もちだ
2071文字
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一年は組の作戦会議


※今書いてるきりちゃんの話の一部です



 自室の戸を勢いよく開けると、そこに乱太郎としんべヱの姿はなかった。どこかでぶらぶらしてるのだろう。仕方がないと隣の部屋を覗いてみるがここも誰もいない。そのまた隣の戸を引いてみても、がらんとして同じことだった。今日は補習も委員会活動もないはずなのにみんな一体どこにいるのかと考えを巡らしていると、
「ぼくたち、案外優勝しちゃうかもしれないね」
 目の前の部屋はもぬけの殻だというのに、どこかから喜三太の声が聞こえた。
「土井先生、きっと喜んじゃうね」
「えー、でもぼくは怖いかも。もし生首フィギュアが飛んできたら受けとめる自信ないよ」
 聞き耳を立てれば、庄左ヱ門と伊助の部屋から声が聞こえた。きり丸が部屋の前に立つと戸の向こうからどっと笑い声が一斉に湧いて、戸を開ければ雪崩れるように廊下へとあふれ出る。
「ちょっときりちゃん、どこ行ってたの」
 乱太郎がまったくもーと頬を膨らます横で、
「肝だめしの作戦考えようって」
 伊助がきり丸に、ここまでみんなで話していた内容を伝える。部屋の真ん中で車座になっているその中へ、団蔵がきり丸の腕をつかんで引き込むと、輪は少しだけ広がった。
「悪い。それなんだけどさ」
「どれなんだ?」
 一同が部屋のばらばらの方角を向いて首を傾げると、冷静さを一つも失わない庄左ヱ門が速やかに無言の圧で話を元に戻す。続きをじっと待つその視線に、きり丸は一呼吸置いてから口を開いた。
「肝だめし、おれ、給水所の手伝いをしようかなって」
 きり丸が口を開いた途端、きれいな円を描いている輪から不満の声が漏れ出る。
「えー! きり丸一緒に行かないの」
 悲しげな声をあげるしんべヱに被せるようにして、兵太夫も身を乗り出す。
「一人でも多いほうが怖さ半減するのにー」
「そんなに怖いの?」
 笑う三治郎の横で、
「実を言うとぼくもちょっとだけ怖いかも」
 虎若がつぶやく。
「あ! もしかして!」
 わたしわかっちゃった、と乱太郎が立ち上がる。
「きりちゃん、部屋にある瓜を売って銭儲けするつもりでしょ」
 あきれたような顔を向ける乱太郎に、まあ、そうなんだけど、ときり丸は頭を掻いた。ここで話をつけなければこの儲け話は水に流れてしまうと、きり丸は慎重に口を開く。
「乱太郎の言う通りなんだけどさ、瓜を売りながら給水所に来た人たちに怖い話を流そうかと思ってるんだ」
「どういうこと?」
 腕組みをした金吾が天井を見あげると、釣られてしんべヱも天井を向いてヨダレを垂らす。
「見てよあの染み、瓜の形にそっくり。甘いんだよねえ。いくらでも入っちゃう」
 腹を撫でながらしんべヱが目を細める。
「このあいだ平太が来たときは何か叫んでる人の顔に見える〜ってビビってたけどね」
「そういうのは見る人によるんだよ。わたしには笑ってるおじいさんの顔に見えるけど」
「それはそれで怖くない?」
 こほん。庄左ヱ門が咳払いを一つすると、そうだったそうだったと、一同の視線が再びきり丸に集まる。
「ええっと、それで、妨害できるんじゃないかと思ってさ。三年生の先輩方は無理かもしれないけど、怖い話にびびって、い組とろ組、ひょっとしたら二年生の先輩たちもいくらか足止めできるかもしれない」
「それ、いいかもね」
 さっきまでの不安気な顔はどこへやら、兵太夫が目を輝かせた。
「逆にぼくたちが怖がらせるっていうのもありだよね。きり丸の怖い話と同じことがぼくたちに降りかかったフリをするのも楽しそう」
「そしたら何か不気味な音の出るカラクリも作ろうよ」
 銭儲けの話を皮切りに、肝だめし大会の作戦が練られていく。きり丸は自身の銭儲け作戦が水に流れなかったことに安堵しつつ、肝だめしにほぼ関係のないこの思いつきを受け入れてくれた級友たちの懐の深さに心の内で礼を言う。
「これって天唾の術になるのかも」
 沈着な面持ちの庄左ヱ門が顎に手をやりつぶやくと「なんだの術ー」と、馴染みの声が部屋を漂う。
「まったくもう、なんだの術って。てんだでしょ。ところで庄ちゃん、てんだの術ってなんだっけ?」
 乱太郎同様にハテナの浮かぶ顔が揃って庄左ヱ門を覗き込むと、
「天唾の術とは——
 庄左ヱ門は人差し指を一本立ててすらすらと、にんたまの友の該当部分を暗誦していく。
「待って。なんかおいしいもの食べながらにしない?」
 立ち上がったしんべヱが、戸を勢いよく開け放つ。
 待っててーと肩を弾ませ自室へと駆けていく廊下は、ゆっくりと日が傾き始めていた。少しだけ弱まった日差しを縫って吹く風が夏の匂いを運んでくる。乾いた土埃と草の擦れる匂い。廊下の向こうのいつもの景色を、誰も気には留めなかった。きり丸はふと「夏だなあ」と呟いて、軒先から覗く空を見た。
「何あたりまえのこと言ってるの」
 笑いかけられて、へへへと鼻を擦ったきり丸に、ふざけた団蔵と虎若が覆いかぶさる。絶えることない笑い声は廊下伝いに外へ出て、誰もいない空っぽの部屋までも満たしていった。