砂の落ちる音にしては重い微かな音は、断続的だがずっと続いていた。時計と違って時々目詰まりを起こすらしい。袋の穴から零れ落ちる砂金のようだなと想像がよぎる。起き上がるには身体が重くて気乗りしないが、しかしばらばらとあふれてこぼれるのに気づいて穴を押さえても、指の隙間からまばらにあふれてしまうだろうそれを拾わなければあとで困るのだろう。そんな風に思ったところへ、木の軋む音が割り込んで――目が、醒めた。
潮の匂いに意識は冴え、音の正体に気がつく。うつ伏せだった身体を起こせば、しんと静まりかえった部屋の中に自分以外の気配はない。窓から淡く差し込む月明かりのなか、頭を上の段にぶつけぬように小さく屈んで寝台から抜け出し、弟の寝ているはずの上の寝床へ目をやる。だが気配の通りもぬけの空だった。
さきほど軋んだのは床板なのかもしれない。扉を開けて踏み出すと、読み通り床板が軋んだ。
寝室とギャレーがかろうじて分けられただけの小さな船だ。三歩も歩けばアフトデッキで海面をみていた弟が振り返った。
「おや、起きたのか」
夜に溶け込みそうな黒づくめのくせに、月明かりはうすぼんやりとその輪郭を照らしていて、さきほどまで暗闇に馴染んでいた瞳にはまるで後光でも背負っているかのように見えた。ところどころの装飾の金が鈍く光るせいもあるかもしれないが、父が描かせた天井画のようだった。
黙っていれば寝ぼけているとでも思ったのか、薄い唇が小馬鹿にしたように笑う。
「まだ夜だよ、兄上」
「そんなのわかってる」
反射的に言い返すが、それ以上弟に向けるべき言葉は思いつかなかった。それにどうしてかいつものように隣へ並ぶ気にもなれなかった。じっと見つめ返しても、弟は垂れ目がちな目をわずかに細めて「めずらしいな」と言うだけだった。それきり黙り込んだが、それでもなにか二の句を求めるように視線は向けられたままだ。
帆をはためかせるほどの風はなく、停泊している船は小さな波間に揺れているだけだった。足もとが揺れる感覚さえない。それなのに動けない。大股で二歩踏み出せば距離はなくなる。三歩目には隣に並ぶことだってできる。わかっているのにまるで靴底が床板に縫い止められでもしたように動けない。もしや口さえも知らぬうちに縫い止められているのかもしれないと疑うほど、なにもできなかった。
ただゆっくりと瞬きする弟の緑の瞳を見つめる。瞬きを返し合って、微笑むことすらしないおれを弟は馬鹿にしない。けれどおもしろがりも、喜びもしない。
沈黙を埋めるように、船を揺らすまでもないさざなみが時折水音を立てる。
やがて夜風が出てくると「冷えるぞ」とようやく言えた。だが「あんたがいるだろ」と弟はかまうものかと瞼を下ろしてまた曖昧に唇だけで笑った。
一歩、二歩、と床板を軋ませずに歩み寄ってきた弟に手を取られる。冷たさにぞわりと肌が粟立つ。けれど肌の感覚なんて無視をして骨張った指を絡めかえしてやった。指の股で噛みつくように手を握り、身体を寄せろと要求すれば抵抗はなかった。
鼻先を寄せればきっと弟のうなじからは濃い潮の香りがするだろう、と思った。
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さざなみ→波が寄る→夜→夜の海
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