完璧でお似合い

松ガスときのこ
やまだの特定能力に夢見てる


 前の彼女さんが置いていった日傘。と言われ、目を丸くした。次いで谷原は、片眉を大きく跳ね上げる。
「それを、平然と使ってるわけ……?」
「物に罪はないから」
 それにほら、これ人気すぎて売り切れてるメーカーのだよ。と日傘についているブランド名を指差してくれたが、炎天下のせいか山田の発言のせいか、ぐらぐらと眩暈がする。それを伝えると「え、熱中症じゃないの? 僕のいないところで倒れてね」と言いつつ日傘を谷原の頭上にすっと差し出してくれた。
 そのメーカーの日傘はかなり希少になっていて、やっと買えました! だの、◯◯店でまだ売ってました! だの、SNSで連日話題になっている。情報を辿れば日傘の購入者が何県のどこにいるか、山田のようなさかしい人間にはすぐにわかってしまうのだろう。
 そして谷原は今日、このむせかえるような暑い中、隣県のある街へ来ていた。ここへ行こうと決めたのは心霊配信のためであり、ダメ元で山田を誘ったのだが、いつも確実に断られる案件に、今日はなぜかすんなり「いいよ」と言われたのだ。
 この二つがイコールになるとすればただ一つ──谷原は面白がって山田を見つめる。
「なぁんだ、山田くん」
 大学以来の呼び方で彼を呼ぶと、ものすごく嫌そうな顔でこちらを向く。
………………なに」
「物に罪はないとか言ってさ。やっぱ元カノ、気にしてるじゃん」
 山田の顔がしかめ面になり、お世辞にもかわいげがあるとは言えない表情になってしまった。普段は少年みさえある男だが、今の、眉間にしわを寄せ、引きつる目元をしている彼はまさしく年相応の三十路だ。山田は最近よく、この苦々しい顔をするようになった。これが彼なりの照れ隠しであることは、谷原のような付き合いの長い人間はとっくにわかっている。
 山田が谷原の言葉を受け、口を尖らせて悩む。
「僕だって、らしくないことしてるとは思ってるさ」
 日傘を下ろすと痛烈に暑い日差しが肌を差す。ユニセックスな柄と装飾のない落ち着いた見た目は、谷原でも好感が持てた。ファッションに気を使う人間が、普段使いもできるよう厳選したのだろう。
「日傘、置いてくる」
「置いてくるって……え?」
 山田は突然、やや早歩きで建物に入り、ロビー前の傘立てコーナーに日傘を置いた。役所ならではの仰々しい建物名が、その横に立てかけてある。折りたたんである日傘は他の傘と比べても明らかに異質で、高級感も否めない。盗まれることはないだろうか。しかしその心配は無用らしく、山田がスマートフォンを向けてくる。
「これ、今日の投稿」
……もしかしてもう本人の行動も特定したの?」
「今日役所に用事ってさ」
 谷原は山田が示す画面を、目を凝らしてよく見た。
「い、いやいや、役所って書いてないじゃん! マイナンバーカードの更新としか言ってないよ⁈」
「ここら辺の区域でマイナンバーカードの更新ができるのはこの役所だけだし、元カノさん、さっき起きたばっかだから」
「でも……
「この時間にやっと起きた人が、わざわざカードの更新のためだけに遠出する可能性は低いでしょ?」
 と山田が言い、一度だけ置いてきた日傘を振り返る。
「今から雨降る予報だし。傘置き場に自分の傘を入れるとき、見るんじゃないかな」
 谷原は引きつりながら、改めて友人の頭からつま先までを奇怪なものを見るように眺めた。
……元カレの家にあったはずの傘がここにあるの、ホラーでしょ」
 なんとか絞り出した答えがそれだが、山田は意に介さない。
「せいぜい怖がってたらいいんじゃない。僕も目的としては間違ってないし」
「ふーん、そんなに、なんだ」
 谷原がニヤニヤしながら視線を投げると、鬱陶しそうに山田が視線を逸らす。
「それに案外、あれ、私ここに置いちゃってた? ってくらいじゃない? ちょっと生きにくい人っていうか、わりと抜けてるっていうか……松田さんとの約束もよくすっぽかしたことあるみたいだよ」
「うわぁ……
 その情報は、松田から直接聞いたわけではきっとない。谷原の印象的に、松田は過去の話はあまりしない。今思えば、山田がこうやって拗ねるのが目に見えているからだろう。表面上では全く拗ねてるように見えないのに、内側ではちゃっかり根に持って気にして、ネットを駆使してあらゆる情報を得て証拠を得ようとする──松田はおそらくそれに半分気づきながら、泳がせているのだ。そういう悪癖が直らないと知りながらそばに置くのだから、似た物同士だと谷原は呆れる。
……ちなみに、あの松田さんとの約束って、元カノさんはなにをすっぽかしたの」
「松田さんが会議で遅くなった日があってさ。元カノは、忙しいが口癖の彼氏は浮気されてるかもしれないから危ない、っていうのSNSで見て、感化されたんだったかな」
 彼女が「私に構えないくらい忙しいんだったら、もう知らない」とでも言って、反故にしたのかもしれない。なかなかいい度胸をしている。山田に「生きにくい」と言わせたのはそういう部分だろう。
 それに、その日──松田がイライラしていて会食中も無愛想すぎて笑えた、と言っていたのはまさしく目の前にいる友人ではなかっただろうか。会食嫌いの山田が、「いい飲み仲間見つけた」と言って初めて会ったばかりの松田と二人で会食を抜け、近くの飲み屋で酔っ払い、連絡先を交換して今に至るのだ。人生はどう転ぶかわからない。
「やっぱ水瓶座のB型はだめ、とも別れたあたりの日に載せてた。血液型と星座って根強い信仰あるけど、そんなこと言ったら僕なんてどうなるのさ」
「真面目で誠実、安定感ナンバーワン、でしょ」
 んはは、と高笑いする男は、暑い日差しに猫背を丸め、まるで太陽に反抗しているように見えた。
 十二星座と血液型を組み合わせて性格の良し悪しを測ることを、一体人類はいつから主張し、尊重するようになったのだろうか。恋愛に悩むあまり思い詰めた人間が、藁をも掴む気持ちで編み出したのだと思いたいが、実際は金儲けのために違いないと谷原は考えている。そうでなければ占い師はいない、本も出ない、結果、経済は回らないのだ。配信者の自分が一番その辺りをわかっている。山田の今回の行動は珍しく、利益を気にしない感情メインで動いた話だ。恋愛に悩むあまり起こした行動にしては合理が過ぎ、ねたそねみに分類するにはあまりにも──性格が悪い。
「じゃあこれからは日焼け止めだね」
 そしてこう付け足すのも、付き合いのある谷原だからできることだ。こういった山田の奇行には肯定も否定もせず、ただ事後報告として粛々と受け取り、違う話題を振るしかない。
 今はメンズ市場も化粧品に手厚いから、山田に合う商品もあるだろう。配信に付き合わせた礼として買ってやるのも悪くないか──と感慨にふけっていると、山田が口を開いた。
「え、僕日焼け止めなんてしたことないけど」
「嘘でしょ。キャンプの時は?」
「山ばっかり行ってるし……日陰多いから。あと焼けても皮剥けて終わっちゃうんだよね」
 それに日中車で移動すること多いし。あーそうですか、いいよねなんでも送迎してくれてさ。うん、きのこも車持ったら? ……なんか山田の車じゃないのにずいぶん上から目線じゃない?
 二人で言い合いながら階段を降りていく。もうすぐ夕暮れの雲がたなびくころだ。仕事が終わった松田から、「どこにおんねん」という数十件以上の着信とメッセージが山田に届いたのが、結局一番怖かった、と後に谷原は語る。