義眼の調子は良好で、生身に刹那遅れるピント合わせの違和感にもすぐに馴染んだ。仕組みはソーの知るところではないが、生来の青い瞳とまるで似つかない虹彩のそれは、元の目玉よりも物をよく見せさえしてくれる優れた道具であった。
だが、どこかへ映り込む自分を見るたびに、まるで後ろ髪を引かれるような違和感があった。それこそうなじに掛かるほどの長さはなく、なにもかもが錯覚だとわかっていても――無意識に視線が定まり、足が止まる。
瞳を失ってから、義眼を入れるまでのわずかな間にはこんなことはなかった。
片方の瞳に映る世界に文句はなかったし、多少距離感が掴めないことは認めても――こんな風には気にならなかった。
例えるのならあの頃の弟が物言いたげに隻眼を見つめ、時折眼帯越しに指で空っぽの瞼をなぞるときに感じた歯がゆさと似ているとは思い当たっても――自分が瞳の色を気にしていると自覚するまでは、ずいぶん長くかかった。それこそ放っておいた髪が再びうなじを覆い隠すほど、そして怠けた肉体に脂肪の鎧が寄り添って、うさぎ一匹など丸ごと入りそうなほどに腹が弛むほどに気づくまで月日は経っていた。
なにしろ満足していたのだ。新たな友の親切にも、その優れた機能性にも。
ちっとも不満などなかったのだ。もとよりさほど己の瞳の色に関心があるわけではない。残る傷跡も、なにもかもを受け入れたつもりであったのだ。ソーは。ソー・オーディンソンの運命はこのようになったのだと、理解し、受け入れたつもりであったのだ。
だからこそ、ふいに落ちた後悔はまさしく雷が落ちるようだった。
「ロキ」
サノスと同じく、それは言ってはいけない名前だった。長い間。自分も、他人も。
それでもそれは、まるで言い慣れずに本当に言ったのかわからないぐらいすんなりと唇からこぼれ落ちて音になった。
なんてことはないきっかけだ。
机の上へ転がる水晶に写り込んだ自分の姿を見ただけ。わずかに映り込む自分の瞳の色が水晶のプリズムで歪み――ほんの一瞬落ちた錯覚は、弟の淡い緑の瞳を思い出させた。ただそれだけのことだった。
けれど瞬きの間にソーの頭の中にはいくつもの弟の記憶がめぐった。失われた右目の周囲を、その眼帯のふちをなぞった柔らかく傷一つない冷たい指のことも。物言いたげに細めた瞳の色が濃くなる瞬間のことも。似合っていると囁いた声の静けさも。なにもかもがこの瞬間に起きたことのように思い出すことができた。
そうしてようやく――ロキはこの義眼に眉を顰めるだろうと思い当たった。けれど自分は弟がどんな風にこの義眼へ不満を述べるのかまるでうまく想像できないのだ。それを今更自覚して、ソーはそのまま立ちすくんだ。はらはらと涙が落ちてくれでもしたならよかったのに、生身の目玉は潤んでも溢れはしなかった。
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昔まったくおんなじタイトルつけてるのあったから改題した(2019/8/15)
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