鯖男
2026-07-17 22:58:46
1912文字
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出力の向上と手間と愛着と

バラスパナヒスとグの武器の出力上げたい〜なはなし。

黒い紙に穴が開く。
そんな月が浮かんでいた。
冴えた明かりが、暗闇に慣れきった網膜に刺さる。グレゴールは反射的に手で光を遮った。しかし指の隙間から月の輪郭を覗き込む。
裏路地で数少ない美しいものだった。

外から見上げたバラのスパナ工房のビル。ある一室から、仄かに明かりが零れていた。
勝手知ったるなんとやら、とグレゴールは足取り軽く階段を上り、明かりの発生源のいる部屋のドアを開ける。
ノックなどするはずもない。グレゴールの悪い癖だ。今回も苦言やら怒号やら浴びせかけられる前提の入室だった。
しかし待てど暮らせどリアクションは帰ってこない。
それもそのはず。
ゴーグルを装着した青年は、グレゴールの入室にも気がついていないほど、製作に没頭していた。
明かりがクリップライトだけなのも、過集中に拍車をかけている。
彼の世界には、自身と手の中の武器しかいない。
グレゴールは壁に寄りかかり、電気をつけた。
工房労働者は身に覚えがあるのだが、過集中はひとりのときにすると、身体のがたつきも意識の外に置かれ、突然意識を失うこともある。
逆に言えば、それをやって一人前のような風潮があったりする。
ひょんなことからバラのスパナ工房に就職した裏路地の悪ガキヒースクリフ。
今をもって、彼は一人前の工房フィクサーとなったのだ。
なんて。
「こら~、もう退勤だぞ~」
グレゴールは平たい目のまま、ヒースクリフへ声をかける。
だが退勤時間は決まっているものの、やれ深夜外勤だ捌き終わらない書類だで、形骸化した制度となっていた。
今や定時退勤を守っているのは、代表だけだった。
…………んお? なんだ、おっさんか」
ようやく周囲の変化に気づいたのか、ゴーグルを外し、凝り固まった首を鳴らす。
「なんだ、とはひどいな」
「また外勤かよ。ご苦労さん」
「おう。今日は雑魚ばっかでラッキーだったぜ。まだこいつも余裕がある」
愛用の義手であるチェーンソーを掲げ、濃い隈に縁取られた目を緩ませる。血肉をこびりつかせながらも、未だ切れ味が落ちることはない。最後の外勤でさえ、相手を真っ二つにするのも容易だった。
ヒースクリフの目が、ある一点を見据える。
ある一点。
グレゴールの義手。
チェーンソー。
グレゴールは自身の義手と、ヒースクリフが持っているものを見比べ、ははあ、と納得の声を漏らした。
「お前のハンドカッターと俺のチェーンソー、構造的に似てるもんな。なんか行き詰まってんの?」
「いや、別に……違え。そうだな。行き詰まってる」
「お、素直」
グレゴールは近くにあったパイプ椅子をひっつかみ、ヒースクリフの傍に座り込む。
「出力上げたいんだけど、空回りしたりエンジン音がクソ改造バイクみてえにうるせえ」
「マジで出力上げただけじゃんウケる」
「ウケねえ!」
「まあなんだ。俺のとお前のエモノ、大体同じ構造だから俺ので説明するぞ。これは2ストロークガソリンエンジン搭載してるから、出力上げるには「吸排気効率の徹底的な向上」が重要視される。簡単に言えば、排気口を大きくしたり二口にしたりして効率化を最大にしてパワーを上げることだな」
「あー、これ、排気口狭いもんな」
「でも広くしすぎるとさっき言ってたみたいに爆音になる。近所迷惑もそうだけど、俺らみたいなフィクサーだと、居場所モロバレで使えない。
あと考えなしに出力上げるとデメリットもでかくなるんだよ」
「燃料消費だろ。それくらいはわかる」
「バカみたいに燃料食うのがひとつ。あと改造で刃が高回転すると、ピストンやシリンダーが異常発熱。オイルの潤滑が追いつかずに焼き付きを起こして一瞬で壊れるリスクだな」
「壊れるリスクはいったん置いといて、燃料問題はおっさんが使ってる衝撃で充電するやつ、搭載すりゃいいんじゃねえ?」
「アレ使ったけど、まじで最後の手段だぞ。充電効率悪すぎるし、重量が増える。実用的じゃない。あと一番重要なリスクを置いとくな」
「ぐう……やっぱ使ってみねえとわかんねえなあ」
「扱いづらくなるのもダメだよな。一番切れ味がいい回転域がめちゃくちゃ狭くなるし、低回転のときなんか下手したら回転止まるし」
「ギャンブル性能が高すぎる……!」
「そう考えたら代表向けの武器かもな」
……なんか考えることが増えた気がする。あー、めんどくせえなあ」
「面倒な方が愛着湧くだろ」
ものも人も。
グレゴールは乱暴にヒースクリフの頭を撫で回し、その場を後にした。
後日、外勤から戻ったグレゴールに撫でられた頭から、人の肉片が出てきて情けない悲鳴をあげるヒースクリフがいたとかどうとか。