紫よか
2026-07-24 01:12:28
2233文字
Public 羅小黒戦記
 

花を一輪、あなたに

碧玉と洛竹。鹿野は直接は登場しません

洛竹ロジュ哥、やっほ」
「お、碧玉ビーユー。今月も来たな。元気そうで何より」
「いつだって元気だよ。洛竹哥も元気そうじゃない。花屋さん、楽しい?」
「おーい、それ先月も言ってたぞ。楽しいって、天職かも」
「ありゃ、そうだっけ」
「そーだよ」

 花をたくさん積んだバイクに乗った洛竹を呼び止めたのは碧玉であった。彼女はプライベートなのだろう、深緑のシャツに黒いパンツスタイルのラフな格好であった。代わりに洛竹は仕事中であり、エプロンを着けている。
 このふたりは昔、縁があった。風息フーシーの存在という縁が。碧玉にとって洛竹も風息も、大切な哥哥お兄ちゃんである。──風息の顛末は執行人である碧玉は目にしており、彼に協力していた洛竹もしばらくの間服役していた。釈放された彼が選んだ職業は、花の移動販売であった。元から明るく面倒見のよい洛竹は、良い同僚もいるこの仕事に多大な貢献をしている。と、碧玉はその彼の同僚の花の妖精から聞いていた。

 そんな洛竹の配達ルートに、かつて彼の妹分であった碧玉は毎月一度は現れるようになった。そして、目についた花や、洛竹のおすすめの花を一輪、買っていくのだ。
 彼女の心がまだ生まれたばかりで、肉体の性別が定まる前の幼い頃を知っている洛竹は、彼女が森の花を見かけるやいなや口いっぱいに入れて風息に止められていたのを知っている。幼少期と百歳程度の今を比べるのは違う気はしていたが、少なくとも洛竹にとって碧玉とは花を愛でる大人しい少女ではなく、食欲優先の暴れん坊な少年であった。──風息が宝石に例えて名前をつけるほどの、碧色のきらきらとした瞳を持つ妖精であることは変わらずにいたが。 

……で、今日は何にするんだ? あ、そうだ、新しいデザインのリボンが入荷したんだけど、それでラッピングしてやろうか? いつもラッピングしてるよな」

 だから、彼女が買う毎月一輪の花が、誰かへの贈り物であることは、洛竹は察していた。

「うん! 洛竹哥のおすすめのリボンでラッピングしてほしい。…………んー、気分が明るくなるような色が良いな。でも花ってどれも見てるだけで気分上がるよね」
「お、碧玉もようやく花を食べ物だと思わなくなってきたか」
「いつの話よ! 私、もう大人だよ?」
「あはは」

 からかってみたものの、洛竹も碧玉と同じ気持ちであった。花を買いに来る客というものは、大抵が良いことがあって来る者である。たまに謝罪のために買いに来る者もいるが、仲直りがしたいという前向きな気持ちで来るのだ。花とは、不思議なものである。そこにあるだけで、笑顔が生まれるものなのだから。

「碧玉は、贈る相手の気分を明るくしたいのか?」
……うん。友達……でね。大きな仕事を成し遂げたんだけど、いろいろ思うところもあったみたいで。けして元気をなくしてるわけじゃないし、むしろ良い方向に進んでるんだけどね。より背中を押してあげたいなって思うんだ」
「なるほど。……じゃあこれなんてどうだ? ガーベラ。聞いたことはあるだろ?」

 洛竹がバイクに積んだ花々から取り出したのはピンク色のガーベラであった。

「あ、かわいい……。けど、ピンクか……ちょっとあざとくない?」
「おいおい、ピンクに失礼だな」
「だってー」
……ガーベラの花言葉は、『希望』、『前向き』、『常に前進』なんだよ。その上、ピンクのガーベラの花言葉のひとつは『思いやり』」
「あ……
「な? 結構いいと思うけど」

 碧玉はその淡いピンク色をじっと見つめる。そして、碧色のその瞳を瞬かせ、洛竹に告げた。

「じゃあそれにする。リボンは……新しいやつで、薄い青色系ってある?」
「はい、毎度あり。うん、あるよ。ちなみに、どうしてその色とか哥哥に教えてくれたりする?」
……その子の目が淡い青色なの。透き通るようで、私、大好きなんだ」
「なるほどな。良いこと聞いちゃった」
「もう。洛竹哥ったら」
「もう一つちなみになんだけど、一輪で良いか?」

 いたずらっぽい声音のその問いかけに、碧玉は首をかしげた。

「え、なんかあるの? 一輪でいいよ、いつも通り」
「そこはそのスマホで調べておいて。……はい、どうぞ」
……? ありがとう洛竹哥。じゃ、また来月」
「おう、風邪ひくなよ」
「洛竹哥もね。私、洛竹哥のところでしか買ってないんだから」
「そりゃ嬉しいな。うん、俺も元気でいるよ」

 碧玉は受け取ったピンク色の一輪を、大切そうに持ってすたすたと早足で去って行った。その背中が昔よりもずっと背筋がしゃんと伸びていることに、洛竹は彼女が執行人として成長を重ねていることを思い知った。けれど、今でもかわいい妹分であることは、やはり彼の中では変わりなかった。
 そんな碧玉の背中が雑踏に溶けて消えるのを、洛竹は一言つぶやきながら見送る。

「ピンクのガーベラの別の花言葉は『愛情』、なんだよな。碧玉」

 そして、またいたずらっぽく小さく笑うのだ。

「一本のガーベラの意味は『あなたが私の運命のひと』……ってこと知ったら、あいつなんて思うかな」

 洛竹は──ひとりの花屋の青年は、今日もたくさんのひとに幸福を売り続ける。そんな彼の仕事終わりの夜に、彼女から「向こうも私も意味を知らなくて、私命拾いしたんだけど!」と、文句のメッセージが届き、彼は今度は腹を抱えるのであった。