山茶花
2026-07-16 11:09:38
4548文字
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永久の花【280SK074】

咲き誇る話/穏やか/4300字程度


 淡く咲いた花の香りを、残して季節は過ぎゆく。
 雨上がりの空に雲が広がり、青い風がそよぐ中。俺は、ディアソムニア寮のみんなの洗濯を、まとめて引き受けていた。
「シルバー先輩! 何してるんですか、洗濯?」
「デュース」
 天気も良く広い中庭で、洗濯を干し、魔法で一気に乾かそうとしていると。デュースがやってきた。
「僕も手伝います!」
 そう言って、デュースは洗濯物を干すのを手伝ってくれる。家事は慣れているのか、テキパキとした仕草で洗濯を干していってくれるデュースに、俺は礼を言う。
「ありがとう。お前はいつでも嫁に来れるな」
「えっ? 僕お嫁に行くんですか!?」
 昼下がりにふたり、風に飛んでいくシャボンの中で、洗濯ものを干していく。こんな穏やかな時間が、俺は好きだ。
 デュースといると、いつも楽しい。何か、心の弾むような心地がして。つい、浮かれてしまう。
「お前と過ごす思い出は、いつも楽しいものだな」
「僕も、シルバー先輩といるときすごく楽しいってか、気が楽で落ち着きますっ!」
 中庭の花が、風に揺れて振れた。菫色の花びらが、揺らめいて俺たちのことを見つめている。
 そんな瞬間があると、俺の口元は、不意に笑みを浮かべる。
 それで、心臓が何か、トクリ、と。音を立てて、ときめくような感じがする。
 きっと俺は、他の誰のことよりも。デュースのことを、見つめているんだ。
「シルバー先輩? どうかしました?」
「ふっ。……なんでもない。鼻の頭に、花びらが乗っているぞ。白いのだ」
 一体どこから持ってきたんだ、と笑って、鼻先の花びらを取り除いてやれば。
 くしゅ、とデュースは小さなくしゃみをして、笑った。
「へへっ、ありがとうございます!」
……ああ」
 きっと、この気持ちは、果てしのないものだ。永遠を咲いても、なお枯れやしない花のように。だから、だろうか。そう感じていたから、なのか。俺は一歩、踏み出した。
「なあ。良ければ、デュース。手伝ってくれた礼に、このあと、共に茶でもどうだ?」
「先輩とお茶ですか? 喜んで!」
 そうして、俺はデュースと共に、少し遅めのティータイムを楽しんだ。
「やっぱり甘いものが好きなんだな、ハーツラビュルの奴らは」
「へへっ。甘いもの苦手な奴は少ないですね! いないわけじゃないですけど……やっぱり『なんでもない日のお茶会』に出るからには、食う奴が多いです!」
 そうして、ささやかな茶会の中で。
 デュースは、角砂糖を1つ入れた、甘めのミルクティーが好きなのだということ、茶菓子として出したエッグタルトを、幼子のように目を輝かせ、喜んで頬張ること。口元についたカスタードを拭ってやりながら、そんな彼の些細な好みを知れたことさえ、俺にとっては、とてつもない喜びだった。
 
 それから程なくして。俺は、デュースに己の想いを伝え。またデュースも、照れながらそれに応えてくれることになった。
 
 ――あのなんでもない日に、中庭でふたり、あふれるシャボンの中、洗濯をしたことを思い出しては、考える。
 その、もっと前。デュースの故郷である時計の街へ遊びに行った日のこと。星送りの祭りで、彼と出会った日のこと。
 あの日々に俺たちが出会ったことは、世界中で幾度目に起きた奇跡なのであろうか、と。
 アイツと、デュースと出会わせてくれたことを、神か仏か、はたまた女神か。誰に感謝すればいいのかも、分からない。
 それでも俺の気持ちは、デュースの傍にいて、デュースを見ている、それだけで。穏やかな午後の陽だまりのようになるんだ。
 
 その、一方で。立派な警察官になり、母にその姿を見せるのだと言う、アイツの未来の傍らに。
 俺の姿が似合うかと言えば、きっとそうだと言えなくなるような夜もある。
 アイツは、薔薇の王国で。俺は、茨の谷で。それぞれ、生きていかなくてはならないだろうから。
 そんな日は、不意に涙がこぼれそうになるが。それでも、俺はそんなとき。デュースのことを、信じることにしている。
 デュースのことを、俺が信じてさえいれば。永遠を過ぎても褪せない、風の中、空の下。ただ、信じて待っていれば。
 きっと、アイツの笑顔、それだけが。俺の心に咲いた花へと、水をやり、光をくれるから。
 その花が俺の心へと永久に咲き誇ってさえいれば、きっと。ふたりだけの未来は、築いていけるだろうから。
 
 だから、俺は今日もデュースのことを見つめている。ふと、昂る感情で潤みそうになってしまう目を、どうにかこうにか抑えながら。
 今こうして、同じ時間を共にいられること、それこそが奇跡だということを身に染みていながら。
 ただ、デュースのことを見つめ続けているんだ。
 


 どこまでも澄み渡る、綺麗な青空に雲が浮かぶ中。
 僕は、洗剤のいい匂いにつられて、中庭に行った。
 そうしたら、シルバー先輩が、真っ白な洗濯物に囲まれたシャボンの泡の中で、洗濯物を干していて。
「シルバー先輩! 何してるんですか、洗濯?」
「デュース」
 先輩の姿が見えたから、とりあえず声をかけたはいいけど、何喋っていいかわかんなくなって、僕は手伝いを申し出た。
「僕も手伝います!」
 そうして洗濯物をいくつか取り、物干し竿に干していくと。シルバー先輩は、喜んでくれた。
「ありがとう。お前はいつでも嫁に来れるな」
「えっ? 僕お嫁に行くんですか!?」
 ちょっとびっくりした。シルバー先輩のお嫁さんにされるのかと思って。
 でも、それも悪くはないかもなって思ってた。だって、僕は……シルバー先輩のことが、好きだから。
 昼下がりにふたり、風に飛んでいくシャボンの中で、洗濯ものを干していく。
 シルバー先輩と過ごすこんな時間が、僕は好きだ。まわりの空気ごと先輩の穏やかさに包まれているようで、安心できる感じがして。
「お前と過ごす思い出は、いつも楽しいものだな」
「僕も、シルバー先輩といるときすごく楽しいってか、気が楽で落ち着きますっ!」
 良かった! シルバー先輩、僕と一緒にいるのを楽しいって思ってくれているんだ。
 そんな言葉が嬉しくて、ふふんと鼻歌交じりに洗濯物を干していると、シルバー先輩がそんな僕をじっと見つめていた。
「シルバー先輩? どうかしました?」
「ふっ。……なんでもない。鼻の頭に、花びらが乗っているぞ。白いのだ」
 一体どこから持ってきたんだ、と笑って、シルバー先輩は僕の鼻先についた花びらを取ってくれる。
 そしたら、その指先がくすぐったくて。くしゅ、と小さなくしゃみが出て、誤魔化すように笑った。
「へへっ、ありがとうございます!」
……ああ」
 シルバー先輩はほほ笑んで、それから、洗濯物の山を、一気に魔法の風で乾かしてしまった。
 ディアソムニア寮の人はなんでも魔法で解決する人が多いって聞いてたけど、何度見ても威力がすごいな!
 それから僕たちは、乾いた洗濯物を回収してしまい。ディアソムニア寮まで、ふたりで運んでいった。
 そしたら。シルバー先輩は、僕にこんなことを申し出てくれたから。
「なあ。良ければ、デュース。手伝ってくれた礼に、このあと、共に茶でもどうだ?」
「先輩とお茶ですか? 喜んで!」
 二つ返事をして、僕はシルバー先輩と一緒に、少し遅めのティータイムを楽しむことになった。
「やっぱり甘いものが好きなんだな、ハーツラビュルの奴らは」
「へへっ。甘いもの苦手な奴は少ないですね! いないわけじゃないですけど……やっぱり『なんでもない日のお茶会』に出るからには、食う奴が多いです!」
 そうして、ちょっとしたお茶会の中で。
 シルバー先輩は、紅茶も砂糖やミルクを入れない、ストレートで飲むことが多いってこと。
 紅茶よりも、コーヒーを飲む方が多いってこと。だからと言って甘いものが嫌いなわけでもなくて、僕に出してくれたエッグタルトも、自分のぶんをおいしく食べたってこと。そんなことを、僕の口元についたカスタードを指先で拭いながら、シルバー先輩は教えてくれた。僕は、先輩のことが知れたことも嬉しかったけど。それよりも、先輩のことを知ることが先輩自身から許されてるってこと、それ自体が、すっごく嬉しかった。

 それから、しばらくして。僕は、シルバー先輩から告白され。僕も、ドギマギしながらそれにOKの返事をすることになった。

 それから、すごく幸せな日々が続いてるけど。シルバー先輩は、いつも甘くて穏やかな、でも格好いいほほ笑みで、すごく優しい声音で、頼りになる背中で、腕で。いつもいろんな形で、僕のことを受け入れ、包んでくれるけど。
 ――たまに、シルバー先輩が見せる淋しそうな顔が、気になることがある。
 シルバー先輩とはたくさんの時間を過ごしてきて、これからもたくさん過ごしていきたいんだけど、でも、そんなときに。
 先輩の方は、何を考えているんだろうな、って。分からなくなることがある。
 もちろん、なんでもかんでも分かり切ってる恋人になった、とはまだ言えないし、これからなっていきたいとは思うが。
 僕たちはまだ、付き合い立てなわけで、その段階まで来てるとはとても言えない。
 だから、淋しそうなシルバー先輩に踏み込んでいいのかも、分からないけど。
 でも、僕は大好きな人が淋しいのを放っておくのも嫌だから。だから、先輩の手をぎゅって握るんだ。
「あ、あの。シルバー先輩。先輩が淋しいなら、僕、こうやって傍にいますから!」
 そうしたら、シルバー先輩は、なんでか僕のことを眩しそうに見て、目を細めながら言うんだ。
「ありがとう、デュース」って。
「眩しかったですか?」って僕が聞いたら、シルバー先輩は頷いた。
「ああ。……とても、眩しいな」
 僕はなんか鏡とか金属とかが太陽に反射しちまったのかな、って思って辺りをきょろきょろしたけど、見つからなくて。
 それで、不思議に思って首を傾げていると。シルバー先輩が、そんなことしている僕の頭を撫でた。
「お前自身が、眩しいんだ。デュース」
「僕……?」
 僕ピカピカ光ったりしてないですよ、とシルバー先輩に言ってみるけど。シルバー先輩は、そうでもない、と笑うばかりで。
 僕は、シルバー先輩の言葉に。ずっと首を傾げるばかりなのだった。



 きょろきょろと、眩しい光を探してあちこちを見つめるデュースが、可愛らしい。
 ぎゅっと握られた手のひらが、暖かくて、……かけがえのないもののように思える。
 やはりこの子は、俺の『花』だ。俺の心に、デュース色の……、藍色の花が咲いている。
 俺の不安に揺らぐ心で、時に弱ってしまいそうになる、その花へ。
 潤う水と、豊かな光。そのふたつの栄養をくれるのは。いつだって、健気でまっすぐなデュースの態度なのだと。
 そんなことを、いつか、この花が満開の花畑になった日には、改めて伝えてやりたいと思いながら。
 今はただ、まだ何も分かっていないデュースのことを、ただ目映く見つめているのだった。

*おしまい