しゅう as 猫田しゅうぞう
2019-08-17 17:28:26
2576文字
Public ソーロキ
 

おまたせ

EG後のハッピーエンド案

弟は死んだ。そのはずだった。確かに探しても遺体は見つからなかったが、それはなにもロキだけのことではなかった。
だが「はじめまして」と思慮深くどこか密やかな響きで名乗る声も、それを吐き出す薄い唇も、眼鏡の奥の微笑みで細められた瞳の色も、その目尻に寄った小さな皺の形さえも、ソーの瞳に映り込むそのなにもかもが、弟そのものだった。
しかし隣にいるコーグも誰も、何も騒がず言わずであるのだから、幻覚かもしれないと考えるだけの頭がソーにはある。だからサングラスの下で何度も何度も瞬いて、地球人にはおよそ見慣れないだろう岩男(ソーだってクローナン人の知り合いはコーグだけだが)と遠慮がちに握手をする男をただ見つめた。立ち上がることもできず、口をぽかんと開くことさえできずに固まって。まるで凍りつき、自由であるのが瞼ばかりであるかのように。
役所のカウンターの向こうでにこにこしている男は、コーグや他の誰かの目にはまるで他人に見えているとはすぐに察することができたが、それでも仕草の何をとりあげても、ソーには弟に見えた。だが弟ならば好みそうにないチェックのシャツ姿は全体的にルーズで、インナーの襟だってよれている。それにパソコンのモニターとコーグの間で視線を行き来させながら遠慮がちに話を切り出すその様子には、ソーにしても弟らしい手際の良さや滲む傲慢さのようなものが見て取れないのだ。もったいぶるような言い回しが時折溢れるのは弟らしいことだったが、しかし例えばバナーやダリルのようにすこしばかり遠慮がちで、言いたい事を相手へ向けるのに躊躇うような雰囲気さえあった。
彼(なんと名乗ったのだか、ソーはまるで思い出せなかった)は地球の役所の人間で、つい先月面談した女性の後任だという。
付き添いに過ぎず、コーグと彼が異星人の権利についての申請手続きの説明を進めるのを話半分に聞きながら、ソーは落ち着きなく卓上を検分するしかなかった。
だがもちろんたいして興味があるわけでもなく、そもそもさほど物のある卓上でもない。ただ、その中でもひとつばかり目立つものがあった。拾い上げて蛍光灯に透かしてみたり、360度確認してみる。もちろん作り物であることは一目でわかるが、よくできているフィギュアだった。上に乗った魚の切り身だけでなく、米の粒まで作り込まれているのを確認してしまうほど。
なじみはないが、ソーはそれを知っていた。横で説明を真面目に聞き、出力されたばかりの紙を覗きこんでいたコーグも、友達の指がつまんだそれをおもしろがって口笛を吹いた。
「なにそれスシじゃん」
「それだな」
てかてかと艶出しされた樹脂でできた寿司だった。ペーパーウェイトにしては軽く、よく見れば下側の一方には金具が突き出ている。
「これは?」
「USBメモリ」
ソーの問いかけに、彼は顔も向けずに苦笑した。目をほんの少しだけ細め、唇のはしだけで淡い笑みを浮かべて、それから、
「それは食べられないよ、兄上」
と言ったのだった。きわめて自然に。
ソーに聞き逃せるはずもなかった。
だがソーが目を丸くしたのさえ彼に見えたわけではあるまい。なにしろ緑の瞳はソーを一瞥だってしていなかった。睫毛の影を淡く落としながらディスプレイを見つめていたのだから。
けれどまるで隠し事が明るみになった時の弟のように、自分の失言に気づいた彼はほんの一瞬固まった。二、三度の瞬きをしてから瞼を伏せて、それから――長い溜息を吐き出し切ってようやく、瞼を押し上げた。そうして、自分を見つめるソーに向き直った。
ソーはようやく、彼のかけたレンズ越しの世界がまるで歪んでいないのに気づいた。度が入っていないレンズの奥にあるのは反射で色が変わって見え、しかし見慣れた緑の瞳だった。
……ロキ?」
何言ってんの?と困惑するコーグを無視してソーは彼を見つめ続けた。
「ロキ、だよな?」
もう一度問いかける声はほとんど囁き声になってしまったが、カウンターの向こう側の彼は否定も取り繕いもしなかった。
「らしくなく弱気なようだ」
囁くような疑問の声に肩をすくめた彼はシニカルな表情を浮かべた。それこそまるきり聞き慣れた声で。
もったいぶるような丁寧な手つきで華奢な眼鏡を外し、卓上へ置く。コーグがソーの隣であっと声を上げる。
「あんたはもっと――無遠慮で、無神経で、傲慢で……
聞き慣れた声が紡ぐ言葉がひとつこぼれるたびに卓上の眼鏡は霧散して形を失い、ついには跡形もなくなった。そしてソーが驚きで眼鏡の消えた卓上と自分の顔を交互に見るのがおかしいと言いたげに、ロキはくつくつ喉を震わせた。
「まあ、あんたにはこの魔術が効かないような気がしていたよ。最初からわかっていたんだろう?」
「幻覚かと」「ひどいな」「とうとう――おれは」「うん」「お前が――」「うん、死ななかった」「ああ」
俯き、眉間を指の腹で押し揉むソーに、ロキは小さく両手を広げた。
「ハグを?」
ソーが顔を上げれば、受け止めてやろうと言いたげな笑みがロキの口元に浮かんでいた。断られるとは露ほども思っていないのは一目瞭然だ。
上機嫌で、傲慢で、信用ならないソーの弟。紛れもなくその人だった。ソーの眼に映るままに、そうだった。
ソーは誘われるままその背に腕を伸ばして懐かしい背を抱き寄せると、そのまま抱き上げる形でロキを無理やりに椅子から立たせた。
それから戸惑う弟の脇の下を掴み、ぐいとそのまま担ぎ上げる。身長差などたいしてないので、ロキは慌てて爪先立ちになった。
「ソー!」
もがく弾みでロキの椅子とカウンターが大げさな音を立てる。その騒音に負けず劣らずの音量で、ロキの口からは非難の声。
だが覚えのあるその調子に嬉しくなって、ソーは声をあげて笑った。例えばヴォルスタッグが我が子を抱き上げてそうするように。あるいはまだ赤子の弟をそうして抱き上げた時を思い出すように。
「待ちくたびれたぞ!」
ロキはその言葉を聞くと目を丸くしてから、弾けるように笑った。
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この後コーグもハグに参加するし新生アスガルドで兄弟が末永く暮らすHAPPY ENDってわけです

お友達と出しあってる月ごとのお題8月「それは食べられません」でした。寿司USBメモリのことです。おそまつ!