Isa
2026-07-17 23:06:44
2646文字
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癒えるということ

トゥルシス。ふわっとしたシチュエーション。読み返してもないしうろ覚えかもしれない…。結婚秒読みな感じ。ちょっと昔の話をしてほしかった

「すごい人だね、トゥルータのママ」
「そうだな……俺も今ようやくそれを思いだしたところだ……
 二人は数時間の拘束を経て、トゥルータが長らく待ちわびた休憩時間を迎えていた。衣服や装飾品の類がずらりと並ぶ部屋の端で、シスルは壁にもたれ、トゥルータはぐったりとソファに斜めに座り込む。
 シスルはいつもの道化師としての衣装を脱ぎ捨て、自分のためにとバター・ワールド王家に使える専属のデザイナーが誂えた衣装に身を包んでいた。対するトゥルータもいつもの公務服でも王子としてのお披露目衣装とも違う、もう少し大人びた――彼自身は、まだ「着られている」と思っている――服に袖を通している。
 本当なら、型崩れを恐れぬだらしのない姿勢をしていては、どこからともなく叱咤の声が飛んでくるはずなのだが、シスルはあえて目を瞑っていたし、ここには束の間の休息時間ということで、二人の他には誰もいない。
「疲れちゃった? いろんな服着たもんねえ。でも、その服とっても似合ってるよ」
……まだまだだよ。親父の……結婚式のときの服なんて……
 多少の照れを含んで、トゥルータはぶつぶつと口の中でそう言った。
 つい先ほどまで、シスルはトゥルータの母が式の時に着ていたという衣装を合わせられながら採寸をされていた。まだ調整が必要な部分があるとかで、今日中に微調整をしてもう一度合わせたいと言われている。今日はこのあと、二人で並んで城に飾るための絵を描いてもらう予定があった。
 といっても公式なものではなく、トゥルータの母親が個人的に欲しいのだと言って憚らないというのが半分ほどの理由で、もう半分は、まあ、予行演習のようなものだろう、とトゥルータにもわかっている。具体的な日取りまでは、まだ決まっていないが、暗に母親から、早くしろという圧をかけられているような気がしている。そしてこの予感は恐らく当たっているだろう……
「まあ、本物はもうちょっと背丈がね」
「俺だってまだ完全に止まったわけじゃないぞ。質のいいミルクも仕入れてもらってるし」
「ああ……。最近やけに飲んでるなあって思った。今日のためだったの? 急に飲んだって意味ないでしょ」
「わ、わかってるよ。あれは単に、願掛けみたいなもので」
「トゥルータは今のままで十分かっこいいよ。その衣装、ちゃんとトゥルータに合わせて仕立て直してもらったんでしょう? ほら、立って、もう一度よく見せてよ」
 シスルがうなだれたトゥルータの顔をしっかりと覗き込むせいで、驚いたトゥルータは顔を上げた勢いのまま、シスルの言葉に従って背筋を伸ばしてぴんと立った。シスルは満足そうに微笑んで、座り込んだせいで形が崩れた服の裾を整え、軽く皺を伸ばして、真正面からトゥルータを見上げる。
「背、伸びたねえ」
……む、昔よりはな。それでもお前とほとんど変わらないけど……
「靴、ちょっと高いよね」
「これはこれで、ちょっとかっこ悪い気もするんだよな。……シスルは、高さのある靴もよく似合うだろ。別に、俺に遠慮しなくてもいいとは伝えたんだけど」
「だから二着用意するんでしょ」
「そう……か。うん、今のシスルの服もよく似合ってる。……綺麗だ」
「ふふ、ありがと、嬉しい。たくさん話し合ったからね。ワタシはあんまりデザインとか詳しくないけど、お菓子と植物のモチーフを合わせるなんて、とっても素敵な考えだよね。そのまま、トゥルータとワタシのことだもの!」
 シスルが喜びを表現するようにその場でくるくると回転すると、花びらの形をしたドレスがふわりと舞う。妖精みたいだ。花の精。まだ、シスルが目の前にいることが、夢なんじゃないかと思うことがあるくらいに。
「ワタシね、トゥルータ」
「えっ。な、なんだ?」
「トゥルータのママとパパにも、すごく感謝してるんだ。何の種かもわからないようなワタシのこと、詮索しないで、ここに置いてくれて、本当の家族みたいに扱ってくれて。王様なのに、そんなことでいいのって思っちゃうくらい。……バター・ワールドのみんなもだけど」
 シスルは照れ臭そうに言う。呆れた調子が含まれるのは、照れ隠しもあるだろう。確かに、トゥルータでさえ、シスルのことを多くは知らない。植物の国出身だというのも、出会って暫く経ってから知ったことだ。
 でも、素性とか、正体とか、そんなものがどうでもよくなるくらいには、トゥルータはずっと前からシスルのことを知っている気がしていた。とても深いところで繋がっているような、目を見れば、すべてがわかるみたいに。
「ワタシの……父さんと、母さんは。もう、ワタシのこと、わからなくなっちゃったけど。でも……トゥルータのパパとママを見てたらね、父さんも、母さんも、ボクを見て笑ってくれる未来があったのかもって、最近はそう思えるんだ」
「わからなくなった、って、……シスルの家族は……
 シスルの口からは初めて聞く話だ。トゥルータの疑問に、静かに首を振って、けれどシスルの表情は穏やかだった。それ以上を話す気はないと言っているように見えて、トゥルータは言葉を切った。
 それがシスルの拒絶ではないことを知っている。だからこそ、無理に話を聞き出すつもりもない。
「昔はそれがとても辛くて、苦しくて、しんどかったよ。全部壊したくなっちゃうくらい。でも、もういいんだ。ワタシの傷は、トゥルータやみんなが塞いでくれた。かさぶたになって初めて、いろんな風に考えられるようになったの。今までの全部がなかったら、ワタシはトゥルータに出会えなかった。だからって、ワタシのしてきたことも、……ワタシの受けた傷も、なくなるわけじゃないけど。だからワタシは、これまでのことをちゃんと背負っていくよ。キミとなら、この場所でなら、それができると思うから。ワタシが、心の底から、そうしたいって思うから」
 シスルの目が光っていた。多分、自分も同じような目をしていたと思う。いてもたってもいられなくなって、トゥルータは後で母親にからかいを含んだ盛大な説教を受ける気がしたが、シスルの手を取って腕の中に閉じ込めた。
「あはは、トゥルータ、そんなに強くしなくても、ワタシはどこにも行かないよ、……
 プロポーズみたいだった? とシスルが言うので、俺が言うから、まだ待ってくれ、と答えた。シスルは泣き笑いのような表情で、
「早くしないと、またワタシが奪っちゃうよ」
 と言った。