無窓居室
2023-09-13 22:39:17
7202文字
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執事ネタ

8巻おまけシールとコラボ回の執事姿に気が触れてしまって書いたなにか。全編雰囲気だけの話をお楽しみください(だめじゃん?)



コーヒーブレイク



 携帯が通知に震えて新しい動画のアップロードを知らせる。次いでSNSに告知の記事が上がったので、ブラックが執務室──この企画の間だけの気取った言い方で、要するにいつもブラックが動画を編集しているパソコンのある部屋だが──から出て来るのも近いだろうとアカネは予想した。
 さすがブラック、想定より早いが湯が沸いた後で助かった。庭から切ったばかりのマンネンロウの枝を入れたウォッシュボウルに熱湯を注ぎ、次に慣れているとは言えない手つきでコーヒーを淹れる。サーバーに熱いそれを注ぐと樹木の香りを圧する豆の芳香が立った。冷めないうちにコンディメントと共に運ばなければいけない。用意したのはお茶の時間としては大袈裟な銀の盆だが、ブラックにはコーヒーひとつ飲むにも必要なものが多い。黒砂糖にチョコレートソースに黒蜜など、どれも黒くて甘いものばかりだ。変なところで拘りが強いなと、少しばかり微笑ましく思う。ようやく準備が整うと、ワゴンの下段にウォッシュボウル、上段にコーヒーやコンディメントを乗せた盆を積んで居間へ向かった。
 
 待たせてしまったかと焦ったが、意外にブラックはまだ来ていなかった。いつでもコーヒーを出せる準備をしておき、空いた時間にふと部屋の鏡に映った自分の姿を見る。赤いスーツにスカーフ風のネクタイは悪くないように思うが、服のことになど疎いアカネは身だしなみを整えようにも、髪やタイをおっかなびっくり触っては元に戻すことしかできない。
 そうしているうちに居間の扉が開いた。

「お疲れ様だな、ご主人様。休む準備は万端だぞ!」
「休む準備が万端って、なかなか聞かない表現ですね」
「そ、そうかな……

 多少の緊張が滲む声で出迎えたアカネに、いつもと何ら変わらない様子のブラックが返す。掴みで今ひとつ気分を出せていないのではないかと、アカネは内心やきもきした。

「コーヒー飲むだろ?じゃなかった、お飲みになりますか、ご主人様」
「ええ、お願いします」

 ブラックが窓際のリクライニングチェアへ掛けたので、サイドテーブルにソーサーとコーヒーカップとスプーン、要望された黒砂糖とミルクを並べていく。できるだけ執事らしい物腰を心がけたつもりだったが、意識すればするほど受け取るブラックの仕草の方が洗練されているように見えて気後れしてしまう。それでもリラックスした表情で自分が淹れたコーヒーを味わっているブラックの姿を間近で見られることは、アカネを不思議な幸福感で満たした。
 ブラックが一杯目のコーヒーを飲み終えたのを見計らってお代わりを伺う。少し後で良いと言われたので、ほどよい温度になったウォッシュボウルの湯にタオルを浸して絞った。

「これ使いなよ。編集作業で目が疲れてるだろ?温湿布が効くんだって。あと、手湯や足湯を作ってあげてもいいし、強めでいいならマッサージもできるよ」

 マンネンロウの香りを移した温タオルを差し出しながら笑いかける。幸せなことだ。好きな相手に何かをしてあげられるというのは。たとえ自分のよく知らない分野の企画だったとしても。撮影の役にも立てるなら一石二鳥だし……と、さっきから色々なアングルで周りを飛び回っているカメラちゃんを見て思う。
 しかし、それに対するブラックの態度は曖昧だった。アカネの提案に一々「いいですね」「気が利いています」と褒めるものの、そうして欲しいとは言わずすぐに考え込んでしまう。何かを分析するような表情をしていた。

「お気に召さないか?ご主人様。シディのやり方を見習ってみたんだけど

 ブラックに一位指名された、と言いそうになって思いとどまる。執事の仕事に関係ないことだからだ。それに、あれはマンネリ防止のためのメンバーシャッフルが前提だったので、アカネがブラックと同じチャンネルに入ったことはむしろ失敗と言えた。やるせない。などと考えてはいけない。

「いえ、上手にできていますよ。さすが執事をさせてもアカネさんはアカネさんです。ただ

 俄かに叱られた犬のような、寂しそうな顔をするアカネにブラックは笑って見せる。

「オレちゃんアカネさんにお世話されるのは、執事とか企画とかじゃなく素での方が嬉しいみたいなので。アカネさんの格好いい姿を撮れたのは良かったですが、主人役は適当な人を選ぶことにして、今日はここまでにしましょう」
「へ?ぇ……おい!言い出しっぺのくせにそれか!?」
「今日はあくまでカメラテストって言ったでしょう?本番のお嬢様役にはひめちゃんなんてどうですかね。絵になりそうですし」
「うっ、それは……ひめが相手なら色々アドバイスもくれそうだしアタシも有難い
「決まりですね!」
「本人居ないところで決めるなよ!!てか、素の方が嬉しいって……頑張って執事っぽくしようとしたアタシの立場なくない?」
「カカカッ!!」

 ブラックの笑顔は慰めのための親切なものではなく、普段のアカネをからかう時のそれだった。アカネが何も察さないようなのでブラックも構わず話題を移す。

「それに、オレちゃんのお世話をしていたらアカネさんはオレちゃんが上げた動画を真っ先に見られなくなっちゃうでしょう?オレちゃんそれは物足りないんですよね……ライバル、なんですから」

 その言葉が合図だった。神妙な態度を一瞬で振り払い、アカネがスマホでYouTubeを開く。通知の来ていた動画をタップして、先ほど上げられたばかりのブラックチャンネルの動画を再生した。
 食い入るように画面を見続けるアカネを横目に、ブラックはその邪魔をしないよう静かに温タオルを取ると、リクライニングチェアへ深く体を預けて目にタオルを当てた。まるで反応を観察するのは後のお楽しみというように。
 先ほどまでとは打って変わって、アカネはそんなブラックの様子にも気づかず動画に没頭している。こうなっては執事服もただの男装だが、その装いで表情豊かに動画を見つめる姿は、一部始終をカメラちゃんのカメラに収められて、大いにブラックを楽しませることになるに違いなかった。いつまでも舌に残る、あの甘いコーヒーの給仕より、もっと。


 2023/07/29