【失笑の歌と蒼い月】四章/後編

一ページ目必読
※Ibパロ






カンジは目が覚める。しかし、目蓋の上がる感覚は無い。身体は在るかすらも曖昧、霧に成ったようだとボンヤリ考える。それでも視界は鮮明で、聴覚は問題なく機能している。

目の前には、探していた友人ヒロがいる。彼は彼らしくない微笑みを浮かべながら、手帳のようなものを開いてこちらを見ている。一度ニコリと笑ってから、彼は手帳を手慣れた様子で開く。そのままカンジに差し出し、拒絶することもできずカンジは内容を認識していく。



*『ヒロの紹介で、バーテンダーとしての店の土地を整えられた。アイツには世話になりっぱなしだ。今度、美味い料理を馳走しよう』*



一番に目に入ったのは、その文字列。目の前にいる友人の名前が記された、誰かの日記らしきもの。ヒロの随分と親しい風に感じる。しかし同時に思う。彼の友人に、バーテンダーはいただろうか。



*『今日の仕事は上々。客の対応にも随分と馴染みが生まれ、バーテンダーとしての道に乗った感覚がある』*
*『明日はカンジと久しぶりに会える。楽しみだ』*



知らないはずなのに、するりと内容が頭に染み渡る。まるで元々知っていたような。まるで最初から知っていたような。



*『カンジが死んだ。車と衝突して、即死だった』*

*『運転手も死んだらしいが、どうでもいい』*
*『一番そばにいたのに、守れなかった。目の前で死んだ』*



乱雑に書き殴られた文字を、カンジはアッサリと読み解く。息を飲もうとして、呼吸すらボヤケていることに気付く。覚えは無い。記憶に無い。だと言うのに、納得はしてしまう。読み進めるのを止めたくても、視線は動き続ける。



*『久しぶりに、ヒロと会った。隣には男がいた』*
*『彼は中学までの幼馴染、アサヒだ。親の都合で引っ越したと聞いたが、なぜこんな時に』*

*『アサヒの言う魔術とやらを、最初は信じていなかった。しかし、実物を目の前にしてはぐうの音も出ない』*
*『カンジを取り戻せるなら、オレはなんだってする』*



何処の誰かも知らない存在が、自分を求めている。そこにあるのは美しい恋などではなく、執着に塗れた愛だけ。



*『一年たって、ようやく《美術館》を作り出せた』*
*『階層は多くない。最上階は雑多の部屋として置いておく』*

*『〈作品〉たちは、決して従順ではないが聡明だ。アサヒの協力で覗いた世界にいた人物たちをモデルにしているが、外には公表せずといいだろう。どうせ一般には知り得ないことだ』*
*『アサヒはここに研究室が欲しいらしい。二階に個室を作った。出るつもりはないらしいが、一応裏口を作っておく』*


*『ついにカンジを作り出せた。作品としての名前は当然、〈最愛〉だ。大切に大切に仕舞っておく』*



意識が揺らぐ。それでも、失うことはできない。吐き気がする。なのに、吐くことはできない。視界は変わらず、日記を写し続ける。文字の列を辿り、無理矢理に理解を進める。



*『そうだよな。おまえはヒーローだから、そのカンジの願いも叶えようとするよな』*
*『だが、絶対に逃さない。絶対にまたここへ来る。オレはそれまで、カンジを諦めない。カンジを忘れない。オマエはオレの元へ、必ず戻ってくる』*
*『それまで残された〈最愛〉と〈英雄譚〉が壊れないよう、ヒロを引き寄せるためにも置いておく』*



ここからは、今日の日付の下に書かれている。文字は乱雑だが、混乱というよりは興奮しているように感じる。愛が伝わってくる、悍ましい文字。



*『ようやく来た! これでまたカンジと共にいられる! はやく迎えに行かないと!』*
*『ヒロの説得には失敗した。心苦しいが、作品として調整する。存在を〈英雄譚〉に閉じ込め、器は作品の外観として利用する。こうするしかない』*
*『アサヒは嫌悪を示したが、抵抗はしないでくれる。とてもありがたい』*



何が起きているのか、何が起きるのか、カンジは考えようとする。なんとか落ち着こうとするが、無視するように視線は動く。



*『どうしてカンジが最上階にいるんだ? そんなにもここが嫌なのか? お前が例え嫌がったとしても、ここならお前は幸せに暮らせる。オレがやらなければ。オレが何とかしてやらなければ。絶対に外には出させない』*

*『カンジを留めるために、〈最愛〉をより深くへ仕舞った。存在維持のためのバラを渡すよう適当な作品に命令し、下へ行くように誘導させた。道中で危険はあるだろうが、彼ならなんとかするはずだ』*


*『いつかこの日記を読み返して、大きく笑えることを祈っている』*



締めくくりに書かれた願望を認識した瞬間、カンジの意識は再び闇へ落ちていく。急速落下する気持ち悪さの中で見たのは、歪んだ笑顔を貼り付けているヒロだった。