶらぶらと歩き出す。
「さて、どこに向かうか」
「どこでもいいわよ。どこだって行けるんだから」
 二人は石橋の方へ足を向ける。この先には、騎士学校が


 ぐん、と引かれるような感覚と共に、騎士学校が目の前にあった。
「どうだよ、久しぶりの食堂の飯は」 
「美味しかったよ。やっぱり野菜の味はシルヴェーアが一番好きだな」
「へへ、だよな! 新作メニューも美味いんだぜ」
「だろうね。でも懐かしいものが食べたかったんだ」
 鮮やかな赤い髪を一本、束ね。ほんのりと緑を宿す短い髪を揺らし。
 ああ。
「この後は買い物だよな?」
「アメリー隊長もファルクもお土産を用意してくれてるだろうからね。僕もシルヴェーアのいいものを二人にあげたいんだ」
 レオとユーゴだ。私の大事な幼馴染み達。
「んじゃ、行こうぜ。俺の分も渡しといてくれよ」
「うん、預かるよ。ミシェルや先輩方は今いないんだったっけ?」
「おう、ちょうど出払ってんだよな。ミシェルとイェルシィ先輩は帰省中だし、マクシム先輩はこれまで通りだし」
「リュシアン先輩とヴァネッサ先輩はそれぞれアメリー隊長とファルクと、だし」
「仲良くやってっかなー」
 二人はのんびりと市場へと歩みを進める。
 ああ。
 よかった。二人とも、仲直りしたんだ。
 泣き出したくなる。すごく。
 ……、あれ、でも、

 私は、どこ?

 ざわりとする。
 レオとユーゴがいるのに、私はどうして?
 いいえそれ以前に、何故、こんなに視点が切り替わって――どうしてそれを疑問にも思わなくなったの?
 レオ、ユーゴ、待って。
 二人の背中が遠ざかる。
 楽しそうに笑って。
 待って!
 声が出ない。違う、声を出す器官が、私は、私という存在は。

「セリアちゃん」

 視界が引っ張られる。
 ラプラスさんがそこにいた。
 バスチアンさんは。レオとユーゴは。
 三人だけじゃない。誰もいない。ルディロームの街中で、私とラプラスさんだけ。
 ラプラスさんは手を伸ばす。一瞬目が覆われて、すぐに離れた。
 何故、どうして、という疑問とざわざわする感じは取れないけれど、少しだけ息が出来るような気がした。
「ほーんとアナタって子は」
 肩を竦めるラプラスさんを見つめる。紫の瞳が美しく煌めいた。暫くただそれだけの時間が続く。
……ねぇ、セリアちゃん」
 何ですか、ラプラスさん。
 ややあって口を開いたラプラスさんに答える。
「アナタは選びなさい。厄介なものよ、何を選んだって。冗談じゃないってくらい」
 ため息を零したラプラスさんの声は、静かで淡々としている。
「それでも選びなさい。生き方はアナタにしか選べないの。いく先もね」
 ふと、ラプラスさんは笑った。柔らかで、どこか眩しくて。それはすぐに掻き消えて、いつもの人を食ったようなにんまり笑顔になる。
 あ。
 引っ張られる。戻る。そう、戻るんだ。
 私は。
 セリア・アルヴィエは――






……あ」
 目を開ける。身体が重い。息が出来る。
 ここは、騎士学校寮の自室だ。
 足を抱えて横になっている内、眠ってしまったらしい。まあ、夜遅くに戻ってきて元より仮眠のつもりだったからいいんだけど、着替えくらいしてから寝なさいよ、と昨夜の自分に文句を言う。制服の替えを出さないと……シワになったのは後で洗濯しよう。
 ゆっくりと身を起こす。
 先にシャワーを浴びて、それから着替えて早めの朝食を食べて。
 ……夢を見ていた気がする。
 頭の中がぼんやりして、霧が掛かったように思い出せない。泣きたいような気もするし、笑いたい気もする。
 鼓動を強く感じるくせに、身体の他の部分は何でもない。
 安堵した気もするし、怖かった気もする。
 カーテンの隙間が明るい。
「朝、か」
 手を伸ばしてカーテンを開けた。
 朝の日差しは眩しくて。
……あれ」
 右目から一粒だけ、涙が零れ落ちた。