しゅう as 猫田しゅうぞう
2021-02-13 21:01:39
1432文字
Public ソーロキ
 

逆転

出て行った弟が久々に帰ってきた的なソーロキ

これでもあんたの不幸を願っていたんだが――と、ちっとも残念ではなさそうに言う弟は涼しい顔をしていた。どれほど離れていたのだか数えるのも忘れたが、その表情ときたら変わらないようだった。懐かしくも見慣れた表情だ。しかしその言葉は皮肉の色を持っていなかった。安心したような声音でそんなことを言うのに少しばかり面食らっていると、テーブルの向こうでカップから口を離した弟は眉をひそめた。酒はいらないと前置くのでティーセットは一人用だ。おれは手元の泡の消えた杯を一瞥してから、口をつけるのをやめてもう一度弟を見た。杯を空にすることよりずっと大事な客だからだが、その仕草にも弟が胡乱げな顔をした。
「なんなんだその顔は。まったく――あんたは本当に私の想像どおりにならなくなったらしい」
つまらないと鼻を鳴らす仕草もまた、見慣れたものだった。口角をさげた様子にも見覚えがある。しっくりくる。ああ、拗ねているとわかる。なるほど、これは間違いがないぞと確信できたのはそのせいだ。
「おい、その口は何のためについている?黙り込んでいるのは一体どういうつもりなんだ」
「いや、うむ。お前の嘘はわかりやすいといまさら気づいて驚いていた」
素直に答えれば、弟の手元で茶器が悲鳴を上げ、紅茶がソーサーにこぼれる。指先にかかっていないのか心配になるが、あついともなんともいわないので平気なのだろう。いや、まあ本人はそれどころではなさそうだったが。
「何だって?」
「会わないうちに素直になったのか?」
「誰が――いや、私はずっと素直だったつもりだが」
「ああ、なるほど?たしかに昔のお前ならおれの目を見つめて嘘をついただろうな」
「兄上」
そうだ。そうだった。ようやく再び姿を現したその姿、我が父がこの国を治めていたあの頃のような懐かしい姿形をとるお前は変わらない。変わっていなかった。だからこそわかってしまう。歪んだ自尊心を持つお前の考えそうなことなんてまるで我が事のようにわかってしまう。
王座についてお前のことを追わなかったのには理由があるのだ。それはなにもお前の想像しているような理由じゃない。
なにしろお前を懐かしがる暇はなかった。なぜならふいにお前のような言い回しが口をつき、水面に映る己の表情にお前を見たからだ。
そのようにしてお前がいないからこそ、おれは隣にいないお前のことをようやく思ったのだ。
もちろん、これを言えばお前は顔を歪ませるだろう。おまえは実に王にふさわしい振る舞いを理解していたのだなどと言えば。
嘘つきめと、きっと幼いおれがお前を罵ったように――ああ、なるほど。それはそれはたいそう甘い想像だ。誘惑だ。
なるほどと腑に落ちて笑えば、弟は不機嫌を隠さずに眉間に皺を寄せた。
「あんたは趣味が悪くなったらしい」
それを褒め言葉だと笑えば、ますますその皺は深まるだろう。誘惑に身を任せるか堪えるか――なるほど、これはたいそう難しい。長年こらえていたお前にいまさら感銘さえうけてしまう。
きっと自分が弟であったなら誘惑の手をためらわず取っただろうと舌を巻く思いで、すまし顔に思考を隠した。それこそ、いつか善き弟であった頃の弟そっくりに。
それから――
「 おれも、お前の幸福を祈っていたとも。弟よ」
おかえりの言葉に代えて返してやる。
お前がきっと想像通りに深いため息をつくことを祈るようニンマリと笑いながら。もちろん、きっと人の悪い顔になったという自覚はあった。