しゅう as 猫田しゅうぞう
2025-07-17 05:04:29
4006文字
Public GQX
 

片割れのオレンジ

GQXシャアシャリ
11話時点のメモの供養で、なかった話。
五年の間のシャリアの変化に思うところがあり、顔を見に行ってしまうシロウズの執着と自覚。

少し見ないうちに、シャリア・ブルはすっかり見違えて、垢抜けていた。
いや、そんな表現では足りない。間違いなくこれは人たらしになった。直感がそれを告げる姿形をしていた――私の知らない間に!

彼が『赤い彗星』探しに躍起になっているというのは有名なようだった。それこそ軍の外にまでそんな噂が広がるほどには。
それ自体は大いに助かることだった。彼が探す限り、シャア・アズナブルは行方不明者として扱われる。いい隠れ蓑だと思った。
明確に死んだと思われるほうが都合がいいのではとよぎったこともあったが、結局は戻る算段をつけるときには便利だろうという打算が勝って、彼に連絡のひとつもつけずに放置した。
なにしろ目的は共有した。目指すものは同じ。同じ夢を見る同士として手を取り合い、我々は共犯者になった。それは確かな事実で、疑いようもなかった。
それに戦場でさえ合図などいらなかったのだ。言葉にするより早く考えを読み取り、私を補うことに違和感の一つも覚えさせないほどの男だ。あれこれと指示など出さずとも私の考えがわかるはずだという自信さえあった。

しかし彼の振る舞いの重みを改めて知ったのは、シロウズとして研究機関に潜り込み、設計開発に意見を差し込めるようになった頃だ。
退役軍人らしい男が「いまだに死んだと信じられないのさ、あの佐官殿は。しかしまあ一緒にM.A.V.戦術を編み出した片割れだ。ショックでちょっとおかしくなっちまったんだろう」などと憐れむような物言いで言及するのを間近で聞いた。
一般にまで広まり始めたマヴという概念に自分たちが代表されているのにも奇妙な気持ちはあった。しかしそれを失うのはつらいだろうという共通認識のうえで、赤い彗星を探し続けているシャリアの評判がそのようなものになっていることのほうが、よほど驚いた。
木星船団で過酷な経験を経た彼が、上官を失っただけで狂うなどとはまるで思い至らなかったからだ。
元より、慕われている自覚はあった。
そもそも唯一の同胞という事実をいいことに彼の手を引き、その無自覚の優しさにつけこんで自分を売り込み、ついに自分を選ばせたのだという自負もあった。慕っていてくれなければ困る。
それでも、それほどなのかと緩んだ頬を押さえたほどだ。
なにしろ洞察力に優れた彼は、達観しすぎているところもあった。そして自己肯定感の弱さもあって、閉じゆく扉を押し開くような必死さを見せるような姿など、想像すらしたことがなかった。
それがどうだ。
彼のひたむきな献身は姿を消してしばらく経つ今でさえ自分に向けられているらしい。喜ぶなというほうが無理がある。
その事実の一端を感じるだけでさえ、喜びがこれほどに胸を満たすのだ。不意に出会えばきっとそれが包み隠せず溢れてしまうことだろうことは明らかだった。そうして気が緩むのが怖かった。
彼と不意に出くわすことがないように、なおさら努めて避けるようにした。

イオマグヌッソの建設が進み、行方不明のシャロンの薔薇が保管時の記録値で設計に組み込まれはじめた一方で、次々に階級を上げていたシャリアのほうは中佐となり、新世代のニュータイプを率いる特殊部隊を取りまとめる立場になっていた。そして懐かしのソドンを得たと聞く頃にもなれば、入ってくる噂の類が変わってきていた。
垢抜けただの、ひとたらしだの、魔性だの。まるで彼とは紐付かないような表現が混じるようになり、首を傾げるより他になかった。ギレンとキシリアの板挟みに悩んでいた不器用な男は、素直な男ではあれど、笑顔はいつも硬さがあった。
それで写真や動画を手配すれば、評判が腑に落ちる感覚と、しかし何故だという強い困惑が同時に込み上げて、内心をざわめかせた。
常日頃、分厚い前髪に隠されていた左の目元はすっかりあらわになっていた。かつての面影を残すのはもはや、変わらず立派な眉と少し形を変えた口髭ぐらいなものだった。
どことなく野暮ったさのあった髪も立派な眉も、すっかり手入れされている。
前髪は短く整えられ、左の眉上で優雅なウェーブを描いていた。そうして目元が晒されたせいもあってか、相手を見通す瞳の印象は際だって感じられた。カメラ越しにさえ感じられるほどだ。対峙すればきっと彼が表情を緩めでもしなければ緊張を覚えることだろう。
どこか浮世離れした清廉さのあった以前とは違って、今の彼からは実年齢よりも年嵩の落ち着きと狡猾さが感じられた。そのくせ後ろ髪をすっかり刈り上げているせいか、どこかやんちゃな雰囲気もある。
つまりは酸いも甘いもかみ分けてきただろうと思わせるだけの空気をまとっていた。
さらには既存の軍服ではない、ニュータイプ部隊の制服を着慣れた様子で着こなしているのもまた悪い。
もともと、軍属であるからにはと最低限の身だしなみを整えたがる男には違いなかった。しかしそれは社会的立場の自覚からくる習慣で、それこそ洒落っ気などではなかったはずだ。
慌てて社交の場に出て行く彼の姿を追わせれば、私服姿にはさらに言葉にならないもどかしさが強まった。
いかにもブランド物らしいマフラーに、使い込まれながらも磨かれた靴。ジャケットの上へ羽織るコートひとつをとっても、遠目からもわかる仕立ての良さと、手入れのよさがある。それに時折かけている眼鏡のフレームさえも、量販店のそれには見えなかった。
どれもが板についた着こなしだが、自分自身を飾ることに興味を持たなかったあのシャリア・ブルが、と驚きは大きかった。
そもそもが生真面目で、控えめで、落ち着いた男には違いなかったが、どうにも硬く笑うような男だったのだ。柔らかく微笑むのを見たのすら、片手で数えても指が余るほどだった。
それがどうだ。
今の彼はよく笑うようだった。それにずいぶん思わせぶりな態度をとるのに慣れたようでもあった。
声を聞かずとも、多くのやりとりで、彼がどんな態度をとったか想像がついた。今の彼は言葉少なくじっと見つめ、相手がたじろぐと、表情を崩してさえみせる。しかしそんな手管をどこで覚えてきたというのか。
親しくしているように見える人間はずいぶん多いようだが、どれも彼が変貌を遂げてからの知り合いばかりに見えた。何が彼を変えたのか。私の知らないところで、彼が誰かに影響を受けたかと思うとおもしろくなかった。
あるいは、まるで私が彼の一面を知らずにいたかのようにも思わされ、その不透明さはどうにも不愉快だった。

そんな折のことだ。開発中のイオマグヌッソの視察にシャリア・ブルがやってくるという話が持ち上がった。
これまでで一番近い場所に彼が来る。いつもならその可能性があるだけで、その場に居合わせないように細工した。その日だって、そうしようと思えば苦もなくできたはずだ。
しかし、その日ばかりは、遠目に一目見るぐらいはいいだろうと思ってしまったのだ。気の緩みと言っていいかもしれない。
それで、声などとても届くはずもない場所から彼を盗み見た。
小指の先ほどに彼の顔が見えるような位置だ。
まだあちこちに建材が置かれ、安全対策のヘルメットをかぶらずに建物に入ることが禁じられているものだから、そこまで遠ざかれば表情などほとんどわからない。
レオ・レオーニ博士と握手を交わした彼も目元にはすっかりヘルメットで影が落ちていた。
あれがジオンの、と同じように手すりに身体を預けて向こうを見る人間は少なくなかった。軍の人間が直接現場に来るのがはじめてだからだ。それに彼は一般的な軍服姿でもない。それもまた、目を引く原因なのだろう。
二人の部下を従えた彼が、後ろに続く彼らに何か声をかけながらも、博士の後をついて行くのを我々は遠くから見送るだけだ。
しかしふいに、彼が立ち止まり、視線を彷徨わせた。それはとくに意味を持たない視線になるはずだったのかもしれない。しかし遠巻きに見つめているこちらのほうに、彼が顔を向ける。
近すぎたのだと気づくには遅かった。
勘がいいだけの男は、佇まいをすっかり変えていただけではなかったのだ。
目が合うような距離ではないはずだったが、たしかに我々の視線は噛み合った。そしてその瞬間に目の前のすべてが消え、お互いだけがそこにいると、そのように感じられさえした。
元々、彼の感応能力は高かった。それでニュータイプだと判断され、我々は出会ったのだ。
しかし肩を並べた頃など比べものにならないほどに彼の能力はよく磨かれ、研ぎ澄まされたらしかった。
ゼクノヴァなど起こらずともこうなのか! その能力の発露に、私は背筋に興奮が走るのを感じる。
一方で「大佐」と彼が心で強く呼ぶのを聞いた。懐かしい声だった。それを認めると、接触の一つもないというのに、もはや我々の境界はあいまいになった。
押し寄せる感情は嵐のようだった。驚き、喜び、それから少しの恨みがましさ。
彼は私がなにをしているのかさえ、きっと理解できただろうと思う。それでもなぜ、と彼が疑問を捨てきれずにいることがわかる。なぜ?私は彼がなぜそんな問いかけをするのかわからなかった。君が読み取れないわけがあるものか、と。
私の胸の内に彼が応える間もなく、どこか近くて遠い場所から、彼の部下が気遣わしげに「どうかしましたか」と声をかける。
その瞬間に、彼らに知られてはいけないと慌てたシャリアの視線が外れ、自分の方でもどうにか足を引いて後ずさる。
その一瞬で幻のように感応は遠ざかった。
私は思わず手すりに額を押しつけた。彼があちらで手を振ったのか、周囲が色めきたつなかで、私は顔を上げられなかった。
なにしろ自分が半身をそこに置いてきたのだと、私はそのときになってようやくわかった。自分の頬を伝った涙の熱によって。
まったくいまさらすぎて、あきれる話だ。