takisaka
2017-05-23 21:13:29
1314文字
Public コンレボ
 

雨にうたえば

コンレボ習作(IF23話注意)

 ジッ、と音を立てて瞳にオレンジ色の輝線が明滅した。
 ひとつぶのしずくが過度に熱されたその表面に弾けて白い蒸気となり、やがてはそれも冷えて、ただ降りしきる雨にまぎれ無機質の部品の上を流れて落ちていく。

……?)

 戦闘時の加速された感覚からうまく意識を引き戻せない。電子計算機に送られる映像記憶も音声データも、すべてはゆっくりと、水の中のようにひずんでひしゃげて感じられる。或いは、機体の損傷が激しいせいだろうか――
 視界の端には赤いエラーマークと幾つもの警告表示が点灯されていて、うまく声を出せない。装甲の大半が溶解しており、熱をもった内部機構の冷却が不十分だ。予備電源に残された僅かな電力でスコープアイをかろうじて動かすと、自分自身の右腕がいまだ機械の切断面からかすかなスパークを放って無造作に転がっており、セラミックの脊髄ごと切断されたいま下半身がどこにあるかは判断できなかった。
 そうして、それはまるで雨滴のように、天を仰ぐしかないこの目に降ってくる。人の瞼を離れ、重力に引かれて落ちてくる、98%の水分。
 ぶじな方の左腕を引き寄せて金属の指先がうろうろと手探りに探るのは、人を模した外装の、煤けて傷ついた頬だ。そこにはいつも身につけている義眼を隠すための眼鏡は見当たらず、かろうじて片側のフレームとそこに溶け残ったレンズだけが片耳にかかって残っていた。

 ――雨が、降っている。

 それはかれにとっては機械の体になって長いこのいま、視界映像にかかるノイズとうまく区別ができない現象だ。受信機能のどこかがひずんで割れたこの状態では、特に。演算装置に残った直近の記憶を辿ると、そこに残された記録はばかみたいに晴れた夏の青空、廃墟、そしてそこに佇む青年の後ろ姿。振り向いたとき、その横顔は挑むようなまなざしをしていた筈だ。さくら色に燃えたつ髪は、逆光にかげろうのように透けた。午後のひかりを受けたあのひとみは、黄昏の最後のひとしずくのようにこがね色に光っていた。……

……どうして、おまえが泣くんだ」

 発した音声は文字通りにひび割れて、壊れたラジオのようだ。この青年がなぜ泣いているのかも、どうしてここにいるのかも、かれにはわからなかった。雨滴の激しさは針のように突き立ってまだ熱をもっていた地面を冷やし、涙はそれに反して、いや増して熱い。
 残された片腕を動かし、煤煙に汚れた頬に、手を。
 現実に抗うための銃口であり、同時に自分自身に現実を突きつけ続ける鋼の義手。映像のノイズに覆われながら、青年は口を開きなにかを必死に言おうとしているが、それもまたひび割れひずんでいて、よく聞こえない。それでも、そうだな、おまえには行くところがあるし、おれは、僕は、ここから、ようやく、いまこそ、おまえと――

 切断面が最後のスパークを放ち、

 かれの瞳のうちの黄昏にその青白い火花が流星のようにはじけ、

 ふいに泣きたいような歌いたいような気分になったが、それがどちらなのかはよくわからない。容赦ないブラックアウトの瞬間が訪れるまで、黄昏の草たなびく何処かを、ひとつの夢はただ、風のように走る。