あけみ
2018-12-04 21:14:49
6456文字
Public SPN(小説)
 

【C/D】そして廻る天の旅路①

時系列S4。だらだらと続きながらS11迄の二人を書く予定。今の所まだブロマンス。



 天使がひとり地上に堕ちた。アンナの噂はたちまち天界で広まった。地上に降り立ち器に宿るのではなく、文字通り「人間」へと堕ちたことに上層部は混乱を期した。
 恩寵を手放し、天使の記憶すら易々と捨て、ある夫婦の母体へ宿り新しい命そのものへと成った。そんな途方もないことをした意味合いは疑いもなく天を捨て去ったという意思表示だ。どれほどの覚悟があったのか。いや、そもそも覚悟することでもなかったのか。
 堕天してまで人間になった事実に、カスティエルは俄かには信じられなかった。天使の部隊を率いる自身の上官が起こした行動に、堕ちた理由をずっと問いたかったがついにその機会は巡ってこなかった。

 自分は果たしてそこまでできるだろうか。

 無理だとカスティエルは目を細める。
 人への興味は尽きないが、だからと言って人に成りたいとまでは思わない。人を導くのも天使としての使命である上に恩寵を手放し膨大な記憶まで封をして一体、何を得るというのか。カスティエルは理解できなかった。こうした意をアンナに伝えると、哀愁を漂わせた瞳は一瞬だが揺らぎそれから薄く笑みを浮かべ「ええ、そうね。それが貴方だもの」と言葉を零した。眉根を寄せ意味合いについて考えたが、途中でやめた。きっと、理解しようとしても今のカスティエルでは考えが及ばない。清く正しく命令に忠実、それがカスティエルだった。
 部隊を率いていたアンナは強かった。部下として従っていたカスティエルはその純粋な強さに圧倒され真っ直ぐな強い眼差しの奥に疑念を隠し持っていることすら知らなかった。
「ここは何かがおかしい」
 天界に戻るたびにアンナが囁いていた。数百年単位に地上へ降り、粛清を行う。アンナは戦士としての強さゆえに地上での任務が長かったせいか人間への興味が他の天使より強かった。側にいたカスティエルですら少なからず影響は受けるほどに。
「人への興味は尽きない。ご覧なさい、カスティエル。彼らはなぜお互いの唇を啄ばむのか。あの行為の意味することが分かる?」
 地上へ降り立つたびにカスティエルも何度か目にした人間たちの行動だ。首を傾げると、アンナは目を細めて「愛」だと笑った。
 美しい行為だ。と、アンナは呟きカスティエルはもう一度視線を口付けを交わす人間へと移した。夕日が沈む浜辺の景色と重なり二つの影が折り重なる。ああ、確かに神が作りしものは美しい。アンナが言う「愛」を理解はできないが今この瞬間が作り出す美しさは確かにカスティエルの胸を穏やかに撫でつける。
「私は知りたい、あの行為の先にあるもの。人が歌う愛と情熱を」
……アンナ、それ以上は危険な思考だ」
「なぜ? カスティエル、貴方も同じだと思っていた」
「私は、君とは違う。あまり人間に近くに添うな。禁忌に触れるぞ」
 零れる言葉の危機感を覚え、隣にいるアンナの顔を見やった。こちらは真摯に止めようと頑なに表情を固めたというのに、アンナは肩を震わせ笑う。
「天使と人間の禁忌か? 違うよ。ネフィリムには興味はない。私はもっと……
 言いかけたアンナは口を噤んだ。カスティエルは目を細め睨んだが、アンナは答えなかった。
 それ以降、再び地上で再会するまで対話はせず「アンナが堕ちた」報せがカスティエルの元に届いた。


   ×   ×   ×


 そうして地上の年月でいえば20数年後。カスティエルは特別な使命で地上に降りた。地獄から人間を掴み上げたのだ。
 今までさまざまな人間を見てきたカスティエルにとって「彼」は少し、いや、とても「特別」なのかもしれない。人間は愚かで醜い争いを好んでするおぞましい欲望も持つ者がいることは知っているが、彼ほど自己評価が低い人間も珍しかった。
 カスティエルは間近で見る「特別」な役目を持つディーン・ウィンチェスターに眉を顰めてからゆっくりと首を傾げる。まるで自分が価値のない人間だと思っている彼に「どうしたというんだ」と疑問を投げかけた。
「なぜ、俺なんだ」
 カスティエルの疑問には答えず、ディーンはただ「なぜ」と呟いた。なぜ俺を地獄から引き上げたのだと。
「君はずっとあそこにいたかったのか?」
 地獄でどんなことをしてきたのか、どんな目に合ったのかカスティエルは全て見ていたから知っている。ディーンが苦しみ、嘆き、最後には屈し地獄の業火にその魂をもさしだしたことは、仕組まれたシナリオだ。天界は想定してその時がくるまで待ち構え、カスティエルに引き上げる使命を与えた。ディーンの魂が地獄に屈する前に腕を伸ばしたカスティエルに、上官は「待て」とも言ったことに一時の疑念が宿るも命じられたまま任務を遂行したのは己だ。
 ディーンの問いに答えられないのは、カスティエル自身も何も知らされていないからだ。ただ、「君は特別で選ばれた」と答えるしかない。

 ディーン・ウィンチェスターを監視するうちに、彼の人となりを知る。いつも内なる怒りを抱え、もがき苦しんでいるが隠しきれない純真な優しさが溢れている。特に、弟のサムのことになると周囲が見えなくなる。それは弱点でもあり強みでもある。鋼のように強い心かと思えば脆さも同時に存在する。複雑な人間だったが、これまで以上に興味惹かれる存在だった。よく笑い、よく食べ、よく怒る。今もサムがいない時を見計らい姿を現したカスティエルは、なぜこうもディーンに気を向けているのか自覚がない。監視しろと命じられたから己は彼の側にいるだけだと、無理やり納得させている。しかし、今はもうその理由も苦し紛れの言い訳にすぎない。なぜなら――

『ディーン・ウィンチェスターに近付きすぎるな』

 天界からの命令が変わった。

「なぜ? 彼は我々にとって「特別」だと言っていた。側で見守る必要がある」
 カスティエルは額に指をおさえつけ天使同士の会話波数に伝達を合わせ訝しむ声で訴えたが、答えは変わらなかった。
『ディーン・ウィンチェスターにそれ以上近付けば、お前を引き離すカスティエル』
 それは命令ではなく脅しだ。
 ぐっと拳を握りしめる。
 先日の公園のベンチでディーンに打ち明けた言葉を聞かれたのかもしれない。彼だけに話した秘密だった。
 お互い腰掛け彼らが救った小さな町の日常を穏やかに眺め、美しい光景に以前感じた時と同じ胸を撫でる感覚に酔いしれた。ディーンを見つめているうちに、彼にならと知って欲しいと思ったから話した。「内緒だ」と言えば、隣で微笑んだディーンの顔は今のカスティエルだけに向けられたものだ。そのことに、なぜだか胸が狂おしくなる。感情が追い付かず、言葉をつまらせたがすぐに飲みこんだ。
「どうした? キャス」
 瞬きした瞳に睫毛の影をちらつかせる。こちらに顔を向け「キャス」と名を呼ぶディーンに、嬉しさがこみ上げた。最初に見た瞳の奥にあった疑いの眼差しはすでに消えている。そのことに胸を撫で下ろした。安堵したというのが正しい。
 なぜ、私は彼に視線を向けられると嬉しいのか、彼の信頼を得たことに安堵したすぐ後で胸が締め付けられるのか。分からなかったが、自身が抱える感情をこれも素直に伝えてみる。すると、ディーンは少し驚いて目を丸めた。頬を指でかき、はにかんだ笑顔をカスティエルは一生忘れないように瞬時に記憶する。
「お前は、他の天使とちょっと違うからな。そういうの良いと思うぜ? 俺もそっちの方が話しやすい」
「そうか。……ならまたこうして君と話がしたい」
「ああ、いいぞ。今度はサムと交えて話そう」
 酒でも飲み交わしながらさ、あ、お前酒は飲めるのか?と、問いながらディーンは嬉しそうに笑ったがカスティエルは首を傾げた。
「私は君と二人きりで話がしたい」
「へ?」
 異質な執着心を露わにしたカスティエルの言葉にキョトンとしたディーンは、こちらの真摯な眼差しに何を感じ取ったのか少し後ろへ手を付きベンチに座ったまま距離をとる。なぜそこで離れるのかパーソナルスペースなど考えないカスティエルはディーンが離れた距離を自ら縮めにいく。
「キャス、」
 彼が「パーソナルスペース」と口にする前にカスティエルは言葉にする。
「天使にも他の人間にも聞かれたくない」
 先程、君に話した内緒話のことだと言えばディーンは怪訝に眉根を寄せたが納得したのか「わかった」と返事をして小さく笑った。


「だからと言って、人の夢の中で逢引か?」
 湖のほとりで一人掛けの椅子に座るディーンは釣竿を手したまま、現れたカスティエルへ顔を向けた。「ディーン、」と声をかければ肩をビクリと震わせ心底驚いた顔をした次には辟易とした態度で対面する。
「君と二人きりで話せる機会はそうない」
……俺なんかと話して楽しいか?」
「ああ、もちろん。この上ない有意義な時間だ」
 座っているディーンに対し、カスティエルは立ったままだったが見上げた彼の顔はまた訝しむ表情を見せる。妙なことをまた伝えてしまっただろうか。
「お前って、いつも大袈裟な物言いをするのな」
 表情を見ると柔らかく微笑んでいるようにも見え、カスティエルはホッと胸を撫で下ろす。最近、この感覚がついて離れない。ディーンが訝しみ嫌悪する表情は見たくない。それよりも笑って楽しそうに話す姿を見たい。そんな顔を向けられるのが自分だったら良い。そんなことまでに考えが及ぶ。脳裏のどこかで警戒の信号が点滅していたが、カスティエルは見ない振りをする。加速する感情には理由がある。
「君と距離を取れと上から言われた」
「は?」
「人間に情を移すなと」
 禁じれば抗いたくなるのが人の性だと思っていたが、自身にも同じ感覚があることに素直に驚く。もっと近くで感じるにはどうすればいいのか。
「天使は人と仲良くしちゃいけないって? それは人を見下しているから出る言葉だ」
 それは違うと言いたかったが、天界の上層部の威圧的な命令がよぎると否定はできない。神が人を愛せと命じたが、ほとんどの天使は戸惑いをみせた。
 ディーンはカスティエルから視線を背け釣竿の先を見つめている。その視線につられて同じように遠くを見つめた。静かな湖だった。鳥の囀りが遠くから聞こえる。自然を好む景色を意外と感じたが彼が生まれたカンザス州のどこかにあるのだろう。時々、彼の夢を覗くとこの光景が浮かぶ。悪夢を見ることの方が多い彼がこうして穏やかなひと時をせめて夢の中ででも過ごせれば幸いだ。
「天使と人の交流を警戒する理由はほかにもある」
 ぽつりと呟いたカスティエルの言葉にディーンの視線がちらりとこちらに寄ったが顔は湖の方に向けたままだ。
「天使と人間の禁忌を、天使たちは警戒しネフィリムが生まれる兆しを見せれば我々が抹殺しに行くことになる」
 情を交わせば自然とそうなることを長年地上を見てきたから分かるが、全てがそうだとは言い切れない。だから「ディーン・ウィンチェスターに執着するな」とあれほど警戒する上官らに疑念を覚える。「何かがおかしい」と、かつてアンナが呟いた言葉を自身が噛みしめていることになるとは思いもしなかった。
 カスティエルの言葉に顔を上げたディーンは苦笑する。
「天使と人間の禁忌? でも、そりゃあ、女に天使の子を産ませた場合の話だろ。俺は男だし、お前も男の器だ。それだけが理由なら俺たちには当てはまらないだろ?」
「君の身体を蘇生し元に戻したのは私だ」
 突然、会話の流れが飛び眉根を寄せたディーンだったが急かさず次の言葉を待つ。
「天使にとって性別は関係ない。人間の生殖器の構造は知っているのだから。腐りかけた君の身体を蘇生すると同時に子宮をこっそり作ることさえできる」
 そんな悪趣味なこと、どの天使もやったことはないが――と言葉する前に派手な音をたて椅子から慌てて立ち上がったディーンが一、二歩とカスティエルから離れた。
 先程までの穏やかに過ごしていた空気が一変したのが分かり、首を傾げる。また自身は彼にとっても予想外の言葉を発してしまったようだ。離れた距離が胸を焦がし、カスティエルは一歩ディーンに近寄る。
「もちろん、そんなことはしていない」
「お前って、本当、時々怖いよな!」
「君に怖いものなんてあるのか?」
「今、猛烈にゾッとした!」
 叫んだディーンは、ぴたりと腕を伸ばし「それ以上近付くな!」とカスティエルを諌める。
「なぜ?」
「冗談でも、さっきの話はドン引きだ」
……すまない」
 もうしない。と、カスティエルは肩をすぼめる。視線を落とすと、ディーンも黙って顔を逸らした。そうして、再び座りなおすと釣竿を握りしめる。
……ほら、もういいだろ? さっさと出て行け。どうせ向こうで俺の枕元に突っ立って便秘面してるんだろ。もうよせ、俺に構うな」
「また来る」
 ディーンがこちらに振り向き何か言う前にカスティエルは消えた。


そして廻る天の旅路②-③

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