しゅう as 猫田しゅうぞう
2020-03-24 18:50:22
1783文字
Public ソーロキ
 

夢見が悪い

夢見が悪いロキ

そろそろ顔を出さなければ面倒な頃であろう――付き合いの悪くなった自覚のある弟なりに、そのような配慮を覚える程度には誘いを断り続けていたある日のことである。
読み込んでいた魔術書も粗方読み終わり、一度寝かしていてもよいだろうと手放すことにしたロキは久しぶりに兄の部屋を訪れた。しかしあいにく兄は不在で、覗いた部屋は静かなばかりだった。遠出なら有無を言わさず連れ出されているだろうし、鍛錬かあるいはそのあとの湯あみどきかもしれないが、長い不在ではないだろう。いずれにしろここでまた先延ばしにすれば、次は寝ていようが腕を引かれそうだと考えるのはロキにとっては自然なことで、長く一緒にいるというのはそういう予測がつくということでもある。知らず口角の下がった唇からため息がこぼれるのを堪えずに、ロキは待つことにした。
しかしさすがに主人が不在の寝台へ横たわる気にはなれず、長椅子へ体を横たえる。さすがにもう足はおさまらないほど背が伸びたが、それでも頭の方へクッションにでも預けると具合がよさそうだ。そう思い、無造作に置かれたひとつを掴めば、刺繍も何もないクッションの布地はやけに肌触りがよかった。軽い絹地の中は手触りからすると羽毛でも入っているらしい。よく見ればひとつだけ家具との整合性がないのはこの手触り故のものだろうかと考えながら頭を預け、ロキは目を閉じる。兄が帰ってくれば、どうせ足音で目覚めるだろうと思ったのだ。
そうして瞼を下ろせば、意識はすんなりと解けていった。だが浮上も早かった。
ロキの意識を引き上げたのは兄の足音ではなかった。兄の足音はわかりやすい。一人でも賑やか。無遠慮で飾らない足の運びが見て取れるような足音だ。しかしそれはまだ聞こえていなかった。
音ではなく、意識がふいに引き上げたのは気配だった。視線だ。音もなく誰かが自分を見下ろす視線である。
だがそうして意識が浮上しても、身体中が縛り付けられたように動かせない。まぶたさえ開かない。それでも頭のなかばかりは自由だった。
絨毯を敷いた床ではないから、足音はするはずだ。わざわざ誰かが音もなく忍び寄ったとも思えない。だが、間違いなく誰かが見下ろしている。暗闇の中で――いやそうじゃない、こんなのは妄想に違いない、錯覚の映し出す幻だ。まだ日が落ちるような時間ではなかった。そうでないはずがないと思うが、それでも見下ろす視線はそこにある。あると感じられる。誰かの気配は確かにそこにある。
それでも喉は震えることさえできず、誰だと尋ねるどころか呻くことさえできない。
思考ばかりが巡る中、相手が身を屈めたのがわかる。刺繍と布地が触れ合うような、衣擦れの微かな音がしたからだ。それから、声を出そうと微かに息を吸うのがわかる。顔を上げられやしないのに 、見えやしないのに、皮肉っぽく唇の端をゆがめたのがわかる。その緑の目が細められるのも。まぶたを透かしたようにわかる。
そして薄い唇が耳に吐息を吹き込むように冷たく囁く。
「ロキ」
不意にまぶたが開いた。
視界は覗き込む兄の顔でいっぱいだった。日は陰っておらず、まだ濡れている兄の艶やかな金の髪から、しずくが一粒頬に落ちる。
ロキは瞬いて、ようやく思い通りに瞬くことができると気づいた。
「あに、うえ?」
かすれていたが、声も出る。身を起こすことだってできる。
全身が冷や汗で湿っているのがわかった。肩を掴んだ兄の手のひらが服を通り越して熱く思えた。
身を起こせば、肩を掴んでいた暖かな兄の手のひらが額を撫でて汗を拭い、気遣わしげに頬を撫で、そっとうかがうように額が合わせられる。自分を映す兄の青い目玉へ不安そうな影が落ちるのを焦点も合わせられないまま認識することはできても、心配そうな兄の声をぼんやりと遠く感じるのは、閉じたまぶたの裏へ置き去りになった声のせいだった。頭に残るその声に、ロキはすっかり気をとられていた。
だから兄が身体を起こして離れたのはわかっても、彼が枕代わりにしたクッションをなにげなく遠ざけるだなんて普段なら見落としやしないだろうことさえも、まるで気がつきもしなかった。

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クッションは去年書いたソーの実話怪談みたいなやつのことを思い出しながら書きました
これ
https://privatter.net/p/4664713