【可惜夜廻】壱

『「すみません、よくわかりません。」』現行未通過×
※夜廻パロ




ただ影に入っただけだと言うのに、商店街の中は外とは比べ物にならないほどに不気味である。自分の靴音が酷く喧しく聴こえるし、風が吹き通る度言い知れない寒気が背中を走る。なにより、手元の小さなライトでは中を僅かにしか見通せない。
決して長くない商店街だというのに、通り抜けるまでが非常に長く感じる。それでもその道中、存在するかもしれないカンジの痕跡を逃すわけにはいかない。ゆっくり、着実に前へと進んでいく。


「《オイッ!》」

「え」


唐突に背後から声がかかり、思わず足を止める。知らない男の声に振り返ろうとして、しかしピタリと停止する。

『商店街の中はとても危険。振り返ってはならない』
貼り紙の言葉を思い出す。何故あんな子供のイタズラにも見えるような紙の文字が、今記憶から蘇ったのだろう。少なくともソウゲツは、自分がオカルトを信じるような性質じゃないことは理解している。だと言うのに現在、ソウゲツはそのオカルトな言葉を頼っている。


「《オイッ!》」


先程と全く同じ声色と音量で、再び言葉を投げられる。いや、違う。これは声ではなく音なのだろう。自分を振り返らせようとする、ただの発信音。光を餌に獲物を誘き寄せるのと同じ手段で、ソウゲツは狙われている。

背骨に氷が直塗りされたような、今まで得たことのない錯覚。脳と本能が、頭痛がするほど警鐘を鳴らしている。背後に在るものはなんだ? 振り返ればどうなるんだ? 自分は今、ここで、一体何に狙われている?


「《オイッ!》」


三度目の餌が釣られる直前に、ソウゲツはまっすぐ出口に向かって駆け出す。すぐにでも商店街を抜けないと、自分は酷いことになると確信して。息を大きく荒げ、足が絡みそうになるのを必死に抑える。ライトで前方を照らしている余裕など無い。ただひたすら、走る、走る、走る。


「うわっ!」


そうして駆けた先、ついに足が縺れたソウゲツは盛大に転ぶ。前に倒れてしばらく唸り、そうしてハッと我に返る。見上げれば、もう屋根はない。足元は先程までよりずっと明るい。
バクバクと嫌に大きく鳴る胸を落ち着かせながら、ゆっくりと振り返る。いつの間にか、商店街を抜けていたらしい。少し離れた場所で、その出入り口は未だポッカリと開いたまま佇んでいる。

一瞬、呼吸が止まる。比喩でも何でもなく、生命として当然の活動を忘れるほどの悍ましい恐怖に襲われる。

商店街に、何かがいる。自分が入る時はきっと隠れていたのだろう。ソウゲツという獲物を、自分の領域に誘き寄せるために。

屋根の上から見下ろしているそれは、二つの巨大な目玉だ。そう、目玉だけが、こちらを見ている。では、他の部位はどうしたのだろう。ああ、そうだ。ポッカリと開いた、あの口は、


「────ッ!!!!」


それを認識する前に、ソウゲツは目を逸らし再び走り出す。あれは見てはいけないものだと、何も知らないのに結論付けて逃げる。あれを知ることすら恐ろしい。
カンジはあそこにはいなかった、ならばもうあれと関わる必要など無い。夜の町を駆けながら、ソウゲツはカンジを探し続ける。しかし、今だけはただの人間として圧倒的恐怖から逃げていたい。カンジがこんな目に合っていないことを祈りながら、ソウゲツはその逃走衝動のまま地面を蹴った。