冬灯夜
2016-12-31 20:53:24
1503文字
Public TOV
 

おっさんの見る夢

・TOV レイエス(レイ→エス)
・スピカさんの作品の三次創作にあたります(リンクは本文にて)



 野の原を歩いている。
 石や岩がごろごろしていたが、申し訳程度に生えている草が、それでもここは草原だと言っていた。
 ここはどこだろう、なんてことは思わなかった。
 ただぼんやりと歩く。

 足元は、段々と歩き難くなっていた。
 それでも歩く。惰性のようなものだった。止まったら、多分それが終着だ。
 終着してもよい、筈だった。
 むしろそれを望んでいた筈だった。けれど他ならぬ自分の声が言う。

「進め」「先へ」「手を伸ばしたいんだ」

 その声は、先にある何かを知っていた。
 何も見えないこの先を、出会うまで行けと、会わせてくれと、懇願している。
 考えることを放棄して、足を進めた。
 草は足を絡め、石にたたらを踏み、風は身を切り裂く。

「レイヴン」

 不意に、己以外の声がする。
 呼んでいる。あれは自分を呼ぶ声だ。
 ああそうだ、俺はあれが欲しいんだ。
 自覚した瞬間に、目の前に光が見えた。光が見えた途端、草が一気に生い茂る。それは足を取る凶暴なものでなく、ただあるべき草原の形を取り戻したように思えた。
 光は逃げない。
 けれどあれに触れなくては、ここまで歩いた意味がない。
 確信めいた焦燥感に囚われながら、草を分けて進む。

 手を伸ばせば届く距離までやってきて、足が止まった。
 本当に、いいのだろうか。
 これに触れてもいいのだろうか。
 凍り付いたように手が動かせなくなった。欲しいと言う声は止まず、背反する。
 その硬直を解いたのは、他でもない。目の前の光そのものだった。
 ――光が手をすり抜けて胸に飛び込んでくる。
 押し倒されるように姿勢を崩して、けれど光が逸れぬよう抱き留めて柔らかな草地に尻をつく。

「レイヴン」

 人の大きさだった光は、腕の中で溶けて花色の少女になる。
 彼女は――エステリーゼは、大きな翠の目でこちらを見ていた。

「どうしたんです?」
「あ、いや」

 不思議そうに問われて、掠れた声が出る。
 声を出した途端、消えてしまうのではないかと不安に駆られていたのが馬鹿らしいほどに安堵した。
 エステリーゼは消えない。どこにも行かない。
 ならば、呼んでもいいのだろうか。

「嬢、ちゃん」
「はい」

 やはり掠れた声のまま。対して返事は凛と響いて、全身に吸い込まれる。
 触れた箇所の加重と熱が心地よい。
 当たり前のように、エステリーゼは腕の中にいる。胸が詰まる。締め付けられる。嫌なものではない、ただ衝動のまま、頬に手を伸ばした。
 それを認めたエステリーゼは、破顔した。
 ――嬉しそうに。とても喜ばしいと言うように。
 近づいていく。
 手だけでなく、顔が、身体が、エステリーゼと距離を縮めて。
 ゆっくりと、彼女の瞼が閉じて、

……嬢ちゃん」













 目を開けて、夢だと気付いた。
 理解したその一瞬で、動悸が全身を支配する。
 ひゅ、と息を呑む。
 がんがん頭が鳴るのは急激な動悸と呼気のせいだ。
「なん、……はっ、う、そだろ」
 夢の中など目じゃないほどに、声が震えていた。
 最後。俺は何をしようとした。
 何を。
 ゆめだ。たかが、夢。本人じゃない。俺じゃない。


 起き上がり、だが動けないまま頭を抱える。
 早朝、空のベッドはあるものの、誰にも見られていないことだけが幸いだったと気づくのは、もう少し後のことである。