しゅう as 猫田しゅうぞう
2023-01-28 18:40:36
11637文字
Public ソーロキ
 

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レカペ3の無配再録です。ラブサン後のソーロキ。読んでくださったみなさまありがとうございました。

目覚めてすぐ悪態が口をついたのは、視界に見えるはずのない姿を認めたからだった。
ソーの寝起きはよく、寝ぼけているのだろうと自分を誤魔化すことは難しい。だがロキは――死んだはずのソーの弟は、ソーの視界のなかにいた。窓辺に腰掛け、組んだ膝に載せた本の頁をめくっていた。それこそ善き弟であった頃から、同じように窓辺や階段に腰掛けて集中してページをめくる姿を覚えている。なにしろロキはしばしばそうして兄を待っていた。そうして弟が自分を待っているのは特別なことではなかったが、その姿を見つけるのがソーは好きだった。それから、顔をあげる弟の仕草が。あれは互いの気を引き合った事を確認するようなものだった。
そのかつてのように、視線がぶつかる自覚があった。
それでソーは瞼を閉じた。そうすれば自分の姿が相手に見えなくなると信じる子供のまじないのようだが、反射的な行動だった。
それを笑う気配が瞼の向こうに感じられる。それに相手が身体を起こして、ベッドの端に腰掛け直す気配まで――とはいえ実際にベッドが沈んだ試しはないのだから、頭はいつかの記憶をなぞっているに違いない。それも実際にこのベッドに腰掛けられたことなどないので、方舟での日々の記憶が作り出す錯覚なのだろう。
目の前の事象にソーは必死で理屈をつけようとしたが、そうするとやはり、助言に従ってカウンセリングとやらを受けるべきか――という憂鬱な検討事項が頭をよぎる。
義眼の調子がおかしいだけならよかった。それこそ義眼にだけその姿が映って見えるだとか。理屈はわからないがともかく像が焼きつくだとかそういう理屈づけはできそうじゃないか? ソーは無理の仮説をでっちあげては検討しようとする思考をひたすら却下し続ける。馬鹿げていることはわかっていた。もちろん、そんなわけはない。わかっていた。こうなれば何度瞬きを繰り返しても、消えない。焼きつきなんかじゃない。肉眼にだって映る。それはもう、何度も確かめたので間違いないことだ。
そうだ。これはいつも同じものが見えるわけではない。
そして初めてでもない。わかっている。対処法などない。
いないはずの弟がそこに見えるだけ。
いや、見えるだけでは済まない。それこそ「おはよう、兄上。二度寝していいのか?」などと笑みを含んだ声まで聞こえてくる。そして肌で存在を感じる。その気配を。そんなはずはないのに、どこかで信じようとしてしまう。
なにしろ頭の向こうに壁が透けたりはしていないし、足も爪先までしっかり見えている。とはいえ床に影は落ちないし、ロキお得意の幻影らしく触れることもできない。それは自覚があるらしいのに、まるでそこに本当にいるように振る舞うのだから悪質だと言える。
だが、幻覚だ。存在してはくれない。
思わず「死んだくせに」と恨みがましい言葉を小さく吐いて、ソーは両手で顔を覆った。それから顔を撫でるついでに目尻を拭くと、思い切って上体を起こした。
窓からはもう陽の光が差し込んでいた。それも朝日というには高い位置から差し込んでいるのは間違いなかった。幻に言われるまでもなく、寝坊に間違いない。
だが焦りはしない。こんな時こそ大事なのは深呼吸だ。ヨガだかなんだかの講師も、そう言っていたはずだ。ソーは自分に言い聞かせて平静を保つ。そうだ。狼狽える必要はない。平常心だ。いつだったかマンティスと一緒にレッスンの動画を見た――一度きりだったのですべてがうろ覚えだが――その記憶をなぞって、深く息を吸いながら腕を頭上に引き上げ、次に吐きながらゆっくりと両手を合わせて胸の前におろす。それを何度か繰り返す。そうだ、深く息を吐けばいい。吸って、吐いて。繰り返しが心音と気持ちを穏やかにする。深呼吸は偉大だ――
「今日も完全に無視か。つれないな」
それでも肩をすくめているだろう弟の声は変わらず聞こえ、思わず眉尻が跳ねた自覚はあった。
だがもう反射的に構ってやることはない。呪いの言葉を吐くことも、恨みがましく視線をくれてやることも、八つ当たりに物を投げつけて実体がないことを確認するのも。しない。自制できるはずだ。なにしろ確認せずとも変わらないとわかっている。大丈夫だ。すべて無視できる。わかっている。ソーの意思では薄く笑む弟の姿は消せないのだ。
それにどうせまた、気がつく頃には姿を隠す。
ソーの視界に現れるロキは、だいたい涼しげな微笑みか、なにか言いたいことを隠してうずうずしているような顔をしがちだった。ただ、時々によってその姿は違った。時代が変わると言い換えてもいい。それこそまだ二度ほどしか遭遇していないが、時には子ども時代の姿の時もある。ソーの背を抜いていた頃の姿だ――善き弟に違いなかった子供の頃の姿で現れられると無視もできず、出会うと立ち尽くしてしまうのだが――不思議と子供のロキはそれをからかうでもなく、透き通った緑の瞳に浮かびかかる驚きを隠した澄まし顔で「兄上か」と肩をすくめる。それにすぐなにか本を閉じるような仕草をして、ソーから逃げるように姿を消してしまうのだった。
だが今日は大人の姿をしている。つまりは長らく姿を現したままだということでもあるが――髪が跳ねて、ゆるくうねる手前の長さだった頃の姿だった。愚かな兄に見切りをつけ、銀河に身を投げ出した後だ。それこそ地球に君臨し、人々を襲った頃の姿に見えた。深いグリーンのストールを首から垂らした姿はいつか記録で見たのかもしれない。周りの人間に溶け込むような格好だが、ジャケットの布地ひとつにすら仕立ての良さが見え、よく似合っていた。きっと微かに甘さの残る香水でもつけていると想像できる。
ただどのような姿であれど、こうして大人の姿をしているロキの振る舞いはさほど変わらない。時には酒や本を片手に、時には木の実や葡萄をつまみながら現れることもある。そして無視しようと勤める兄を積極的にからかい、時折ソーが無視できなくなると妙に嬉しそうな顔さえする――それだけだ。この幻覚からはそれ以上の干渉はない。
物一つ動かせず、触れられもせず、ただそこに見えて、会話ができるだけ。それもいつも姿を見せるわけではなく、いたと思えばいない。いないと思えばいない。
幽霊だろうかとよぎったことはあった。だが、それも納得のいく推測にはならなかった。本当に死んでいるのならヴァルハラに行かない理由がないからだ。いくらロキでもその誘いから逃げるとも思えない。ロキはいつだってアスガルド人であろうとした。神であろうとした男だった。それにちゃんと戦いの中で死んだ。資格がある。

この弟が最初に姿を現したのはベネター号の中だった。
まだ少し、ほんの少しばかり酒に逃避していた頃だ。だから最初はてっきり深酒のせいだと思ったものだ。なにしろその頃の酒はたびたびソーを感傷的にし、一人で涙を流させてくれる癒しの水に他ならなかった。そこへ突然ロキが姿を見せて、弛んだ肉体の兄を無様だと罵ったのだった。まるで頭が追いつかなかった。
なにしろ最後に見た姿よりずっと若かった。
大仰な角飾りのついた黄金の兜は父が仕立てた懐かしいものだ。それに芝居がかって胸に手をあてた仕草の仰々しさときたら舞台にあがる役者のようですらあった。それはまるきり尊大で、まだ何も知らないかつての弟の姿だった。
呆けて顔をあげた兄にロキは「おお、なんというひどい泣き顔! なんという堕落した腹! 本当に兄上か? まだ若くしてそれでは父上もさぞ名折れと思うことだろう」などと不遜に言い放った。そのくせ膝をつくものだから、背を包むたっぷりの布地が躊躇なく床に落ち、アスガルドの男としては厚みの足りない肩や胸板に鎧と共に厚みを持たせていたそのマントが、見慣れた黄金の館の磨かれた石の床ではなく、近頃見慣れた年季の入った宇宙船の床に複雑なドレープを作っていた。
呆然と自分を見上げて座り込む兄に目線を合わせるために、ロキはとびきりの笑顔でしゃがみこんだのだった。それを理解したところで、何故だという疑問からソーは進めずにいた。それに彼が素直にオーディンを父と呼んだものだから、互いに何も知らない頃が思い出された。
それは遠く懐かしい記憶だ。全てがそこにあった頃。蛇のいたずらに、キスをねだるジョーク。あの調子ではあれほどの大事になるとロキがわかっていたかは怪しく思えもした。そうしてあまりにも平穏な記憶が蘇るのに、ソーの涙は新たにぼろぼろと溢れ出し、止まらなかった。何か言おうにも喉からはただ、深刻なうめき声だけが溢れた。
すると楽しげだったロキの表情までもが強ばり「なあ、どうした? 何があんたをそんなに変えた?」なセラピストのような柔らかな声でたいそう無神経なことを言った。
それこそサノスの太い指がその細い首に食い込んだ瞬間と同じぐらいに頭に血が昇る発言だった。
「お前が死んだからだ!」
ソーはとっさにロキに掴み掛かろうとしたが叶わず、そのまま床にダイブし、額を強かにぶつけた。それで呻きながらも捻り出した二言目はもう言葉にならなかった。
ソーは思わずしゃくりあげるとそのまま起き上がらずにうつ伏せのまま顔を覆い、自分がすり抜けた弟を視界から追いやった。そしてその間にロキは再び姿を消したのだ。悪酔いの白昼夢だとばかり思った。
だがロキはそれから時折、姿を見せるようになった。
そしてそれが大いにソーの慰めになった。
なにしろロキはそこにいて、多少しんみりした様子でソーに向き合い、時には冗談を口にし、叱咤もした。それこそ義眼の瞳の色を罵り、弛んだ肉体を罵り、あんたは私の兄だろうと甘えたようなことを言ったのだ。
それでソーはこれは弟の魔術なのだと何の確認もせずに信じた。またやられたのかと信じた。腹は立ったが、幻術で死を偽装されるのが三度目ともなれば、細かなことよりも姿を見せた安堵のほうがずっと大きかった。それこそようやくまともに体を鍛え直すことを可能にしたぐらいに。
だがベネター号に乗る誰にもロキは見えなかった。
愚かにもそうとも知らずにソーは不可視の弟を皆に紹介した。弟が挨拶一つしないのはその傲慢が理由だろうと思い込み、皆からすれば虚空に向かって無作法をたしなめた。
それで皆が顔を見合わせ「誰の話だ」「何のつもり」「わからなかった」「そういう冗談なのか?」「待って、笑うところだった?」と囁き合うにのに気づいて首をかしげるソーには最初こそ彼らの言葉が理解できなかった。
「冗談?」
「いや、その、弟さんっていうの――見えないんだけど」
「見えない? 何言ってる。ここに……
だが説明しようとしたところでロキは姿を消していた。
――いない」と、それを認めるしかなかった。
ロキは現れては消える。それは以前からそうだった。
それでも、今ここからただ姿を消したと思えなかった。きっと皆の態度のおかげだろう。ソーは驚くほどそれをすんなり飲み込んだ。そのほうが理屈が通ることを知っていた。それこそ初めて姿を見た日に受け入れなかった自分に戻っただけだと、納得もできた。
考えてみれば、生きていると期待するほうが難しいのだ。なにしろ目の前でサノスに首を折られた(ロキが目の前で死んで見せたのは初めてではなかったが)。それに決戦の地にだってロキは姿を見せなかったし、いまや観光地として再出発しているニュー・アスガルドに姿を現したという話もまだ聞かない――ロキならあのラグナロクの劇を許すとは到底思えないのだが。あれはひどい。多分どこかで民もロキ本人が現れて怒り狂うのを期待しているのではないかと思うほどだ――今も変わらず上演は続いており、改訂されることもない。
それに、それを認めた途端にロキはぱったり姿をみせなくなった。それで背中に刺青を入れて区切りをつけた。
肩甲骨をかすめる針の痛みを耐えながら、ロキが見ればわざとらしいしかめ面を見せるだろうと想像するのは簡単だった。その想像に頬を緩めそうになってようやく――自分が弟を諦めていないと自覚して、ソーは泣いた。
刺青一つで涙を流した事なんて初めてだった。だが針の痛みのせいにして涙を流すのは簡単なことだった。そして一度泣いてしまえば、熱を帯びた皮膚を冷やす手が恋しくなり、翌朝などはますます泣けた。刺青を入れた背中より、目の方がよほど腫れて感じたほどだった。

――だというのに。
再び姿をみせるようになってから、もうしばらくになる。
今度の再会は嬉しくはなかった。自分の欲望だと思えばこそ苛立ちは募る。だからいつもソーは幻覚の姿を視界から外すようになった。今もそうだ。
だいたい幻覚に構っている暇はない。
なにしろソーはもう一人ではない。子供を育てる責任がある。やることは山積みだ。まず、これから服を着て、顔を洗い、朝食を作る。それから預かり物の大事な娘に食事させ、今度は朝食後のキッチンを片付けてから、彼女が作った荷物を点検し、多分もう一度改めて身支度をさせる必要がある。連れ合いのぬいぐるみが誰で、きちんと名札をつけたかも確認しなければ。ああ、歯磨きしたかもチェックしてやらなければ。ラブの歯がぼろぼろになったら間違いなくゴアに祟られるだろう。
子供を育てるのは予想よりずっと大変なことだった。都合よく想定した「たぶん」だの「きっと」なんて希望はだいたい打ち砕かれる。自由で突拍子もないところは可愛くもあるが、無限にやることが湧き出る泉のようで頭が痛い。
それに最近の彼女にはとにかくソーの取り決めを一度否定する傾向もある。あくまで自分のやり方を貫こうとする。年長者の言うことは聞くものだぞなどと説教をすればその度に船の中はめちゃくちゃになった。意地の強さは父親譲りらしいので呆れを隠さずソーは引くことを覚えたほどだ。それで「知らないからな」と先に折れて釘を刺すと、ラブは大抵折れてくれると気づくまでに宇宙船は何度も大破の危機を迎えたものだ。ソーはまさか自分が宇宙船の溶接作業に手を出す日が来ようとは夢にも思わなかった。
だが昨晩だってちょっとした諍いで外壁に穴が空いた。そして今朝のソーの寝坊の原因になったのだ。

「おはよう、ラブ」
階段を降りれば、甘い湯気の香りがただよっていた。
案の定、ダイニングテーブルにラブはもうついていた。隣の椅子には今日の連れ合いをリュックと一緒に詰め込み、一人で入れられるようになったココアを啜っている。ぬいぐるみと変わらないサイズのリュックサックは原色をちりばめたような配色で、寝起きの目玉にはすこし毒だった。それでソーは思わず目を細めた。
「おはよう、ねぼすけおじさん」
「ああ、悪かった。なにしろ昨晩は誰かさんの開けた大穴を溶接するのに苦労したからな」
「大変だね? でも大穴ってほどじゃなかった」
「宇宙船には大穴なんだ。わかるか? 空気が漏れるからな。で、宇宙には空気がない。これももうわかるよな?」
「うん」
「うん、だからな、ラブ――船の中で目からビームはダメだ。我慢してくれ」
「でも、」 ラブが口を挟むのを許さず、ソーは続ける。
「いや、わかる。おれも小さいころは雷が勝手に出たもんだ。だが練習した。特訓だ。ちゃんと練習すれば効果があるぞ。それにこのままじゃこの先、学校にも通わせられない。もし友達に怪我でもさせたらどうする?」
「怪我させたりしないよ、平気だもん」
「ならおれに向けるのやめるって約束できるか? ちょっとやそっとでお前にやられるつもりはないが……それでもおれも不死身じゃない。いつか困らないように、自分の力をコントロールできるようになってほしい。それにコントロールできたほうが楽しいぞ。戦いのときも便利だし」
……でも、」
「練習していこうな?」
ソーは譲らなかった。ラブは口角を下げた。
「わかってるもん……
「よし、いい子だ」
ソーは編み込んでやったラブの頭をぐしゃぐしゃにかき乱すと、そのまま彼女の背後を通り過ぎて冷蔵庫から卵とベーコンとバターを取り出した。
「パンケーキ?」
「そう」
会話しながらキャビネットから取り出した粉を水で解いて手早く生地をつくる。
「なら、ベーコン増やしてほしい。シロップいっぱいで」
「いいぞ、卵は?」
「また今度ね」
「こら。たんぱく質をもっと取れ、育ち盛りだろう」
幸いなことにパンケーキはすぐにできる。材料も少ない。地球人はまったく便利な発明が得意だ。
「ほら、すぐ焼けるぞ。皿を出して」

地球に行く用事はソーの個人的な用事だ。それも子供連れが適しているような場所でもない。だからラブをニューアスガルドで預かってもらうはずだったが――船を停めれば、アスガルドではあずけたヤギたちがすさまじい鳴き声で脱走している最中だった。
「ごめん、こんなだから今日は預かるの無理!」
今は総出で捕物をやっていると言われればさすがに無理は言えない。リュックの紐を背負い直す彼女を抱えるべくソーは腕を出した。車はないので虹の橋を使う。
「おじさん、どこ行くつもりだったの?」
「静かなところだ。ほら、かえるくんをちゃんと抱えて。落としても拾ってやれないぞ」
「持ってるよ、ほら」
「でもこの間はうさちゃん落っことして泣いてたろ」
「持ってるったら、しつこいったら!」
「ビームは禁止!」

辿り着いた目的地は小さかった。
なにしろ個人が半ば趣味で開いているギャラリーだ。虹の橋による器物破損を避けて離れた場所に降りたてば、見落として通り過ぎ、しばらく道を戻る必要があるような場所だった。ソーのかわりにラブがスマートフォンを操作し、回り続けるコンパスに惑わされながらもようやく辿り着く。そして出迎えた店主に頼まれるままスリーショット写真を撮り、それから捜し物があると聞いたと伝えて――ソーは、目的のものを見つけた。
ロキだ。風景画が並ぶなかで一枚だけ一際小さく、唯一混じった人物画。だが後ろ姿だ。それでも陽射しに向かって立つ男はアスガルド人を知っていればアスガルド風の衣装だとわかる程度には書き込まれている。吸い寄せられるように絵の目の前に立ち、ソーはただ筆の運びを見つめる。
探し始めて日も浅く、これでまだ二つめだが、間違いはなかった。それはロキを描いた絵だった。それも本人を目の前にして作られた美術品だ。アスガルドでは失われ、もう一つだって残っていないもの。
だが、他の場所ならこうして美術品はまだ残っている。
一つめは別の星で見つけた。それにこうして地球にもあることがわかった。探せば見つかるものなのだ。この先もきっと見つかるだろう。ソーは確信し、安堵すら覚えた。
なにしろロキは顕示欲の高い男だった。崇拝されるのが好きだ。尊ばれるのが好きだ。自分を飾り立てるのも、姿形を写しとらせるのも好きだった。故郷に銅像を立てる男なのだからそれはそうだろう。
「よく見つけたものだな」
見つめていれば背後から幻が感心したような声で言ったが、それ以上言葉を続けるつもりはないようだった。てっきりきっと自分をモデルにした経緯だの作者の人となりだのを喋るだろうと思っていたが、一つめの石膏像を見つけた時もそうだ。ロキは一言だって喋らなかった。
ただ自分であることを認めるだけだ。それが面白くなくて、今回もソーは眉間に皺を寄せた。
「これ……ソーおじさんが知ってる人?」
それでもラブの問いに答えられないのは、目を離し難いからだ。そしてそれは、気持ちがこもった絵だからだろう。少なくとも相手を好んでモデルにしたとわかる――そしてこれが最後の機会だったのだろうとも。
まったくロキらしいことだ。人を惑わして喜び、人を置き去りに姿をくらます。
ソーは絵が焼きつくのを確認するように瞼を閉じてから頷いた。自慢する響きになった自覚はあった。
「ああ――ロキだ。おれの弟だ」
ロキ、とラブは綴りを確認するように聞き返す。
「つまり背中の人ってこと?」
「ああ、もう死んだから――彫った。ほら、『眠れ、安らかに』って。バイキングに墓はないからな」
ソーが答えながらようやく顔を向けると、ラブはひどく訝しげな顔をしていた。
「なんだ、どうした?」
「いまのって刺青の話?」
「そうだろ?」
「違くて」
「なに?」
「その人じゃないの?」とラブはソーの背後を指さした。
つまり、ソーにしか見えないはずの幻のロキのことを。
思わず振り返ると、ロキは口元に人差し指を押し当て、ラブに静かにしろと言うようなジェスチャーをしていた。そして、諦めたように瞼を降ろし、ため息と共に肩を降ろしたところだった。
ソーは思わず弟の姿と隣の少女を交互に見やった。
「つまり……お前には――見えてるのか? こいつが?」
うなずくのは二人同時だった。それでソーは自分がどこにいるのかも忘れて叫んだ。「いつからだ!?」

さすがに居た堪れなくなってギャラリーを出ると、子供の呼ぶ笛のようなメロディが耳に入った。そこでチャイムに導かれるまま公園に向かい、ソーはアイスクリーム・トラックでアイスクリームを二つ(念のために必要かと視線を向ければロキは「結構」と断った)買った。そして歩きながら自分のぶんのアイスクリームをほとんど食べ終えて、芝生に置かれたベンチに腰掛けた。
ラブはソーとロキの間に座り、たっぷりかかったチョコスプレーを前歯でかじりとるのにすぐ夢中になったが――この奇妙な訪問者の扱いには悩んでいたのだという。
なぜなら見えているらしいことはわかるのに、なぜだかソーが存在を無視しているからだ。それにソーの目を盗んで幽霊なのかと聞けば否定されたとも。それでラブが警戒すれば、戯けたようにハンズアップしてこう言ったらしい。
「ああ待て待て、おまえのそれはさすがに効きそうだ。勘弁してくれ。その――いや、ゲームをしてるんだ」
「ゲーム? ソーおじさんと?」
「そう。私を相手にしたらソーの負けだ。おまえはソーに負けて欲しいか?」
それでラブが首を横に触ればにっこりと笑って「いい子だ」と歯を見せて笑ったので、悪い存在ではないだろうと判断したらしい。それに居るだけで何か干渉してくるわけではないし、「秘密だ」と言われたのがくすぐったかったと。
「今度からは遠慮せずに報告してくれ、肝が冷える」
「この子を責めてやるな。こどもは秘密が好きなものだ」
「責めるつもりは……そもそもお前が悪い。おれはてっきり――妄想だと。あいつらには見えなかっただろ。いや、待て。さっきのアイスクリーム屋にも見えてなかった?」
「見えない。普通の人間には。だが――
ロキは言葉を区切り、ラブをじっと見つめた。正確にはその足元に落ちる影を。なんの変哲もないように見えるが、魔術に通じているロキには違うのかもしれない。それに彼女は“永久”で願われた愛そのもの。ソーはあの場で何かがラブに成ったのを知っている。実際、彼女が繰り出すすさまじいパワーには日々手を焼かされてもいる。
「あんたにだって目撃されるつもりもなかったよ」
「ならなんで俺の前に姿を見せた? ヴァルハラは?」
「あんたの様子を見るのはおもしろいから。それにまだ私はヴァルハラに行く必要もない」
ロキは肩をすくめた。
「私は好きなところに行けるんだよ。よほど――それこそ、サカールのようにねじれた場所でもなければね」
――『秘密の通路』か!」
もったいぶるロキの表情に、ソーは思わず指を鳴らした。
すっかり忘れていたが、その秘密を打ち明けられたことがあった。「どこにでも秘密の通路があるんだ」と自慢したいことを隠しきれないうずうずした表情で耳打ちした弟はずいぶん幼かった。まだ三戦士たちと遊ぶようになるより前のことだ。母による魔術の手解きが始まった頃でもあったかもしれない――ソーにはまるきり向いていなかったが。
「秘密の通路? なんだよ、宝の地図でも見つけたのか」
「違うよ。どこにでもあるんだよ。見えにくいところに」
「じゃあ、それがお前にはわかるって?」
「そう。魔術でコツがわかったから」
だがその当時の愚かなソーは、そんな物あるはずないと言い返した。何故ならば自分の知らない事を弟が知っているのが気に入らなかったからだ。なにしろソーは兄であり、兄は弟より勇敢で知恵があるはずだからだ。
だが今思えばロキは単純い本当のことを言っていた。それにあの時のあれは、ロキにとってはとっておきの秘密を共有しようという誘いでもあった。ソーは自分の愚かさに頭を抱えたくなった。だいたいそれを真面目にとっていたら戴冠式の騒ぎもすぐにロキの仕業では見当がついて大事にならなかったかもしれない――などと周回遅れの期待が頭をよぎりもする。
そうしてますます愚かだと自省し、一人で百面相を始めたソーを尻目に、ロキは嬉しそうに「意外だな。嬉しいよ」と冗談めかした。隣でアイスクリームと格闘しているラブにからかいの言葉を向ける。
「気をつけるがいい。お前の保護者はあれでなかなか記憶力がいい。きっとお前のいたずらだって千年先まで茶化すことだろう。あの男は六歳の私のいたずらさえいまだに根に持っている男だ」
「おい、そんなことは――だいたいあれはお前が悪い」
「かわいい弟の小さないたずらひとつ忘れないと?」
「お前のいたずらで忘れられるかわいいものがあると?」
呆れて言い切れば、ロキは不服げにソーを見た。口角がすっかり下がっている。「あやしいものだな」
「さっき記憶力を褒めたのはお前だろう?」
「なら、いつか答え合わせするのが楽しみにしておくよ」
そしてもう一言も残さずに姿を消した。それこそ振り向けばと姿を消しているときと同じだ。さよならもまたねもない。質問にまともに答えもしない。勝手なものだ。
――なんなんだあいつは!」
ソーが思わず独りごちるとラブが笑った。
「どうした、何がおかしい」
「だって今の、すっごく似てた。文句があるって書いてある顔! 口がこんなで! それにふふ! ソーおじさん嬉しそうなんだもん!」
二人の仕草を真似て思いきり口をへの字にしてからラブは笑い続ける。コーンをかじろうとするが、笑いが止まらないようで進まない。お腹を抱えて笑い出したので、食べ終わるまではまだ長く時間がかかりそうだった。
「嬉しそう……か?」
ソーは自分の頬を触った。笑っていたということなのかもしれない、と思うと恥ずかしくもあった。そんなことはないと否定することができないからだ。

ロキは隠れるのが得意だった。子どもの頃からずっとそうだ。見失ったと思えばいつも、誰もいないと確認したはずの場所からひょっこりと姿を現す。そういう弟だった。そしてヘイムダルの目からだって逃げられた。
それに死んだと思ったことも初めてじゃない。
ソーはこれまでいつも死んだと思って嘆いて、悲しみ、悼み――再会してきた。これまでずっと最後は同じなのだ。そうしてロキは結局、小さないたずらがばれた時とまったく同じ様子で笑ってみせる。
だからソーはまだ信じてしまう。腹はたててもまるで憎み切れない。それに期待してしまう――いまも、まだ。
(終)
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あとがきも再録する
妙な妄想(さすがにわたくしも自覚はある)を読んでくださって本当にありがとうございます。おそまつさまでした。いや私以外にこれ大丈夫ですか?まじで心配になってきたんですがみんなついてこれなかったらごめんね。あとラブサンをいまだ消化しきれていないので本編の描写と矛盾あるの直し切れてないと思うんですがすべては捏造設定なのでお許しください(呪文)あといつかこの話の続きも出せたらいいのですが。
というかラブちゃんの続投が不明瞭なのでもしかしたら急に外見だけハイティーンになったりしないのかなチューイングガム噛んでグレてソーともめたり仲直りして欲しいとか勝手に考えているんですが、ありえる?ない?いやご覧の通り(?)キャラクターも先の展開もイメージできずなかなか書けなかったのがラブちゃんで、実はいまだにラブサン後の人様の妄想もなかなか読めずにおりますはやく先が知りたいな。
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ぷらいべったーに投稿している邂逅という話をラブサン後に書き直すとこう、みたいなことになってますが、これは他の話とも接続する話のつもりで書いています。
いつかお出しできるようにがんばりますが、いつかが未定なのでそちらは伏せておくね。おそまつさまでした。
https://privatter.net/p/8026724