【失笑の歌と蒼い月】序章

一ページ目必読
※Ibパロ


ここは、都心部から離れた場所にある美術館。定期的に様々な展覧会を開いており、その界隈ではよく親しまれている。

冬真っ只中で暖房が効いているその室内に、金髪を煌めかせる男が立っている。ボーッと眺めているのは、赤いロープで囲まれているモノや控えめの額縁に飾られたモノ。どれも個性的で芸術的なのだろうが、そこに込められた意味などはあまり理解できない。それがあるのかすら、彼にとって曖昧である。


「おまたせ、カンジ」


〈赤標識〉という題名の銅像を前にしていた彼、その背後から声をかける男が一人。金髪の男が振り返れば、パンフレットを二枚持った茶髪の男がいる。カンジと呼ばれた男は、嬉しそうにそちらへ歩み寄る。


「や、そんなに待っとらんから平気やでヒーロー」


大層なあだ名で呼ばれた男は苦笑しながら、一枚のパンフレットを金髪の男へ手渡す。白と黒を基調にしたパンフレットには、『求道者展覧会-案内図』と細いフォントで書かれている。

この二人は同じ大学の同期であり、仲の良い親友同士である。金髪の男の名は、タイショウ カンジ。茶髪の男の名は、サクタ ヒロ。本日は大学の企画として、この展覧会へ訪れている。
カンジは入場してすぐ自由行動を命じられたが、ヒロは引率の教師と今後の打ち合わせをしていたため時間がかかったのである。


「何か気になる作品はあったか?」

「ん〜……特には」

「そうか。まぁ、まだ来たばっかりだし仕方ない。せっかくだから楽しもうぜ」

「せやな。じゃああ、こっちはまだ見とらんで」

「ん、ならそっちに行こう」


静かな館内で目立たぬよう、二人は声を潜めて話す。並んでゆっくり歩きながら、カンジは改めてパンフレットを見る。そこには『シンゲツ』についての情報と、この展覧会の簡単な見取り図が書かれている。

『シンゲツ』とは、まだ新人と呼べる期間しか活動していない芸術家である。作風は何かを求めている、あるいは求められているような姿をコンセプトにしているらしい。プライベートな情報が全く公表されていない『シンゲツ』だが、独特の世界観と技術で多くの人々を魅了しており人気は高い。


ふと、先を歩いていたヒロが立ち止まる。カンジも止まり、真っ直ぐ伸びたその視線をなぞる。見れば、そこには一冊の本が飾られている。本そのものは非常に質素だが、絡みつくイバラがそれを異質に仕立てあげている。本のタイトルはイバラで見えず、何かを封じているようだとカンジは思う。


「ヒーロー、これ気になるん?」

……かもな」


彼らしくない曖昧な回答に、カンジは少しの疑問を抱く。しかしヒロは気にした様子もなく、また歩き始める。慌てて後を追ったカンジは、その作品をよく見ることが叶わない。


数分かけて他の作品も見るものの、やはりカンジの心に刺さるものはない。どれも独特の雰囲気を持ってはいるものの、それ以上の感想はでてこない。素人の感受性なんてこの程度だろうと、カンジは内心で勝手に結論づける。

パチパチッ
前触れなく、館内の照明が二度点滅する。明らかな異常に、カンジはヒロを追うことをやめて立ち止まる。おかしかった照明を見上げて見るものの、先程の点滅がなかったかのような様子で室内を照らしている。


「ヒーロー、今なんか……あれ?」


と、前を見たカンジは気付く。側にヒロがいない。それどころか、周囲に人の姿が見えない。客は勿論、美術館スタッフの気配すらも無くなっている。
薄気味悪く思った途端、カンジは寒気を覚える。暖房は効いていて快適なはずの室内が、言い知れぬ嫌な雰囲気で支配されていく。存在している自分が異端なのではないかと、有り得ない錯覚を得てしまう。

プツリ
細い糸が千切れた音と共に、今度は完全に照明が落ちる。薄暗くなった館内に一人にされたカンジは、あまりにも唐突な非日常に混乱する。涙目になりながらもポシェットから携帯を取り出し、ライトで足元を照らしながら一先ず出入り口を目指す。


……え?」


出入り口に辿り着いたカンジであったが、その様相に思わず声をもらす。そこには、無数の蔦が絡まっているのである。極彩の青で彩られた蔦は、決して扉を開かぬように縛っている。恐る恐る触れてみれば、それはコンクリートのように硬い。掴めそうな部分を掴んで引くが、どれだけ力をいれてもビクともしない。


「な、何やねんホンマ……ひっ!?」


後退りしたカンジだったが、ヌメリとしたものを踏みつけ思わず悲鳴を上げる。飛び退いて確認すれば、そこには先程まで確実に無かったモノがある。青いペンキをぶち撒けたような水たまりと、同じ青で綴られた『こちらがわに はやくこい』という文字。


「い、いや、待て待て落ち着けオレ。こういう時はまず、深呼吸するんや」


自身の混乱状態を取り除こうと、カンジは大きく息を吸う。
しかしそのタイミングを狙ったように、水たまりから何かが素早くカンジの足に絡みつく。驚きの声を上げる暇もなく、カンジはそのまま水たまりに引き込まれる。

後に残ったのは、無意味に天井を照らすカンジの携帯だけだった。