しゅう as 猫田しゅうぞう
2026-04-14 06:08:15
1778文字
Public GQX
 

カーテンを揺らす

GQX シャアシャリ 再々会後に長らく同居している二人が家を内見する話です。
『「もう一度」を、何度でも』展示用掌編。開催おめでとうございます!

前泊をしてでもその家が見たいと選んだのはシャリアだった。中古の家だ。淡いイエローの壁、小さな庭。コの字型の平屋建て。
穏やかな気候の街の郊外にあるその家の寝室には、中庭に面した大きな掃き出し窓があった。当然ながら陽当たりはよく、朝日が差し込む心地のよい家だと不動産屋はにこやかに売り込む。午前の早い時間の内見にもいやな顔一つせず応じたうえ、朝市のおすすめまでしてくれたスタッフだ。セールストークとは感じなかった。
実際に寝室に大きな窓があるのは爽やかだが、自分たちの望む条件とは食い違う。間取り図からわかっていたことだが、改めてがらんとした部屋に差し込む日当たりを見て「寝室には使えないな」とキャスバルが言ったところでシャリアは窓を開けた。軽やかに開いた窓から春風がやわらかく吹き込み、「なぜです?」と不思議そうに返す前髪を揺らす。
「私は君と寝室を分けるつもりはないからだ。君は寝室に窓があるのが嫌なのだろう。それとも雨戸をいちいち開け閉めするか?」
「ああ、そのことですか。いいですよ、もう。別に窓があっても」
シャリアはつまらなそうに言った。「もう条件にしていませんから」
窓のない寝室を選んでいる、と言ったのはシャリアだ。キャスバルはそれを夢うつつの彼から聞き出したのだった。淡い朝焼け間際の薄明るい空に、かつての木星の静けさを思い出すからだという。朝焼けの一瞬に目を覚ましてしまうのが恐ろしいという。彼がそれをぽつりぽつりと語る様子にこそ、キャスバルは切実さを覚えたものだった。
それはまだ同居どころか同衾すら許されていなかった頃のことだが、しかしそれからシャリアの家に転がり込んだキャスバルのほうは常に次の家の候補の条件に取り入れ続けてきたことでもある。
だが戦艦暮らしやコロニー、あるいはグラナダのような土地ならともかくも、地球では窓のない寝室を探すのは難しい。平屋という条件つきならなおさらだった。
だからこそキャスバルは間取り図を見たときから、なぜこの家の内覧をとシャリアが言い出したのか不思議だった。
「君の唯一のこだわりだと思っていたのだが」
「だって、あなたがいてくださるんでしょう?」
「私?」
聞き返すキャスバルにシャリアは微笑んだ。「――来てください。ほら、中庭に出れるの素敵ですよ」
結局答えないままキャスバルを誘い、庭に目をやる。分厚く下ろされた前髪の下でキャスバルが目を丸くしたのをすっかりわかっているくせに、シャリアは驚くことなどなにもないような平然とした態度を選んだ。恋人が隣にやってくるのを待ちながら、部屋の入り口に控えている不動産屋のスタッフに問いかける。
「立派な木ですね。果実が実りますか?」
「ええ、オレンジです。食べれますよ。春には花が咲きますし、鳥も来るそうです」
「いいですね」
「お庭に出ていただいてもかまいませんよ」
ごゆっくり、と退室していく営業担当を尻目に、キャスバルは誘われるまま窓辺に歩み寄る。それから「どうですか」と尋ねるシャリアを背後から抱きしめた。ただ柔らかく微笑まれるのにたまらなくなったからだ。
「なんです、急に」
「きみこそ」
尖る唇で返しながら、シャリアが見ていた庭に目をやる。
かけられたままの梯子が残る幹の上で、豊かに重なり合った色濃い緑の葉が揺れていた。
リビングの窓越しにうかがった印象とはずいぶん違っている。陽が昇るにつれて色濃くなるだろう木陰へ、テーブルセットを置くのもよさそうだ。
「なるほど」とキャスバルはシャリアの肩口に顎先を載せて「君があの木陰で本を読む姿が見える」と呟いた。
遮るもののない庭から柔らかな風が肌を撫で、実るという果実の香りが部屋に吹き込む予感に唇が緩む自覚があった。するとシャリアのほうは「私はあなたが涼む姿が目に浮かんでいました」と柔らかな声で応えを返した。
視線が噛み合い、キャスバルは言葉の代わりにシャリアの唇の端に数度口づけた。彼の髭が頬に触れるくすぐったさに瞼を降ろす。
くすくす笑って「窓のサイズを聞いて帰ろう」と囁けば「気が早い」と呆れたような返事が返ってきたが、シャリアの指先は自分を抱きしめる恋人の手をそっと撫でた。
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温暖な土地で平屋に住めるような穏やかな生活になってほしいよという願いのために書きました。