まず目に入ったのはハンドルだ。それからインパネに気づいて、ああ運転席かと思ったのが最初だ。身体を包むような革張りのシートには体温が移っているから、眠り込んでしばらく経つのだろう。ダッシュボードの奥、フロントガラスから道の先を見れば遠くに民家の屋根が見えたが、建物はまばらだ。高層階の建物も見えないから、都市部ではないだろう。高速道路のインターチェンジを示す道路標識で地名が確認できたが、しかし見覚えはない。カーナビで確認でもしようかと視線を流して――ようやく助手席に人が座っているのに気づいた。
和服の女性だ。白い布地に光沢のない赤のベルトが服を胴に拘束するみたいに締められている。細い首の上で眠りに落ちた頭がかくりと落ちている。膝の上で組まれた手は華奢で小さい。薄いベルトと同じ赤の袖が手の甲まで隠しているせいでよけいに小さく見えるのかもしれなかった。卵のてっぺんみたいにきれいな形の指先。
膝から揃えられた足元は厚底の草履だから、立って並べばきっと同じぐらいの背丈だろう。
前髪の落ちる目元にはやはりベルトとお揃いの赤い目隠し。アイマスクという雰囲気ではないが、そうして助手席に身を預ける彼女は眠っているらしかった。そして自分と同じようにシートベルトはしていない。
誰だか知らないけれど、なんだか不用心な気がする。小さな桜色の唇には上品な艶があるせいかもしれない。
彼女の肩を揺らして起こそうかと考えて身を起こし、触れそうになって手が止まる。いざその肩に触れそうになるとどうしてか躊躇いが生じた。触れてはいけないような気がする。それにようやく、自分が誰なのかさえわからないと気がついた。なにしろ彼女に名乗る名前がわからない。どうしてここにいるのかさえも。
触れそうになった手を引っ込めて、安らかな寝息をたてている彼女を見つめる。まだ目覚めそうになかった。
そうして眠り続けるその人をしばらく見つめていると、彼女が起きるまで待とうと考えが変わった。
運転席の座席に身体を預け直すとシートが微かに悲鳴みたいな音を立てたけれど、彼女は身じろぎ一つしなかった。
もしかしたらこの人はずっと目を覚まさないのかもしれない。でもそれならそれでいいと、どこかそんな風にも思った。
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