takisaka
2018-11-19 18:52:15
2897文字
Public 企画文
 

夜的第八章

弾丸(気持ちR15)。本気のえろをかくタグでリクエストは「機械っぽいやつ」

 銃とは、はたしてどこからが銃であるのか。
 ただの鉄塊と我らを分けるものは、はたして何か。

◇◇◇

――もう目が覚めたかい。お前も俺ほどじゃないけれどつくりが頑丈で助かるよ」

 フェイロンが目を覚ましたちょうどそのとき、湯を沸かすための電気ケトルがけたたましい音を立てていた。窓のひとつもない地下の作業場では、気温の変化だけが季節のめぐりを知るすべだ。作業と試射のためのその空間の広がりは、愛想もなくただただがらんとして、鉄と油のにおいばかりが強い。まぶしいばかりに明るい部屋、指に付着したグリースをそのままにコッフェルに注いだ白湯を啜っていた一星は作業台の上にちらと目をやった。そこにはいましもひとのかたちを取ったばかりの、一丁の銃がある/いる。

……お前の損傷、人間でいえばまあ半身不随ってところだったんだよ。ひとまず形をつけるために黒星(きょうだい)の部品を削って、幾つか流用してる。すぐ調達できるのがそれしかなくて――動作に違和感があるだろう。試射をしながら反動調整をするか、純正パーツを取り寄せるか考えないと……

 この銃であり同時に少年であるものを地下の作業場に運び込んで三日目。深夜。
 一日目は南の町工場が運転を始めて以来、週休以外ではおよそ初めての全日休業だった。ワーカホリックのきらいがある工場長の珍しい振る舞いに、工員たちは皆けげんな、或いは心配そうに顔色を伺いなどしながら一日分の手当を手渡されて帰っていった。その工場長はいましも、作業台に起き上がろうとして苦痛に呻く少年の胸をそっと突いた――銃が人に、人が銃に。どちらかに己の基を置き、うちにそれぞれの弾丸を秘めながらそれぞれの姿を自在にうつろいゆく鋼たちの大きな欠損がどこに反映されるのかはそれぞれの個体差が大きいが、動作に支障が出る場合はまず手足に反映することが多い。それはこのトゥルスキー・トカレヴァ1930/33――黒一星(ヘイ・イーシン)が戦場と、それから旋盤の前で培った経験則だ。
 とん、と押しただけの軽い衝撃にも耐えきれず再びあおのいて倒れる。三日前、彼に最後の弾丸を放った中国産マカロフPM――通称赤星、またこの銃の人としての名さえ彼は知っている。数十年の時とともに千里の外の離別を経ても、風景写真に残るインクの染みのようであった少年は、その手を握る幼らしい指の感触を、いまだ覚えている。

「俺は最初に、おとなしくして、と言ったよ、伍緋龍(ウー・フェイロン)。ここは俺の工場だし、直るまでお前は俺の仕事だし、そして言っておくけど俺はここ最近、今日で三日くらい寝ていない」
「ハ?……
「こんな小工場だっていうのに、お前を含めいきなり仕事詰めでね――ステファンとチヴェッタは南(うち)の子だし、なにせいつも通りのじゃれ合いだから、いつも仲良く帰りに寄ってはフレームを直すくらいなんだけど――お前を運んだあと行って戻ってきたアル巡警はうなされながらお前の隣で仲良くおねんねだ。整備が済んだから昨日帰した」
……九(ジウ)の野郎。あいつ一体全体何やってんでありますか……
「さあ? 約束するってうわごとばかり。道端に銃の方で落ちてたけど、彼はいい巡警(おまわりさん)だからね、近所の人が届けてくれたんだ――

 よいしょ、とばかりに作業台に乗り上げる――銃を乗せることもあり人を乗せることもあり、だから広く取られた金属製のスペースはジーンズ越しに冷たい。それとともに、乗り上げる少年の体躯は、人のようでありながら鋼の温度をしている。のしりと下に敷いたフェイロンの手足は咄嗟に、動作の不自由な身体ながら、居心地悪げに藻掻くような動きをした。

「そして哥哥は哥哥で何やってるでありますか……
「寝るんだよ、決まってる。暫く――ここ十年くらいか、めっきり銃に戻ってないから、自分じゃやり方が思い出せないんだ。弟弟、手伝って」

 白い瞼の睫の影に蒼ずんだ隈を落とし、うなじを覗かせる黒髪はぱさついて艶が無い。身体と思考は泥のように重い。眠りたかった。死体のように、或いは無機物のように。そして同じくらい、それを邪魔する下腹の熱を燃やしてしまいたかった。娼妓の技巧をなぞって腰を押しつけてかるく揺すってやると、下に覗く灰碧の瞳には一瞬の沈黙と、曰く言い難い動揺とが稲妻のように走り――それから唾のような悪態をごく短く吐き捨てた。

「阿婆擦れ」
「教えたろ。単純なものは単純であることこそが価値であり、そして然るべきものは然るべきように、だ。こちとら15分で解体できるトカレフだ」

 仏像のようにアルカイックな笑みは、彼が工場長である日常とまるで変わらず、そこに差異を見出すことは難しい。それであるというのに、下から見上げる角度では気がおかしくなるような凄艶さだった。
 損傷でろくに動きもしない手首を引き寄せて、己の腰に据えさせる――人であるとき、黒一星の外見はおよそはたちになるかならないか、一見は東洋系の黒髪の青年だ。そうして、彼の腰骨のくぼみにそれはある。のしかかり、ぐっと身を屈めた拍子にジーンズの隙間から垣間見える素肌、そして象牙色した滑らかな肌膚に刻まれた黒い一つ星の痣。これがゆえに製造最初期、現代では博物館入りのナンバリングを持って北から流れてきたにも関わらず、彼が己の基を置く呼び名は黒星(ヘイシン)だ。
 北の地でつくられ幾多の戦場を経、まごうかたなく鋼の種族であるから、いまだ撃たれぬに関わらず、彼の人としての吐息は硝煙の香りをさせてこのように熱いのだ。灰がかった髪に汗ばんだ手を差し入れ、その頭を引き起こす。

「わかるだろ――ここがグリップ。そう、じょうず……
「引き金は」
「ないしょ。わかっているだろうけど、俺に安全装置はない」

 いまだ少年とも青年ともつかぬ成長途上のてのひらは躊躇し、力は入らず、しかし憑かれたように肌を這う。反射のように、その指は幾度か震えた。彼はそこで自身の重心を落ち着かせるための位置を探り、ゆるやかにからだを揺すった。銃と人が交錯するこの街で『引き金なし』とも揶揄されるほど人に己を撃たせない、それが工場長こと黒一星だ。
 そして同時にどうしようもない、銃狂いの淫乱だ。

「知ってる、けど、こんな、聞いてねーでありますよッ……ち、この、クソッタレ……
「そう言われると思ってた」

 ――だからお前に会いたくなかった。

 不埒な熱を込めて、睦言のようにそう耳朶に囁いてやる。瞬間、ふて腐れた無気力な少年の貌に覗く表情は、およそ数十年の時を越えて置き去りにされた迷子の幼児めいた。それを目にして、一星ははぐれていた弟をやっとみつけた少年のように、まるで無邪気に笑う。硝煙の吐息が交錯するほんの数㎝の距離を、己の銃としての躊躇いない撃発とかわらぬ衝動で踏み越え、くちづけて丁寧に歯列を舌でなぞってやれば、自分自身のからだの内側が漣めいて痙攣した。

 ああ、あるべきものがあるべきところにあるのは素晴らしい。