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しゅう as 猫田しゅうぞう
2020-06-19 13:03:15
6218文字
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その他色々二次創作
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さよなら、「また」ね
今キョウジとヴィクトル
2012/10/04発行の同人誌からの再録
魔法陣のなかから、急速にエネルギーが失われて行くのが肌で感じられた。
全てが終われば、その場に残ったのは、一振りの刀ばかり。合体材料となった仲魔の影は、もうどこにも見えなかった。召喚されていた仲魔は消え、その場に居るのはこの業魔殿の主たるヴィクトルと、サマナーである青年の二人ばかりとなった。
ヴィクトルはボリュームのある赤いコートに身を包んだ、ひどく背の高い老人だ。顎先よりも長く伸びた、癖のない銀髪や、鷲鼻よりも印象の強いするどい赤い瞳からは、老人という印象が払拭されている。口の周りをぐるりと取り囲むように整えられている髭も、その身を包む衣装同様に、すれ違えば誰もが振り返るであろうほどの怪しさがあった。しかし一方で彼に奇妙な優美さを与えてもいる。下瞼からすとんと両頬に古傷が走っているのも、じっと見つめられでもしない限りは、さして気にはならないことだろう。その赤いコートの下に着込まれた千鳥格子のベストひとつとっても、彼が道楽で困ることがないと推測させるものであるのも、その印象に一役買っているのかもしれない。
だが、おそらく今の二人の様子をみれば、ヴィクトルがなにか青年の気を落とすような事をしたのであろうと推測されるのは間違いがないように思われた。
細身の体を真っ白なスーツと紫のシャツ、黄色のネクタイで彩った青年は、前髪も後ろになでつけるようにして僅かに立ち上げており、やや軽薄そうだ。しかし彼がひどく落ち込み、傷ついているのに対して、ヴィクトルの無関心そうな態度は冷たすぎるように見受けられることだろう。
「終わったぞ」
「
——
うん」
黙り込み、じっと陣のなかに目を向けていた青年は頷いた。ヴィクトルの隣から歩き出し、そっと刀を取る。鞘からそっと抜き出せば、新たな刃紋が明確に刀の変化を物語っていた。
ヴィクトルは右脚の代わりに杖へ体重をかけるよう身体を傾けながら、その抜き身を覗き込んだ。
彼が使役していた仲魔と一つになった刃からは、元よりあった水に濡れたような艶めいた光沢がなくなり、今度は内側からじんわりと光を放っているように見えた。
「ふむ。なかなか良い具合に仕上がったようだな」
「ありがと」
青年は短く礼を言ったが、刀をじっとみつめるばかりだ。感傷に浸っているのか、とヴィクトルが思っていると、何気ない様子で彼は呟いた。
「死ぬことじゃない、か」
それは仲魔の残した言葉だ。サマナーとして能力を上げて行く彼に、必ず全ての仲魔がついて行けるわけではない。けれでも力になりたいのだと仲魔が口を挟んだのだろう。実際にどのような経緯で剣合体を行うに至ったかはヴィクトルの知るところではないが、別れ際のやりとりを聞きかじる限りでは、そのようだった。
「生まれ変わるというのは、まぁ正しいな」
仲魔の言葉を繰り返すことになったが、ヴィクトルはあからさまに落ち込んだ様子の彼にそう声をかけた。
新たに生まれ変わった刀の刃紋を見つめる眼差しは、ただ寂しい色をしている。生身の刀を手に、彼は瞼を伏せがちに刀を見つめている。数ヶ月連れ添っただけであろうというのに、ひどく感傷的な様子だ。
「
——
ばいばい、またよろしくね」
その姿でそんな風に仲魔に呼びかけるのはさみしげで、ヴィクトルには少しばかり意外に思えた。だが、見慣れたのは見かけの姿だけであって、らしくないなどと感じるのは当たり前のことだと思い当たるまで、まだすこし時間がかかった。
目の前の青年は、生まれ変わったといっても語弊ではないような境遇だ。経験がないため、ヴィクトルにはそれが正しいとも言い切れないが
——
魂の容れ物が変わるというのは、生まれ変わったと言っても差し支えがないだろう。
葛葉キョウジはヴィクトルの知る限り腕利きデビルサマナーの一人だ。同じアーケード街の中に探偵事務所を構える、目の前の男とは違って冷めた目で世の中を捉えている男だった。ひどくビジネスライクな印象があった。
すべてはもう過去の話だ。何度みても、目の前の男とは結びつき難く思える。その顔立ちも背格好も変わってはいないのに、肉体を支配する自我によってこれほど印象が違うのだなと驚くほどの変化だ。
葛葉キョウジの肉体に宿る魂が別人のものになって、もうしばらくになる。
彼の名前は羊司と言う。久瀬羊司。本来ならばサマナーなんて知りもしない、普通の青年だったのだ。
「あのさ、不老不死って、そんなに魅力的かな」
やがて思い詰めるのをやめたように刀を鞘へ収めると、彼はこの業魔殿の主を振り返った。
眼差しの透き通った様子に、ヴィクトルは後ろめたいこともないというのにギクリとするのを感じた。
彼個人の人格と、元々のキョウジの人格はまるで違う。個として認識できているのに、姿形は未だ二人は一つのものだった。輪郭が重なって見え、影はひとつに見えるように、頭の中のイメージはまだ書き変わらない。この感覚は奇妙なことだった。ヴィクトルはあまり個人の印象やイメージを覚えぬようにしている。それは意図的な行動だ。
もともと不死と生命の創造こそがヴィクトルの興味が行き着く先であり、悪魔合体を執り行うこの業魔殿は、サマナーのためでも、人類や悪魔のためでもない施設だ。結局はヴィクトル個人の興味を満たすための、実益と趣味を兼ね備えた、副次的なものに過ぎない。だからこそヴィクトルはその興味を満たす物が悪であるか善であるかもさして興味のあることではない。欲しいものをくれるものを選べるほど、その胸と脳髄の求める知識や情報、そしてそれをもたらす材料というものは豊富ではないのだ。それ故に誰にも肩入れをせぬようにと運営している部分がある。誰であっても拒まない。それが業魔殿であるのだ。
しかし、サマナー個人に思い入れを抱かぬようにしていても、時折このようなサマナーが現れる。頭の中にぼんやりと浮かぶ幾人かのサマナー。長く時を生きるヴィクトルとは別に、もう既に死んで久しいものが多いが、どのような時代にもそういった人物はいるものだ。意識せずとも他人の記憶に入り込み、輝く星のように意識を引きつけるものは。
まだ悪魔合体に手を染める前の、ヴィクトルが純粋な人間だったころにもいたのだ。その人物が生れ落ちると同時に得た魅力というものなのだろう。
キョウジとはそれなりに長い付き合いだが、肉体の持ち主が変わってからは、とくにこのサマナーに意識が惹かれるようになった。つまりはそうした魅力というものは魂に紐づいたものなのだなと思え、大いに興味深いものだった。もちろん、肉体を失い、彷徨う本来のキョウジにも興味がないわけではない。葛葉との縁は長いが、未だその秘術については謎が多く、興味が尽きない。このところ姿をみていないが、肉体を取り替えて元気にやっているらしいと聞いて、ますます好奇心が尽きぬ一族であるなと思い直したところだ。
「葛葉は身体を取り替える術を持っているのだろう? そちらに聞いた方が早いのではないか?」
オレも興味があるのだ。ヴィクトルは言外に言った。
なにしろ葛葉には名を継ぐ者の目付役として、動物の肉体に人の魂を次から次へと移していた前歴がある。そのころは人間の肉体ではなく、また、呪いのようなものだったはずだが、いまや意思を持って人間の肉体を渡り歩いているというのが驚きだ。一種の不死といえる形にたどり着いた経緯については、大いに興味がある。
「肉体が滅びようが、霊魂だけで肉体を住み替えるならば、その思考も意識も途切れぬということだ。それは不死の一部と言えるであろうよ」
「ええ? でも、おれなんか苦手なんですよねぇ。よくわかんないし、キョウジさんには身体もらっちゃった申し訳なさもあるし
……
」
「申し訳なさ? 過失があるのはあちらであろうが」
「あっ うん、それはそうなんですけどね? でも、みんなの記憶に残ってるキョウジさんと、今のこの身体の言動ってイコール同じ人じゃないですか」
人生を奪っちゃったんだなって、と羊司は言った。
お前の人生こそ奪われたのではないかとその能天気さにあきれてしまう言い分だ。だが、たしかに記憶は価値があるものだ。とくに他人の頭の中に残る記憶というものは、まっとうには干渉できぬ部分でもある。
記憶か、と物思いに沈みかけると青年はためらいがちに尋ねた。
「あのさ、ヴィクトルさんは吸血鬼になったんでしょ」
とくに言及することではないので公言しているわけではないが、その通りだ。なった、という表現であるから元々は人間であったのも知っているらしい。探偵業だからか、と一瞬思ったが、おそらくこれは周辺の人間を自ら調べるような質ではない、と頭の中で否定する。本来のキョウジなら違ったかもしれないが、これは探偵業には向いていない。そうした性質が欠けている。少なくともこの業魔殿に現れてからこれまでの言動を観るにそう思えた。
「ああ、レイにでも聞いたのか?」
「うん。おれね、最近ヤクザのおやぶんて人に会ったんだけど、その人不老不死が欲しかったんだって。それでさ、吸血鬼になんかなっちゃって。あ、なんかなんて言ってごめん。仲魔の吸血鬼にも悪い言い方だよね。でも、なんかさ、おれがこの身体で出会うそういう人、みんな倒さなきゃいけない人だから、だから
……
なんていうんだろ、すごく虚しくなるんだよね」
あなたに言っても困るだろうけど。苦笑いでしめくくりながら刀を持ち直す
——
彼が本当はどんな顔をしていたのか。ヴィクトルは知らない。この業魔殿に現れた彼はもうすでにこの肉体だった。葛葉キョウジの。
「まぁ、自ら人を捨て、悪魔になる奴にろくなものはおらんからな」
俺だってそうだと言えば、えっと声をあげるのがどうにも初心で、奇妙だ。
「なぜ驚く」
「だってあなたは親切だもの。おれがキョウジさんと違うことちゃんと認めてくれるし、助言もくれる。元人間の悪魔で、殺す殺さないを迫られないのもあなたぐらいだし」
「私は私の研究のためにおぬしたちサマナーに協力しているだけだ」
否定も肯定もかまわないことだった。
「でもあなたがいるからサマナーは助かるし、悪魔と人間は手を取れるし、おれは平和を守れる」
ああまったくお人よしめ。ヴィクトルは思わずそんな風に思った。けれどそのお人よしである部分が、今の彼を新たな人生とうまく調和させているのだろうとも感じる。
元の持ち主とは真逆だ。羊司は悪魔に対しても情が濃いのを露わにする。隠さない。偽らない。
キョウジも決して悪魔を粗雑に扱いはしなかった。だが、他のサマナー同様に、悪魔との間に一線を引いていたし、葛葉はその関わり方が厳格だ。昔から変わらない。悪魔は使役するもので、友にはなり得ぬ。悪魔は人を誑かす、人を欺く、人を食う。それが古来からの考え方だ。だから人間のほうも、時には偽らねばならない。葛葉の価値観でもある。
それなのに、羊司は違う。それは組織に染まりきらない若いサマナー特有のものかもしれないが、明らかに違っている。
本来ならば、悪魔が姿を変えてまで人に仕えることは稀だ。それなのに、彼が使役する悪魔達は、まるで競うように物へ姿を変え、未来永劫仕えようと、隣に在ろうとするのも、その違いの影響かもしれない。興味深いことだった。主人と定めた相手の記憶に留まるのではなく、物体として側に在ろうとする。それほどに慕うのは、いっそ切なささえ感じられる。
「そんなこと望まなくたって、忘れたりしないのにね」
望みを叶えてやりながら、羊司はひどく寂しそうに言った。忘れないのに、という気持ちに偽りはなく、きっと覚えているだろうと予感させる響きがある。
だが、やはりいつかは忘れるのだ。全てを覚えている事はできない。
今の積み重ねが未来につながるということは、過去は蓄積される物ということでもある。
いつか、別人であった肉体が他人のものであったと意識することがなくなり、ふと思い出すまで忘れるような日も来るだろう。
もちろん、ヴィクトルのほうの記憶も、キョウジの肉体に閉じ込められた霊魂が入れ替わったことなど、いつかはそんな事もあったと、言われて思い出すような事になるのだ。そしてそれはさほど遠い未来の事ではないはずだ。
年老いる事をやめても、命が長らえても、脳髄から記憶を引き出す能力は生まれ持ったもののまま続く。
ヴィクトルは少なく見積もっても百年は生きたが、言われてようやく開く古いアルバムのような記憶は、色褪せてしまってもうよくはわからない。この先もその繰り返しだろう。
「おれね、毎日思い出しますよ。この体がキョウジさんのものだったことも、おれのことも、久美子のことも。もう手が届かなくたって、別の世界の夢の中の自分みたいでも」
だからたぶん、忘れられない気がします。羊司は言った。
——
いつか、そんな風に決して忘れられぬ出来事があったな、とヴィクトルは既視感を覚えた。
とても昔、生まれ育った地で。けれどももう、その時の自分の気持ちは思い出せなかった。記憶しておくにはあまりにも時が すぎ、その上、そうした記憶を粗末に扱って来た報いのようなものだ。
「まぁ、人の身であれば生涯覚えているかもしれんな」
「そういうもの?」
「おぬしのことだ。オレにだってわからん」
なにそれ!と冗談めいてわらう姿は眩しかった。
若者であるからか、そこに失ったなにかを見ているのかわからないが、そのように感じられた。
ヴィクトルはとうの昔に忘れた感情ごと、思い出すのをやめている。それはもう、他人の記憶のようによそよそしくて、触れることすら躊躇がある記憶たちだ。ろくに思い出せない。だが、それでいいのだ。ヴィクトルにとって、それは大事でも、必要でもなくなった。それだけのこと。
「おぬしはおぬしの思う道を行けばよかろう。どのような人間も、それが一番まともな道であるのさ。オレがこうして人の道を外れても未だ掴めぬ生命の神秘から逃れられぬのも、結局行き着くのは結果にすぎぬ事であるし」
ヴィクトルはこつんと杖を鳴らした。話は終わりだ、と声音が変わる。
「それで? 他には何をするのかね? 合体か? 全書を開くか? 私はどちらも拒まんぞ。おぬしらサマナーのおかげで、私の研究はまた一歩先に進むことができるのだからな」
紛れもない本音だ。不老不死に近づいた身でも、まだ足りない。ヴィクトルはまだ創造についてわからないことだらけだと感じる。そしてそれが、命を投げ出してもよいほどに興味深く、喜ばしい。
「ヴィクトルさんってほんと、そればっかりだよねぇ」
あははと笑いだす羊司からは、もう影が消えていた。忘れたわけでなくとも、人はそうして感情や想いをどこかへ置いておくことができるものだ。ただ、それを拾い上げられるかどうかは、人それぞれまったく違う。
羊司が望むように、彼が覚えておきたいものがすべて、その手から滑り落ちて掴めぬ事がないように、ヴィクトルはささやかに願ってやるしかない。それも所詮はこの若者が、業魔殿の扉を叩く必要があるうちだけに限ることだが。
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