A田
2026-07-17 22:26:08
4347文字
Public
 

れめししお題企画「願い事」

互いの願い事を叶えてあげる話
⚠️時系列捏造してます

 
……どうすんだよ、これ」
 リビングを埋め尽くす勢いで飾られた笹の葉に、獅子神はうんざりした様子で息を吐き出した。
「笹は枝を細かく切って、可燃ごみとして出すのが一般的みたいだな。切るのが難しい場合は粗大ごみだって」
「へぇ、この量なら明日電話入れて、回収してもらった方が早そうだな」
 とりあえず短冊だけでも外しておくかと、一番高い所に飾られた物に手を伸ばすと、やたら癖の強い字で「ハンバーグ食べたい」と書かれていた。
 何やら嫌な予感を覚えて他の短冊も見ていけば、案の定、願い事とは名ばかりの食事のリクエストが勢揃いしてしまった。
「テンダーロイン、オムライス、スコーン……ん?」
 誰がリクエストしたのか隠す気もない短冊の中に紛れ込むようにして書かれた注文に、獅子神は眉をひそめた。
……お弁当が食べたい」
「お、それはオレのだな」
「どういう意味だよ、これ。みんなでピクニックに行きたいってことか?」
 真経津を除いて、それなりに忙しい身の上のはずだが、何かあれば五人で集まるのが当たり前になっていた。今日だって誰かが言い出したわけではないのに、自然と獅子神の家に集合していたし、何なら数日前から獅子神の家に笹が送られてきていた。
「それはそれで魅力的だけど、ちょっと違うな」
 叶は腕を組んで、どこか芝居がかった様子で首を傾げて、
「風の噂で、敬一君が礼二君にお弁当を作ったって聞いたんだよな」
「あぁ、あれな」
 解任戦に合わせて休みを取っていた関係で出勤が重なった村雨が、いつもよりもさらに青白い顔をして訪ねてきた――這う這うの体で「肉……」と告げてきた村雨の様子は鬼気迫るものがあった――ので、つい心配になって弁当も差し入れしたのだ。
……あっ。いや、あれは別にそういんじゃ……
 あまりに普通に聞いてくるものだから平然と応えてしまったが、これでは村雨を優遇していると思われてもおかしくない。
 獅子神が自分以外に意識を向けるのを嫌う恋人の機嫌は、秋の空よりもよほど変わりやすい。マズったか、とようやく焦り始めた獅子神に、あくまで叶は普段と変わらない様子でいる。
「敬一君が友達思いなのは分かってるから、そこを咎めるつもりはないぞ。礼二君の体力のなさは、オレも心配になる時あるし」
「だ、だよな……
 ほっとして息を吐き出す獅子神に、叶はニッと笑みを深くして、
「礼二君に作ったんだから、当然オレにも作ってくれるよな?」
 当然、という部分をやけに強調してみせる叶に、これ怒ってないわけではないな、と獅子神はギクリと体を強張らせた。
「弁当くらいいくらでも作るけどよ、こんな遠回りなやり方しないで直接言えば良かったろ」
 獅子神が短冊に気付かなかったら――と考えたところで、そんなことは絶対にありえないので、すぐ思考の外に追いやった。
「七夕なんてお誂え向きのイベントがあるんだから、あやからないと。そういえば、ちゃんと書いてなかったな」
 貸してくれ、と言うと、叶は短冊に二文字の言葉を書き足してみせた。
「えー……愛妻弁当を作ってほしい、だぁ?」
「礼二君に作ったお弁当とは別だからな。いーっぱい愛情込めてくれよ♡」
 顎に両手を添えて、ここぞとばかりに可愛い子ぶる恋人に、アラサーが寒いことしてんじゃねぇよと一蹴できればいいのだが、そこは惚れた欲目だ。獅子神はぐっと唇を引き結び、不本意でたまらないという態度を作って頷いた。
「それで、敬一君の願い事は……
 数ある短冊の中から的確に獅子神の短冊を選び取ると――どうして分かるんだよ、なんて突っ込みは今さらだ――叶はげんなりした様子で口をへの字に曲げた。
……悪かったな、つまんなくて」
 叶が口を開くのに先んじて、獅子神は強引に短冊を取り上げた。
「そうは言ってないだろ」
「書いてあんだよ、顔に。全部」 
 獅子神は『ギャンブルが強くなりますように』と書かれた己の短冊を握りしめた。
 天堂と村雨が解任戦を終え、次は獅子神の番だ。
 ハーフライフとはいえ、伊藤班は精鋭のギャンブラーを送ってくるに違いない。あの村雨でさえ遅れを取るような奴がいる戦場に、獅子神は一人で赴かなければいけないのだ。
 ――っても、コイツには分かんねぇだろうな。
 どういうわけか叶と付き合うようになり、それなりに良好な関係を築いているが、ことギャンブルに関しては到底分かり合える気がしない。それが歯痒くもあるし、どれだけ足掻いても彼らのようになれない己に気が滅入りそうになる。
「なぁ、こういうのってイチャイチャするための願い事を書いたり、普段は恥ずかしくて言えないおねだりとか書くもんじゃないのか?」
 そんな獅子神の心情に構うことなく、叶はまだこの話を続けるつもりらしい。ともすれば悪い方向へ走りそうになる獅子神にとって、叶のこういう強引な明るさは心地が良かった。
「オメーだって似たようなもんだろうが」
「愛妻弁当は夢じゃん! ハートとか書いてあるお弁当を同僚に見られて、熱々だなってからかわれるまでがデフォだろ」
「知らねぇよ! つーかお前、職場なんてねぇだろうが!」
 獅子神の正論に叶は頬を膨らませて、
……愛妻弁当配信して観測者に自慢する」
「お前の視聴者、女子多いんだからやめろって」
 そんなことをしてファンが減ったらどうするのか。恋人が異性にキャーキャー言われるのは面白くないが、それが叶の仕事なのだから仕方ない。それも含めて好きになったのだし、獅子神のせいで叶の活動に影響が出るなんて論外だ。
「女子が多いからなんだ? どうでもいい奴らのために、どうしてオレが気使わなきゃいけないんだよ。ていうか、オレのファンならオレの幸せを一番に願って当然だろ?」
 目を見開いて言い募る叶に、少しだけ嬉しいと思ってしまう自身の狭量さが嫌になる。
 獅子神は胸の内に湧いた思いを払うように首を振ると、
「とりあえず配信はやめろよ。何言われるか分かんねぇし」
 動画にしても問題ないような物にはするつもりだが、いかんせん、獅子神はまともな手作り弁当を食べたことがない。万が一にでも下手な物を作って、叶の評判が落ちでもしたら――
「言いたい奴には好きに言わせとけばいいよ。むしろ、ブロックが捗ってありがたいくらいだな」
 叶は獅子神の手から、すっかりぐしゃぐしゃになった短冊を引っ張り出して、指で摘まんで掲げてみせた。
「オレの願い事を叶えてくれるんだから、オレも敬一君の願い事を叶えてあげないとな」
「お前が?」
 先程バカにしていたくせに、どういう風の吹き回しだろう。
「すぐには無理だけど、敬一君のためにピッタリの舞台を用意してるんだ。楽しみにしててくれ」
 いつも以上に自信ありげな様子の叶に、脳裏でつい最近行われた狂宴が過ぎった。
……まさか、また思いやりクイズみたいな真似するんじゃねぇだろうな?」
「違う違う。もっと良いものだぞ」
 上機嫌に笑う叶に、獅子神はどうせまたいつもの悪ノリだろ、くらいの感覚で特に気にも留めなかった。
 ここに他の誰かがいれば獅子神の迂闊さを指摘しただろうが、幸か不幸か、恋人同士の逢瀬を邪魔する無粋な者はいなかった。
 
「ごきげんよう、観測者の敬一君」
 賭場の会場で対峙した恋人の変わり果てた姿に、獅子神はあの日のんきに構えていた己を殴りたくなった。
 

     * * *
 
「すごいな、オレの想像以上だ。惚れ直しちゃったぞ」
 死を目前にした緊張感やら何やらでベッドに沈む獅子神に対し、叶は血反吐を吐いていたとは思えない程テンションが高い。
……オレ達って、付き合ってるんだよな?」
「付き合ってるな。何だ、別れ話か? 絶対に別れないぞ」
 ひりついた空気に、獅子神は叶と自身の認識が間違っていないことに、ひとまず息を吐き出した。
 別れないぞ、なんて宣っているが、むしろ別れようとしていたのはお前だろと言いたい。見なくて済むようにすると言った時の叶の顔は、しばらく夢に見そうだ。
「どこの世界に恋人を殺そうとする奴がいるんだよ。何がピッタリの舞台だ、地獄の間違いじゃねぇか」
「じゃあ、手加減してほしかったのか?」
「まさか。手加減したらオメーのこと絶対に許さねぇからな」
「だろ? それに、敬一君ならきっと魅せてくれると思ったからな」
 悪びれもなく笑う恋人に、獅子神は喜んでいいのか怒ればいいのか分からなかった。
 叶の意表を突けたとはいえ、それは運営が用意したハンディを利用したからで。結局それすら跳ねのけて、叶は獅子神に勝利してみせた。
 どれだけ成長できたと思っても、彼らは獅子神のはるか先を進んでいて、まるで終わりのない石積みをさせられている気分になる。
「あ、また余計なこと考えてるな」
 両手が頬に添えられたかと思うと、グイッと強引に叶の方へ顔を向けさせられる。
「敬一君はオレと付き合ってる自覚が足りないよな。解任戦の時にも言っただろ、自分の弱さじゃなくて、オレを見ろって」
「無茶言うなよ……
 己の弱さを見ずに、どうやって叶達に並び立てというのか。
「そんなに無茶なことか? オレは敬一君の望み通り、敬一君が強くなるきっかけを作ってあげた。つまり、オレなら敬一君の望みを何だって叶えてあげられる。だから敬一君はオレだけ見てればいいんだ、そう思わないか?」
 ちょうどタイミングが重なっただけで、獅子神が叶と戦ったのは不可抗力みたいなものだ。強くなれたのは事実だが、正直あんな思いをして戦うのは二度とごめんだ。
「それこそ無茶言ってんじゃねぇよ」
「無茶かどうか試してみるか? ちょうど今のオレ笹の葉みたいな髪色だし、敬一君の彦星に願い事を言っていいんだぞ」
 彦星に願い事は言わねぇだろ、という突っ込みが喉元まで出かかったが、既に眠気が限界に来ていて、獅子神はあくびをかみ殺して、一言。
……疲れたから、もう寝たい」
 叶の手を払って枕に顔を押しつけようとしたが、寸での所で枕を取られてしまった。取り返すのも面倒で、獅子神はそのまま突っ伏して寝ようとしたが――
「お、ちょうどオレもそう思ってたんだ。やっぱりオレ達って相性抜群だな」
「は、何言って……オイ! そっちの意味じゃねぇって分かってんだろ!」
 嬉々として背中に乗りかかってきた叶に、獅子神はぎょっとして抵抗したが、疲れきった体にそんな体力が残っているはずもなく。

 結局、獅子神が気絶するようにして眠りについたのは、ずいぶん後になってからだった。