しゅう as 猫田しゅうぞう
2025-06-26 11:55:08
10145文字
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過去形にするな

ジークアクスの最終回から十年後にシャリアに会いに来て、だらだら喋った後にこれからを口説くシャアていう話書いた。
こいつ口説きに来てるのにララァと指輪交換している男なのでいろいろ思想がこう…(ぐるぐる目)

シャリア・ブルの言う《老後の家》は地球にあった。海辺の静かな街の端に建つ、赤い屋根の慎ましい家だ。すでに手に入れてから三年ほどは経っていて、だいたい一年の半分ほどはそこで暮らしていたようだ。ほとんどは一人だが、時折若い連中を迎えて、ささやかなパーティを開いたりもしていたと聞く。
何かのカモフラージュとしてではなく、本当に私物として買ったのだと確信を持ったのはこの一年ほどのことだ。老人というには若すぎる年齢だが、彼は名前を変えてその家に暮らしている。
実のところ互いに居場所どころか連絡先だってわかっていた。それでもこれまで一度だって彼からの連絡はなかったし、私も連絡はしていなかった。
だからこそ訪問の予告などはしなかった。勢いを削がれることを恐れたせいもあるが、先に連絡を入れればのらりくらりと逃げられるような気がしていたからだ。
それでもさすがに物理的に近づいてしまえば、ニュータイプの勘で私の訪問はわかっていたはずだ。それで逃げる気配もないものだから、彼は落ち着いた顔で扉を開くのだろうとばかり思っていた。なんなら「どういうつもりですか」などと文句さえあるかもしれないとさえ。
しかし現実はまるで違っていた。
扉を叩く前から、駈けてくる足音と慌てた物音は聞こえていた。冷ややかな態度をとられるとばかり思っていたが、そういうわけでもないようだ。思わず驚きと喜びがこみ上げてくる。
やがて勢いよく玄関の扉が開かれ、私が思考を言葉にするより早く「はい」と返事が返ってきた。目元を隠さないように上げられた前髪は乱れて少し落ちている。
彼に息が乱れるほど慌てさせたことがこそばゆく、思わず唇に笑みが乗る自覚があった。咎めるように彼の目が細められるので「すまない、つい」とほとんど反射的に詫びる。
「だがなにも走って来る必要はないだろう。私は逃げやしないぞ、シャリア・ブル」
「わかっております」
苦々しく言いながら、彼はドア枠にもたれかかった。
「ただ――
「ただ、何だ? いや、息ぐらい整えてくれていいんだ。君に会いたくて来たのだ。焦ることはない」
私の言葉に、シャリア・ブルはなぜか苦々しげに顔をしかめた。
「なんだ。どういう表情だそれは。そんな表情は初めて見るぞ」
私がおもしろがったのがいけないのか、彼はすぐに息を整えて、「なんでもありません」と涼しい顔に切り替えてしまった。それをつまらないなと思うと、今度は鋭く睨め付けられる。気安さを感じるその対応がくすぐったく、私はとうとう声を上げて笑った。心を隠している彼の方はどうだかわからないが、まったくと口の中でつぶやく様子を見る限りでは、似たようなものだと思いたい。
しかし写真では見ていたが、共にいたかつてとは別人といっていい。シャリア・ブルの姿そのものに私は改めて驚いていた。
なにも歳を重ねたからではない。野暮ったかった髪はすっきりと整えられ、前髪で隠されていた左目だって今はすっかりあらわになっている。なにより顎髭だって生やされている。彼がこうした装いを選んでいることは知っていたが、こうして直接顔を見ると驚きがある。立派な眉の印象だけが昔の面影を残していると言っていい。年齢の皺を刻んでいる男になにを言うのかという感想に違いないが、それこそずいぶんな貫禄があった。私の知る頃の彼にはいささか欠けていたものだ。
しかし考えてみれば私たちが最後に対面した時は互いの顔など見ておらず、実のところこうして直接顔を合わせるのは、もう十五年ぶりのことなのだった。
それほど離れていたことを自覚してようやく、そういえばそれなりに年上だったのだなと今さらながらに実感もした。まったく馬鹿な考えだ。初めて出会った時に彼は大人だなどと子供みたいに思ったことを忘れたわけでもないというのに。
そうして私が彼の姿に見とれ、彼のほうまで黙り込んでしまえば、すっかり会話の糸口を見失った。
会って話したいと思っていたのに、いざ直接顔を合わせれば言葉がもどかしかった。
しかし彼はもう先ほどのように私の胸の内を読むつもりはないらしく、そして私にも自分の考えを読ませてくれる気はないようだ。こうした繊細な部分は元々彼の方が得意な分野だ。出会ってすぐに「これ以上は」と初めて明確な拒絶をうけた時以来、彼にそうされると私は手も足も出せない。
だから私たちはただしばらく見つめ合うばかりになった。
会話を再開するのにどんな言葉がふさわしいのかはまるで思いつけなかった。それでも私はどうにかして、少しも思っていないことを言った。
「背が低くなったか?」
「どうでしょう? あなたの背も伸びたかもしれません」
立ち話ではいけませんね、とようやく迎え入れてくれるシャリア・ブルは、それこそ想像していたようにすっかり落ち着きを取り戻していた。

彼の海辺の家は一人暮らしには広いが、せいぜいが余分なゲストルームがひとつといったこじんまりとした家だ。しかしダイニングのテーブルは広く、時折誰かを招いているのだろうと実感させた。そこに自分が含まれていないのが少しばかり面白くないので言及は避けたが、彼は私がダイニングテーブルに目をやるのを見ていた。それでも何も言わずにその脇を通り過ぎ、正面の大きな窓を開けた。
窓の向こうには砂浜の上へ続くウッドデッキが伸びていた。木を組んだ屋根はあるものの、外には違いなく、開放的な空間だ。それなのにそこは不思議と二人の人間が酒を飲み交わし、親密に語らうのにふさわしいだけの密やかさと親密さがあった。
「少しお待ちを。つまむものを持ってきます」
「うん」
私の手土産の包みを開けもせずにシャリア・ブルは受け取った。
「さすがにボルドーの左岸ではないんですね」
「あの頃ほどの余裕がなくてな」
私の発言を冗談ととったのだろう。彼はむしろ安心しましたと笑い、奥の椅子を指し示してから出て行った。
私は彼を見送り、椅子を無視してウッドデッキから海岸に降りた。きっと彼も時折こうしているだろうと直感があったからだ。
鼻先を潮の香りがくすぐり、涼しい風がそよぐ。海岸とはいえ、波打ち際まではしばらく歩く必要がある。私は海辺を歩くのは慣れていない。乾いた砂に革靴が埋もれる感触は奇妙な感覚だったが不快ではない。むしろ踏みしめる砂地には心地よさがあった。
そうやってうろうろしていると、幸いにも靴に砂が入るより早く「用意ができましたよ」とシャリア・ブルが声を張り上げたのが耳に届く。
聞こえた声にハッと振り返れば彼はウッドデッキの上でまぶしそうに手をかざし、目元に影を落としてこちらを見ていた。わかった、と手を振って自分の足跡を戻りながらも私は唇が緩むのを感じた。
それは声にならない思考では彼がいまだに「大佐」と私を呼んでいるのがわかり、こそばゆかったからだ。

用意されていたのはチーズとサラミの包みだった。小洒落たカッティングボードと共に持ち込まれたそれらを、彼は慣れた手つきで乱雑に切り分けた。几帳面さのない刃物遣いはかえってその慣れを感じさせるものだった。
私を椅子に座らせ、自分は立ったままつまみを切り分け、開栓してきたボトルを慣れた手つきで二人分傾ける。
私は彼がグラスにワインを注ぐのを見つめながら、サラミをつまんだ。
「案外に大胆な切り口だ」
「上品な育ちではないもので」
「そうかな。それを感じたことはなかったが」
それでもそんな小洒落た出し方をしてくれるのは意外ではあった。それを素直に言えば、カッティングボードに目を落としたシャリア・ブルは「ああ」と頷いた。
「若い子に教わったのですよ。こうしたほうが気分がアガる、と」
納得したので以後そうしているのだと続けてから、私の前にグラスを置いた。そして彼はつまみの載ったボードをテーブルの中央に押しやり、ナイフだけを自分の手元のほうへ置いた。
さりげないが、しかし明確な意図をもったその手つきを私は思わず見咎める。
「もしや緊張すべきところか?」
「どうでしょう。心当たりが? 少なくとも理由なく貴方を害するつもりはありませんが」
「本当かな。私は貴公のオールレンジ攻撃に危うく殺されるところだったのだが」
「殺すつもりで攻撃しましたからね。それに理由ならありました」
私が思わず笑ったところへシャリア・ブルは冷たく返してくるものだから、私は目を細めざるをえなかった。たしかにあの時はわからなかったが、今はその理由も思いあたる。
だからこそ、ここへやって来たのだ。図らずも目的を思い出す話題に、知らず声に後悔が滲む自覚があった。
「そうだな。だが本当に驚いた。君が私を殺すなどとは考えたこともなかった」
「それはなによりです。あの時はあなたがお変わりなく私を信じてくれていることを願っていましたからね」
「まったくだ。共犯者のつもりが、まんまとやられた」
「でも殺せませんでした。あなたのほうが一枚上手で」
「そうかな。君にはよそ見をする余裕があったと思うが」
「よそ見ですか」
「うん。いや、それはともかく――」と私はもっともらしく咳払いをした。それからわざとらしく両手を広げて、今の私をシャリア・ブルに見せる。
「それで、どうだろう。今の私は」
もちろん、こんなのはただのパフォーマンスだ。監視を続けている彼が私の生活を知らないわけもないのは理解している。そしてそちらから会いに来ないということは、私が殺さなくてはならないような振る舞いをしていないということでもある。
彼はつまらなそうに瞼を下ろした。
――わざわざ言う必要が?」
「お墨付きが欲しくなったんだ。十年だぞ、シャリア・ブル。君と離れてからなら十五年だ」
「おや、もうそんなになりますか。よく覚えておいでですね」
「指折り数えていたからな」
「数えたところで減りませんよ。少なくとも私の五年はそうでした」
むむ、と私が言葉を失うと、彼の方はようやく嬉しそうに表情を崩した。
「たしかに、距離をとったのが長すぎたかもしれません。ではどうします?お互いのこれまででも話しますか」
「そうすればお墨付きをいただけるのかな」
「まあ内容にもよりますが、検討はしましょう」
それでいいと私は頷いた。
それから最初の五年間は大学生をやっていたことと、その頃から彼の動向を人に探らせていたことをまず最初に白状した。

いくらか話の区切りがついたころ、机の向こうでシャリア・ブルが格好を崩した。だらしなく背もたれに背中を預け、長い息を吐き出す。頭まであずけてしまうものだから、こちらとしては髭に覆われた顎先を見るしかない。
彼のそんな様子を見るのは初めてだ。それは彼が部下だったせいだろうか。あるいは私が年下の男だからか。
「両方ですよ」と、思考を読んだらしく間髪を入れずに答えが返ってきた。驚きに目を見張る間にも言葉は続いた。「あなたにこんな姿を見せる日が来るとは思いませんでした」
それはどこか投げやりな声だった。まだ、大して酔ってもいないだろうに。
「そうか。だが人の心を覗くなら、せめて視線ぐらいは合わせてはどうだ」
礼儀を欠かれたと思ったわけではなかったが、顔を見たくてそう指摘する。正直なところ、彼が自分のこうした態度こそ好ましく思うだろうという打算もあった。
「それは失礼を。ですがあなたは客人ではなく友人なので」
気の置けないというやつです、とシャリアは姿勢を少しだけ正した。肘掛けに体を預けるようにしなだれる。それからグラスを取り上げ、私に乾杯の仕草を向けて「おいしかったです。素敵なお土産をありがとうございます」などと今さらワインの礼を言う。
それらはなんでもない仕草でしかないのに、そうするとひどく色気を感じる姿だった。
私は彼のこうした姿をまるで知らない。くたびれたところがあるのは昔から変わらないが、以前のどこか潔癖そうな雰囲気はすっかり砕けている。
どこが老人なのだか。顔を合わせればなおさら、少しも枯れた様子は見当たらない。だいたい仮面の男の身分を返上すべく退役したといってもまだ年の三分の一ほどはどこかのコロニーに出かけているという。そして仮面の男の噂ときたら、いまだ宇宙のあちこちで絶えていない。むしろ自由に動ける口実を得たぐらいなのではないか。
「忙しいようだ。活躍の噂がこちらにも流れてくる」
「そんなことはありませんよ。ようやく特赦で仮面も脱げて、気ままな生活です」
「そうか。ずいぶん嘘がうまくなったな」
「きっとあなたの真似をするうちに、そうなったんでしょう」
「それは心外だ。貴公にはいつだって素直なつもりだった」
「私には実に素直でしたよ。それが心地よかったぐらいでした」
私ばかりがもらってばかりでしたね、と彼は小さく呟いてまたグラスを煽った。
「そんなことはなかった」私は反論した。「君がすべてくれたんだ。君が私に夢を見せたんだ。この十年、いやあの五年の間だって、君は私の指針だった。君は確かに私を変えてくれたよ」
なにしろ誰かに手を差し伸べるたびに、私は彼を思い出していた。彼ならどう思うかを考えては決断を繰り返した。私のこの十五年の多くは、隣にいない彼の模倣でできている。
「まだ、そうおっしゃってくださるのですね」
私の反論に彼は眉を落とした。面差しに寂しい影が落ちているのに、彼の心はひどく落ち着いているのが感じとれた。安堵する君に私はかける言葉を持っていない。
「本当に――あなたを殺さずに済んでよかった」
シャリア・ブルはほとんど囁き声でそう呟くと、自分の目元を左手で覆った。
「あの時は、ああしてあなたが去ってくれて心底安心したんですよ」
彼は震える喉で息を吐き出した。そのまま泣いてくれてよかったのにそれは飲み込んだらしい。私は涙を拭うふりさえしない彼の左手をじっと見つめた。私の左手と違って彼の指を飾るものはない。
こんな時だというのに、彼が誰のものでもないことを確認してしまう自分に驚きもした。いっそ軍属のころのように手袋でもしていれば、意識することもなかったかもしれない。そういえば素手を見るのはお互いに初めてかもしれなかった。
私の不躾な視線の意図に気づいた彼は、こちらを一瞥もせずに「独り身ですとも」と応えてから、わざとらしく相槌をうって付け加える。
「あなたのほうは良いご縁があったようですが」
もちろん、ずっと私を監視しているのだ。それこそ彼女とどのように出会ったのかさえ知っているだろうに、シャリア・ブルはまるで知らないように嘯いた。
「そうだな」だから私もあわせるように嘯いた。「そうであってほしいと思っている」
しかし私の言葉に彼が安堵したことが気に食わなかった。
「嫉妬のひとつもしてくれないのか」
「嫉妬、ですか」
私の言葉に彼は本当に驚いていた。
「君は私が誰かのものでも平気なのか。私は君が私だけを見ていないと知るのは我慢ならないのに。まあ――君によそ見をされるまで気づかなかったがね」
「よそ見。なんだかさっきもそう仰っていましたが、さっぱり心当たりがありませんね」
「自覚がないのか? していただろう。私との殺し合いの真っ最中に。君は危うく私に殺される時だというのに、あのガンダム・クァックスのパイロットを気にかけていた」
「ああ――そういうこともあったかもしれませんね」
「確かにあったぞ。シャリア・ブル。目の前の私でなく、あのパイロットを見ていただろう」
「心配ぐらいはしますよ。彼女は私の弟子みたいなものですからね」
彼はそっけなく言い放ちながら、眩しそうに目を細めた。きっと記憶の中の彼女の姿を思い出しているんだろう。私は思わずムッとした。
彼女こそが本物のニュータイプだと、彼の胸の内に満ちた思いがわからないほどに鈍くはない。思わず目をすがめて、私は彼を咎める。
「君は、私のマヴだろう。よそ見をしている余裕があるのか」
「ええ、そうですね。今で言うところのマヴでした」
「でした、だと?」
これも許しがたい表現だ。私は咄嗟に噛みついた。
「過去形にしてくれるなよ、シャリア・ブル。私は、君との絆にそんな呼び名がついたことが嬉しかったよ。君は違ったのか?」
私の問いかけに、シャリア・ブルは視線を逸らして答えのかわりにした。ずるいやりくちだが、しかし明確に否定しないところに私はようやく手応えを感じた。
「まだ私は君のマヴのつもりだ。君だってまさか他の誰かに乗り換えてはいまい」
「回りくどいですね。どうせご存知なのでしょう? あなたがいなくなってからの私は、一人でMAVをやっていると恐れられたぐらいですからね」
「ああ。聞いたときにはいい気分だった」
……まったく、どうにも熱烈な」と困ったように口籠もる彼が、ようやく私の左手に視線を落とすのがわかる。私が誰かのものだと知らしめる金の輪を見つめるまなざしは、今度こそダイニングテーブルを見つめた私のそれと変わりないものだと私は信じる。
「もし君が望むなら指輪は外しても構わない。それぐらいの覚悟ぐらいは決めてきたんだ。私には君こそかけがえがない存在だ。あの頃も――今だってそうだ。願わくは君にとってもそういう存在でありたいと思っている。これは贅沢すぎるかな?」
「贅沢かどうかはわかりかねますが、ずるい男だとは思いますね。それにそんな簡単に運命を手放す男など、軽蔑せずにはいられない」
彼の思いのほか真面目な回答に私は思わず笑ってしまった。
「君を口説くのは時間がかかりそうだ」
「そうですね。でも、時間ならいくらでもあるでしょう。あなたはもう何も背負っておられないのだから」
シャリア・ブルは私の言葉にとうとう涼しげに返した。表に出ているのが喜びも失望もない平坦な表情なのが憎らしい。
「君は――本当に意地が悪くなったな!」
キケロガの構造だってそうだ、なんだあの改修は。その改修のためにコックピットを潰さずに済んだのだが、それを棚に上げて思わず非難してしまう。
「そうでしょうか? 元々こんなものですよ。貴方の前では猫をかぶっていたんです。なにせ二人ぼっちのニュータイプでしたからね」
今になってそんなことを言い放ったシャリア・ブルは、しかし私の驚きに照れたのか、グラスに残ったワインごとそれ以上の言葉は飲み干してしまった。

追加で出されたボトルも今や空っぽで、あとはお互いのグラスに残ったわずかなぶんだけだ。カッティングボードの上にも、今はもう何も残っていない。
私がこの家を訪ねたのは昼を回った頃だったが、もうすっかり夜は更けている。
会話が途切れると聞こえる静かな波の音の中で、私たちは机を挟んで向かい合って座っているというのにお互いの視線をそらして、今は海ばかり見つめていた。
ウッドデッキの向こうへ広がっている砂浜の先にあるのは月明かりが暗い海の波間へ降り注ぐ美しい景色だ。それに心を奪われたわけでもないのに、私とシャリア・ブルはもうずいぶん長い間、こうして黙り込んでしまっていた。
一度言葉が途切れてしまうと、どちらから口を開くか躊躇われたからだ。
なにも話したいことが尽きたわけではなかった。ただ、本当に話したいことをどのように切り出せばよいのかわからなくなり、自然と言葉が途切れただけだ。
こんな時はニュータイプ同士だからこそ、やっかいだった。私たちは無自覚に心への不可侵の協定を結んでしまうことがある。触れたい話題がある。だが、触れたくない。そういったお互いの気持ちが伝わりすぎる。言葉にしなくても伝わってしまう。
私が何をしにきたのか、本当のところを彼はわかっているのだろうと期待している自覚だってある。我々は言葉もなく通じ合える間柄だと、今でさえ思っているからだ。
だが、そもそもは言葉にするべきだと思うからここへ来たのだ。沈黙すら心地よいからと今を壊すことを恐れていては意味がない。
それでも結局決心がつかずにいれば口火を切り直したのはシャリア・ブルのほうだった。やはり彼には私が言いたいことなんて、既にわかっているのだろう。
「なにかを言葉にしたって、別に世界は終わってなどくれませんよ」
「うん。わかっている。ただ、君に愛想を尽かされるんじゃないかと心配なんだ」
「尽きるような愛想なら、とうに燃えてなくなっているでしょうね」
私は真面目なつもりだったが、彼は軽口を返すようにそんなことを言った。
だから意趣返しではないが、本心であってほしいという自分の願いだけは素直に隠さずそこへ置く。それで彼が困った顔をすることに喜びを感じずにいられないのだから手に追えない自覚はある――そうだ自覚はある。いつだってその自覚はあるのだ。この私にも。
私はシャリア・ブルを見つめた。視線を返すように、彼の方も改めて私を見つめてくれた。それで私はようやく恨み言を言った。
「貴様に裏切られて傷ついたぞ、私は」
「私だって傷つきましたよ」
その恨み言には今なお生々しく感じられるような棘があった。
以前ならわからなかったが、今ならば何の話かすぐにわかる。ソロモン落としを利用しようとしたことだろう。アルテイシアを擁護したシャリア・ブルにあの現場で妹が目撃したそれが伝わらないとは考えにくい。
それで私がぐうと眉根を寄せると、それでもシャリア・ブルは「おあいこですね」と茶化してくれた。けれども彼はいつだって分別のある大人であるので、誤魔化すことなく向き合うべきことを突きつけもする。
「ですからこれ以上、私を試すのはおやめください。言ってみたらいいではありませんか。それが今のあなたの望みなら」
いつだってこうなのだ。彼はそうやって私を甘やかす。わかっていたことだ。それでも変わらずそうあってくれるのかと確認するのが怖かった。だが、結局彼がそういう男だと知ってもいた。だからこんなことだって言える。
「私は、君の理想を叶えられる男ではない――のは、わかっているんだ」
「ええ、見限られたとへそを曲げるような方ですからね」とシャリア・ブルは茶々を入れる。だが私は真面目な話をしたいのだ。
「それに同じことが起きれば、私は何度でも同じ選択をする。君に殺されずに済む人生は探せても、私はあの時の判断を後悔することはないだろう」
たとえ君が私を許さなくても、と私は素直に告白した。
「それで君が殺しに来てくれるなら、なおさら後悔などできないだろう」
彼は黙り込んだ。どうにか絞り出すように返してくれたのは「嘘をつくのが下手になられたようだ」という呆れたような言葉だけだった。
だが怯んでもいられない。老獪な連中から離れて久しい私と違って、シャリア・ブルはつい最近まで軍部の中で戦っていた人なのだ。簡単に本心を掴ませるような男ではない。
私はちっとも失望していないふりをして、彼に必死で訴えかける。
「そうかな。本心だよ。それが信用できないなら、君は私のお守りをしていたほうがいいとは思わないか? 嘘の一つも下手になった私が誰かに望まれたらどうなるか。わからない君じゃないはずだ。だから、これからはずっと隣で私を見張っていたらいいだろう。アルテイシアだって許すだろうさ。結局私には君という枷がいつまでだって必要なんだ、と」
弱みを見せた方がいいだろうと、そんな打算がないとは言えなかった。実際に効果を感じればこそ、なおさらだ。シャリア・ブルは私の口説き文句に瞼を下ろした。
「ずいぶん勝手な話ですね。だいたい私はもうあなたの部下ではないのですよ」
「だが今も友ではあるだろう」
鋭く言葉を差し込めば、彼はわざとらしいため息をまぜて、私に諦めろと諭すつもりのようだった。だがここまで来てどうして諦められるだろう。私は続ける。
「少なくとも同じ夢を持つかけがえのない友には違いない」
「ええ、確かにそうでしたね」
「だから過去形にするな、シャリア・ブル。君ほどではないが私だってあなたの考えていることはわかっている。いや、少なくとも以前よりずっと、わかっているつもりだ。それで――本当に私を殺したいと思うのか? それを聞きたくて今、ここへ来たんだ。君の気持ちを教えてほしくて」
私は言葉を重ねながら彼を見つめる。そうして祈りに近い念を送れば、とうとう彼は観念して表情を崩した。
「言葉にしなければだめですか」
「君が私を招き入れてくれるなら、どちらでもいいさ」
私はいつかのようにシャリア・ブルに握手を求めて手を差し出した。そして困った顔で返された彼の手を強く握りしめた。
素手で握手をするのははじめてのことで、素直に喜びが湧き上がる。皮膚の接触で距離をつめたせいなのか、互いのニュータイプの感応が肌全体をざわつかせるような気さえした。だがきっとすぐに慣れていくことだろう。なにしろこれからは何度だってこうして触れ合うことができるのだから。

おしまい