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無窓居室
2023-04-15 07:28:41
3738文字
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Body Temperature
ひだり(@kzenkz1118) 様のTwitterでのツイート「体温をコントロールできるブラック」とその台詞をお借りして発想した話です。
2p目は自分が手癖で付け加えた蛇足です。
ひだり様のツイートや作品はどれも素晴らしくて、書かせていただけて本当に楽しかったです!ありがとうございます。
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2
──というやり取りをしたのはつい最近のことでしたよね。春が深まってもう朝晩が冷え込むこともないにしろ、思い出しもしないのは流石におつむが弱すぎませんかとブラックは心の中で呟く。
自分をしてたじろがせたあの殺し文句は何だったのかと恨めしく思う気持ちと、まあそんな所もなかなか
……
という浮かれたような気分と、この状況には好都合ではあるという現実的な判断を一瞬で脳裏に巡らせた。
「38度5分、これじゃ辛いだろ」
そんなブラックの考えなどつゆ知らず、アカネは体温計の示す温度にじっと視線を落として眉を寄せる。枕元の経口補水液も、頸に当てられた保冷剤入りの枕も彼女が準備してくれたものだ。ビニールの買い物袋からプリンを取り出して「これなら食べられそう?」と言うので、できるだけ力なさげに頷いた。
「待ってな、スプーン準備してくるよ」
心配そうな、しかしそれを表情には出さず病人を力づけようとしているのが伝わってくる明るい笑顔で、アカネはキッチンへ消えていく。
その後ろ姿を見送りながら、ブラックは相手に聞こえない声で囁いた。
「
…
アカネさんは素敵ですね」
隣ではカメラちゃんがコクコクと頷いている。
壊滅的だった風邪のホームケアがまともな水準になっているだけでなく、彼女が元から持っていた優しさや責任感の強さがずいぶん素直に表に出るようになった。
彼女なりの正義感やブラックへの対抗心を募らせ過ぎて非常識な行動を取ることもずいぶん減ったし、昔のようには付きまとっても突っかかっても来ない。この間などブラックが取材に同行しないかと誘っても先に約束があるからと断られてしまう始末。
──いえ、いいんですよ。先約を優先するなんて、人間界の常識をちゃんと学んでいますね。偉いです!YouTuberとしての企画や演出力にも磨きがかかってきましたし、本当にいい子
……
いえ、素晴らしい女性になりましたね。オレちゃんに教えられる事はもうあまり無いのかもしれません。良い事です。もちろん。
…
でも、オレちゃん少し退屈なんです。面白くないんです。今まで何度も追いかけ回されたことを考えたら、わざと熱を上げて具合が悪いフリをすることくらい、許してくれてもいいですよね?
本当はちょっとだけ期待したんですよ。あの夜明け前のやりとり、憶えていて仮病に気付いてくれるかと──。
甘い胸苦しさを伴う思考を皿の鳴る音が中断させる。目の前にスプーンを添えた小皿が2つ。一方は山体崩壊を起こしたように崩れ、もう一つはほぼ液状化したプリンが乗せられていた。
「何ですかこれ」
人を惑わす丁寧な物腰が身上の悪魔もつい礼儀を欠く有様だが、アカネは自信満々に答える。
「病人用のプリンだよ!カラメルソース抜いてある。あ、カメラちゃんの分はそのままだけど」
「カラメルが病人によくないって医学的根拠あるんです?」
「知らないけどよくそう言わない?」
「そういえばさとしくんがお祖母ちゃんから聞いた事があるとかないとか言ってたような
……
というか、そのままのはずのカメラちゃんの分まで変わり果てた姿になってますけど」
「見た目なんか気にするなよ、カップから出すの難しかったんだから
…
てか、元気そうだな」
「うっ!!
……
頭が痛いです
…
」
「ブラック!」
お人好しのアカネは慌ててブラックの額に冷やしたタオルを当てがう。触れた手の涼やかさが気持ち良いのは本当で、ブラックはささやかな満足に溜息を漏らした。それを苦悶のせいと勘違いしたのか、アカネはブラックの髪を撫でながら眉を下げる。
「これからコラボ先と打ち合わせだけど
…
日を変えてもらうね。傍にいるよ」
「えっ、それは行って下さい」
「でも
……
」
「オレちゃんは大丈夫、アカネさんの足手まといになるくらいなら永遠に風邪で苦しんだ方がマシです」
「そんなこと言わないでよ!アタシだって案件よりブラックが大事なんだから」
「オレちゃんを思うなら行って下さい、アカネさん
…
」
そこだけは偽りのない本音と、これ以上に話が大きくなるのはまずいという打算を都合の良い割合で混ぜて、アカネの手の温度と悲しげな視線を繰り返し掠め取る。どうにか彼女を行かせてしまうと、家の中は急にしんとした。
アカネのブラックに対する扱いは長い間、そこそこに剣呑で、陥れたり嵌めたりして慌てる様子を撮影しようとされたことも一度ならずある。どれも成功しなかっただけで。
そのわりに彼女はブラックがアカネを騙す可能性はあまり考慮していないような節があり、警戒してもその方向がズレているというか、どうにも悪魔を相手にしているという危機感が薄いように思える。
そこに単なる頭の悪さではない、信頼や甘えを嗅ぎ取ってしまいたくなるのは、つまり自分が彼女に対しては頭が悪くなってしまうということなのだろう。
ブラックの手の中の小皿のプリンは、不器用なアカネがカップから出すのに失敗したばかりか、丁寧にカラメルを取り除かれる過程でもはや飲み物のようになっていた。
カメラちゃんから分けてもらったカラメルソースを大事に添え、スプーンでちびりちびりと舐めながら思う。
こんなことをするのではなかった。
「どうせやるなら徹底的にやるべきでした。花吐き病とか、一類感染症とか
……
」
楽しげに企む声にカメラちゃんは「じっ」と短い相槌だけを返した。
目が覚めるとよく知った体温に包まれていた。
それなりに深く眠ってしまっていたようで、いつの間に帰ったアカネが布団に入って来たのか知らない。抱きしめられていたことも。
迂闊としか言いようがない。取材への同行を断られて以降あまり眠れていなかったので、疲れていたのは事実だったかもしれない。
「
……
アカネさん」
自分に添い寝するうちに落ちてしまったらしい相手にそっと呼びかける。いつかの明け方、相手がしたように、体へ体を寄せながら。
「ぁ
……
ブラック、風邪は
…
?」
「おかげさまで大分よくなりました」
空調の設定よりも容易な体温のコントロールを、普段の平熱に戻して答える。まだ夢うつつのはずのアカネは美しく笑った。少し頭の悪い者、他人のために愚かになれる人物だけが持つ笑顔で。
「でも、これじゃアナタに移ってしまいます」
「鬼は風邪、引かないよ」
明らかな嘘だ。アカネの風邪への対処が人並みになったのは、以前コラボ撮影直前に風邪で倒れた彼女を自分が手当てしがてら、知識の間違いを指摘し尽くしたからだという、些細な自負がブラックにはある。
「
…
悪魔に嘘をつくなんて、お仕置きが怖くないんですか?」
「やってみな、治ったらね」
「悪い子ですねぇ」
言えた立場ではない台詞をぬけぬけと口にしながら、抱えていたしこりが溶けていくのを感じた。二人の体温の間で。
「うんと泣かせてあげますよ」
触れ合う部分の温度をまた少しだけ上げてアカネの耳元に告げる。しかし真っ赤になった彼女の肌は、今の自分のそれよりも熱いだろうなとブラックは思った。
2023/04/15
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