一七零番本丸物怪録





一日目

それの訪問は唐突であった。
「それでは、明日より宜しくお願い申します」
玄関先で深々とあたまを下げる黒子姿の何某は、たまたま応対する羽目になった太閤左文字の狼狽えた様子など気にもせず、さっさと正門から出て行ってしまった。何を宜しくされたのか、全くわからない。
「なんだったんだろ、あれ……
間が悪いことに今日の近侍係は白山吉光だ。何かよく分からない輩に明日から宜しくされてしまったなどという要領を得ない報告なんざ、彼は到底受け付けてくれない。
「うえぇ……、どうしよぉ……
頭を抱えてその場に蹲ると、やおら頭を撫でられた。
「そのまま伝えれば大丈夫ですよ」
「宗三っちぃ……
見ていたなら助けてくれたら良かったのに。恨みがましい視線を送るが、そんなものは魔王の刀にとってどこ吹く風であった。
「あれは里帰りの先触れみたいなものですから、皆諒解しています」
今年は何を送り込んでくるか楽しみですねぇ、と薄く笑う。その目がまるきり第六天魔王の様で、明日から来るという何者かが可哀想になったと、太閤は白山への報告を締めくくったのであった。



二日目

「西瓜を切ったら、中から俺の顔が出て来た」
赤く染まって鶴らしいっつっても、ありゃあないぜ?なぁ?全体が微妙に薄まって、丹頂鶴の赤じゃなくてフラミンゴみたいじゃないか。これで驚かそうってのはあんまりだろ。あ、その頭のせいで西瓜の中身は空っぽだった。すまんな!
「そっかぁ。じゃあ、夕飯のデザートは梨に変えようか」
鶴丸国永があまりに平然と言うので、燭台切光忠もそうあっさりと流したのだった。




三日目

ブンブンブンブンと、やたらと蚊の飛ぶ音が耳に障る。いつの間にか十冊も積み重なった己の写しとの連絡帳を整理していた山姥切長義は、不快に眉を顰めて障子を睨んだ。隣りでつまらなそうに雑誌をめくっている南泉一文字に、ほら見に行けと顎で顎で指す。
「ああもう!しゃーねぇな!」
手近にあった虫除けスプレーを片手に障子を開ければ、確かに蚊はいた。いたのだが、それがまあ馬鹿でかい。ガガンボとかそういう問題ではない。障子と同じ程ある。
「に゛ゃっ!?」
驚いてボタンを押しすぎた。虫除けスプレーを全部出しきってしまい、真正面から受け止めた蚊の化け物はふらふらと3メートルほど飛んで、地面に落ちた。
「最近の虫除けスプレー、すげーにゃ……
「それ、桑名の使ってる畑の害虫殲滅用のやつだよ」
「マジかよ、こえーな……

翌朝、庭を確認したが、蚊の姿はどこにも見当たらなかったそうだ。




四日目

畑の脇を鶏の骨が歩いていた。数はおそらく三、四羽。好きなように歩き回って、茂みに突っ込んだりカカシの頭に飛び乗ったり。
それぞれ水遣りと雑草抜きに励んでいた桑名江と松井江は、あっけに取られてたっぷり5分は眺めてしまった。
「ここ最近、鶏は潰してないと思うんだけど」
「昨日、同田貫と御手杵がデリバリーを頼んでいたから、それじゃないかな」
「ああ、だから頭がないんだ」
畑を啄むことはないからと放っておいたら、夕方頃には何処ともなく消えてしまった。




五日目

歴史修正対策局のSさんと本丸管理課のFさんが連れ立ってやって来た。Sさんは昨日から週明けまでお盆休みだと言っていたはずなのだが。とにかく暑い最中なので応接間に通そうとなった。本日の近侍係である加州清光と彼にしがみついて離れないさにわを先頭に、ぞろぞろと廊下を歩く。
渡り廊下に差し掛かったあたりで、不意にSさんが崩れ落ちた。ほろほろと。塵が舞うように。
Fさんは腰を抜かしながらも陰陽課に連絡を入れ、加州もさにわを抱えたまま玄関口の黒電話へと走った。この電話は基本的にはSさんに直通しているのだ。
結果、Sさんはやはりお盆休みをとっていて、自宅での無事が確認された。
Fさんが呼んだ陰陽課の職員が一応祈祷してくれたが、多分無駄でしょうと言われて終わった。確かに無駄なんだろうなぁ、と本丸の刀達のみならず、FさんやSさんまでもが思うのだった。




六日目

庭で遊んでいたはずのさにわがやたらめったら吠えているので一文字則宗が様子を見に行くと、蛇がいた。それほど大きい訳ではなく、ごく普通の青大将である。可哀そうに、二匹の尾が絡まり団子状になって、ふたつの頭が苦しそうにもがいている。
「なに、あるじはこれが怖いのか?」
しまいには茶釜に化けて守りを固めだしたさにわを少し退かして、蛇をつまみ上げる。これも放生。解いてやるかとこねくり回してみるが、思うように解けない。それでも励むこと十分。
……よし、解け…………?」
解けてみれば、頭がふたつに尾がひとつ。

詰まるところ、双頭の蛇であった。
どうしたものかと思っていると、加州清光と大和守安定がやって来て、
「うっわ、ジイさん、なに妙なもん持ってんの」
「そんなの外に捨てちゃいなよ」
などと仲良くパピコを食べながらピィチクパァチク言うので、それもそうかと塀の向こうへ投げ捨てた。
さにわは、蛇を投げた方向に一際大きな声で吠え立ててから、何事もなかったようにどこかへ行ってしまった。

「しかし坊主たちはいいものを食べてるな」
「じゃあ、則宗さんも入れて、チョコモナカをさんぶんこしよう」
「えー?ジイさん、知覚過敏とか大丈夫?」
「そう言う坊主こそ虫歯は平気か?」




七日目

老婆が大声で泣き叫びながら、塀の外を歩き回っている。通り過ぎてくれたらよいものを、屋敷の周囲をぐるりぐるりと左回りに廻っている。
明け方からずっとなので、かれこれ半日。厚藤四郎がこっそり偵察したところ、上等そうな留袖を着た、上品そうな老婆らしい。子と孫をいっぺんに失ったのかと思うぐらいの嘆き声であるが、表情は穏やかであるそうだ。あまりに周回を重ねるので、肥前忠弘が「大坂城婆さん」などと呼び出して、一気に定着してしまった。
その後、老婆はどうなることもなく、日暮とともにいなくなった。




八日目

黒猫に小さい葛籠と大きい葛籠をお届けされた。言わずもがなで、配達猫の尾は二股に分かれていた。
鶯丸と一期一振と鶴丸国永は、ふたつの葛籠を囲んで、さてはてどうしたものかと顔を見合わせる。
「さあ、どうするかな」
「雀のお宿のものであれば、小さい方を開けるのが定石ですな」
「いやでも、あれがもし光坊が餌付けしたことのある猫なら、でかい方でもワンチャンあるかもしれんぞ」
猫が持って来たのにワンチャンとはこれ如何に。
結局、せぇので両方開けて、何か出たら斬ればよいと言うことになった。斬り役は機動で鶴丸に決まった。
「じゃあ、俺の合図に合わせて開けてくれ」
せっせっせぇのせ!!
一期が開けた小さい葛籠には見たことのない形をした果実が、鶯丸が開けた大きい葛籠には見たことのない色をした林檎がひとつだけ入っていた。
「こりゃあ……
「食べるか?」
「やめておきましょう」

その後、ふたつの果実はさにわにおやつとして振る舞われたが、器用に前足で投げ捨てられてしまったそうだ。




九日目

湯船にカワウソが浮いていた。人の子ほどもある大きさで、何処の泥沼にいたのか知らぬがどうしようもなく汚れていた。腹を上に向けて、気持ち良さげなカワウソの周りには、当然ながら泥だの枯れ草だのが一緒に漂っている。
本日の掃除当番であるへし切長谷部と日光一文字は、あまりのことに顔を覆った。
「貴様!あのあるじですら泥を洗ってから飛び込むと言うのに!」
「これは掃除のし直しだな……
長谷部が投擲した風呂桶はカワウソのいた辺りを的確に捉えたが、避けるように潜ったカワウソはそのまま消えてしまった。





十日目

八つ時前の長閑な空気を裂いて、信濃藤四郎の悲鳴が響き渡った。兄弟達が駆けつけると、信濃は布団を仕舞っている押入れの襖を押さえて震えていた。
聞けば、干した布団を仕舞おうと襖を開けたら、中で見知らぬおっさんが猫型ロボットよろしく寛いでいたと言う。
「こわーい!!なにそれ、むりむりむりむりー!!!」
「ね?ね!!??絶叫もするでしょ!?」
ここは信濃と乱藤四郎の相部屋であった。
汚物は消毒だと笑う薬研藤四郎が害虫駆除剤を焚き、ふたりはしばらく一期一振のいる部屋に避難することで、今日のところは手打ちとなった。




十一日目

彼岸花を抱えて遠征から帰還すると、門前払いをくらった。
正門の前で雁首揃えて並び、石切丸と太郎太刀に祝詞を唱えてもらって、ようやく本丸に入ることが許された。それにしたって、何故にふたりは柄杓で水を撒きながら祈祷していたのだろう。
「せっかく沢山摘んできたのにさぁ」
ぶぅたれる蛍丸に、次郎太刀は冷やし飴を渡してやりながら、まあ仕方ないさ、と笑った。
「今回は政府も悪いよ。よりによって彼岸花なんてさ」
だから、火の玉がゾロゾロとついて来ちまったんだよ。




十二日目

大般若長光が新しい布団が欲しいと言い出した。本丸の価格ドットコムこと博多藤四郎はいくつか候補を探してやりながら一応聞いた。
「なんでまたそんな急に?どげんしたと?」
「それがなぁ……
大般若が布団を干していると、人の身ほどもある大きさの鷲が飛んできたのだそうだ。
そして、その巨大な翼の風圧で、
「布団が吹っ飛んだんだ。いやぁ、参った参った」
「それが理由なら、経費では落ちんけんね」
本当だと粘る大般若を適当にあしらっていると、今度は謙信景光がやって来た。
「おおきなわしがとんできて、ぼくのまくらをふきとばしちゃったんだ……
「それは災難やったねぇ。せっかくやけん、そこの親戚のおいしゃんに良いのを買ってもらいんしゃい。遠慮せんでよかよか!」
「おいおいおいおい!?」

結局、大般若は子供用高級低反発枕を私費で発注したそうだ。




十三日目

さにわと管狐とお供の狐と通信機の狐が庭でぴょいぴょいと跳ね回っていた。その傍らでは、鳴狐と小狐丸が白山吉光が真剣な顔をしてそれらを見守っている。
塀の外から次々に団栗が投げ込まれているのである。そして狸一匹と狐三匹は、それを懸命にキャッチして噛み砕いているのだった。
「皆様、頑張ってください」
「この本丸の平和は、ぬしさま達にかかっているのですよ!」
……ふぁいと」
ひとつたりとも、この本丸の地に落としてはならない。絶対に。
あの時、その場にいた全員がそう分かっていたのだと、後になって語るのだった。




十四日目

激しい夕立にけぶる庭の隅に、深緑の傘を差した女が立っている。女の顔は傘に隠れて見えず、しかしその手は花壇の一点をずっと指差していた。
雨が止むと女もいつの間にか消え去った。一体何を指し示していたのかと好奇心が抑えられなかった南海太郎朝尊が花壇を掘り返したところ、小さな壺が埋まっていた。
壺。小さな壺。古くからいる刀剣達には、心当たりがありすぎた。あれだ。またあの阿呆だ。

結果、茶釜に化けてダンマリを決め込んださにわは、そのまま縄でぐるぐる巻きにされて梁から吊るされた。
「だから!蛙を壺に詰めて始末するなって言っただろ!!」



十五日目

見ている。
男が見ている。
巨大な男の顔が覗いている。
後藤藤四郎と同田貫正国が対馬の亡霊となって元寇の兵を狩っているのを、二畳ほどの大きさの大顔が、開け放った障子の向こうからずっと覗いている。
……あれ、微妙に気が散るんだよな」
「障子、閉めようぜ」
「それはそれで暑いだろ」
「うん、暑い」
仕方なく、後藤と同田貫は男に見守られながら、冥人を駆けさせ続けるのだった。



十六日目

大和守安定が腰を痛めてしまい、それを理由に自堕落を貪っている。
「おまえなぁ……
「いたたたー、いーたーいー」
大和守が言うには、蔵に用事で赴いたのだが、用を終えて出ようとすると、出入り口を塞ぐように米俵が積まれていたそうだ。入った時にはあるはずもない。打刀の中では細身に見えるかもしれないが刀剣男士であるからして、米俵くらいなんてことはない。さっさと退かしてしまおうと手を掛けると、これが重い。何度も言うが、刀剣男士なのだから米俵なんて普段はそれこそ片手で俵担ぎもなんのそのなのだ。それが、全く持ち上がらない。夕飯に遅れてなるものかと真剣必殺の勢いで退かしたのだが、腰をいわせてしまった。
そう言うわけで、大和守は、
「退かしたはずの米俵は綺麗に消えているし、そもそも誰も積んでもないって言うし、なんなんだよもう!」
と膨れ面でさんぶんこしたジャンボモナカに齧り付いているのである。



十七日目

調理場に忽然と現れた赤塗りの椀は、今や本丸中の話題の的であった。
なんせ、動かそうとしても退かない。退かしたはずがいつの間にか戻るのならば可愛いものだが、上にも横にも右にも左にも一寸たりとも動かない。しかも絶妙に邪魔な位置にいる。
椀の一つくらい別にどうでもいいと言っていた鯰尾藤四郎ですら、最終的には叩き割ろうと本体を振り上げたくらいだ。
歌仙兼定が調理台の天板ごと引き剥がさないうちになんとかせねばと話していたのだが、ある日、椀は忽然と姿を消した。
おそらく最後に椀を見た不動行光が言うには、
「あの椀で、長谷部が豚骨ラーメンを食べてたからじゃないかな……
しかも、すごく雑にウェットティッシュで拭いて始末したことにしてたし、とのことで、椀の矜持が許さなかったのだろうと、皆が同情した。




十八日目

浴衣を着た十一か十ニくらいの子供が数人ほど連れ立って訪ねて来て、
「今日は盆踊りがあるよ」
と、しきりに短刀達を連れ出そうとする。誘われる方は慣れたもので、出陣やら当番やら他の約束やらを盾にして相手にしなかった。
それでも子供らはしばし粘っていたのだが、小烏丸の姿を見ると、一目散に逃げてしまった。
「ふふ、どのような盆踊りか、興味があったのだがなぁ」
「もう、しりょうたちがかわいそうですよ!」
あちらにだって、あいてをえらぶけんりだけはありますからね。いちおう。




十九日目

三日月宗近と膝丸がバドミントンをしていた時のことだ。極めた膝丸は勿論だが、三日月とて天下五剣の呼び名は伊達ではない。速さとパワーの乗った、白熱したリレーが絶えることなく続く。
審判を任されていた和泉守兼定は退屈していた。判定を必要とする機会がないのだ。逆さにした木桶に腰掛け、大欠伸をした勢いで少しばかり後ろに反ると、後頭部に硬いものが当たった。痛い。
「いってぇな!!」
勢いこんで振り向くと、漬物石が浮いていた。ふよふよと。重さなどないみたいに。しかし頭に当たった硬さは紛れもなく石だった。
「なんだ、これ」
指先で恐る恐る突こうとしたら、バドミントンの羽根がどえらい速度で飛んで来た。羽根は漬物石の急所を的確に捉えたらしく、討ち取った歴史遡行軍よろしく塵になって散った。いや、漬物石の急所ってどこだよ。
「和泉守、審判が余所見をしていては困る」
「そうだぞ、カネサン。これは俺と膝丸の真剣勝負なのだからなぁ」
「悪りぃ悪りぃ。燭台切の黒糖カステラを賭けてんだったよな」
和泉守はまだ微妙に痛い頭をさすりながら、審判の役に戻るのだった。




二十日目

顔に何かが当たる不快感に昼寝から醒めれば、目に写るは天井いっぱいに生えた黒髪だった。
肥前忠広は取り繕うことなく顔を顰めて、盛大に舌打ちした。
髪は、伸びているのか、徐々にこちらに近付いてきている。このままでは埋もれる。不用意に身を起こせば髪に顔を突っ込むことになるので、仕方なしに這うようにして部屋から出た。
埃を払い、改めて部屋の中を見てみると、髪は天井に生えていたのではない。巨大な女の顔が、髪を垂らしながら、ゆっくりと降りて来ていたのである。女は流し目で肥前を見ているが、身の丈の合わない女は御免被りたいものである。




二十一日目

畳の中に何かいる。下ではない。中だ。時々、おそらく背鰭であろうものが浮かんでは消える。
「どんなイユだろうねぇ」
「ちゅらぁイユだといいなぁ」
北谷菜切と千代金丸は笑いあい、まど慣れきっていない治金丸は少しソワソワと何かを目で追うのだった。




二十二日目

井戸の中から聞いたことのない声がする。
追い出された元々の住人は、水を張った桶の中でちぃちぃ鳴いている。可哀想に。
「どうしたら井戸から出てくれるかなぁ」
「俺の先で、えいっと引っ掛けてとれねぇか」
それは無理だと思うな、と燭台切は先住民の頭を撫でながら首を傾げる。
「御手杵くん、この子だって見えてないだろう」
御手杵はこういったモノ達が見えないし、自分は暗がりがよく見えない。捕まえようがないのだ。致し方が無い。
「あと八日の辛抱だからね」
そう慰めながら、燭台切は桶の中のよく分からない生き物に綺麗な水をかけてやるのだったら。




二十三日目

本丸のもふもふ達が、皆揃って部屋の片隅を見つめている。それ自体はそう珍しいことではない。この本丸に限らず、どこの本丸だってよくある風景だろう。今回のよろしくない点は、もふもふ達の目が一様にギラついていることだろう。獲物を狩る、野生の目だ。
数時間後、もふもふ達の爪も牙も血に塗れていた。
「もう、みなさんダメですよぅ」
五虎退に呆れられながら、ホースで雑に水洗いされたもふもふ達は、その後一日中何も食わなかった。満腹なのだそうだ。
そして、もふもふ達の犠牲者の身体は、終ぞ見つからなかった。




二十四日目

老爺がわらっている。
数日前に本丸の周りを泣きながら周回していた老婆がいたが、それの逆周りしながら老爺が高らかにわらっている。笑っている。嗤っている。
乱藤四郎がこっそりと伺ったところによると、老爺は全くの無表情であるらしい。
「口も開けないで、よくあれだけ笑えるよね」
腹話術の練習でもしてるのかな。
それにしても老婆と同日に現れなくてよかったと皆で不幸中の幸いだと笑っていると、肥前が微妙な顔で手を挙げた。
「はーい、発言を認めます」
「あの爺さん、大坂城婆さんと着物の紋が同じだぞ……
すなわち、同家の者。
「え、なに?兄妹とかかもしれないってこと?」
そのうち同日に現れる可能性が出てきてしまい、博多は急いで耳栓の大量発注を手配しだしたのだった。




二十五日目

今日は燭台切の兄が来る日である。毎夜来る方ではなく、ともに焼けた方の兄だ。人の身は得ていないので、毎年違う人間の身体を拝借している。今年は人の良さそうな青年だ。手土産はべにはるかの干し芋と天狗納豆だ。弟手製の菓子を食べながら、実家の様子を語るのがお定まりである。
「実は、今年はとうとう彼が近くまで着いて来てね」
でも、三間手前の角をどうしても曲がれなかったそうだ。
「ああ、うん。児手柏はまだ無理だろうね」
頑張って会いに来てって伝えておいてよ。
あははと笑う燭台切の後ろから、大倶利伽羅と太鼓鐘が殺気を振り撒いているのだった。




二十六日目

本丸中が朝から浮き足立っていた。なんせ、人間が遊びに来る。人間。この本丸にいる限り、滅多にお目にかかれない生き物である。人の子大好きな山姥切長義など、鼻歌を歌いながらカボチャマフィンを焼いているくらいだ。
人間は、いつぞにさにわが化かそうとして未遂に終わった普通の審神者だ。普通の本丸の、普通に善良な青年である。このひと月あまりでやたらと湧いている連中など見たら、気絶してしまうに違いない。
本歌からカボチャマフィンのおこぼれを授かった山姥切国広は、正門の前に陣取り、鯉口を切って目をぎらつかせながら叫んだ。
「今日余計なことをしたやつは、二度と化けて出られもしないと思え!」
かくて、鴉は飛び去り、獣の気配は消え、老爺と老婆の声は遠ざかり、本丸に一時の平穏が訪れた。




二十七日目

梁に蛹がぶら下がっている。気持ち悪がった家鳴り達が散々飛び跳ねてもびくともしない。あれは揚羽蝶だと本丸の昆虫博士である巴型薙刀が言っていた。こんなところで蝶の羽化が見られるとは、風流なのだろう。多分。
「僕の笠より大きい蛹だけど」
「お小夜、それは言ってはいけない」




二十八日目

厨房の格子窓から、真っ赤な夕陽が差している。まるで燃えるような赤に染まった中で、皆、何事もないように食事の用意に勤しむ。
「野菜の色が見分けづらいな……
「え、これ、焼き色ってどう?今、どれぐらい焼けてるのか、全然分からないんだけど!?」
……普段より暑いな」
何事もなくはなかった。不便極まりない。なんせ昨夜からずっとこうなのだ。朝食時はまだ我慢できたのだが、昼食時までこうではうんざりするしかない。
「陸奥守、撃ち落としてこいよ」
「やっちまえ!」
「ほいたら、してきゆう」
おおらかな陸奥守吉行も流石に腹に据えかねたらしい。単銃片手に勝手口から外に出て行った。
しばし間があり、ズドンと銃声が響いた途端に夕陽は落ち、麗かな晩夏の日差しが戻ったのだった。




二十九日目

電話が鳴っている。この屋敷に電話は玄関に置いてある黒電話一つだけだが、あれは基本的に掛ける用である。鳴る時は、大体が碌でもない時だ。どうする?諦めるまで放置しよう。今週の近侍係である水心子正秀と補佐係の源清麿は、政府時代に使っていたハンドサインでそう決めた。
無視しても無視しても電話は鳴り続ける。ひょっとしてこれはアレか。自分たちにしか聴こえていないのか。
あまりのしつこさに辟易した清麿が見たことのないシワピカの顔になった頃、音が近付いてくることに気が付いた。水心子が廊下を覗いてみると、茶汲み人形が真っ赤な電話を持って向かってくる
すごい。電話に出ろという圧が凄い。
水心子までもがシワピカな顔になりながら、渋々受話器を手にとった。
「明日、参ります」
それだけ言って電話は切れた。見事なくらい、こっちの苦情の一つも聞きやしなかった。

一部始終を聞いた加州清光は、「やっと明日かぁ……」とシワピカ顔をしたのだった。




三十日目

それはそれは御立派な駕籠であった。
空から黒塗りのそれが庭に舞い降りて来たの見た太閤左文字がすわ敵襲かと駆けつけると、庭の掃除に当たっていたはずの加州清光が素早く箒を逆さに構えていた。あとは近くにいた数にんが野次馬に集まって来たくらいだ。
「土産おいてとっとと帰ってくれない?うちの狸に噛み付かれたくなきゃな」
顔を出した相手の鼻先に箒を突きつけてピシャリと言い、後ろでさにわが威嚇の態勢で低く唸る。
駕籠から顔を出した男は、たいそう立派な体格の武家のものらしき風体であった。この二十三世紀に。堅気でないことは確実だ。
そのノット堅気の男が合図すると、黒子が何やら紙袋を持って現れた。あれは創業六百年を誇る菓子屋の六冥堂のものだ。滅多に食べられるものではない。
「うっわぁ、あれって何者……?」
思わず漏れた太閤の独り言に、返事があった。宗三左文字である。
「あれは、町内会長の山本さんですよ」
「宗三っち、いっつもどこから出てくるの……
「あの山本何某さんは、毎年この頃になると昔を懐かしんで、ウチに配下の化け物を放し飼いにしてくるんですよ」
なんて迷惑甚だしい。これにはさすがの太閤も呆れるしかない。
再び視線を件の騒動にもどせば、
「クッキー缶ひとつで許されると思うなよ!」
行け、へーた!今年こそあいつの足に噛みついてやれ!!
久しぶりに名を呼ばれたのが嬉しかったのか、さにわは地を蹴り男に飛び掛かったのだった。