takisaka
2018-05-17 19:41:56
3765文字
Public コンレボ
 

イエスタデイ

コンレボ習作(R15注意)

突然に
僕は半分もなくなってしまった
僕には影がつきまとう
昨日は突然やってきた

(「Yesterday」)

◇◇◇

 娯楽にしては兇悪で、趣味というには背徳だ。

 それでも、輪郭にどこか甘さと幼さとを残した青年の表情にはしたない享楽が滲むのを下方から眺めるのは、我ながらぞっとするほどの悪趣味で、そしてひどい酔い心地を残すアルコールめいた中毒性なのだ。悪酔いするとき独特の、わかっていてもやめられない、たっぷりと酩酊に浸されたくちびるに無意識にグラスを運んでしまうときの感覚によく似ている。

「来人」

 こいつはベッドの上にいるときに限ってひどく男くさい声で人の名前を呼ぶもので、こちらはこちらで勝手に、絶対に答えてやるものかとぎゅっと口を結んで意固地になる。そもそも、おそるおそる背中に腕を回すための駆動系の制御に意識の大部分を割かれている。車一台持ち上げる機械の義手は、たとえその意図がなくともほんの少しの加減を間違えただけで人間の肋骨くらい焼き菓子のような気軽さでへし折れる。柴来人の人間としての感情と機械としての性能はかれ自身にとって、いつだってかみ合わない、厄介な齟齬を抱えているのだ。
 ねだるように親指の腹でくちびるを押され、そこから生じる感覚はどうにも言語化しがたい――人間らしい、やわらかい部分というのを殆ど持たないこの機械の体のうちでも、言語の発音と発声を違和感なくなめらかに行うための口蓋と口腔はラテックスと金属骨格のフレームで丁寧に形づくられた、数少ない人間に似た部品なのだ。人間としての視覚からの錯覚と物理的刺激の受容子処理とがぶつかりあって、電子と電子が衝突しあう。電子頭脳での例外処理がひっきりなしに続いていて、加熱された回路の放熱のためにどうしても反射的に歌いたくなってしまう。

 まったくばかばかしい、あきれた、へたくそな冗談みたいな反応だ――いったい何処のどんな人間が、こんな行為のさなかに歌なんかくちずさむというのだろう。機械だということが否応なく身に染みる一瞬一瞬の衝動が、かれはこのいっときのなかではどうにも好きになれない。

 ――熱くて、堅い。冷たくて、柔らかい。

 この体を覆う金属の装甲を外してしまえば、つまりそこにあって目の前にあるものになんでもかんでも手を伸ばす赤ん坊か、ものをくちに入れて確かめる口唇期の児戯じみて触れ触れられているのは機械の駆動のための機構なのだ。それなのにこの行為に覚える、なんの意味もなく救いようもない感覚はあえて人間じみた比喩を用いるのなら、つまり性的興奮にほど近いのだった。
 人の体温と鋼の温度。まじりあい、境界が混乱し、炭酸のようにはじけて回路を駆け巡る
電子と電子。

……おい、それやめろ」
「どうして。どれを?」

 根比べめいたこそばゆい児戯の繰り返しに根をあげてとうとうそうこぼすと、狎れきった黒猫のようにずうずうしくからだの上に乗り上げている青年の笑みには底意地が悪い色がひらめく。少年めいた顔だちをしているくせに、悪い顔もこれはこれで、けっこう似合うのだ。いつのまにかチップの金属端子が埋まっている首筋をなぞりあげ、ゆっくりと撫でさすっていた片手。それを白手袋で覆ったままの義手ですばやくとらえ、そのまま捻り上げてしまおうかどうか思案する。ためらいながら、とにかく告げた。

……首。チップ」
「気持ち悪い?」
「わからん……こら、わからんって言ってるだろ……っ」

 チェシャ猫のようににやにや笑っていた目の前の金茶の瞳は、ふいに近づいて輪郭をぼやけさせ、軽く何度かリップ音を立てる。幼い、たぶん、外国の子どものする挨拶のようなやつ。それに気を取られた隙をついて金属部品の境目めがけて背筋を這いあがってきたもう片手の指がかりかりと爪を立ててきて、ついに語尾が跳ねた。
 正直、気持ちいいのか悪いのかはよくわからない――ただ感じるのはひどい不安だ。断崖か、或いは屋上の鉄柵を越えた先にでも立っているような気分になる。そのまま吸い込まれるように一歩踏み出してしまいたいような、悪夢によく似た衝動だ。

……っ、は……っ」

 せぐりあげるような、切羽詰まった呻きが何度か、口を突いて出る――反射的に顔をそむけ腕をほどき、急いで自分自身の手でもう片腕を掴んだ。みしみしと軋む音がして、装甲下の人工筋肉にあきらかなへこみができる――この義体であっても、痛覚は存在する。正確に言えば、駆動系の各所に点在する装置が機構に対する測定ダメージ値を瞬時に変換して電脳にダイレクトに伝達する。戦闘とダメージが切り離せない以上、緊急避難や戦闘行為の続行の判断のために必要な機能。……

「悪い。大丈夫か?」

 すりよせていた肌をぱっと離し、顔をそむけ背を向けてうずくまる背中をなだめるように撫でる指、掌、体温。いつからか時折、思い出したように互いに施すこの行為はかれにとって殆どが手探りだし、快と不快が紙一重で、明確な終わりがない。
 くそ。ひとつ小さな罵倒をこぼして、ぐいと首をひねりながら振り返った先のくちびるを食んだ。 
 人間らしい皮膚などないくせにその不在の皮膚の下にざわめく粒だった快楽、その粒を丁寧にひとつずつ舌でこそげながら与えるように、舌を伸ばし、舌に。
 ぱちりと瞬きひとつ、それからそのうちにつと細めた爾朗の瞳孔が、次第に縦に長くなる。間近にある体温が上昇し、その背後にかげろうめいたゆらめきを伴うのをその機械の義眼に目にして、柴来人はしてやったりと片頬をゆがめて笑うのだ。

「ざまあみろ」
「負けず嫌い」

 脊髄反射のようにとりあえず言い返してくる、むっとすねてとがらせたくちびるにキスをする。粘膜を慰撫し、吐息を交換し、唾液が絡む。いつのまにか頬にすり寄せられた手の甲には目立つ、赤いマークのような刺青――

……お前はここ、痛むのか?」
「? いや。ボルトが出てなきゃべつに……

 あがった吐息の合間でひそひそと囁きかわした次の瞬間、「ひゃっ!?」とすっとんきょうな声が上がった。

「ああ、出ていなくても、確かに皮下になにか在るわけだ……しかしあのボルトの長さと手の厚みは合っていないだろ、いったいどういう仕組みなんだ?」

 ぐいと引き寄せられた手の指に歯を立てられながら、マークに沿ってふにふにと白手袋の指で押されたりする都度、爾朗は急激に落ち着かない顔をした。しばらくはされるがままじっと我慢していたが、

「いや俺もよく知ってるわけじゃ……ん、そこ、ちょっと痛い? ような? ……あっいて、いていててなんかやめてやめてやめろ! ボルト! ボルトが出そう!」

 次第に色気ひとつもない制止の悲鳴があがり、ぱっと離された左手をかばうように引き寄せて恨みがましい目をむける。出るのかよ。柴来人はあからさまにそういう目をした。ふん、と鼻で笑って、

「まあいい。ひとまずこれでちゃらにしてやる」
「ほんと根に持つなあんた……ちぇっ。悪かったって」

 よいしょ、と暴れた拍子にずり落ちかけた体を支え直し、青年は、かれの鼻先にひとつ軽いキスをする。機械の体でこういうことをするときに、それでも悪くないところは、人ひとり乗せていても疲労も負担も感じないあたりだ――くつくつと笑いながら額と額をこつりとぶつけあい、それからもう一度、首筋のチップには手を触れないようにして頭を引き寄せ、キスを。
 している最中はラジオの空きチャンネルに周波数でも合わせたように、始終頭の中がざわざわとして落ち着かない。皮膚と同じく不在である、人工の脊髄を駆け上ってくる快楽は、電子のぶつかりあいと、それから電脳に残された人格の記憶による視覚からの錯覚だ。それでも爾朗はふっと笑って濡れたくちびるを一度離し、指の腹でなぞって語りかける。

「いいよ。歌ってくれよ、なにか」
……笑うなよ」
「笑わない」
「リクエストは?」
「んー、来人の好きなやつでいい」

 くっと押さえた笑い声が、互いの重ねたくちびる越しの震動でわかる。首もとの、人間の外装と機械の部品の隙間にくちづけを落とされながら、暫し迷い、さくら色の髪からのぞく白い耳朶を眺めた。それから、その耳元に囁くように歌い出す。

「Yesterday……all my troubles seemed so far away……

 てのひらをそっと円を描くように触れられると、鋼の銃口をもつ指が時折、ぴくりと不随意に動く。口ずさむ歌詞はうろ覚えで途切れながらコードをなぞり、それでも繰り返し続いていく。

Suddenly
I'm not half the man I used to be
There's a shadow hanging over me
Oh yesterday came suddenly

Yesterday
love was such an easy game to play
Now I need a place to hide away
Oh I believe in yesterday……