錘(つむ)
2026-07-16 06:42:15
2263文字
Public
 

呪われの赤

リチャード死なないIF 暗い ふわっとした話なのでふわっとお読みください


 偉大な王の邪悪な弟は、なにひとつ王に及ばないものですから、王の持ち物をすべてうらやみ、欲しがりました。
 ある日、王の弟は、奸智をもって王の大切にしている宝石を騙し取りました。真っ赤な真っ赤な、目玉くらいに大きな宝石を。でもそれは、呪われた宝石だったのです。


 「宝石をください」
 弟から直裁にねだられて、リチャードは目を丸くした。
 可愛い弟だ。贅沢をさせて、贈り物は絶やさず、何をしても拒みはしないが喜ばない弟である。かつてはそんなことはなかった。弟になら命をくれてやっても惜しくはない、いや、密かにそれを望み続けているほどであるが、ある時を境に、ジョンは視線を上げなくなった。それもこれも、すべて己のせいだ。
「駄目ですか」
弟はねだったときと同じように抑揚なく、淡々と尋ねる。ただの確認といった様子で、もしもここで言いよどめばもうこんなかわいらしいお願いはしてくれないだろう。
……いや! 駄目なんてそんなことはないぞ。欲しいだけ、いくらでもあげよう。どれがいい、目星がついているのか。手持ちなら持ってこさせるぞ、今身につけているのでもいい」
「ひとつでいいです。大きくて、兄上がいっとう気にいっている宝石がいい」
 いくつか、候補が浮かぶ。選ばせるかと考えていると、ジョンは伏せた睫をぱちりと上げた。
「いえ、やはり。紅い石がいい。赤くて、澄んで、鮮やかな、一番きれいなあかい石が欲しい」
 久しぶりにまっすぐにこちらを見る眼差しに、リチャードは嬉しくなってしまって、そんな石が出る鉱山を押さえてもいいなとまで思ってしまった。
 ちょうどあつらえたような裸石がある。陛下の瞳の色と同じで云々などと捧げられたものだった。命じて持ってこさせると、ジョンは眩しそうに眼を細め、口元を綻ばせ、子供の頃のように素直に喜びを表した。
「ああ、そうです。これがいい。ありがとうございます、兄上」
「仕立てるなら職人も手配するぞ」
「そうですね。しばらくは何にするか考えますので、そのときはお願いします」
 作りたい宝飾品でもあるのかと思ったが、まずは石を押さえたかったようだ。宝石を眺めながら、あれこれ考えるのもまた一興だろう。仕立てたらぜひ見せて欲しいと伝え、その時は、合わせた服でも作らせようと思った。


 十日ほど前に突然倒れられてから、みるみるうちに衰弱されて。
 もう、譫言ばかりで、だいぶ錯乱されておいでです。陛下のことも分からぬやも。

 散々言い含められたジョンの病状がぐらぐらと頭を回る中、リチャードは歩を緩めず、その室に向かった。
 寝台に横たわる弟は、治療で血を失いすぎたのか、青白い顔は蝋みたいに透けていた。頭蓋のかたちが察せられるほどに痩せて、目元は落ち窪んでいた。震える声で名を呼ぶ。ジョンは、ゆっくりとまぶたを開けた。こちらを見て、苦笑を浮かべる。
「なんで、いるんですか」
「なんでいるんだろうな」
 どうして伏しているのがおまえで、駆けつけたのが俺なんだろう。
「なあ、ジョン。それは、俺の……
 鎧を脱いでいるときに矢傷を負った。それも、体に刻まれた他の傷と同じく痕と残っただけだったが、直後にジョンが倒れたと知らせがあった。急ぎ、戦を取り纏め、ほとんど身一つで駆けつけた。
 ジョンは傷を負ったわけでもないのに突然左肩が腫れ、悪化をたどり、なすすべもなく今を迎えている。同じ頃、同じ場所。
「私のです。私のものだ。返しませんよ、墓に持って行くんです」
 ジョンはどこか誇らしげに口にしたが、その言葉に目の前が真っ暗になるくらいに衝撃を受けた。
 墓。
 いやだ。そんなところに行かせるものか。
 握りしめた青褪めた掌を無理矢理拡げさせる。さして抵抗はなかった。こぼれ落ちた、体温が移っているはずの大粒の赤は、掌の希薄な温度でさみしいぬるさを持っていた。ジョンは取り上げられた宝石になど目もくれず、自分の左肩を押さえた。巻かれた布の下がどんな惨状になっているのか、見てはいないのに分かる気がした。
 リチャードは、声を荒げて懇願した。
「戻せ。戻すんだ。俺の、」死に至る傷跡を。
 ジョンは答えず、もう視線も定まらない。揺すぶっただけで壊れそうだ。
「お前を失って生きていけるものか」
 ジョンは定まらない視線をこちらに向けた。もう、三十は超えているのに、ひどく幼く見えてしまう。肩を押さえていた手を伸ばし、リチャードの頬に触れた。口の端を、持ち上げようとして、力が入らずただ触れているだけだ。
「死んじゃだめです。しなないで、兄様。笑っていて。約束、してください」
 その手のひらに口づけて、リチャードは、死にゆく弟に最後の贈り物を捧げるしかなかった。「誓おう」


 慈悲深い王は、それでも最後に残った弟ですから、死なせたくなかったものですから、呪われた宝石を自分に返すように言いました。愚かな弟は、拒みました。自分のものだと叫び、呪いを離しませんでした。赤い宝石は火を纏い、王の弟は生きながら焼かれて死にました。
 死した後も、その炎にいつまでも、いつまでも焼かれているそうです。ええ、今も、いつまでも。
 強欲は身を滅ぼすというお話です。

 そして王は、そんな愚かな弟でも、肉親の愛から呪いを肩代わりしようとした高潔さを祝福され、どんな戦に出ても矢傷一つ追わず、病に倒れることもなく、そののち実に二十年を戦場に生き、一度も敗れることはありませんでした。