takisaka
2018-05-24 21:11:29
4570文字
Public コンレボ
 

夢見る機械の遠国

コンレボ習作

永遠に唄わない
永遠に笑わない

永遠に歩かない
永遠に眠らない

永遠に呪わない
永遠に祈らない

永遠に終わらない
永遠の遠国へ

(「永遠の遠国のうた」)

◇◇◇

 波音がする。

 あしもとで砂を踏みしめる感触。

 視線を巡らせばかたえにはどこまでも続く、鉛色の空と海の水平線。頬を嬲る風は、鋼のからだには、寒いとも、暑いとも正確にはわからない。ただ電子の記憶にある南方の海と比べてそれらはあまりに寒々しい色を湛えているので、冬なのではないかと思う。
 かたわらを歩むのは帽子に編んだ髪を隠して、少年のようにはずんだ足取りだ。対である乙號――興梠美枝子は彼の無骨な手に時折そっと白い手を添え、彼は時折それをそっと握り返す。寄せては返す波のように静かな心持ちで、ふと声を発して尋ねた。

 ――美枝子。

 ――なあに?

 ――ここは、一体どこだろう。

 振り向いたときにはねる三つ編みの髪先、うるおいのある大きな瞳でぱちりと瞬きし、それはただ、その微笑だけで胸を刺すような一瞬の表情だった。彼女の唇がなにか言葉を象ってやわらかく動きかけた瞬間、彼女を含めたすべての映像はチャンネルを変えるときのように引き歪み、どこか遠い海と波音は鉛色のノイズに呑み込まれて消えた。

◇◇◇

 思えば数奇な運命だ。

 丁號・半田馨の回路のうちには時折、そんな感情が去来する。或いはかつて遠い南の島で、と或る兵士とともに厳しい陽光に晒されていたころからの電子的な記憶が積み重なって、処理しきれずフローを起こした部分に何らかのバグが生じているのかもしれない。

(知り合いがこの現場で働いていて、すぐに連絡してくれた。そんなときに帰国するなんて、運命だな)

 横転したジープとそれを包む爆炎。かつて浄水場だったという工事現場。河原にひっそりとたたずむバラック。暗がりの中で棺のように倒れていたロッカー。そしてそこに横たわる、鋼とばら色の機体。
 うらぶれた外套を纏った同型機から聞かされた、運命、ということばを彼が強く意識するようになったのは、おそらくそこが起点だ。戦時中――研究所で丁號が乙號とともに起動して回路に火が点ったときから、『自分たち』はひとつになることを指針として行動するように設定されている。だが、それは運命ではない。機械である自分達にとっては設計図通りの制作者に意図された動作、木から熟れた林檎が重力に従って落ちるほどの、ごく当たり前の摂理にすぎない。……

「よっ。ざっと30年ぶりに腹を開けて空気を通すのもどうかと思ってたが。ぶじ再起動できたな、丁號――いや、半田馨さん。問題ないか?」

 無機質で清潔な計器の並ぶ部屋、手術台とも作業台ともつかぬ台のうえに二体並んで横たわり、思考プロセスを遮った声に対して、半田は「ああ。問題ない」と、短く答えた。
 人間を模した外装は精悍な青年の容貌、光ない海に似た暗さの瞳。そこに瞬くばら色の光点で、彼はその相手を見る。かたわらに立つのは軽妙に指を振ってみせるしぐさがさまになる、どこか飄々としてつかみどころのない男だ。いまは白衣を纏い、顎に指を当ててふむ、と考え込むそぶり。――

「動作やメインプロセスに違和感があるようならすぐに申告をしてほしい。戦時中の技術ってやつは僕からしてもまだまだ全容は掴めていなくてね――おふたりを鋳型にして実験機を組んでみて、その僕が実物を前にして言うのもなんだが、いやはやとんだ設計だ」
「設計……
「『人間球体論』、古代ギリシャだっけ? それを思い出して仕方ないよ」
「プラトンだ」

 おそらくは、ごく他愛ない世間話のつもりだったのだろう。思わぬ反応にちょっと驚いたようにまばたきをすると、その男――芳村兵馬の目は暗いところでは青みがかって光ることがわかる。半田は機械のように、ごく淡々と繰り返した――勿論、設計されたときから自分たちは機械そのものであるのだが。

「プラトンだ。人間は、かつて完全な球体――つまり二つの頭と四本の手と四本の足を持ち、男であり女であり、そして同時に男でも女でもなかった。この存在は完全であり平等であった。だがそれゆえに神はこれを二つに切り分けてしまい、二つに切り分けられた各々はもう一方の片割れを求め探し続けることになった。……
「ああ――思い出してきた。そうしてその分身同士が出会った時にこそ、完全無欠な愛が成立する、だっけか? あなたたちみたいに。まったく、戦争っていうのは科学者って人種を浪漫的にするのかね」

 ぎしりと椅子の背もたれを軋ませて兵馬が腰を下ろした。彫りの深い、端正な鼻梁をした、人を食ったようなにやにやとした表情からは実のところ、そのほんとうの感情を窺い知ることがごく難しい。

「それはわからない。だが、ぼくたちを作成した当時の科学者たちが、プラトンについて語っていたことを記憶している……

 壁に貼られた色褪せる前の設計図、地下研究所のひいやりと冷たい空気の質感、飛行場では飛行機のプロペラ響く爆音。
 日付が行方不明になったそれらの記憶を想起しながら彼は乙號――興梠美枝子、かたわらでいまだ休眠状態にある彼女の額に手を伸ばし、そっと触れた。片割れを求める行動は、彼らのうちでは他の殆どの思考プロセスよりずっと優先度が高く設定されている。戦時中南方に輸送された半田に与えられた待機命令はそれに長らく軛をかけ、また物理的な距離計算が設定された式に対して解答を出し続けていた。
 そのお互いが、いまこうして触れることができる距離にある。

「運命だ」

 学習したことばを反復して淡々と口に出すと、今は科学者然とした格好をしている男はふと、いままで垣間見た印象から遠く離れた顔をした――瞑想者のような、不可思議に静謐な、または別の視座から見下ろす天文台の観測者のような。

「いいや――不確定要素の集合だ。多元的に重なり合う一点であるこの世界はさまざまの世界と隣接し、またその時間流の中で起こるさまざまの出来事は多くの場合は互いにほんの些細な影響をしか及ぼすことができない。だが、波及した影響はその都度なかったことにはならず、或る瞬間に臨界に達して限界値を突破し、それまでに観測された事実から大きくかけ離れた結果をもたらす――

 そこまでを流れるように言葉を口にしてから、ぱちりと目を瞬かせて、芳村兵馬は我に返った。かたわらで動作を一時停止したまま己のことばに聞き入る青年――もしくは人間につくられた機械に気づいたのだった。「……まあ、そういう説もあるってことで!」照れたように鼻のあたまを掻き、気障なウィンクをひとつ。

「いいや、興味深い。マルクスもプルードンも、資本論も無政府主義も、結局、ぼくたちのプログラム設定にはそぐわなかったから」
「勉強熱心だなあ。二十七年おまけされた戦争から帰った兵器が地下活動を始めたって、この数年うわさにはなっていたけれどねえ……どうだい? 人吉爾朗は。元気そうだったか?」
「健康には問題なさそうだった。心的な悩みは多いようだったが」

 想起すれば青年のくれないのマフラーの残像が、炎のように記憶映像にちらめいた。
 観察結果と会話のログからそうと推察することは出来ても、半田にも美枝子にも、その機微を人間のように感じ取り、心中を伺い知ることはできない――この世にただ一対の、人間ではない機械。そう定義しながら自分たちは稼働している。ばら色の光点またたく目をあげて、そのかたわれである一個の機械はきっかりと視界中央のレティクルに眼前の飄々とした男を捉えた。いまは白衣の背中を無防備に晒し、かたわらの計器を操作している。

……いっとき行動をともにしていたが、彼らも、そしてあなたたちもそうだ――人間であるということ、超人であるということ。正義であるということ、そしてそれには対峙するために悪が必要であるということ。対立しながら、お互いに数多くの矛盾を孕み、己の疑問を解決できないでいる。誰もがたったひとつの答えを見出せないでいる」
「ああ、そうだ。そんなものは最初からないのかもしれない――
「そうしてそのくせ、それでいいとも受け容れられない」
「人間ってのは不便なのさ。矛盾ばかりで、目的も行動も一致しない、ちっともスマートになんて生きられやしない。最初から目的がはっきりしているあなたたちみたいにはなれない――
「いいや。そうでもない」

 そのことばに、芳村兵馬は振り向く――その猫科の瞳孔を秘めた瞳が、ちょっと瞬きした。半田は台のかたわらに置かれていたシャツを手に取り、腕を通し始めている。そうして身支度をして機械の身体を覆ってしまえば、彼はまるで二十年ばかり前に埃っぽい街に屯していた復員兵か、もしくは山中にひそむゲリラを思わせる。そうでもない――そのことばの響きを味わうように、半田はもう一度繰り返した。

「そうでもない。ぼくたちは――ぼくは南方の戦地のさなかで、命令を待って待機を続けることしかできなかった、美枝子は戦争を忌避したくとも、同じ兵器を破壊することしかできなかった。……

 少なくとも、与えられた設計には矛盾しないプログラム。しかしこれははたして正しさ足り得るだろうか。それでもわかるのは、そこに内包するのは、合体することでようやく平和のために機能する、番いの回路にともった熱量だ。

「ぼくと彼女はもともと、この国の平和のために合体するようつくられた。芳村兵馬、あなたに協力することで、ぼく/わたしの機体を基に、より多くの人の安全を守ることができると判断した。ぼくたちは――正しく使われることを祈っている」
……機械も、祈るのか」

 そこで兵馬はちょっとうつむき、くしゃりとそのくせっ毛をかき回した。下を向いているので、そのとき彼がどんな表情をしていたのかは半田がその機械の義眼で窺い知ることのできないひとつだ。だから、やはり淡々と続けた。

「或いは、夢を見る、というほうが正確なのかもしれない。ぼくたちも夢を見ることはできる。――なぜだろう、あなたにそのことを覚えていてほしい、と思う」
「いったい、なぜ僕なんだ?」
「あなたがそこに存在したから、というのは理由にはならないか? そう……人間ふうに言うなら、きっとこれを回路が囁いている、とでも言うんだろう」

 そう言って、半田馨は人間を真似て、ぎこちなく微笑した。
 存在する理由は最初から決まっていて、設計された目的はどうしようもなく曖昧で、時間とともに使う人間に都合よくすりかえられてゆく……それでも、夢を見ることはできる。

 彼は思い出す。ついさっき、休眠状態から復帰するまでに見た、どこか遠い国の海辺をともに歩く、短い夢を。

 永遠に叶わない平和、どこにもないのかもしれない正義、或いは、遙かかなた遠い国。

 ――ぼく/わたしは、きっとそこではもう二度と歌わなくてもいいのだ。

◇◇◇

 永遠に遊ばない
 永遠に忘れない

 永遠に焦がれない
 永遠に悔やまない

 永遠に帰れない
 永遠の遠国へ