冬灯夜
2022-06-02 21:58:18
11279文字
Public ルミナリア
 

それでも朝は来る

ルミナリア セリアとミシェル、連邦オールキャラ
#ルミナリア版ドロライ企画【エピソードファイナル】
・式典直後の騎士学校での話
【追記】7/30 2P目 先輩達のターン

 その一報は、騎士学校に衝撃をもたらして走り抜けた。
 ブレイズの、と言えば学内の誰にも通じる。――ユーゴ・シモンが亡命した、と。
 学内に限って言えば、法王カナンへの襲撃やル・サント村跡地の状態よりも大きな衝撃だった。情報がまだ錯綜していたこともあり、学内は不安と混乱の声が至る所で上がり、教官とブレイズの帰投を固唾を飲んで待っていた。
 そして――戻って来たブレイズは、欠けていた。
 意識を失い、搬送されてきたレオくん。付き添っているセリア。報告と指揮の為にすぐその場を離れたリゼット教官。
 全員がボロボロで、そこにいるべきもう一人がいない。
 どうして、と言葉を呑み込む。私は治療の為に、学内は情報収集や事後処理の為に動き始め、形ばかりでも騒然とした空気が落ち着いたのは、夜になってからだった。
「セリア、少し休みませんか。治療はひとまず終わって、後は意識が戻ってからでないと……
 ずっとレオくんに付き添い、薬剤を持ってきたり汗を拭いたりと治療の手助けをしていたセリアに声を掛ける。
「ううん、平気。私はほら、大きな怪我はないし」
 ベッドの傍の椅子に腰かけて、セリアは動こうとしない。
 それに、と小さな声がした。
「せめて、レオの傍にいたいの」
「セリア……
 どうして。どうして彼は、行ってしまったのだろう。こんなに傷付いてる二人を置いて。
……あ。ごめん、私、何もしてなくて……ミシェルや先輩方に色んなことしてもらって……今からでも手伝いに」
「座ってください」
 立ち上がろうとしたセリアの肩を押さえる。
 一体、何を言い出すのだろうか。
「レオくんの看病、してくれてるでしょう? それに本当はセリアだって寝ていた方がいいくらいなんです」
 けれどセリアが休もうとしないから、幼馴染みを心配する気持ちが皆分かるから、医務室に詰めてもらっていたのだ。
……でも」
「ほら、手を診せてください」
 きつく握られていた手を取って、強引に解かせる。簡略に巻かれただけの包帯の下から、小さな傷が幾つも現れた。単純な擦過傷から、マナの影響によるものまで。弓を引き過ぎれば当然こうなるし、身体には打撲なども隠れていることだろう。
 しっかり薬を塗り込んで、新しい包帯を必要な分だけ巻き直す。随分すっきりした筈だ。
「セリア、身体の方も診ます。パーテーションの裏に」
 念の為に視界を塞ごうと、レオくんのベッドとの間にパーテーションを動か――せなかった。
 セリアがパーテーションを掴んで止めている。
「だ、大丈夫。私は大したことないし、ミシェルだって疲れてるし、レオのこと看てなきゃ」
 セリアは必死に言い募る。少し悩んで、手をを離した。
 明らかにほっとしたセリアに、思わず眉が跳ねた。セリアは困ったように目を逸らす。益々目が吊り上がってしまう。
「セリア」
「なに?」
「セリアは強いです」
 優しくて、芯があって、幼馴染みの二人をとても大切にしていて、今だって目を覚まさない幼馴染みの看病をしている。
「でも、こんな時には」
「強くない」
 決して大きな声ではなかった。けれど遮るようなタイミングで。
「あ……
 多分、咄嗟に零れてしまったのだろう。セリアは狼狽えている。
「ごめ、私……
「セリア」
 包帯の上から、そっと手を包む。
「大丈夫なわけないでしょう」
 セリアは首を振る。そうして笑う。
「本当に大丈夫だって。こうして動けてるんだもん、大した怪我じゃ」
「セリアが、お二人のことをどれだけ大事にしてるか知っています」
――っ」
 怪我の程度の話ではないのだ。
 どれほど二人を大事に想っているか。どれほど三人の日常を慈しんでいるか。……どれほど、過去の後悔を抱えているか。
「大丈夫なわけ、ない」
 見つめて断言すると、セリアの瞳が揺れる。
 強く手を握った。
……私、なにも出来なかったの」
 くしゃりとセリアの顔が歪む。
「追いかけることも、止めることも……レオがこんなになってるのに、レオにもユーゴにも、なにも」
 声が掠れて、背から折れるように俯く。
「今度こそ見届けるって。何があっても二人の傍にいるって決めたのに……
 私、なにも、変わってない……!」
 ぼろぼろと大粒の涙が手の上に降る。肩を震わせて嗚咽している。初めて、こんな姿を見た。ぎゅっとセリアを抱きしめる。
 セリアの手が力なく私の裾を掴んだ。
 こうまで言っても、まだ抑えるように泣いているセリアがどうしても堪えられなくて、背中をさする。
 嗚咽の声が続く。暫くしてぐすりと鼻をすする音がして、セリアはゆっくりと顔を上げた。
「ごめんね、ミシェル……
「謝らないで」
 清拭用の換えタオルを濡らし、セリアの顔に当てる。熱くなった頬には少し冷たかったらしく、目が瞬かれた。
「謝ることじゃないんです。レオくんもセリアも」
 セリアは黙ってタオルに顔を当てている。
……何があったか、訊いてもいいですか?」
……うん」
 そうしてセリアが話してくれた顛末は、到底納得のいくものではなかった。襲撃、連邦兵の殺傷、二度目の襲撃、そして止めようとしたレオくんとの交戦。
「ユーゴが何を考えて、思ってたのか分からないの。何か……悩んでたのは知ってたけど、聞けなかった」
 確かに、妙な空気があったのは察していた。
 けれど、幼馴染みを大事にしているのはセリアだけじゃない。三人が三人とも、お互いを大事に想っている。その幼馴染みにさえ何も告げることなく行ってしまう事情なんて、何があるというのだろう。
……後悔ばっかりする」
 呟いて、セリアはエンブリオに染まった右目を覆った。残った左目も揺れている。
……ねえ、セリア。次にユーゴさんに会ったら、どうしたいですか?」
「え?」
 戸惑ったセリアは、少し考え込んだ。そして顔を上げ、真っ直ぐに私を見た。
「ユーゴの気持ちを聞きたい。どうして亡命なんてしたのって、どうして……最後にあんなこと言ったのに、行っちゃうのって。言わなかったなら、きっと何かある。でも、ユーゴの本当の気持ちが知りたい」
 その目は、私が“強い”と思った時と同じ、決意の目。
 うん、と私は頷いた。
「じゃあ、ちゃんと傷を治して追いかけないといけませんね」
「うん。……私、絶対、諦めない」
「はい。ちなみに私は……そうですね。一発、ちょっと」
「え」
 両手を握って、交互に振ってみる。やっぱり体術はまだまだだから、教官にもっと本格的に教えてもらわないと。
「右……うん、やっぱり右かな。ストレートで、こう」
 脇を締めて真っ直ぐ。
「あ、あ、あの、み、ミシェル?」
 動揺しているセリアに、にこりと微笑んでみせる。
「ふふ。実は怒ってるんですよ、私」
 どんな理由があろうと、二人を傷付けて。
 悩む時間に寄り添えなかったことは心苦しい。悩み抜いた末なんだろうと思う。けれど、一人で抱え込むのはいけない。
「だから、一発。それから理由を聞いて、皆でまた悩みましょう」
 呆気にとられたらしいセリアが、ややあって笑った。
「うん、そうね。……ありがとう、ミシェル」
 小さく首を振って応えた。
 とんとん、とノックの音がする。
「セリア、ミシェル、いいか」
「はい!」
「開けるねー」
 入口に向かう前に、扉が開けられる。開けたのはイェルシィ先輩と、お盆を持ったヴァネッサ先輩だった。
「二人とも、そろそろ休め」
「レオレオのことはあたしが看てるからさ」
「あ、いえでも、先輩方もお疲れで」
 ヴァネッサ先輩がセリアにお盆を差し出す。おにぎりが幾つか乗っていた。
「それと、少しでも食べてくれ。休むことも任務の内だ」
……はい。ありがとうございます」
 セリアは素直にお盆を受け取った。イェルシィ先輩がこちらを覗き込む。
「ミーちゃんもだよ? ずっとここに居たっしょ。薬草のこと少しなら分かるし、トトもいるしね!」
 何かあったらすぐ知らせるから大丈夫だよ、と優しく肩を叩かれる。
 トトさんもイェルシィ先輩の肩から私たちを心配そうに見ていた。
「セリア」
「うん。そうします」
 二人で頭を下げて、医務室の外へ向かう。ヴァネッサ先輩が、どこか気まずげに目線を逸らして呟いた。
……その、私の好みのものになってしまってすまない」
「いえ、食べやすくて嬉しいです。それに」
「『食べる者こそが』……ですよね」
 ヴァネッサ先輩は、小さく微笑んだ。
「その通りだ。私はまた見回りに行く」
「あたしはさっき言った通り、ばっちりレオレオ看てるから!」
 イェルシィ先輩に見送られ、ヴァネッサ先輩とは玄関口で別れた。
 喧騒の収まった、けれどどこかそわそわした空気の中、無言で歩く。
「はい、半分」
 部屋の前でセリアからおにぎりを受け取った。
「明日、ちゃんと診せてもらいますからね」
……は、はーい」
 念を押すと、ちょっと目を逸らされた。……とりあえず了解は取ったのでよしとする。
「おやすみ、ミシェル」
「おやすみなさい、セリア」
 自室でおにぎりを口にする。ほんのりとした塩味が疲れた身体に心地よい。
 窓の外はルディロームの静かな夜。けれどどんな深い夜にだって、星と月と、ランプの灯りが瞬いている。
 どれほど傷付いても、泣いても、終わりのようであっても。明日の朝はやって来る。起きたくなくたって、歩きたくなくたって。
 ――必ず、歩きだせる朝が来るのだ。