しゅう as 猫田しゅうぞう
2025-12-28 09:08:59
1785文字
Public GQX
 

ラブレター

GQX 再々会が病室のシャアシャリ

意識の覚醒は突然で、断絶されたそれとの連続性などなかった。稲妻が暗い空を白く染める一瞬のような空白。
瞬けば、それを薄暗くしたような灰がかった白い天井。咄嗟に起き上がろうとして走る痛みに何事かとようやく混乱が追いついた。
力を入れると痛みが走るのは鎖骨のあたりで、固定でもされているのか重みから引き抜けない右手の代わりに、左手でそのあたりを撫でる。病衣の下で肌が包帯に包まれているのがわかった。
しかしこうも右手が重いのは何故だと視線をむけて――ようやく一人ではないと気づいた。
薄荷色の髪をした男が、そこにいる。
ベッド脇で膝をついている男が、額を押しつけるように腕へ頭を寄せている。これを重みと感じたのだ。自己認識を確かめるように重みを感じる指先が勝手に震える。そこでようやく、手を握られているのだとも気づいた。
しかし感じられるのは生身の指先ではない。滑らかな感触は革手袋らしい。滑らかに手入れされた薄手のそれの下で、相手の骨張った輪郭をなぞる。すると薄荷色が腕から離れた。
顔を上げた男の面差しを信じがたい気持ちで見つめる。
髪と同じ涼しげな色の、しかし力強い眉は凛々しい。厚ぼったいまぶたの下にある瞳は驚きに見開かれているが、冷ややかでそれ以上の感情は読み取れない。そして相変わらず几帳面に整えられた口髭だけでなく、今は錨のような形に整えられた顎髭が顎先をやわらかく覆っている。
「シャリア・ブル」
気持ちを言葉にしたような声は掠れた。
視線が噛み合い、頭痛のように走る感応に反射で目を閉じる。そこで彼がぱっと立ち上がり、離れようとするのがわかった。咄嗟に歯を食いしばり、痛みにひるむ身体を起こす。
驚いたシャリアが身を乗り出し、体をベッドに引き戻そうと押し返す。
「起き上がらないで、鎖骨が――
大佐、と狼狽する思惟が飛んできて、まだそう呼ぶのかと頭の芯が爆ぜる。
「逃げるな大尉!」
貴様が逃げるからだと声にならず喚けば、頭に響く大声に怯んだように眉根が寄せられ、押し返す腕の力が緩む。
緩んだシャリアの指を握り締め直すと、怯えたように手袋越しの指が強ばり、見つめる瞳が潤んだようにも見えた。
逃げない、と言葉なく伝えられて起き上がるのをやめる。
自由な左手で視界を煩わしく狭める前髪をかきあげると、正面から顔を見つめてくれていたシャリアがぱっと視線を避けた。
「あの子は無事か」
尋ねながら、シャリアが頷く顎先を見つめた。肩を並べた頃にはなかった顎髭は日々整えられているようで、ソリッドな輪郭を保っている。手入れをする様子を見てみたいとくだらない欲求がこみ上げてくるのを誤魔化すように「それならいい」と息を吐くように言う。
所在なく立っていたシャリアは、そこでようやく側の椅子を引き寄せて腰を下ろした。視線は繋いだままの手元に落ちるばかりで、こちらには戻ってこない。
――肝が冷えました」
二度としてほしくないと、彼が思うのが伝わってくる。同時に、それが叶えられないと諦めていることも。
繋ぎ止めたままの指は強ばったままだ。
できない約束をすべきか躊躇い、こんな揺らぎさえ感じ取っているだろう男をただ見つめた。

知らず与えられていた薔薇の加護はもうない。だからこんな風に、衝動に身を任せれば簡単に怪我もする。
もしも自分のために祈る者がいるとしたら、今やたった一人の妹ぐらいだろう。それさえもうあやしいものだが――そのように思っていた。
とんだ勘違いだ。

左手を伸ばし、君に触れたいと思惟を投げる。
紙飛行機でも飛ばすようなそれに、シャリアは驚いたように瞬き、瞳を見つめ返した。
「詫びの一つもないくせに」
「君に誠実であろうとしているだけだ」
火花が散るように感応がはじける。複雑な感情の粒がざらりと肌を撫で、胸の内にしみてくるようだった。
「腹芸がうまくなったな」
そう言って笑いながら、「あなたのせいですよ」と身を乗り出してくる男のうなじに手を伸ばした。

こちらの世界でも薔薇の少女と出会いはしたが、あちらの彼女ほどの切実な思いを与えるような付き合いにはなっていない。なにしろ、こちらの少女はいくらか大人びた面差しで、その胸の内にはもう誰一人入れないと呆れたように言ったものだった。
このことか、と胸が満ちる感覚にそれを思い出した。