あけみ
2017-07-17 16:19:27
20796文字
Public MCU(小説)
 

【MCU】君の記憶の箱庭【バキトニ】

こちらは、インフィニティウォー、エンドゲーム公開前に執筆したものです。シビルウォー後のもしもの世界線でお楽しみください。
書いたものはピクブラにもあります。
https://pictbland.net/items/detail/181850
https://pictbland.net/items/detail/351224



君の記憶の箱庭2




 過呼吸になる鼓動を押えきれず、トニーは膝を突いた。
 伸びるバーンズの腕を「触るな」と制止しすれば、それは命じられた人形のようにピタリとそれ以上トニーの身体に触れず止まる。不器用アームのダミーのようだと苦笑することすらできず、トニーは両手で顔を覆った。そうして、自分は彼に「出て行け」と命じたのだろう。顔を上げた頃にはバーンズはラボからいなくなっていた。薄情な奴だとも思ったがそれ以上に自分が嫌な奴だとも思った。ジェームズ・ブキャナン・バーンズがもっと狡くて嘘つきで憎むに足りる人間なら良かった。そんなふうに何度も思った。けれど実際は、彼は正直で真っ当で誠実ですごく――良い奴だ。『彼じゃない』そう訴えていた男の叫びは痛いほど分かる。分かるが、なら、この、どうしようもない怒りは、虚しさは、どうすれば良いのだ。二十歳のトニー・スタークはまだあそこで涙も流さず泣いているのに。
 整えた呼吸に胸を撫でる。先の戦いで心臓に負荷がかかっているのか時たま痛み出すのを知りながら無視していたが異常をきたしているのは避けられない。大丈夫。まだ大丈夫。そうやって小さく囁いて誤魔化して痛みが引いていく感覚を撫で下ろした。背後でアームのダミーがトニーの顔を覗きこむように動くのを優しく撫でてやる。
「大丈夫だ」
 もう一度呟いてから立ち上がった。トニーはラボのデスクに置かれているバーンズの左腕の義手を見つめ決心した。今はまだ骨組みの義手だったが、今後のバーンズの生き方を左右する物であるなら本格的に作ろうとも思った。洗脳が残る脳に与えることはできないが、バーンズがトニーの所に留まっている様子から見るに「君じゃない」と言われながらも「それでも自分がやった」のだと答えた彼のことだ。犯してきた罪を一生背負う覚悟でいるのは窺える。バーンズにできる償いは、殺してきた人たちの数以上に人を救うことだ。ならば、もっと頑丈な左腕が必要になる。そのための材料は簡単に手に入らないがあてはある。
 ワカンダの若き国王の凛々しい顔つきを過らせたがすぐに眉根をひそめた。


   ×   ×   ×


「祖父がハワード・スタークと知人だったようだ」
 ワカンダの現国王ティチャラがもらした一言にトニーは顔を上げた。
 バーンズの洗脳解除を請け負うため、ワカンダへ訪れた際ティチャラが放った言葉は思いのほかトニーの心情を揺さぶった。ワカンダの先代国王と父ハワードが知人なんて話は知らない。そう思ったが、もう随分と前から父親のことについては知らないことだらけだった。シールドの設立者だと知ったのも最近であるし死の真相を知ったのも――今更だ。トニーがそう自嘲すると、ティチャラは「私も知らなかった」とこぼした。ワカンダで取れる資源ヴィブラニウム合金はキャプテンアメリカの盾を作るのに最後だとハワードは言ったが、正しくは先代ワカンダ国王から譲られた最後のヴィブラニウムだ。ティチャラの話しぶりではそういうことらしかった。
「祖父は変わった人で、気難しい父より好きだった覚えがある」
「まぁ、私の父も変わり者だったことは確かだ」
 変わり者同士。気があったのか、ビジネスとしてお互いの利害が一致したのか、今となってはどういう関係を築いていたのか憶測でしか言えない。ヴィブラニウムはワカンダでも秘宝の扱いだったのを先代国王が初めて国外へ持ち出したとされる。ハワードに渡した経緯まで知らないが、本来なら持ち出し禁止だったはずのものだ。ハワードに課したのであれば、二人が特別な関係だったことは窺える。ティチャラが突然、そんな話を振ったのはバーンズを目覚めさせる前にスティーブと二人っきりで話をした後、過呼吸になった情けない自身を気遣ったからかもしれない。いや、違うな。彼は、とトニーはじっとティチャラを見つめ凛とした顔立ちに似合わず彼もまた熱い激情を持つ人柄だとその瞳が教えてくれた。どちらかといえば気遣いやお世辞は不器用な方だ。
「祖父は直感で物事を動かす人物だった。いつ何時でも最初に感じたことこそ真意だと。私もその教えに従いバーンズ氏を追い詰めた。結局、彼は父の仇ではなかったが、貴方の仇ではあった」
 トニーは眉根をひそめる。彼が言わんとしていることが分からなかったからだ。
 ティチャラは少し笑った。
「バーンズ氏と向き合う貴方の姿勢に感服する。私には到底まねできない」
「買い被りすぎだ陛下。バーンズの洗脳解除に私が開発したBARFが有効かもしれないってだけで、ワカンダの最先端治療の方が効果があるならそちらに任せる。バーンズと向き合うのもキャプテン・アメリカのサイドキックで相棒だから無視はできない。それだけだ」
「口では何とでも言える。私は直感したものを信じる。だから、何かあれば頼って欲しい」
 歳相応な真摯さを持つ国王だと思った。だから余計に心苦しかった。ティチャラも今は微妙な立場だ。ワカンダはソコヴィア協定に名乗りを上げた国の一つでもある。あの日ロンドンで起きた爆発テロで命を亡くしたティチャラの父は超人ヒーロー達を安易に非難せず、民間側と共に歩める道を模索しようと共存の願いを込めて協定にサインした。ニューヨーク決戦を境に守るための被害が広がっていく中でヒーローへのバッシングは市民へと根強く残したままワカンダの王は亡くなった。今、ティチャラが抱える問題もまた国が引き裂かれるような事態だ。冷凍したバーンズをワカンダ国が保護する由来もない。トニーへ委ねた経緯に官僚の中で厄介払いできるとの見方もあったようだ。出迎えてくれたティチャラの側近らはずっとトニーを睨んでいたが、他の官僚らはバーンズの解凍と輸送準備を滞りなく済ませていた。
 ティチャラは「頼って欲しい」とは言っていたが、彼の立場を想えば難しかった。それに、BARFの治療が主になるならティチャラの厚意も必要ないだろうと思っていた。バーンズを起こしニューヨークへ護送させる手筈を確認してから、トニーはティチャラやスティーブとは連絡を一切取っていない。
 しかし、この時点ではまだバーンズの洗脳解除に立ち会うことの重圧がどれほどのものかトニーは分かっていなかった。



   ×   ×   ×



 あの後、こっそりスミソニアン博物館に出向いた。ジェームズ・ブキャナン・バーンズのことは殆ど知らないのが現状で、洗脳を解くからには彼の人柄、性格を構成してきた時間、生きていた時代背景を把握しておく必要がある。フライデーにもリサーチし資料をかき集めた。博物館に出向いたのは、世間が彼をどう評価していたのかを知るためだ。簡単な変装をし、一般客に混じったがトニー・スタークが博物館に訪れることを過程していないのか誰も気に留める様子はなかった。深くフードを被り底上げのない靴を履き野暮ったい黒縁眼鏡をかける。変装というにはお粗末だったがそれだけで誰もトニー・スタークだと勘付かない。
 博物館に来たもののバーンズのことは分からなかった。キャプテン・アメリカの親友でありサイドキック。狙撃の腕が一流であることは知れたがそれくらいならフライデーに聞けば答えられる。博物館の管理者にはトニー・スタークとして書庫にある資料を見せてもらった。管理者は苦笑しながら展示されている資料が全てで書庫に保管されている物は殆どないと言った。理由を聞けばその殆どがキャプテンアメリカの所持品で本人に返還したという。なるほどな、とトニーは小さく笑う。生きている本人の展示品を飾るのも可笑しな話だった。
 結局はバーンズのことはよく分からなかった。民衆もハウリング・コマンドーズの英雄談として知られるバーンズの姿を見ているようだった。彼らにとって、そう、バーンズもまた英雄なのだ。フライデーがリサーチした資料の中にはシールドの記念碑に殉職した兵士としてバーンズの名前が残っているとある。トニーは重たい溜息を吐いた。
 運命とは皮肉なもので。“もしあの時”が付きまとう。列車から落ちなければ、バーンズもスティーブもまた一度は過った考えだ。たった、あの瞬間に歯車が全て狂いそして巧妙にうまく嵌められトニーへと繋がり歯車は再び回り始めた。
 まるで、最初から仕掛けられていたように。
 何故、今、ここで螺旋が嵌り動き始めるのか。父が亡くなってから急速に自身へと廻らせられてるようだった。因果のように。
 トニーはこめかみを押える。
 まただ。
 最近はタワーに戻りひと気がなくなったラボで作業することが多くなった。ただ、この日は妙に疲れていてBARFを使った後のように頭痛がする。
 机に突っ伏していた頭を上げ自室へ向かうと倒れるようにベッドに身体を横たわった。

   ×   ×   ×


「トニー」
 母マリアの呼ぶ声が聞こえる。トニーは返事をしたが、機械をいじる手は動かしたままだ。「あと少し」そう答えて、不器用アームの導線を繋ぎ合わせる。4歳でエンジンを組み立てたトニーの次なる玩具はロボット工学だった。決められた命令通りに動くだけではつまらないと思ったトニーは、人工知能を搭載したアームロボットを再現する。しかも、わざと“不器用”に調整をした。経験を学習し成長できるようにプログラミングする。6歳のトニーには難しすぎたが、去年から作り続けているあともう一息で完成するはずだ。すっかり夢中になり、「あと少し」と答えてからしばらくして再びマリアの声がかかる。今度はラボまで下りて顔を覗かせてきたからトニーは手を止め作業を中断した。
「一緒に出るのよ、ハワードが呼んでるわ」
 母マリアは床に座り込んだトニーを見やって困ったように笑う。こちらは父親に呼ばれたからといって言う通りに動くつもりもないのに。「もうちょっと」とまたせがむと、マリアは今度は哀愁の色を瞳に揺らした。
「トニー」
 床に膝をつき、マリアの手が肩に触れた。
「今日は特別なお客様がいらしてるの、貴方に会わせたいのよ」
「父さんのお客は僕には関係ないよ」
「そうかしら?」
 マリアの揺らぐ瞳を気にしながらも、トニーはそっぽうを向くがそれも振りだけだとマリアは知っている。
 ハワードはトニーに己の友人や関係者とは極力会わせないようにしてきたが、今日は特別だと言ったそうだ。普段は家にほとんどいないくせに何故今日に限って上の階で客を呼び寄せたのかトニーには分からない。けれど、珍しいことには興味惹かれる性質でマリアの言葉を無視できなかった。ハワードの客に挨拶するようにとトニーを引っ張り出す両親を鬱陶しく思いながらへそを曲げている以上にトニーは、普通の人と話をするのが億劫だと感じてた。子供らしい受け答えなどできるはずもない。大人は難しい話をする子供が嫌いだということはとうに知っている。それでも、マリアの悲しむ顔を見る以上に辛いものはないのも事実で、結局頷いて母の手を取った。


 母の手に引かれパーティ会場を訪れたトニーは、父の知り合いが集うホームパーティに出席した。毎回華やかで派手な演出を好むハワードだったが、今回のパーティは身内だけのもののようで随分とこじんまりしていた。ジャーヴィスの妻アナが手作りのパイを焼いて皆に振る舞っているし、ジャーヴィスといえば青いドレスを身に纏った背筋がすらっとした凛々しい女性と話が弾んでいるのか楽しそうに談話していた。どうやら訪れた客というのは3人で、顔見知りの身内の方が人数が多くトニーの緊張が幾分解けた。人ごみに紛れて話すのも出歩くのも嫌いだからさっさと話を合わせてラボに戻ろうと考えていたら、ハワードの声が聞こえた。
 マリアはハワードを見つけると、片手を上げ手を振った。目が合ったハワードはワイングラスを持ったままふわりと笑んでから、両隣にいる二人の男にマリアとトニーを紹介する。
「私の妻マリアと息子のアンソニーだ」
 トニーは咄嗟にマリアの背後に隠れる。幼いトニーは人見知りが強く外に出るより家の中でいることが多かった。そのため話し相手は架空の友達か機械相手だけだったから、社交の場に連れ出されることも珍しかった。ハワードの気まぐれか今日はやけにトニーを前へ出したがる。マリアの腰からちらちらと伺っていたトニーは、ハワードの再々の「トニー」と促されしぶしぶ頷いてから一歩前へ踏み出した。
「君がアンソニー?」
 ブロンドの髪の青い瞳がこちらを覗きこんだ。トニーはすぐに彼がキャプテン・アメリカだと分かった。何度も父親が話していたのを聞いている。トニーにとってはハワードの関心が自身ではなく目の前の男の方へ注がれた苦い存在でもあった。ニュースや新聞にもよく見る名前と顔だったが素顔を見るのは今日が初めてだ。すぐに気付いたのは瞳のせいだろう。トニーが子供であっても真摯に見つめ大人と同様の対峙と受け答えをする様に少しだけ感心する。
「トニーだよ」
 愛称で呼ばれる方が馴染みになっていたトニーはつい反抗的に睨み上げるように言い放った。本当は彼の視線があまりにも真っ直ぐだったため真面に受け止められなかった。フイッと顔を逸らしたトニーに対し、キャプテン・アメリカの隣にいたもう一人の男がひょっこりと顔を覗きこんだ。
「トニー、はじめまして。ジェームズ・バーンズだ。俺もみんなから「バッキー」って呼ばれてる」
……バッキー?」
 トニーの目の高さまで視線を合わせ膝をついた男は、にんまりと笑んだ。屈託のない笑顔に一瞬、尻込みするトニーは先程までキャプテン・アメリカに寄せていた僅かな嫉妬を忘れすっかり目の前の男へと意識を向けられる。
 バーンズが手をさし伸ばし握手を求めたのを見やって、トニーも手を伸ばした。
「良い子じゃないか」
 トニーと握手を交わしたバーンズが優しく微笑んだ。トニーも笑みを返す。男は気さくで嫌味もなく会話の波長が合った。おそらく、相手が女性であっても子供であっても気兼ねなく会話ができる性格なのだろう。幾分緊張し強張らせていた表情は不思議と気が緩んだ。
「おい、僕の息子に色目を使うな」
 頬を高揚とさせていたトニーに側で見守っていたハワードがバーンズに眉を寄せる。
「別にあんたの子を取って食おうってわけじゃない。可愛い子だなと思っただけだ。なんだよ、相変わらず過保護だなぁ」
 バーンズはニヤリと笑うとそばにいたスティーブが意外そうな顔でバーンズとトニーを交互に見つめる。
「バッキーが女の子以外に優しくするの初めて見た」
「おい、スティーブ。言いすぎだぞ。子供は好きだし優しくするのは当然だろ」
 そう言ったバーンズは、目配せするとトニーにウィンクする。一瞬、目を丸めたトニーだったがすぐにクスリと微笑んだ。
「僕、バッキーが好き!」
 父に反抗するようにトニーはバーンズの腕に飛びつきそう叫んで笑みを浮かべる。驚いたハワードとスティーブの顔を見るのは小粋で気分が良かった。幼いトニーはバーンズと顔を見合わせ笑う。


 もしかしたら、そんな世界があったかもしれない。
 ハッと飛び起きたトニーは深呼吸をする。時計を見ればまだ夜が明けるには1時間ある。顔を掌で拭い眉間を撫でた。悪夢ではないのが余計に苛立ちを際立たせる。よりにもよって父とスティーブの前でよく口にできたものだ。例え夢であったとしても神経を問われる。
 夢の中で口に出した言葉を思い出し唇を噛みしめた。
<僕、バッキーが好き>
 無邪気な己が口からついて出た言葉だ。目覚めた後だと途方もない虚無感に襲われる。
……最悪だ」
 そっとトニーは呟いた。


   ×   ×   ×


「おはよう」
 朝、最初に出会いたくない人物に出くわしトニーは顔を歪めた。
 バーンズの朝の日課がトレーニングルームで汗をかいた後のシャワーとコーヒーメーカーの準備をすることだった。二杯分のコーヒーを用意する頃にはトニーがリビングに下りる。いつしかそんなタイミングでバーンズと顔を合わせるようになった。
 ただ、今日は夢見が悪い。心底煙たがる様子が表情に出ていたのかバーンズはすぐに目を伏せる。トニーの機嫌が悪い時は極力近付かないようにしているのかバーンズのそんな態度にも今日は苛立つトニーは再び疲れたように溜息を付く。
 夢の話と現実は別の問題であったが、割り切れるほどトニーの精神は器用ではない。今日はいつも以上に荒く彼に対して当たってしまうかもしれない。そんな大人げない自身に腹も立つし、許すつもりはないと最初に宣言したのだからバーンズも承知のはずだ。なのに、バーンズがトニーの不機嫌にいちいち反応するのも可笑しな話だった。トニーは目を細めてコーヒーを片手で淹れようと四苦八苦するバーンズを見やった。
「今日はすこぶる気分が悪いから義手の作業はできない。しばらくそのままだ」
 そう言って彼の左腕を指差す。バーンズは「問題ない」と言い切ると、コーヒーを淹れたマグカップをトニーの前に置いた。片腕でも日常に差し障りのないように本人も意識しているのだろう。自分のことは自分でできるようになっていたし、最近はトニーの分のコーヒーを淹れることを覚えた。最初はバーンズが淹れたものを飲む気にならず手を伸ばさなかったが、コーヒーに罪はないと自身に言い聞かせてから先日やっと彼からのコーヒーを受け取ったのだ。手渡しではなく机に置かれたマグカップを持ち上げラボへ運んだ。たったそれだけだったが、バーンズの顔が綻んだのを見た。
 昔飼っていた犬を思い出した。不器用アームを作る前だ。大型犬で幼いトニーに躾けられ少し褒めてやればすぐに尻尾を振り大きな体で喜びを表現していた。トニーはそのたびに喜び、主従の立場をきっちり教えていたことを何故か今になって思い出す。バーンズと犬を重ねていることも悩ましい。
 トニーはバーンズと目を合わさずに「それから、」と思い出したように昨夜届いたガーメントバッグをバーンズに渡す。彼は右手で受け取ると、バッグとトニーを交互に見つめた。
「お前が罪を一生背負って償う意志があると認めたうえでそれをやる。洗脳解除には時間も脳に与える疲労もある。いつまでもここに閉じ込めておくわけにはいかないからな。髪も切ってもらうぞ。仕事を与えるからそれに着替えて来い」
 そう言い捨てるトニーはさっさとラボへ籠った。残されたバーンズがどんな顔をしていたのかなんて、もちろん見ていない。


  ×  ×  ×


「俺は絶対反対ですよ。貴方は毎回妙なことばかりするけど、今回のは本当にわけが分からない」
 そう喚いていたのはハロルド・ホーガンだ。「ハッピー」と愛称が付けられた彼はその名に似合わず常に無愛想な顔つきで以前はトニーのボディガードをしていた男だ。ペッパーの元に付くように命じていたはずだったが、アベンジャーズが分裂した日を境にどういうわけかトニーの元へ出戻ってきた。どうやらペッパーと意見が合致したようで心配性な彼女が寄こしたトニーの良心ともいえる存在だ。スパイダースーツの新しいのギミックをピーターの元へ届けに行った帰りトニーがラボに呼び付けた。タワーに到着すると辟易した表情でラボへ出向いたホーガンの言葉が先程のそれだった。
「アイアンマンに護衛はいらないと言っていたのは貴方だ」
 だから己はトニーの側近から外されたのだと思っていたとホーガンは言い放った。そんなことも言ったかもしれない。トニーはとぼけたが、ホーガンの眉がますます吊り上っただけだった。
「ウィンター・ソルジャーかなんだか知らないが、そんな危なっかしい奴をボディガードにするなんて、どうかしてる!」
 ホーガンの嘆きはごもっともだ。それでもトニーは頑なにバーンズを更生させ世渡りできる術を検討している。そのためには洗脳の解除が前提になるがこればかりは中毒症状を治すのと同じでじっくりやるしかない。
「まぁ、そんなに妬くなハッピー。それにボディガードじゃない。運転手だ」
「どちらも同じですよ。それに、今は彼を預かっていることは世間に口外できないんじゃなかったんですか?」
「今はな。護衛としてずっと私の隣にいるわけではない。だから手始めに運転手にした。いずれ裁判に出てもらうことになっているし、政府やロスにも都合を付けてる最中だ」
「ということは俺が反対しても結局は何もかも決まってることか」
「そういうわけだ。ハッピー、彼の教育係をしてくれ」
 畳み掛けるトニーにホーガンの声が裏返る。
「はぁあ!? 蜘蛛の坊やの次は無愛想な元暗殺者のおもり!?」
 そう不機嫌そうに喚いてはいても、ホーガンが最後にはトニーの要望通りに、しかも熱心にバーンズを教育するであろうことは分かっている。トニーが再び口を開こうと顔を上げたが、着替え終わったのかビジネススーツに身を包んだバーンズがラボの扉の外でうろうろしていた。扉を開けてやればおずおずと入ってくる。髪はまだ長いが無精髭は綺麗に切りそろえていた。トニーはバーンズを一瞥してから、フンと鼻で笑う。思っていた通り色男の部類に入る顔つきだと思った。対してホーガンはぽかーんと口を開け、バーンズを眺めている。そして、くるっとトニーの方へ向き直ると泣き言のような声で肩を震わせた。
「絶対、やめた方がいい! 貴方と並んだら目立ちすぎてすぐに噂になりますよ」
 どんな噂だと眉根を寄せたがすぐに下品な記事の見出しが目に浮かんだ。確かにそれは不本意であるが自分のことなら見ぬ振りもできる。顔を歪ませてからたかが運転手だと、言ってからトニーはバーンズと向き合う。不格好に垂れ下がった左腕の袖を小突いた。
「聞いての通りだ。社会奉仕だと思え。腕は用意するから待ってろ。ああ、それから」
 胸ポケットから野暮ったい黒縁眼鏡を取り出しバーンズへ渡す。
「これを掛けろ」
 少しはダサく見えるだろうと思い変装の意味合いだった。何故かバーンズの口元が緩んでいるのは気付いたが見ない振りをする。主に贈り物をされ尻尾を振る大型犬のようだと過ったからだ。
「ダサい眼鏡を掛けてもイケメンはイケメンですね」
 隣でホーガンがそうぼやいていた。




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