koto
9106文字
Public れめしし😈🦁
 

Lose-Lose

れめししお題企画への参加作
「偶然/必然」「まんなかバースデー」「願い事」
2026.07.04発表分のお題より

ワンへにランク上がってる😈
付き合ってるれめししで自然消滅しかけてるけど、そこから持ち直す話
🦁視点になります




 今この状況を単なる偶然で片付けるのは、さすがに無理があるだろう。でも必然⸺つまりは意図した上での行動だとしたら、一体なんのつもりなのか?
 顔を合わせなくなって、それでもなお頭の中を占める男から、もういっそ物理的に距離を置こうとしていたそんな矢先、叶はオレの前に現れた。
 
  
 
 成田国際空港。予約しているフライトは本日の最終便。
 渋滞やその他不測の事態に備え、だいぶ余裕をもって自宅をあとにした。空港までの道中は大きなトラブルもなく、タクシーはスムーズに進んでいく。窓の外を流れていく景色が都心から徐々に様子を変えるのを眺める。実のところ日本を長く離れる実感はまだ湧いていなかった。渡航の目的が着いた先でのアレコレではなく、今居るこの場所から遠く離れることありきだからかもしれない。
 どこか遠くに行こう。そんな思いつきから半ば衝動的に国外行きを決めたのが一ヶ月くらい前で、そこからは必要最低限の準備をぼちぼち進めた。難航するかと思った銀行関係も、とりあえず半年は試合を組まないように調整ができた。最初こそ渋られたが、主任の宇佐美が急に物分かりの良さを発揮したのが要因だった。変わり身に多少の引っかかりはあったが、もっと使える駒が手に入ったと考えれば不思議ではない。なんにせよ銀行の事情は今の自分にはなんの関係も無い話だった。

 空港には思ったよりもだいぶ早く到着したが、食事は済ませてきたし土産物を買うような用事もない。ひとまずは落ち着ける場所にとスーツケースを引いてラウンジへ向かう。カード会社提携のそこはよく利用するわけではないが、こういうちょっと時間を持て余した時に役立つ。使えるラウンジはゴールド、プラチナなどで違ってくる。ランクが違えば見える景色も得られるものも変わるのはどこも同じだな、なんて。この期に及んでも、賭場に、ひいてはアイツのことに思考が行き着く自分にため息が漏れる。
 忘れたくて、距離を置きたくて今こうしてここに居るのに、そんなことはお構いなしに油断すればすぐにとらわれてしまう。まったく厄介極まりない。
 叶がワンヘッドに昇格してから、季節はもう三回ほど移り変わっていた。我ながらいい加減、落とし所を見つけてもいいだろうとは思っている。思っているが、そう上手く運ぶなら苦労はしない。叶がワンヘッドでゲームに興じることを考えるたび、いまだに新鮮に苦い思いが胸の中に滲む。それはアイツの命の心配とかそういうことじゃなくて⸺もちろん、それもあるけど⸺どちらかと言えば、もっとエゴイスティックな感情が源だった。

 ラウンジで提供されるコーヒーの二杯目を飲み干して、カップの底から壁際のモニターへ目を向ける。出発に大きな遅れは出ていないらしい。搭乗時間はまだ先だが、そろそろカウンターに行ってしまおうか。チェックインを済ませ、かさばる荷物を預けて、余計なものはさっさと手放して。そうしたらきっと身軽になるはずだ。
 搭乗する便のカウンターを頭の中で復唱し、ラウンジを後にする。夕方から夜にかけてのフライトがちょうどピークの時間帯なのか。通りかかった保安検査場は平日だというのに出国者で賑わっていた。あと一時間もしないうちに自分もあそこの仲間入りだ。
 お目当ての場所に辿り着くと、上方の小さなモニターに利用する航空会社のマークが表示されている。その隣に併記された便名と出発時刻に間違いはない。三つ並んだ受付のうち、どこが一番スムーズだろうか。ざっと見渡し、列の長さと順番待ちの人の流れから目星をつける。ここ、と決めた列に加わろうとスーツケースの持ち手を握りしめた、そのときだった。
 力を込めるオレの手になにかが触れる。いや、違う。なにかなんて不確かなものじゃなくて。オレの手を覆うように掴むそれは人の手だった。
 そこらの奴よりはデカいオレの手をこんなふうにできる手の持ち主はそう多くない⸺なんて、理屈立てて推理する余地がないくらいに、本当は誰の手かなんてすぐに分かっていた。他の可能性なんて入り込めないくらいの確かさで。
 それでもなお、無理やり別の可能性を捻り出そうとするのは処世術なのか。まさか、とか、そんなはずは、なんて、意味のない言葉を唱えながら斜め上を目掛けて振り向けば、真っ先に思い浮かんだ男の顔がそこにはあった。
「な……
 浮かびはした。だけど意味が分からない。なぜ、今、コイツがここに居るのかが。
「オマ、なに……
 なにしてんだ、こんなところで。かろうじて発した言葉の切れ端から叶はなんなく意味を汲んだ。
「オレがなにしてるか。なあ、本気で訊いてる? 考えなくても分かるだろ」
 分かんねーよ。なんで今になって、こんなふうに現れたのか。そんなもん分かるはずねぇだろ。
 重ねた手を離す素振りも見せない叶をただただ見つめる。答えはそこにしかないように思えたから。
 叶の意図を、感情を。どんな手がかりも逃さないようにと見据える。全神経を目の前の男に集中させたとき、手にしていたスーツケースから不意に小さく衝撃が走った。
「あ、すいません!」
 すぐさまそんな言葉が耳に届き、見れば小さく会釈をして遠ざかっていく女性とその連れの姿が見えた。どうやら相手の荷物がスーツケースに当たったらしい。あっちの不注意だったかもしれないが、そもそも往来のど真ん中にデカい男が二人陣取っていること自体が迷惑だろう。
「場所、変えようぜ?」
 偶然出くわしたわけでも、単なる見送りでもないのなら、腰を据えてのほうがいいか。幸い搭乗まで時間はまだある。叶も異論はないのか動きを封じるように握ってきていた手が離された。
 どこか適当な場所はないかと周りに目を配る。預けそびれたスーツケースを引きずって、傍らを叶が並んで歩く。身軽とは程遠い。

 
 §

 
 「なん、つーか……ちょっと、厳しいかもしんねえ。今オマエと付き合ってんの。しんどいっていうか」
 そう切り出したのは、二つ名を得た叶がワンヘッドのゲームに参戦した日の翌朝だった。

 ゲームの興奮が冷めやらなかったのか、その日、叶は試合後の治療もそこそこにまっすぐオレの家に現れた。「飯は?」と尋ねたオレの言葉なんて耳に入ってなかったのか、玄関に上がるなりオレを風呂場へ連れ込み、そのままの勢いで寝室へと雪崩込んだ。昂ぶった叶の雰囲気にオレも当てられたのか散々盛り上がって、精根尽き果てて寝落ちて。翌朝、カーテンを閉め忘れた窓から差し込む光に照らされ寝息を立てる叶の顔が目に入った。無防備な寝顔を眺めていると、ある思いが脳裏に浮かぶ。
 無理かもしれないって。
 コイツとこうしていることが。
 今はまだ良い。五体満足にゲームが終わった足でオレのもとを訪れる。それでも思い浮かぶのは、モニター越しに観戦した叶のゲームだ。ワンヘッドに昇格するような奴は漏れなく化け物だ。しかも上澄みの。試合の間、時に怒り、時に喜びながら叶は紛れもなくゲームを楽しんでいた。ルーキーと称された第一戦はどうしたって安否ばかりに気を揉んで固唾を飲んでいた。昨日の第二戦ももちろん無事の勝利を願っていたが、前回よりも耐性がついたのだろうか。一戦目では気が回らなかったところにまで目が向く。叶がもしも、下した相手に心奪われてしまったら。それがたとえ恋愛感情とは異なるものだとしても、誰かに懸想する叶を間近で見る日が来るかもと考えれば、それだけで吐きそうだった。
 爽やかな朝におおよそ似つかわしくないグチャグチャな感情が腹の底で燻って消えず、己のどうしようもなさに顔を覆った。叶は根っこの部分もその振る舞いもなにも変わってないのに、オレだけが勝手に苦しかった。

 シャワーを浴びて、朝食を作る。あとはパンを焼くだけという頃合いで叶が起きてきて、くっついてくる男に身支度をしてこいと促す。いつもどおりなんの変わり映えもしない朝食を囲み、皿が空っぽになったところで切り出した。
「なあ」
「ん?」
「なん、つーか……ちょっと、厳しいかもしんねえ。今オマエと付き合ってんの。しんどいっていうか」
 言ったそばから今じゃなかったかもしれないなんて気になってくるが、それはいつであろうと変わらないか。視線をテーブルに落として叶の顔を見られないまま言葉を絞り出す。
「だから……
 別れたい。そんな決定的な言葉を口にできずにいる。こんな醜い苦しみも、案外時間が解決してくれるんじゃないか? そんなふうに都合良く一縷の望みを託して、結局、距離を置く提案をした。察しのいいコイツなら口にできない内側も見通してくれるんじゃないかって、この状況下でそんな甘ったれた考えが顔を覗かせる。
 叶は怒るでも驚くでも悲しむでも笑うでもなく、強いて言えば全て納得ずくのような顔つきで「そっか」とそう一言だけ言った。
「じゃあ、なんかいろいろ大丈夫になったら連絡ちょうだい? それまでは保留にしとくから。まあ、あんまり長くは待てないけど」

 そう言い残したのを最後に叶はオレの前に姿を現さなくなった。頻繁にきていた連絡もパタッと止み、履歴から叶の名前がどんどんと遠ざかっていく。距離を置きたいというオレの意に徹底して沿っていた。そんな叶の対応とは裏腹に、時間が経っても気持ちの整理なんかつかず、だから連絡もできず、そうして今日まできていた。
 
 
 §
 
 
 人の賑わいから少し外れた場所にベンチを見つける。カウンターやショップやトイレのどこからも微妙に遠いそこは、使い勝手の悪さから穴場なのか人影も少ない。もう少し時間が経てば仮眠目当ての旅行者が増えるのかもしれない。
 がらんとしたベンチに叶が腰を下ろすのを目で追う。オレはと言えば、どこか落ち着かなくてスーツケースを携えたまま隣には座れないでいる。
「で、なにしてんだよ。こんなとこで」
「いやでもさー、してみるもんだよね」
 人の話などまったく聞いていないような、会話のキャッチボールを成立させる気なんて皆無な発言を仕方なく拾う。
「なんの話だよ」
 そう尋ねてやれば叶はオレの後ろを指差す。その先を視線で辿ると大きな笹が目を引いた。青々としたそれはおそらく作り物で、色とりどりの紙切れを吊るされている。そういえば今日は七夕か。七月七日の認識はあったが、それが七夕と繋がっていなかった。オレにとってはあまり身近なイベントじゃないからだろう。で、あれがなんだっていうんだ。
「オレね、お願い事したんだよ」
……はぁ?」
 この話の流れでいけば、おそらくは短冊に願い事を書いたということだ。本気で言ってんのかただの与太話か。お遊びではなく本気で願い事を託したと言うのなら、正気かどうかよりもこの男が正真正銘叶黎明なのかを疑うべきだろう。
「随分な反応じゃない?」
「神頼みなんざしねぇタチだろ」
「自分でどうにかなることはどうにかするけどさ。どうにもならないことは子供騙しでも願ってみたくなるでしょ」
「あっそ。んで、一体なにお願いしたんだよ」
 話の流れでそう尋ねた。が、それはどうやら失敗だったらしい。座ったままオレを見上げていた叶の目が笑ったみたいにスッと細められる。猛禽類が獲物との距離を測るような、そんな姿が思い浮かんだ。これはたぶん叶に誘導されたんだ。
「敬一君と会えますようにって」
 うっとりとそんなことを言う姿に息を飲む。

 正直、とっくに興味を無くされているかもと思っていた。叶だって「あんまり長くは待てない」と言っていたし。いつまでも連絡を寄越さないオレに見切りをつけていても不思議じゃない。オレはと言えば、気持ちは変わらないままダラダラと時間だけが過ぎてしまい、ただ話をしたいなんて理由だけで今さら連絡を取ることもできなくなって。完全に自業自得だが、いわゆる自然消滅ってやつかもとか。自分の手で幕引きもできず、宙ぶらりんのままになっていた。
「いやあ、案外馬鹿になんないよなー」
 一見、機嫌良さ気にニコニコとそんなことを言うが、どうしてだろう。そんな叶を前にして綱渡りでもさせられているような心地になるのは。
「オレになんか用でもあったのか?」
 オレ相手にやり残したこと。最後に対面で罵倒したかったなんて言われても、オレはそれを甘んじて受け入れるべきだろう。
「うん。あのさ⸺」
 そう切り出した叶に、あ、と思った時には遅かった。なんだってオレから話題を振ってしまったのか。久しぶりのせいか、すべてが後手後手に回る。
「オレら、やり直さない?」
 ほら見たことか。叶の言葉に耳を傾けた時点で負けだった。もっと言えばその存在を視界に入れたそのときから。だって、面と向かってオレがコイツをやり過ごせるはずなんてないんだから。

 舌も唇も固まったみたいに動かない。喋り方を忘れたみたいに黙り込んだオレに叶は別の質問を重ねる。
「敬一君さ、なんであのとき離れたいって思ったの?」
 十分な説明もないままに切り出された半ば別れ話みたいなそれは叶から見れば随分と理不尽なものだっただろう。
……これがずっと続くならしんどいな、嫌だなって思ったから」
 貼り付いていた口をどうにか開く。我ながら要領を得ない回答だったが、叶は匙を投げることなく会話を続ける。
「なにが嫌だった?」
「オマエが他の誰かに魅せられるのも、それを見てるしかないのも」
 あとは、このピカピカな男相手に泥を塗りつけるように自分勝手な駄々をこねかねない自分自身も嫌だった。
 だってそうだろ? オレを認めてくれたコイツに愛想を尽かされるなんて怖くてたまらない。だから失う前に自分のほうから手放した。失くしたくないものを手にしたのが初めてで、なにが正解なのか分からなくて。プライドとはまた別の、もっとちゃちな感情だった。
「敬一君はさ、少しも思わなかった?」
「なにをだよ」
「オレが傷つくかもって」
「は??」
 想定外の言葉にその意味を一瞬見失う。
 なにを言ってるんだコイツは。傷つくわけないだろう。このピカピカをオレなんかが傷つけられるはずがないだろう。そう疑いようもなく信じていたから、そんなことは一ミリも思わなかった。
 たぶんマヌケな顔をしてるだろうオレに叶は深々とため息をついてみせる。
「言っただろ? 魅力を決めるのは他人だって」
「いや、でも」
「敬一君が自分をどう思おうとも、オレは傷付いてたよ。オマエがオレを傷付けた」
 ⸺人は好きな奴の一挙一動に過剰反応し心乱れ 焦り 失敗し傷つくんだ
 ⸺認めてしまった魅力は憎めない たとえどんなに傷ついても
 あのとき、命を賭けて挑んだ叶とのゲームで浴びた言葉が脳裏をよぎる。
……嘘だ」
「そうじゃないことも、今の敬一君なら分かるはずだよな。見えてるのに自分で目塞ぐの? オレを見ないの?」
 不意に叶の手がオレの手首を掴む。さっき触れられたときとは打って変わって、痛いくらい強く。ぐいっと腕を引かれ、予期せぬ力にバランスが崩れ、椅子に腰を下ろしてしまう。勢いで尾てい骨のあたりが少し痛んだ。
「オレを見ろよ、敬一君」
 小さく走った痛みから、真横に座る叶へと意識を戻す。間近で見る叶に思わず息を飲む。
 そこには圧倒的強者のベールを取り払った叶の姿があった。あまりに無防備でいっそ罠かと疑ってしまいそうなほどに、目の前の男は途方に暮れていた。
「ねえ、どうしたらオレのとこに戻ってきてくれる?」
 こんな顔は見たことがない。だってこんな、こんな。
「なんて顔してんだよ」
「どんな顔に見える?」
……財布落としたガキみてぇな顔」
 意外だったのか、叶はきょとんとしたあとで吹き出した。
「だいたいそんな感じだよ。で、落とした財布持ってるのは敬一君」
……
「ねえ、返してくれない?」
「オマエのじゃねーだろ」
「でも困ってるんだ。めちゃくちゃ」
 それこそ、その気になればいくらでも奪えるはずなのに。でも、たぶん、そういうことじゃないんだろう。
 掴まれたままだった手首が開放され、その手が今度は顔へと伸びてくる。
 忘れてた、というよりも、忘れるようにしてたのに。目が耳が呆れるくらい即座に記憶を呼び起こしてくる。
 手のひらが頬を包む。動けない。いや、動かない。触れる手の心地良さに抜け出せなくなる。距離を詰める叶から仄かに香るのはフレグランスと微かな体臭で。ぶわりと頭の奥が総毛立つ。匂いに紐付いた記憶が引き出されるより先に、視界を叶が埋め、唇が触れた。その一連の動きを微動だにせずされるがままになっている。
 ああ、クソったれめ。
 それは叶に対してか、自分に対してなのか。
 多分、心のどこかでこんな展開を願っていたのかもしれない。他力本願もいいところだ。
 やっぱりまだ覚悟なんてできてないし、鷹揚に構えることもできないし、また傷つくし傷つけるかもしれない。それでも、あらゆる事情を蹴っ飛ばしてコイツと居たいと思ってしまう。堰を切ったみたいに溢れ出すこれは恋しさってやつなのか。
 このまま進めば地獄だなと分かりながらも、それを止めることもせず、舌を絡めた。飲み込んだ唾液からうっすらとエナドリの風味を覚えて、笑いだしたくなる。他の誰かに魅せられて、その姿に耐え難い痛みを覚えたとしても、それすらも手放す理由にはなれないなんてイカれてる。

 食むように押し付けあっていた唇がゆっくり離れていく。
「ごめんね?」
 それはなんに対しての謝罪なのか。なんにせよ、いつになく殊勝な言葉が飛び出してきて笑ってしまう。
「思ってもねぇこと言うなよ」
「嘘じゃないって。でも、もう諦めてよ。全部オレのせいでいいから。敬一君が嫌いな敬一君も、オレには愛しくてたまんないから」
 ああ、もう本当に。これだから嫌なんだ。時間も距離もどれだけおいても消すことなんてできなくて。いっそ自分の環境を変えたらいいんじゃないかって決めたのに。そんな決断をコイツはいとも容易く踏みにじる。
 悔しいのはムカつくのに、胸の底から湧き上がってくるどうしようもない喜悦だ。本当にどうしようもない。
「敬一君。思い通りにいかないのは、敬一君だけじゃないからな?」
 こんな不貞腐れたような表情にも愛しさを覚えるなんて知らないままなら、もう少し楽だっただろうに。
「さ、帰ろっか?」
 なんにも解決なんてしちゃいない。叶は変わらず対戦相手か自分のどちらか、もしくは両方が死ぬゲームをしに賭場へ行く。自分だってそうだ。明日死ぬかもしれないのはお互い様で、自分以外の誰かに恋い焦がれないで欲しいのもお互い様で⸺どうしようもないな。それでも、いつかのコイツの言葉を借りれば「泣いててもいいさ 好きなモノのためなら」てことなのか。
「ひとまずは、痛み分けってことでどう?」
「なんだそりゃ」
 仕方ない。どれだけ言い繕ったって、好きなんだから。クソみたいな思いに囚われる自分も、全部はコイツが生み出したもので。だからもうこれから先の苦しみも腹を括るしかない。それと同じくらいに喜びもあったことを思い出したから。



 デカい男を連れて、デカいスーツケースを引く。やるべきことは、予約していたフライトのキャンセル。あとは宿泊予定先にも連絡を入れなくてはいけない。ただ荷物を引きずって空港を往復するだけの結果になってしまった。それでも得たものは大きかったか。あとは銀行にも連絡を⸺いや、まて。浮かんだのは宇佐美の顔だ。オレの最低半年間のエスケープを承諾した裏で、どうせ、そんなことにはならないと踏んでいたんじゃないか?
 そもそも、叶がこのタイミングで現れるには前情報が必要で。コイツのことだからなんかどうにかして情報を得たんだろうなと思ってはいたが、タレコミがあったのか。まあ、もう、誰の思惑が絡んでいようともどうでもいいが。
「そういえば知ってた? 今日なんの日か」
 隣を歩く叶が思いついたように訊いてくる。
「あ? だから七夕だろ?」
 なに分かりきったことを言ってるのか。
「そうだけど、そうじゃなくて。なんかね、今日ってオレらのまんなかバースデーらしいよ」
「まんなかバースデー?」
 突如ぶちこまれたファンシーな話題にとまどうなというほうが無理だろう。
「なんだそれ」
「お互いの誕生日のちょうどまんなかの日」
 どこぞの女子が好きそうな話題だが、コイツは女子供ではなくアラサーのデカい男だ。
「オレらが新しくやり直すのにぴったりだと思わない?」
 急にどうしたかと思えば、そういうことを言いたかったのか。たしかに帰ろうと言われ、こうして二人で帰ろうとしているが、やり直さない? と言った叶の言葉にはっきりとした答えを返してなかったことに気付く。いや、言わなくてもこの流れじゃ分かってるだろうけど。
「こじつけもいいとこだろ」
「なんでも理由になるならしたいんだよ。使えるものはなんだって使う」
「叶黎明ともあろう奴か必死かよ」
 からかい交じりの言葉に叶が返してきた言葉は、予想していた軽口とは違うものだった。
「必死だよ」
 今のは言わせたやつだ。さすがにオレでも分かる。
「ずーっとおとなしく待てしてたんだ。もう十分だろ? そもそも海外行ったくらいで忘れられるはずないのに」
 それに関しては、ぐうの根も出ない。藁をもすがるみたいなそういうあれだったんだから仕方ないだろう。
「来年は復縁記念も兼ねてまんなかバースデーのお祝いとかしちゃう?」
……生きてたらな」
 してやられてばかりも癪で、これは精一杯のイヤミだ。復縁に関しては否定しない。
「えー。幽霊になってきてよ」
「なんでオレが死ぬ前提なんだ、ボケッ!」
 こんな軽口の叩き合いすらも久々で心地よく思えるのだから、よくもまあ、こんなに会わずにいられたもんだと自分に呆れてしまう。

 通りすがりの視界の端で、さっきの七夕飾りを捉える。そこには誰かの願い事がいくつも吊るされていた。
 もしも、七夕の願い事ってやつが本当に叶うことがあるんだとして、オレはなにを書いてみようか。叶えるのは自分だとしても、あてつけみたいにコイツの目の前にぶら下げてやるのも悪くないかもしれない。




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マシュマロ
読後の一言などいただけたら大喜びです

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