鯖男
2026-07-26 19:32:24
1805文字
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偽りの誕生日おめでとう!!

ヤシロ誕生日小話。

十七時から開店するバー《グーニーズ》
昨今多くなってきた『昼はカフェ、夜はバー』などの二面スタイルなどする気はなく、日が高いときはクローズの看板が下げられていた。
だというのに、店内には二つの人影があった。
新人アルバイターに戻ったようにオリエはカウンターの中へ入り、小型の冷蔵庫にて冷やされていた瓶のビールを取り出した。そしてジョッキへ注いでいく。金と白のコントラスト。ジョッキの縁を泡が濡らすほどに注げば、コントラストは見事な黄金比となり、ヤシロの喉が鳴る。
「どうぞ、ヤシロ様」
差し出されたビール。そして隣にはこの場に不釣り合いなポップな外装をしたカードパックが数袋。
瞬間、ヤシロは目を剥いた。
それは数日前に発売したメダリオンの新弾ブースターパック。ヤシロはタイミングが悪く買えなかったものだ。
「え、な、なんのつもりだ」
動揺で乾く舌を、ビールで濡らす。湧き上がる感情を必死で押さえ、冷静さを取り繕う。
なにせ諸手をあげて飛びつくほど、相手の信頼度は高くない。
そんな様すら好ましいのか、オリエは柔らかく微笑み、白魚のような指でブースターパックをヤシロへ寄せた。
「そんなに警戒しないでください。これはほんの気持ちです。どうやらヤシロ様は、名誉や大金よりもこういったものの方が好みのようなので」
「名誉はともかく金は好きだが、お前の渡し方がいやなんだよ」
ヤシロはげんなりと目を伏せる。
というのも、オリエが《嵐の柩》卿だった頃、ヤシロの口座へ毎月一千万振り込んでいた過去があった。本人は勧誘と好意と言っていたが、金額が金額のため、ヤシロには恐怖と困惑だけが残っていた。
「サプライズでなければよろしいですか?」
「やだよ。なんかめんどくさそう」
「ではこちらだけ」
小さく「本日は」と呟いたのは聞かない振りをして、ヤシロは再度、ブースターパックを見やる。

…………理由は」
「本日、お誕生日でしょう」
オリエの発言と同時に、バーの扉が豪快な音を立てて蹴破られる。
階段を下りる複数の足音で、ヤシロは気づくべきだった。
開店前の店に来るのは常連のみ。闖入者の自認は常連だったことに。
ヤシロはほぞを噛みながら、突然の来訪者に目を向けた。
そこには同じ制服を着た弟子たちが、これまた同じように目を剥いていた。
「師匠、それは本当ですか!?」
「聞いてない」
「なんで当日にそんな大事なこと!」
噛みつくように詰め寄られ、無駄吠えのように騒がれる。言葉の土石流は止まることを知らず、蚊帳の外でオリエは目を細める。
「あらあら。珍獣たちには言ってなかったんですね。私は知ってるのに」
どこから出したのか扇子で口元を隠し、喜色の声は告げる。勝者のそれは城ヶ峰たちの神経を刺激した。
「師匠! 私は4月2日です!」
「12月10日」
「あたしは別に……9月4日」
三者三様の申告に耳を塞ぎながら、出入り口を見やる。ここで更なる来訪者がいれば、この混沌をうやむやにできるからだ。だが祈りむなしく、扉は開くことはない。
「あーあー、うるせえうるせえ! 誕生日なんてお前らに言う義理はねえし、こいつにも言ってねえし、勇者が本当のプロフィール言うと思うのか?」
そもそも勇者名自体が偽名であり、国発行の勇者免許ですら、最低限の情報しか載っていない。誕生日など、いくらでも偽装し放題だ。
「そういえばそうですね。ではいつが本当の誕生日でもいいように、毎月なにかプレゼントを」
「やめろ」
嫌な予感しかせず、ヤシロは食い気味に待ったをかける。
「では今日を誕生日としましょう」
「は、」
漏れた声は嘲笑か、絶句か。
カウンター席に掛けているヤシロは、仁王立ちする城ヶ峰を見上げた。
未来を夢見る綺羅星を宿した双眸。
汚泥も飲み込んだ上で光輝く一等星。
神経がヤスリで削られる疼痛に、苛立ちが湧き上がる。確信を胸に横目で盗み見れば、オリエの口端がわずかだが震えていた。
勇者でも魔王でも、この世界に肩まで浸かってる人間は、皆、城ヶ峰亜希という人間を嫌悪する。
「たとえ偽りだとしても、五年十年と続ければいずれ本物となりましょう」
「そんなにお前らと付き合うつもりねえけど」
「ははは、またまた。照れ隠しを」
快活に笑う様もヤシロの苛立ちを増長させ、つま先ですねを蹴り上げる。間抜けな悲鳴で多少なり溜飲を下げた。