しゅう as 猫田しゅうぞう
2026-07-22 07:41:12
2208文字
Public GQX
 

アブラカタブラ

GQX シャアシャリ
ここまでのあらすじ――突然の小規模なゼクノヴァに巻き込まれたかつてのシャア大佐・現一般研究員シロウズは、ララ音ときらめきが収まった途端、ぬいぐるみじみた姿に変わり果てていた。よりにもよって別れたつもりはないぞと迫っている最中だったMAVの目の前で!

招かれたシャリアの部屋で、一人掛けのソファに深く腰掛けた家主に迫っていたところだった。シロウズは背もたれと肘掛けに手を置き、警戒するシャリアに視線を合わせ、わずかに顔を逸らした弾みに落ちた彼の前髪に唇を寄せ、ついには彼が観念して瞼を降ろそうとしたのを認めて唇を重ねようとしていたのだ。
しかし二人して鋭く差し込む直感に意識を惹かれたその瞬間、ララ音と共にシロウズの肉体は眩い光に包まれた。それこそ、イオマグヌッソでかつての軍服姿に書き換えられたその時のように。
だがその時と違うのは肉体が宙に浮いた感覚だった。そして浮遊感よりもシャリアがこちらへ慌てて腕を伸ばしたことのほうに驚いた。咄嗟に自分を受け止め、抱き寄せる彼の大きな手――いや、いくら彼のほうが体格がいいとはいえ、なにやら縮尺がおかしいのではないか。
シャリアを見上げ、シロウズはまずその視界の低さに違和感を覚えた。彼の膝上に立っているのに、目線はその喉仏にも届かない。それに視界に入る自分の手の頼りなさ、短さ、そして何より赤に近い桃色の毛並みに包まれたそれに目を疑って瞬くが、瞬きひとつではなにも変わらなかった。それに手のひらを見れば肉球がついていたが、血肉の通ったそれではない。
「これは」
思わず首から下を見下ろす。目に入るのはふかふかで白い胸毛と、足の先まですっかりもこもこの毛並みが覆っているさまだった。シャリアの手のひらで背を支えられたおかげで、尻尾の存在もわかる。辿るように頭部に触れれば、なにやら動物を模したかぶり物まであるのもわかる。まるでテディベアだ。
「ぬいぐるみ……いえ、着ぐるみでしょうか」
膝上で変わり果てたシロウズにシャリアは狼狽えていなかった。シロウズが見上げると、シャリアは何気ない仕草で左の目元に落ちた前髪を耳にかけた。思わず不満がシロウズの頭をよぎると、それを感じ取ったのか、彼は小さく笑った。
「随分小さくなってしまわれた」
その視線が妙にむずがゆく、シロウズは自分の肉体に意識を戻した。着ぐるみと言われると合点がいった。鏡はなくとも、赤子がもこもこの着ぐるみを着せられた姿が思い浮かんだ。なんという有様だろうか。しかし腕を伸ばしてみたところで短すぎると感じることはなく、身体感覚は釣り合いがとれている。それで目の前の男のジャケットの襟を掴んだシロウズの小さな手を、しかしシャリアはそっと外させた。
「なんだ」
「よく見せてください」
手のひら、手の甲をしげしげと見られる。肉球は硬さを確かめるようにぎゅうぎゅうと押され、中身を確かめるようにシャリアの手はシロウズの身体を辿る。常日頃なら歓迎すべき触れ合いだろうが、なにしろシロウズはぬいぐるみに等しい状態だ。少しも色っぽいことはなく、どこか検品めいて感じられた。シャリアはシロウズを大きなぬいぐるみのように扱った。抱き上げられた驚きに固まるシロウズに構わず、ぐるりと全身を見回し、綿のつまり具合でも確かめるようにあちこちを掴み、首を傾げる。
「犬、いや狼か?」
されるがままに大人しくしていたシロウズが「――意識も感覚もあるのだが」とようやく声を挟めばはっとして、シャリアは膝の上に彼を戻した。小さな咳払いを挟み、シロウズの乱れた前髪を恭しく整える。
「失礼。あまりにかわいらしいものですから」
「かわいい?」
「ええ。ぬいぐるみのようで」
シャリアは微笑んだ。その柔らかな笑みをシロウズはじっと見つめ返した。
……シャリア・ブル」
「はい」
「少しかがめるか」
「こうでしょうか」
「もう少し……ああ、そのまま」
シロウズは毛むくじゃらの両手で、屈み込むシャリアの頬に手を添えた。それからくすぐったいのかわずかに目を細めた彼の鼻先に、かぷりと噛みついた。
もちろん、噛みついたとはいえ強く力をこめたわけではない。痛くはないはずだ。だが淡い歯型はついた。シャリアが反射的に身を起こして「何を――」と鼻先についた唾液を拭う。そのあとに残った歯型を見ながらシロウズは目を眇めた。
「かわいいなどと言うからだろう」
「ですが、お可愛らしいのは事実です」
シャリアの態度にシロウズはムム、と眉間に皺を寄せた。だがその間にもシャリアはシロウズの頭を撫でた。おそらくはかぶりものの耳のあたりだろう。本当にそういう生き物ならそれは心地の良いことだったかもしれないが、ただの着ぐるみだ。分厚い毛並みを撫でられたところでおもしろいことなどあるわけもない。
「貴様がそういうつもりなら、私にも考えがあるぞ、シャリア・ブル。この姿の間は貴様の養子として振る舞ってやるからな。今日から私はシャア・ブルだ」
「やめてください」
かつてなら柔らかく小さな笑みで「おやめください」とでも言っただろうところで、彼が気安くなっているとふいに気づき、シロウズは頬を緩めてわがままを言ってやった。
「それが嫌なら君からキスでもしてくれ。昔からよく言うだろう。呪いを解くには真実の愛が一番だと」
「何を馬鹿なことを」
「既に私には馬鹿なことが起きているのだ。君も少しは馬鹿になってくれ」
ふふ、と今の見た目には似つかわしくない掠れかけの低い声で笑うシロウズに、シャリアは呆れを隠さなかった。だが、断ることもない。
かくしてあっけなくその『呪い』は解けた。
つまりは、まあそういうことなのだった。