しゅう as 猫田しゅうぞう
2019-08-15 19:55:12
902文字
Public ソーロキ
 

喪失

2014年に書いたDWのロキちゃん再録

 王になるのだと育てた自分の罪も忘れて喚いたオーディンとは対照的に、久しぶりに目にするソーは静かだった。まるで深い森の奥、ひと気もなく霧が視界を奪うほど立ち込める湖のよう。石を投げ入れても、必要以上には響かないように思えた。
 まるで知らない、つまらない男になった、とロキは思った。だが自分の幻術に惑わされず、冷たくさえ思えるような静けさを見るのも案外悪いものではなかった。静けさのなかには焦りがあり、苦悩があった。それこそ見たかったものだ。自分の手で引き出せなかったのが残念だとすら思った。その苦悩を自分ではない誰かが与えているだろうことぐらいはわかるつもりだった。
 ソーは最後に見た時よりも髪が伸び、邪魔になったのか、少しだけ編み込まれていた。父と同じだ。そう思い、すぐに否定する。父なんかじゃない。ましてこれは兄でもない。視線を交わす一瞬の中ですら、夢から覚めるようにそう感じ、めまぐるしく思考が働くのが苦しい。
 しかしロキはソーのように努めて冷静に振舞おうと試みた。ただでさえ荒れた部屋、荒れた身なりなのは自覚があるがしかし対等でいたかった。お前が思っているようなちっぽけな存在ではないと認めさせたかった。
 ソーに。そして誰も彼もに。弟だ庇護すべきものだと扱われるのも、小心者めと、小手先ばかりと、そのように見下されるのにもうんざりだった。
「よっぽど困っているらしい」
 ふふと唇に笑みを載せるのに成功したかは自覚できなかった。
 父に似た兄の姿が恨めしい。兄が年老いればより似てくるかと思うと苦しささえあった。
 ――私があなたの弟で、それまでのすべてを失ったころ。既にあなたたちは似ていた。弟ではなくなった今、どちらか一方の姿だけでそれを思い出させる残酷さは、きっと自覚のないことだろう。そんな言葉を、ロキはなにかを抑圧しようとしているソーを見つめながらそっと胸のなかにしまい込んだ。
 このように抑圧されたソーをみるのは薄暗い喜びの一方、つらくもあった。以前なら楽しささえ感じていたはずだと自覚があったが、不思議と今はたださみしさに似たものが胸の中に染み込んでくるだけだった。