しゅう as 猫田しゅうぞう
2025-10-01 00:46:23
5010文字
Public GQX
 

薔薇の花でも贈ろうか

GQX シャアシャリ おれはまだシロシャリを煎じていないし表紙ネタでさらっと書いておこう…と書いたら単純になかった話になった

広報部から回ってきた撮影の詳細を、シャリアはきちんと確認していなかった。それこそ日時と場所、それから一人の撮影ではないという事ぐらいしか。
一般誌の表紙になぜ自分が抜擢されるのか疑問はあったが、ほどなく五年も経つのに未だ進展のない赤い彗星探しには伝手がいくらあっても困らない。恩も顔も売値がつくなら売って損はないだろうという打算もあった。その上軍内部の依頼だ。いぶかしむ要素はない。
だからその場に呼び出されてはじめて、誰との撮影であるかを知った。

撮影スタッフに案内され、通されたスタジオでは青年が先にスポットライトを浴びていた。試し撮りの最中らしい。
シャッターを切られているのはすらりとした金髪の青年だ。ジオンの軍服に合わせているのか、モスグリーンのセットアップに身を包んだ彼は照明のなか、スタッフの一人と話し込んでいた。しかしシャリアの到着がスタジオ中に伝えられるとすぐに顔をあげた。それで視線が噛みあい、シャリアが驚きに目を見張るのを見てすぐに微笑みさえした。
彼はひどく嬉しそうに声をあげ、実に白々しく握手を求めた。
「ああ! はじめまして、シャリア・ブル大尉!」
厚く降ろされた前髪はほとんど目元を隠していたが、ちらりと覗く涼しげな瞳をシャリアが見間違えるはずもない。喜びで弾んだ声も、聞き違えるはずもない。
彼こそが探している赤い彗星その人に間違いなかった。
動揺を隠せなかったシャリアに、スタッフは都合よく誤解してくれたらしい。
「シロウズさん、シャリアさんが大尉だったのは五年も前ですよ。今は中佐です」
「それは大変失礼を。表舞台に出られなくなってから、そんなに昇進されていたんですね」
一体どういうつもりなのだと訝しみながらも、シャリアはスタッフの呼んだ『シロウズ』として彼を扱うべきだろうと判断した。
白々しく他人のふりをする男の思考を読み取ったわけではない。それこそただの勘だ。話を合わせてしまったほうが厄介事は少ないだろうという、この五年で培った経験則がそうさせた。
「ええ。一年戦争の功績とやらで身分ばかりが不相応にあがってしまいまして。もうずっと、事務仕事ばかりなんですよ」
シャリアは整えた笑みを貼り付けて返した。握手に応えると、『そのまま話を合わせてくれ』となんとも乱暴な依頼が思考としてぶつけられる。シャリアは頷かなかったが、承諾を握る手のひらの力で示した。

幸か不幸か、撮影はすぐにははじまらなかった。先ほどの試し撮りの結果で、調整が必要になったという。二人はスタジオの隅に臨時で設けられた待機スペースに追いやられ、膝を突き合わせることになった。
しかし二人きりになったところで、シャアはシロウズという体をやめるつもりがないことを示した。シャリアも人目につくところで彼を追求するのは得策ではないと判断し、合わせるしかなかった。
「中佐は私をご存知ないかと思うので、自己紹介をしても?」
「ああ、失礼ながら助かります」
「構いませんよ。改めて今日はよろしくおねがいします。シロウズと言います。まだ学生の身分ですが、研究成果で少し名が売れてしまいまして――あなたが最強のニュータイプなら、僕は学生実業家の新たな彗星としてお声がかかりまして」
「彗星、ですか」
シャリアは思わず復唱して返した。
シロウズは楽しげに頷いた。身を乗り出して距離を詰めさえする。
「ええ。あなたと会うには少し気恥ずかしい呼び名ですが、それが縁で呼ばれたらしいのです。僕はすこぶる運が良いらしい」
あなたのマヴは有名ですからね、と彼が白々しくも続けるものだから、シャリアはどんな気持ちで返すべきかわからなかった。「はあ」と間抜けな言葉で返すしかなく、頭の中は「なぜ」と疑問に満ちている。それでもいざ問いただすことの難しさに、彼は直面していた。それはシャア改めシロウズが、まるでその問いを差し込む隙を奪うように話の舵を取り続けるせいでもある。
「ああでも、やっぱり一年戦争の英雄ともなれば迫力がありますね。それに以前に見かけた姿より、ずいぶん社交的な印象が――
滑らかで表面的で、しかし話が弾んでいるように見せかける意図を感じる質問と発言に、シャリアは慎重に言葉を挟み込む。
「なりたくもない身分になると、しがらみがいろいろあるのです」
言葉を濁すような言い回しばかりを選ぶシャリアに対して、シロウズは饒舌に喋り続ける。
「過程を見逃したのが悔しいな。僕もまだ成長期だと思うんですが、なかなかあなたのような体の厚みにはほど遠くて。鍛え方がちがうのかな。あ、でも僕、まだ背が伸びているんですよ。せっかくなら、あなたに並ぶか越すかぐらいしたいな。難しいですかね」
「さて、どうなんでしょう――やはり私も軍人ですので、習慣的なトレーニングはありますが。なにかを意図して鍛えたことがないので、詳しくはないのです。お役に立てそうになく申し訳ありません」
シャリアのほうも合わせるように実りのない言葉を引き出して答えてやった。それから自分をじっと見つめる視線に真っ向から向き直り、話を付け加える。
「しかし――あなたぐらいの友人も、久々に会ったらずいぶん背が伸びて、心なしか体格もよくなられていましたね」
もちろん誰のことかといえば目の前にいる青年の話だ。
「本当ですか? そうなら嬉しいな。あなたと並んで遜色がないぐらいにはなりたいと思っていて――
シロウズは正しくシャリアの言葉を受け取ったが、いまにも人の項に手を添えそうな甘い表情で返した。

そうこうしている間に準備は整ったらしく、スタッフが二人を遠巻きに呼んだ。
「お二人、もう仲良くなられたんですね」
「ええ。中佐は洞察力に優れた方ですから、僕のような若輩者にもお優しくて」
「私なんて、ただ頷いているばかりですよ。しかし学生起業家ともなると、やはり人の懐に入るのがお上手だ」
「おや、僕はもう懐に入れていただいているんですか?」
「おや。ふふ、自信がないと?」
「だって、僕はさっきから緊張して口を滑らせてばかりでしょう?」
「そうでしたか? 気付きませんでしたが……
「本当ですよ。あなたのファンだから、お会いできて本当に嬉しくて」
「ファンだなんて」
ただの軍人ですよとシャリアは続けた。「あなたのようにお若い方に追いかけてもらうようなことは何もありませんから」
「まだそんなことを!」
シャリアの言葉にシロウズは大仰な声を上げた。モニタへの写り方を確認しているメイクスタッフへふいに話を振る。
「今の聞きました? 中佐はご自分の魅力がわかっておられないようだ」
「軍人さんだからですかね。堂々と表紙を飾れるお姿なのに」
雑談の中でも、ライティングの中で二人は髪や肌のメイクに手直しを加えられていく。既に淡くメイクを施された後なのでシャリアはまだ調整するものなのかと驚いたが、さらに驚くことが起きた。
シロウズがふいに前髪を後ろにかき上げ、「前髪をあげても?」と言い出したのだ。
隠されていた目元があらわになり、厚い前髪でも隠しきれていなかった秀麗な顔立ちがいよいよあらわになる。スタッフがざわつく隣で、シャリアは息を飲んだ。それこそ彼がシャアであった頃にはその私室でしか目にすることのなかった素顔だ。
「いいんですか? 普段は降ろしていらっしゃるとお聞きしてますが」
「ええ。中佐も以前と違って目元を隠しておられないでしょう。僕も勇気を出してそれに倣おうかと」
すごくいいです!とスタッフから黄色い声が上がる。素顔を晒すなどどういうつもりだとシャリアは言葉にできずにじっと見つめることしかできなかった。いまやシャア・アズナブルではない青年は整髪剤で前髪を整えてもらいながら、シャリアに流し目を向けた。
「どうですか?」
ジオン・ズム・ダイクンの忘れ形見は五年の月日を経て落ち着きを増した面差しをしているので、かつてよりもよほど色気のあるまなざしだった。シャリアは咄嗟に瞼を降ろして視線から逃れたほどだ。
「ああ――少なくとも僕はあなたのお眼鏡に叶ったようだ」
気恥ずかしさにシャリアが顔をそらしたのをそう受け取ったらしい。きっと顔をみれば傲慢な表情で嬉しそうにしているのだろうとシャリアにはわかった。しかしその滑らかな舌を抜いてやる手段など思いつかない。ため息をつき、「事業家にはそれぐらいの自信が必要なのですね」などと半端な文句を添えるのが精いっぱいだった。
結局シロウズは前髪を後ろに撫でつけるオールバック姿で撮影に挑むことになった。モニターチェックのOKが出て、メイクスタッフが一斉にはけていく。

シャリアは渡されたワインボトルの古い空き瓶をそっと持ち、シロウズの一歩後ろに立つことを望んだ。そして私物のボトルにシロウズが明らかに物言いたげにしているのを、彼は完璧に無視した。
「そこをなんとか! お二人が肩を並べあうイメージでお呼びしたんですよ」
「いえ、どうしてもこういう立ち位置で。未来ある若者と肩を並べるなんて気が引けますから」
シャリアとスタッフの主張はいつまでも続きそうだったが、ふいにシロウズが口を挟んだ。
「それって、マヴに誤解をさせたくないからですか?」
――さすが、学生さんは想像力が豊かでいらっしゃる」
シャリアが冷ややかに返せば、シロウズは妙に嬉しそうに「あなたに褒められるならなんでもいいな」とばかげたことを言って返した。そのうえスタッフには「彗星とかけているんでしょう? それならなおのこと、肩を並べたりなんてできませんよ」と微笑み、要求を押し通した。

「そのワインボトルは小道具ではなかったんですね。それもずいぶん思い入れがあるようだ」
モニターに映る自分たちをチェックするところまで順調に撮影は進み、やることを失った二人はすぐにタクシーに詰め込まれた。
行き先としてシロウズは大学名を、シャリアは軍の詰め所をそれぞれ運転手に伝えた。そして車が走り出すとすぐにシロウズは隣のシートに座るシャリアを見つめ、ワインボトルを格納した鞄を見つめながら先ほどの質問をぶつけたのだった。
シャリアは嘘をつくか数秒躊躇ったが、素直に質問に答えて返した。
「ええ。いただいた記念品なのです。今はくださった方が行方不明ですので、こうした機会にどこかで見ておられれば、と恥を忍んで持ってきました」
「ああ、やはり赤い彗星との思い出の品でしたか。いや失礼、あなたが探しておられるのは有名ですから。それに表情も――あなたのマヴは何をしているんだと腹が立ってきたぐらいです」
「ご冗談を。お恥ずかしいかぎりです」
「それに、噂になっているのも納得してしまいました。赤い彗星を語っていればあなたに会えるとか」
「ああ――例の変な噂ですね。会ってどうなるというのだか」
「はは、ファンなんてそんなものですよ。一目会いたい。それだけです。ある意味では健気ではありませんか?」
「そういうものなのでしょうか」
シャリアの言葉に、彼は力強く頷いた。
「ええ。僕もやっと――今日あなたに会って、ようやくわかったようなものですが。そういうものです。直接お顔を拝見するのと、写真や映像越しにお会いするのでは、まるで違うとわかってしまいました」
「それは」
どういうことか、とシャリアが追求すると、シロウズは肩をすくめた。ちっとも残念ではなさそうに「ああ、もう大学についてしまうな」と返事の代わりに言った。そして停車するタクシーからあっさりと降りる彼に、シャリアは窓越しに冷ややかな視線を向けた。
「ほのめかして期待させるのは、あなたの悪い癖ですね」
「手厳しいな」
シロウズを演じるのをやめたらしく、シャアはシャリアの視線と言葉に目を細めた。しかし困ったというよりは、ただ嬉しそうに言葉を続けた。まるで窓越しにシャリアの頬に手を触れるように、手を窓に添える。
「ただ、初めて会った時にもそう思った。それをまた伝え忘れていたと気づいたのだよ、大尉」
青年らしい言葉選びをすっかり捨てて、かつての上官だった頃のように彼は言った。当然、古い階級でシャリアを呼びもする。最後には窓ガラス越しに不敵に笑った。
「ではまた――次こそ必ず、二人きりで」