ずっとね、私を恐れる人のことがよくわからなかったんですよ。だってこんなのはずっとそうなんですよ。やりたくてやってるわけじゃありませんし、私からすればあなたがたがうるさすぎるぐらいで。でも先日ね、映画を見ていてやっとわかったんです。いえ、ね、あるんですね。フィクションに「自分の話だ」って思うこと。――何の話だって? ふふ、悪魔ってね、人の心を解析するんですって。そうしてその人のことを支配するんですって。その説明を聞いて、ああこれ、私だなと。はじめて腑に落ちました。映画、ご覧になりますか? お忙しいあなたがたには映画なんてみてる暇はありませんかね。あなたがた――ああ、そうです。あなたはね、ひとつ思い出すだけでいいんです。ええ、そうです。素直な方で助かります。ああ、なるほど皆さん幼なじみなんですね。地元で腐っていたら唆されて。よくあるはなしだろ? とんでもない。ひどい話です。戦争のせい? はは、そうですねえ。ああ、ジオンって最悪ですよね、勝ったからってえらそうですし。でも、これからよくなりますよ。よくしていきます。だってそうでもしないと、そのうち人類を粛正するような人も現れるでしょうからね。ふふ、これ、余計な話でした。ああ、大丈夫ですよ、あなたは一言だって喋っていません。尋問だってうけてない。そうでしょう? だってあなたは私の話を聞いていただけだ。ああ、どうもありがとう。ご協力に感謝します。あ、コーヒー代はお礼です。ゆっくりしていってくださいね。待ち合わせ相手の方も、もういらっしゃいませんから――そうだ、ジオンについてのコメントだけは、ここだけのオフレコでお願いしますね。
幻覚かなにかだと言われたほうが納得できる。
男が現れ、去っていくまでは数分もなかった。突然のことだった。
俺はカフェのテーブルで待ち合わせ相手を待っていただけだ。向かい側の椅子に突然腰掛ける男に驚き、空いてない・待ち合わせだと伝えたが、男は涼しい顔で「あまり騒がないでくださいね」と言った。季節知らずのコートを羽織った、体格の良いスーツ姿の男。涼しげな淡い色素を引き締めるような太い黒縁の眼鏡をかけていたが、度が入っていないのは明らかだった。特徴的な碇型に整えた顎髭の上で唇が微笑み、同時にテーブルの下の膝へ、細くて硬いものがあたるのがわかった。銃だと咄嗟に思って、俺は透けて見えるわけもない机に視線をやった。男は少しだけ声を潜めた。
「ご想像のとおりです」
それから片手をあげてウェイターを呼びつけ、何でもない様子で男はコーヒーを頼んだ。
一体何を聞かれるのだと探られる前から腹がかゆいような気さえした。しらを切ってはやく離れてもらうか、こちらからさっさと席を立つべきか。ためらって俺がごくりとつばを飲み込むと、男は「聞いてくださるだけでいいですよ」と軽い調子で笑った。そして俺を見つめると、一方的に喋り出したのだ。俺は一言だって喋れやしなかったのに、まるで俺の心の声と喋るみたいに。
話している間にあいつが瞬きしていたか自信がない。だが、ずっと見つめられていたはずだ。
声だけが親しげで柔らかくて、けれど視線はずっと刺さっていて。俺はすっかり動けなかった。それこそ立ち去る背中を見送っても、店員が新しいコーヒー片手に声をかけてくるまでずっと。
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