新年を迎える時には目標も決めて新しい変化を、と意気込むも。結局年末も近くなるとこれ以上変化は起きないでくれと願うのは何故なのだろう。
自営業に目標があるとしたら、それは店の存続だ。年が明けたらすぐに始まる確定申告の準備やら何やらで全く落ち着く気配もない。儲かってるのかと聞かれれば、とりあえず路頭に迷わず家賃が払える程度には今年も生き延びたと言えるだろう。
店を増やす気なんて全くないし。忙しいなら従業員を増やしてはどうかとは何度も言われている。その度に断ったりはぐらかしてもいるし、逆にここで働けないかと志願してくる奴もいるが。私の求める奴ではないし、腕前も私が感心するような奴はいなかった。
前に、縁あって知り合った子で一瞬だけ雇ってもいいと思った子がいたが。結局色々あって故郷に帰ると頭を下げられ新幹線に乗り込んでしまった。
どうやら今年も来年も。私は一人で営業を続けることになりそうだ。それは気楽であり、不変の忙しさでもある。
今夜は年末の一週間前の聖夜とかいうやつで、うちのバーに来る奴らもカップルだろうが独りだろうが多すぎる。
限定メニューはどれも歯の浮くような甘ったるい聖夜のカクテルや、躰を温めるホットカクテル。特別な夜に特別な酒を所望するのは当たり前でも、そればかり頼まれてしまうと偏って品切れになっちまう。
「お待たせしました、アイリッシュコーヒーです」
特に前阿梨夜に提供した酒は人気があり、ホットのラムカクテルと同様頼む奴は多い。コーヒーを淹れて作らなければならないため手間もかかるし、生クリームの在庫がこの時期のせいで乏しいうえに。
提携してる洋菓子屋に生クリームを分けてくれなんて言ったら、だったら仕事手伝ってくれませんかねと瘦せこけた恐怖映画の死者の面構えで言われるだろう。
この時期の洋菓子屋はとてつもない地獄だと。仕入れに来てくれた奴が言ってたもんな。忙しい中色々うちの店に納品してくれただけで頭が下がる。
店の中には、カップルにこれからなるかもしれない男女複数組と。私は密かに知っている同性同士のカップルと。また独りでアイドルとの動画を楽しんでいる無害な若造。
思い思いに過ごしてくれればいいと思うが。今いる客の並びになる前にも、初来店みたいなやつも割といた。特別な夜だから、前々から気になっていたこの店に入って見たくなったと言われると。
もっとうちの店は気軽に入ってくれてもいいと思うが、そいつにとっては思い切った変化への挑戦なのだろう。
アイドルの動画を楽しんでいる若造は少し前に開催されたクリスマスライブの余韻に浸っており、今年も解散せずに済んだとにこにこと笑っていた。
いつもどおりのウイスキーを与えて置けば後は勝手にやってくれるから。少し飲んだらすぐに家に帰るだろう。
「……来年卒業だし、就職決まったら家とか見に行こうか」
「え、本当?」
同じ大学の同性同士のカップルはアルコール度数の低いカクテルを飲みながら、将来の話をしている。今は同性同士でも貸してくれるところも多いと聞く。
手っ取り早いのは阿梨夜のように家を買ってしまうことだが。あいつは異例過ぎて話にならない。
阿梨夜とユイマン。あいつらも、学生だったときはこんな話をしていたのだろうか。
今夜はどうせあいつらは来ない。寧ろ来るな。
私の教えたレシピ通り作ればユイマンが満足する酒は作れるとは思うが、何かがこじれて店のドアが開いてユイマンが蟒蛇の目で殴り込んで来ないよう窓際にある間抜け面の置物に祈っておく。店の棚の上にある熊手にも。
「店長さんはどの街が好きとかありますか」
色んな願いを込めて同性同士のカップルの前にお代わりの水を注ぐと。片方が不意に尋ねて来る。
「街ですか?それって実在って意味か理想の街のどちらですかね」
「実在の方です。店長さんこの辺りの治安とかも詳しそうだし」
正直この辺りの治安はあまりよろしくないので、せめて電車で何駅か離れた場所に住むことをお勧めしたい。
かと言って、治安が悪い場所として具体的に挙げるとなるとこの客の中にその街に住んでる奴がいた場合気を悪くすると思うので。
不動産屋がお勧めする治安のいい街の見分け方、みたいな記事の受け売りを適当に話しておいた。
「そうですよね。治安も大事だけど家賃とかが一番気になるし」
もう片方がそう言いながら目を伏せる。一緒に暮らすことは楽しいだろうが。そうもいかない要素や不安定さは山積みだろう。
「まず仕事場が決まらないと決めにくいでしょう。色々おふたりで話してみることも大事かと思います」
色々なハードルを越えて行った所にパートナーとして共に生きる将来があるとしたら。
あいつらはいくつものハードルを越えてすら、相手の為に泣きべそかいて、ボロボロでも追いかけて、自棄酒して、相手を想って生きているのだろう。
あんな格好悪い姿を誰かに見せても共に暮らそう。そう言える相手が私にはいると言えるのか。
踏み出す変化を決められないまま年末近くになってしまった。他人を眺めて解決策を導くのはできても。自分の事には全く解決策が浮かびやしない。
(いけないいけない)
考え込むと折角の笑顔が消えてしまう。店の中のBGMだってそういう曲を選んで雰囲気を作ってるのに。
心に少しもやついた煙を抱えつつも笑顔は絶やさない。私の都合なんて誰も知ったこっちゃないだろう。
ラーメンを頼んだのに、別れた傷心のあまり作れないなんて店員が言ったら誰だって腹を立てるんだから。
「あ、店長さん。あの埴輪のお洋服って店長さんが作ったの?」
私の煙は感づかれることなく、別のカップルになりそうな奴らの所に水を持って行くと女の方に尋ねられた。
「あー……元は百円ショップの人形用のやつなんですけど。季節のおめかしって言うか」
無理矢理押し付けられてさっさと返そうと思っていた袿姫の間抜け面の置物は。肝心のあいつが店に現れないからどうしようもなく鎮座してる。
埃をかぶったままでも可哀そうなので掃除をする時に綺麗に磨いてやってるし、物を被せ易そうな頭をしてるので今は聖夜につきもののミニチュア帽子を被せてやった。
早く取りに来なけりゃ間抜けな姿をもっと間抜けにしてやるぞの嫌味のつもりだったが。
「可愛いと思う!」
こう店の客にウケがいいと、嫌がらせてやってますなんて口が裂けても言えず。なんだか結局間抜け面の置物を受け入れて負けた気分で今年は終わりそうだ。
勝ち負けにこだわるのは良くないとは思いつつ今年はなんか負けが続く気持ちなのは何故だ。仕入れ先の開拓やアソートの得意先もみつかったっていうのに。
酒の値段は上がる一方なのが痛手っていうのが理由なら。それは世間皆様平等ってこった。
聖夜に飲むカクテルは特別な味がする。そう言ってくださるのは嬉しいが、私の腕はどの日に作ろうが最高のものをお出しする心持だ。そこに不公平さはない。
昨日来た客と今日来た客が同じ酒を飲んで味が違ったらダメだろう。
ある程度の注文の酒を出し切って溜まったグラスの洗い物を始める。もう時計は午後の九時は過ぎたところか。来るとは言ってたが何時に来るとは聞いてないし、私も聞きもしなかった。時間を聞いたらなんだかこっちが強請ってるみたいで、格好が悪い。下手に出る気はない。
偶然ふらりとやってきた奴をもてなす体じゃなきゃ、私がいいように使われてるみたいで気分が悪い。
それに、こんな客に溢れた時に来られてもちゃんとした酒は出せないだろう。特別な関係を持った客が来ることは、やっぱりあまり良くない。だけど会うためにはこの店じゃないといけない。普段どこにいるかも分からない、そんな奴と関係を持った以上は。
「すいません、チェックを」
「そちらの方終わったら僕もいいですか」
時間帯的には酒を切り上げて家に帰るか、別の場所で盛り合う時間。カップルも独り身も金さえ払ってくれれば後はお好きにどうぞ。
計算したメモを持って行き、それぞれの手元に差し出す。この手書きのメモがいいと言ってくれる人もいるが、電子で払えないかと言って来る奴もいる。
クレジットカードくらいは導入してるが。電子だとこっちが色々金取られるということで、現金かカード払いをお願いしているが。いつしかそれも、時代遅れとなり客足が遠ざかることもあるのだろうか。
律義にお札を乗せてくれるのは有難いと思っても。何が消えるのが当然で、消えてはいけないものが何なのかが時折分からなくもなる。
「お釣りお持ちします」
いつかその消える側に私の店もなったら。また流れてどこかで雇ってもらうか、身を興すしかないだろうな。なあに、変化があっても何とでもなるモンだ。
そのうち客が一人消え、二人消え。レジの金が溜まっていき、時計の針が十を指す頃にはすっかり空っぽになり、甘ったるい余韻みたいな煙が漂っていた。
今頃そういう施設のスタッフは辟易しながら欲塗れを捌いてる所だろう。こっちの客がいなくなりゃ、あっちの客は増えるようになってる。
「ふー……」
今日何杯酒作ったか、もう覚えてない。鍛えた営業用の笑顔も表情筋が引き攣っちまいそうだ。
店内で煙草は酒の味に響くから控えてるが。水タバコくらいならいいだろうか。他人の恋愛にはアドバイスはできても、甘ったるい煙は苦手なんだ。
今夜を甘ったるく過ごしたとしても。来年の同じ時期に甘ったるく過ごせる保証はあるのか。それを見届けるのもまた一興。
煙草か、酒か。そう考えているとどちらも面倒なくらいに疲れが押し寄せて来て、少しだけ壁に寄りかかり目を閉じた。
来るのか、来ないのか、はっきりしろ。どうしてこう勝ち目のない勝負をずっと私は続けているんだろう。他の奴らは勝利に導けるように助けてはやってても、そいつらは別に私を勝利に導いてはくれないだろう。
それが当たり前だ。うちの店で起きる範疇だから、阿梨夜もユイマンも助けてやっただけなんだから。
少し目を閉じれば考えはまとまる。冷蔵庫の中のあれはどうしようもなければ、我慢して食べるしかないだろう。捨てるなんてことは失礼だ。
洋菓子屋の奴には早めに食べてくださいね、とは言われてるが。食べきれる自信はあまりない。小分けにして頑張るしかないか。
手持無沙汰にカウンターに戻り、魅須丸がいつも飲んでいる銘柄の瓶を出しておく。カブトムシの採集の為に木に蜜を塗るわけじゃないが、なんとなくそうしてないと落ち着かなかった。
仕事用のスマートフォンには連絡もないし。もう来なければこの酒で冷蔵庫のやつは流し込んでやろうか。
外は聖夜と忘年会の喧騒で溢れているのに。私の店はBGMと暖房の音しか聞こえない。そこだけ隔離されたように、薄暗い洞窟の中となる。
そういえば、あの夏の夜もこんな感じだったかな。龍さん達が帰った後にふと気づけば魅須丸が来ていて。そのまま賭けに勝ち求め合う事となった。
今夜はあの時の勝負ではなく。来るか、来ないかが賭けの対象だろう。どう考えても魅須丸が決める事なんだからあいつ優位の賭けじゃないか。
そんな賭けに乗ってしまったのは私だが。かといって賭けをしないで、店に来てくださいお願いしますなんて頭下げるわけがなかろう。
次の賭けは私が勝ちますからね―あの賭けを、本当に実行してるつもりなら。随分と根に持ってくれたものだ。
来たとしてもいつもの私で迎えてやろう。待っていた素振りなんて見せずに。棚のレイアウト決めに時間を費やし、そんな中魅須丸が来れば丁度いい。
瓶の配置を眺めいい景観を考える。それだけで時間は経ってしまうから、これで閉店まで待ってもいいだろう。
並び替えを数回やっていると扉のベルは鳴る。丁度背を向けていたため瓶を戻してゆっくりと振り向けば、いつの間にか魅須丸がいつもの席に座り偉そうな面構えをしていた。
「……いらっしゃい」
「クリスマスなのにお客さんがいませんね」
「さっきまでは大漁だったよ。やっと落ち着いたところだ」
どういうわけかありがたいが。魅須丸が来るときに客はいなくなっている。見えない舞台装置でもあるように、こいつがいる時に極端に別の客はいないのだ。
「なら大盛況のようで感心です。これなら今年も潰れず年が越せますね」
ドラマとかで見る本部からの監査って、これよりももう少し腹が立たない言い回しなんだろうか。
客を捌き切った私の顔を見て、その戦いぶりを褒めてるんだろうが。クリスマスは、本当盛りあってる連中もそうでない連中も等しく騒々しい。
「随分と遅い到着で。ラストオーダーまであと少しなんですがね」
仕事はよくわからないが、お前そんなクリスマスに忙しい仕事なんてないだろう。
何時に来るかもわからず、それでも来るは来るというから開店前にあの製菓店のケーキ買ってきて冷蔵庫で冷やしてたんだぞ。ホールは流石に無理だったから、好きそうなやつを数個選んで。それの食べる先が見つかっただけでもよいとするか。
「色々と次の仕事のことで打ち合わせもありましてね」
「休暇中じゃないの?」
自営業だから休暇と仕事の境目は曖昧だが。突然呼ばれて行くなんてこともあるはあるだろう。
「この前作った石と同じものをまた要求されてもいいように、仕入れ先との交渉などがありまして」
この前の石ってのは、どっかの金持ちが買ってしばらく遊べてくらい儲かったアクセサリーのことか。
いつも通りおしぼりを差し出す。魅須丸は防寒具を脱いで、横の椅子に鞄と一緒にそれを乗せた。もう慣れ切った作法の様に。
「酒はいつものでいい?」
「ええ」
この酒もあの夏の夜と同じ酒。季節は違えど、変わらないシーンを再現するように私も魅須丸も振る舞う。
氷をナイフで削り、球体を形作っていく。聞いてもない魅須丸のアクセサリー作りの蘊蓄をふと思い出す。石を磨いて形にするのには途方のない労力がかかり、手が荒れても傷がついても職人は黙々と続けるものだと。
石は待ってくれるが氷は待ってくれない分。こっちだって努力を重ねて球体にできるようになったとはいえ、氷は溶ければそれでおしまい。
「山如は年末はどうするのですか」
氷をある程度削り終え瓶から酒を注いでいると、魅須丸に尋ねられる。年末の予定を聞かれるのは意外だ。
「年末?帰る田舎もないし普通に家で酒でも飲むかな」
そこで阿梨夜みたいに相手の実家で年末を過ごそうなんて言われたら、絶対に断るが。玉造の集落なんて何が起きるか分からない。
まあ、内容によっては行ってやってもいいが。
「そうですか。ゆっくり休むと良いでしょう」
「魅須丸は実家帰るの?」
一緒に帰省という提案がなかったので、今度は私から聞いてみる。酒の入ったグラスを敷いたコースターの上に乗せれば、私の球体の審査が始まるのだ。
「どうしましょうかね。長い休暇で一度は帰ってますしこちらで過ごしても良いかと」
グラスに黙って口をつけるなら合格ってところか。
「……ふーん」
帰らないなら、うちで年末を一緒に過ごすっていう事も可能ということである。今すぐ提案しても良いがその駆け引きはまた今度にして今夜を過ごすことにしよう。
魅須丸が来たという事は賭けには勝った―勝ったのか、負けたのか。考えたら魅須丸がどちらを選んだら勝敗なのかを決めていなかった。
というか、来たところで美味い酒と苦労して手に入れた洋菓子を魅須丸に与えるだけなので。結局魅須丸がいい思いを先にするだけである。
今夜はもう難しい事を考えるのは終わりだ。店も早めに閉めて、私の夜を過ごさせてもらおう。
スマートフォンを取り出しSNSに臨時閉店のお知らせを書きこむ。あと少しで閉店なんだから、別に文句はなかろう。出せる酒がなくなったとでも書いておけば。
投稿を終え、店の扉の鍵を閉めて目隠しのカバーをつける。これでもう閉店の状態だ。駆け込みで来店しようと思った奴がいたら、それは申し訳ないが日を改めてくれ。
「今回は随分と手際がいいですね」
私が勝手に閉店するのは魅須丸も初めてではないので、悠然と酒を飲み続けている。慣れは楽だが緊張感も少し緩むものだな。そう思いつつ冷蔵庫から買って来た洋菓子屋の箱を取り出し大きな皿の上にケーキをいくつか乗せる。苺のショートとか、チョコにあと、なんだったっけか。
「他の客にこんなのあげてるの見られると面倒なんだよ。本来ならやっちゃダメだし」
目を輝かせる魅須丸とは反対に私にとっては犯罪ではない悪い事をしている気分だ。こういうことをし続けなくてもいいように一緒に暮らすのもありだが。
まあ、今の状態じゃ無理だろうな。
「本当に買って来るなんて思いませんでした」
「……次からはもっと早く言ってくれりゃあ助かる」
その期待に応えてしまう己が情けないやら何やら。そこまでする義理がどこにあるかと問われれば、きっとないのだろう。
デザート用のフォークを片手に苺のショートに手をつける魅須丸を見つつ。私も何か一杯飲んでしまおうかと傍にあった棚のブランデーに手を伸ばしたが、魅須丸がそれを止めた。
「もうおかわり?」
酒がなくなったのかと思いグラスを見るが、まだ酒は残ってる。何かと思っていると魅須丸は小さな箱を取り出し、カウンターの上に置いた。
「約束のものですよ」
その後すぐにケーキのクリームの甘さを堪能しつつ、何ともなしに言われた。約束のものって、夏に言っていたあれのことか。
「あー……」
いつ渡してくれるなんて言ってもなかったし。そんな早く作ってくれるなんてことも期待してなかったから。
すこし凝った造りの箱を開ければ。その中には魅須丸がつけているネックレスと同じ石のネックレスが収まっていた。
色々な石が合わさって構成された煌めく石。何という鉱石が原料なのかは分からないが、その輝きは何色とも捉えられない鮮明さ。
「材料が余っていたので私と同じものにしましたけどね。一族きっての名工と呼ばれる私と同じデザインを纏えるなんて光栄に思いなさい」
「へいへい。売れっ子作家様の作品なんて身に余るものでございますよ」
指に嵌めることはできないが、お揃いのものを身に纏うなら。あいつらと同じっちゃあ同じか。寧ろ鎖を切ればすぐに外せる分気楽に背負えるくらいの。
今つけているネックレスを外し魅須丸のネックレスをつけてみると。長さは丁度私の胸元より上くらいにその石は位置する。まるで測ったかのように。
土産やら何やらは貰ったし。貰う事で生計を立てていたような時期もあったけれど。誰かに揃いのものを貰うのはあまりない。
私の為を思って造ったなんて言われるくらいなら。ついでに造ったくらいの言葉の方が身軽に受け止められる。
「……でも、ありがとう」
心からのお礼は普段言わない分気恥ずかしい。照れを誤魔化し適当なグラスを持ってくると、氷も入れずに魅須丸の好きな酒を自分の為に注いだ。
「もう閉店なんだから仕事は終わり!」
酒もお揃い。自分の飲む量が減るからと怒るかと思ったが、魅須丸はケーキに夢中で気にしていないようだった。
カウンターから出て鞄と防寒具が乗っていない方の席に座る。阿梨夜とユイマンも記念日にこんな風に酒を飲んでたか。
「労いの対価としては十分な甘さと柔らかさですね。球体以外の形も良いものです」
「私も労働の対価が欲しいんだけどねえ」
頬杖を突き魅須丸がどんどんケーキの山を崩しているのを見る。よくあんな砂糖の塊平気で食べられるものだ。今口でも吸ったら、甘ったるさで胸焼けしちまいそうだな。
「……あと、色々魅須丸に聞きたいこともあるし。だいたい今年は変な事が起き過ぎなんだよ」
お騒がせな阿梨夜とユイマン以外にも、変な近寄りがたい金髪女は来るし。姉がいるか聞かれたりするしで絶対に私の周囲で何かは起きていただろう。
「いつも何かしらこの店では起きてませんか」
「今年のは起きるレベルが段違いっていうか……とにかくもう何も起きるなって気分なんだよ」
来年こそは何も起きずに平穏に終わって欲しいものだ。別にあいつら出禁にするつもりはないけれども。
魅須丸は苺のショートを食べ終えチョコのほうにとりかかる。全部食べ終えたら、次はこっちが食べる番だ。
「……本当に何も変わらないは恐ろしいことですよ」
「それでもだよ。今夜くらいは穏やかに過ごしたい」
いつも何かしらに巻き込まれる身にもなれ。自分はそれを望んじゃいないってのに。そんな気持ちが出てきてしまったのか少々駄々っ子の言い方になってしまった。
酒が入るとどうしても口と心が緩くなる。
そんな私に魅須丸は笑いながらフォークを置き、私の方に躰を向けた。
「そうですね。その願いくらいは聞き入れましょう」
今年も良い子にしてましたからね、と赤い帽子の爺さんがガキに言うように扱われ。そのまま頭を優しく撫でられたが。お前は今年、私の何を見てきたって言うんだ。
「変化が常である世こそ、真の平穏なのです」
そう語る魅須丸の言葉は。どこか別の意味を指しているような気がしたがもうどうでもよかった。
穏やかで激しい夜は、始まったばかりだ。
終わり
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
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