【失笑の歌と蒼い月】一章/前編

一ページ目必読
※Ibパロ



パチリ。
カンジが目を覚ませば、知らない天井が広がる。慌てて起き上がれば、そこは倉庫のような場所である。四角い像、布の掛けられた何か、真っ白なキャンパス、使い込まれた美術用品。それと、大量の木箱。


「ここは……何処や? つか、え? なんでこんなとこに居るんやっけ?」


うんうんと唸ってから、ハッと気づく。
自分は美術館に来て、謎の現象に見舞われたのである。友人が消え、客が消え、電気が消え、そして何かに足を掴まれ……そこで意識を失ったのだろう。持ち物を確認すれば、携帯以外のものはポシェットに入っている。ハンカチ、財布、筆記用具にメモ帳、それと飴がいくつか。


「嘘やろうう、夢ならはよ覚めてくれや……


唸りながらも、このままここに居るわけにもいかない。恐怖を飲み込んで、カンジは立ち上がる。この部屋は倉庫の扱いを受けているらしく、雑多に物が置かれている。主は芸術家なのだろう、そういった道具や材料がある。適当な筆を手に取れば、驚くほど使い込まれている。持ち手は削れ、毛先は荒れ、しかし大切に使われていたのがわかる。


……あっ!」


あちこちに視線を向ければ、一つの扉を見つけられる。装飾などは無く色も灰色、非常に質素な印象を受ける扉である。恐る恐る開けようとすれば、すんなりとドアノブは回り扉が動く。
ちらりと、扉の向こう側を覗き込む。これまた薄暗く、また質素な道が続いている様子である。両脇にはそれぞれ二枚の扉、奥には何かが絡まった扉がある。


ん?」


音を立てぬよう静かに部屋を出れば、何処からか足音がする。音源を探す前に、脇の扉が一つ開く。出てきたのは、橙色の髪をした長身の男である。


「あれ? 客人……じゃ無さそうだな。オニーサン、もしかして迷子か?」


気さくに話しかけてきた彼は、黒いビニール袋を持っている。袋の中身は見えないが、何かが詰め込まれているように見える。水色の双眸は、興味深そうにカンジを見つめている。


「えと、アンタは誰や?」

「オレ? オレは〈名無しの作品〉さ! そうだな……化粧家とでも呼んでくれ!」

「さ、作品?」


困惑して、カンジは疑問をそのまま口にする。化粧家と名乗った男は、それを見てこれまた興味深そうに頷く。顎に手をあて暫し考え込んだ後、自身のポケットを弄りカンジに何かを差し出す。


「ほら! アンタに必要なもんだ!」


勢いに押されたカンジは、それを受け取る。見れば、それは美しい黄色い薔薇である。六枚の花弁が瑞々しいのに、それには儚さを感じる。化粧家の意図が読めずにオロオロするカンジに、彼は笑顔で説明を始める。


「それはな、この場所からアンタを守る身代わりみたいなもんだ。それを持ってなかったら、アンタたぶんここに囚われたままだぜ」

……まず、ここは何処なんや? オレ、なんかに引っ張り込まれて来たんやけど」

「引っ張り込まれた理由は知らないな。ああでも、この場所については説明できるぜ」


一泊置いて、化粧家は謳うように語り始める。なにがそんなに愉快なのか、カンジには分からないが楽しそうである。袋を床に置いて、両手を振って彼は大げさな動きで言う。


「ここは《美術館》だ。勿論、ただの美術館じゃない。現実とは別の次元にある、所謂異世界ってのに近い場所。
作られた経緯は知らないが、ここには多くの美術品が住んでいる。たまにアンタみたいに、迷い込む人間はいるがな」

「じゃあヒーローも、一緒に来た友達もここに居るんかな」

「そうじゃないか? あ、出たいなら下に向かうべきだぜ。出口は最下層にあるからな」

「そっか……あ、色々ありがとうな」

「いいってことよ! 他にも困ったことあったら言ってくれ! オレは奥の倉庫にいるから!」


そう言って、彼は再び袋を持つ。中からジャラリと、硬いものが擦れる音がする。金属ではなく、石膏がぶつかるような音。ここが美術館であり芸術品が多いことから考えるに、きっと銅像の残骸などだろうか。

男を見送ってから、カンジは奥へ進む。男が出てきた部屋には、兎のプレートがかけられている。明るく愉快な男だったが、随分とファンシーな趣味をしているらしい。
他人(人ではないらしいが)の部屋に、本人の許可無して入るのは何だか気が引ける。カンジは一先ず、奥の扉を調べることにする。

奥の扉前には、白い銅像が一つ置かれている。更にドアノブには棘だらけの茨が絡んでおり、このままでは触れることも危うい。銅像を動かそうとするが、押しても引いてもびくともしない。どうにかして、銅像と茨を取り除かねばならないだろう。


化粧家さんなら、何か知っとるかな」


先程別れたばかりの男は、ここに詳しいようである。ならばここにまつわる疑問は、彼に投げるのが一番だろう。来たばかりの道を戻り、元居た部屋を覗き込む。化粧家は袋を畳んでいる最中で、カンジに気付くと手を振って笑う。


「よう! 進捗はどうだい?」

「先に進む扉の前に、銅像があってん。しかも、ドアノブに茨が絡まってて……なんとかできへんかな」

「銅像と茨? あ、そういやあの扉は鍵もかかってたな……ええと、オレはまだここから動けない。でも解決できる策は教えられるぞ!

まず、オレが出てきた部屋の隣の扉を開けるんだ。その部屋に、力自慢の兄さんがいる。兄さんは頼まれたら断れないから、事情を話せば手伝ってくれるだろうよ。

次に、オレが出てきた部屋の前の扉を開ける。そこには教師がいるから、頼めば鍵を貰えるぞ。あ、授業中ならその邪魔はしないでやってくれな。

最後の部屋は、漫画家さんが住んでる。たぶんアイツなら、茨をどうにかできる道具を持ってるはずだ。頼んだら分けてくれるとも思うぞ」


長々と説明して、「わかったか?」とカンジに聞く。情報は多かったが、カンジはしっかりと覚えることができる。感謝と肯定の意を込めて頷けば、男は嬉しそうに笑う。カンジは言われた通り、まず力自慢の兄さんとやらがいる部屋に向かうことにした。